玩具王
「久し振りっす! アルフリート様!」
談話室に向かうと、そこにはトリーがいていつも通りの口調で挨拶をしてきた。
「やあ、トリー。久し振りだね。今日は一体どうしたの?」
「どうしたとは酷いっす! 今日はいつも贔屓にしてくださっているスロウレット家にうちの商会が商いに来る日じゃないっすか」
俺の質問の意図を理解している癖にワザと心外だと言わんばかりの返事するトリー。
そういう会話遊びは嫌いじゃないので、特に俺は不快に思ったりもしない。
トリーもそれがわかっているから、こうやって遊んでいるのだろう。
「うーん、贔屓にしている割に商会の主が最近は全く顔を出していなかった気がするなぁ」
定期的にトリエラ商会はスロウレット家にやってきてくれるし、領地で商いもしてくれる。
しかし、それはあくまで従業員であって昔から付き合いのあるトリーが顔を出す回数は激減していた。
前回やってきたのは収穫祭の前とカグラから帰ってきた時くらいだな。
その理由がわかっているのだが、敢えて俺は遊びとして突いてみる。
「それはアルフリート様の作った玩具や遊びを広めるためっすよ! というか、これ以上苛めないでくださいっす!」
俺としてはもう少し抵抗が見られると思っていたが、この事はトリーの中でもかなり申し訳なく思っていたらしく下手な言い訳をすることなく素直に認めた。
今日、ここに顔を出したのは忙しい中時間を作れたからだろう。そんなトリーの誠意がわかるからこそネチネチと責める気にはなれなかった。
「ごめんごめん、トリーの忙しさは知っているから別に責めていないよ」
「いやー、アルフリート様ならそう言ってくれると思ったっす!」
俺が優し気にフォローすると、トリーは申し訳なさそうな顔をやめてケロリとした。
これではこれでムカつくな。もうちょっとネチネチしてもよかったかもしれない。
とはいえ、別に責めていないと言ってしまった手前、口撃することはできなくなってしまった。
これも、商人として培ってきた会話術なのだろうか。
昔からメイドを懐柔してうちの情報を仕入れたりと立ち回りの上手い奴であったが、商会ができてから会話や交渉に磨きがかかってきたような気がする。
「商売の方は順調?」
「はい、スパゲッティは今やすっかりと王都の人々の食生活に根付いたようで継続的に売れているっす。リバーシは増産したお陰か貴族や商人の大半が持つようになったっすね。最近では他国の王族や貴族も目をつけ始めたのか発注がくることもあるっすよ」
「へえ、どっちも一過性じゃなく、生活に根付いているようで喜ばしいね」
「まったくっす!」
一過性の流行であれば、その時に爆発的な利益が見込めるが尻すぼみになってしまうだろう。しかし、一度受け入れられて生活に馴染んでしまえば継続的な利益が見込めることになる。
リバーシは国内の富裕層の需要を満たしたものの、まだ他国の富裕層へ供給する余力がある。いずれはどんどん広まって価値も落ちるだろうが、その時は平民に広めてしまえばいい。
少なくても俺が生きているうちは安定してスロウレット家の収入になるだろうな。
スパゲッティは一つ当たりの利益こそ少ないものの、全ての人々の食生活に根付いている。
リバーシと売り方こそ違うもの、こちらも長期的な収入は約束されているようなものだった。
相変わらず衰えることのない利益に俺とトリーはうはうはだった。
「カグラで広めている卓球の方はどうなの?」
「そちらは他国なので少し時間はかかっているっすが、将軍様に気に入っていただけたのでこれから広まっていくと思うっす!」
将軍って、うちでいう王様じゃん。一番偉い人じゃん。
他国なのに短期間でそこまで話を持っていけるってすごいな。
というか、将軍って春と修一のパパだよね? 今頃はあの二人も卓球をしてくれていたりするのだろうか。
「そっちは完全に丸投げ状態だけど、よく他国でそこまで進められたね、すごいや」
「いやー、アルフリート様の考えてくれる遊びがどれも画期的で面白いからっすよ!」
「あはは、ありがとう」
俺は前世の遊びを再現したり、それに少し手を加えているだけなのでそういう言われるとむず痒くなる。
とはいえ、そんなことは俺以外にわかることではないので、素直な賞賛として受け取っておくことにしよう。
「いやー、お陰でアルフリート様の熱烈なファンもできて困ってるくらいっす」
しかし、そんな呑気な気持ちもトリーの何気ない一言で凍り付いてしまう。
「え? まさか製作者が俺だって広まっているとか?」
「いや、アルフリート様の要望通り製作者は伏せているっすよ」
「なんだ。それならよかった」
最初こそリバーシがそれ程売れると思っていなかったので、何も考えていなかったが人気が高まるにつれて製作者に会いたいというような言葉も出るようになった。
貴族のしがらみを面倒に感じている俺からすればとても困ることなので、製作者は途中から伏せるようにしている。
とはいっても、コリアット村の村人は知っているし、メルナやユリーナといったうちと関わりの深い貴族は知っていることでもある。
現にアレイシアなんかは完全に製作者が俺だとわかっているような感じだった。
それでも広まっていないのは、知り合いが律儀に気を遣ってくれているからだろう。
ノルド父さんがパーティーなんかで気を回してくれたのかもしれないな。
「ですが、困ったことに俺にも伏せることが難しい相手がいるっす」
トリエラ商会はまだまだ歴史や人脈こそ老舗には及ばないが、王国で一番勢いに乗っている大商会だ。そこらの貴族よりもお金も持っているので、貴族といえどそこまで強く言えないと思うが……。
一瞬、リーングランド家のことが頭によぎったが、そもそもアレイシアは俺だと知っているしな。
「ミスフィリト家っす」
「え? ミスフィード家?」
「違うっす。王様っす」
俺の願望から出た言葉をトリーは無常にもバッサリと切り捨てた。
「……それ、本当に言ってる?」
「はいっす。現国王であるジギル=ミスフィリト様が玩具王に会いたいとおっしゃってるっす」
「ちょっと待って。玩具王ってなに?」
王様が俺に会いたいと言っていることは衝撃的であるが、それ以上に衝撃的な言葉が出てきた。
「リバーシやコマの製作者っすね。アルフリート様とは呼べないので、通称で呼ばせて頂いているっす」
「だからって玩具王って……」
トリーの言う事はわかるが、自ら王を名乗るような名前はいかなものか。
「商売の世界ではこういう通り名があった方が都合がいいんす」
「それはわかるけど、もうちょっとマシな名前の方が……」
「大仰なくらいがいいんすよ。というか、ネーミングについては俺がつけたものでもないっすから。勝手に流布されたものが定着したんす」
でも、それを大きく広げて玩具王として定着させたのはトリーな気がする。
素直に尋ねてもトリーは頷くとは思えないから無駄だろうけど。
「まあ、通称についてはわかったよ。問題は王様に会うってことだね」
「はいっす!」
「絶対にヤダ」
しっかりと頷くトリーに俺はきっぱりと告げる。
「……どうしてっすか?」
「王様と会ったら王族や貴族と色々な繋がりができて呼び出されることになるじゃん」
「いいじゃないっすか。そうなれば、王城で特別な役職につけるかもしれないっすよ? 男爵家ではあり得ないくらいの大出世っす」
俺がこの世界の一般人であれば、喜んでいたかもしれない。
しかし、俺は前世で働きすぎることの弊害を身をもって知っていた。もう、あのようになりたくない。
「その人たちが期待するのは俺がもたらす遊びや玩具の利益。そのために囲い込まれて働かされることになる。そんなのはゴメンだよ。俺は田舎で自由にだらだら過ごしていたいんだ」
そう、俺は出世なんて望んでいない。
今世では前世のような失敗はせず、自分のやりたい日常を送ると決めているんだ。
「遊びや玩具のせいでそんな風になるんだったら俺はもう玩具を売らないよ」
トリーや王族にある意味喧嘩を売るような台詞を吹っ掛ける。
この言葉にトリーはどう反応するだろうか。
俺がじっと見つめていると、トリーは神妙な表情をへにゃりと崩した。
「まあ、そうっすよね。アルフリート様ならそう言うと思っていたっす」
「はい?」
てっきり説得されるとばかり思っていた俺は、間抜けな声を上げてしまう。
「王様には既に伝えておいたっすよ。玩具王は権力に振り回されることを嫌っている偏屈な職人だから招待しても応じない。下手をすると、へそを曲げてしまって二度と作品は作らないし、国外に逃亡する恐れがあるっすと」
トリーが王様に伝えた台詞に俺は肝を冷やした。
「……それで王様はなんて?」
「それなら召喚するのは諦めると。玩具王の作品が二度と生まれないのが一番困るらしいっす」
トリーの笑いながら言った台詞に心から安堵した。
王様からすれば、男爵家の次男なんて吹けば飛ぶようなものだからな。もしもの時は無理矢理招集されることを覚悟していた。
「そうなんだ。よかった」
「言ったじゃないっすか。玩具王の熱烈なファンっすと。ファンが一番困るのは作品が作られなくなるってことっすから」
「……まったく人が悪いよ、トリーは」
それならそうと最初から言ってくれればいいのに。息を吐きながらの俺の言葉にトリーは声を上げて笑った。




