エルマンの工房へ
バトル鉛筆の発注を頼んで七日後。完成したとの報告が昨日きたので、今日はエルマンの工房に向かうことにした。
エルマン達は持参してくると言っていたが、屋敷にこられると色々ともてなしたり緊張されたりと面倒なので、いつも通り俺が向かうことにした。
屋敷から少し距離があるとはいえ、俺には空間魔法でひとっ飛びだからな。
寝間着から外出用の服に着替えて外に出ると、周囲に誰もいないことをしっかりと確認して転移を発動。
ぐにゃりと空間が一瞬歪み、気が付けばエルマン工房の前にやってきていた。
すると、工房の入り口にはラエルとルウが立っていた。
「「アルフリート様、本日はお忙しい中お越しいただきありがとうございます」」
「ああ、うん。俺が足を運びたいって言ったことだから気にしなくていいよ」
まさか入り口で待ち構えているとは思わず驚いてしまった。
そんなところに若さを感じる俺であるが、少し気になることがある。
「顔色が悪いように思えるけど、もしかしてずっと外で待っていた?」
ラエルとルウの顔色はお世辞にもいいものとは思えなかった。
もしかして、俺がくるまで寒空の下で待っていたというのだろうか。
そこまで気を遣わせていたのならかなり申し訳ない。
「いえ、これは徹夜をしただけなので」
「ええっ!? もしかして、そんなに無茶しないといけないスケジュールだった?」
エルマンもスケジュール的にはまったく問題ないと言っていたが、まさかそこまで切羽詰まっていたのだろうか。
貴族からの頼みということで断りにくいのは承知しているが、そこまで職人を酷使してまで作ってほしくはない。
「違います。これは俺達の個人的なものでして……」
「私達が未熟だっただけなのです」
「……はぁ」
どうしたのだろう。二人とも心なしか落ち込んでいるように思える。
最初に仕事を請け負う時ラエルは自信に、ルウも熱意に満ち溢れていた気がするがどうしたのだろうか?
二人はそう言ってくれているが、実はかなり無理をさせたのかもしれない。
エルマンに改めて仕事状況を尋ねることにしよう。
「では、中へどうぞ」
気を取り直すようにラエルが言い、俺は案内されて工房の中央へ。そこには既にエルマンが座っており、テーブルやイスが並べられていた。
火の魔道具で室内はしっかりと暖められており、寒さは感じなかった。
「アルフリート様、今回はお待たせすることになってすいません」
「いや、突然頼んだこっちが悪いし、最初に言ってくれた期限内だから問題ないよ」
確かにエルマンに頼んだ品は、いつも期限よりも早めに納品される。
とはいえ、期限を破ったわけでもできなかったわけでもない。忙しい中、仕事を請け負ってくれたこと自体に感謝だ。
「やっぱり、他の仕事とか忙しかった?」
「いえ、そうではないのですが……」
「俺達の技量不足でした。思っていた以上に綺麗な六角形や五角形を作るというのが難しく」
「それに綺麗に転がすというのも難しくて。最適な重心を見つけるのに苦労しました」
「な、なるほど……」
どうやら俺達が思っていた以上にバトル鉛筆を作るのは難しかったようだ。
ラエルやルウの顔色に疲労があったのは仕事内容によるものだったらしい。
「ですが、きちんと品物は完成しました」
エルマンがそう言って目配せをすると、ラエルがテーブルにバトル鉛筆を持ってきてくれた。
「こちらです」
テーブルの上に並べられた十本のバトル鉛筆。
六角形のものが五本、五角形のものが五本と計十本が並べられている。
「じゃあ、見せてもらうね」
俺がそう言って手に取ると、ラエルやルウが顔を緊張させながら頷いた。
バトル鉛筆はとても肌触りがよく、触っていても心地がいい。
上から見ても横から見ても、面はきっちりと同じ面積になっている。
「すごい形が綺麗だ」
「「ありがとうございます」」
思わず感嘆の声を上げると、ラエルとルウがホッとした表情をした。
俺が作ってもこうはならなかった。
面の形はバラバラになるし、調整しようと削り出すと最終的な形が歪になってしまう始末。
しかし、ラエルやルウが作ったものは注文通り、均等な六角形、五角形をなしていた。
触ってみた感じでは完璧に鉛筆の形をしている。
「じゃあ、次は転がしてもいいかな?」
「どうぞ」
形は勿論のことであるが、次に重要なのは転がり心地だ。
綺麗な鉛筆が転がるか、転がった時に綺麗に回るか、いい音が鳴るか。
それらの要素がしっかりとかみ合ってこそのバトル鉛筆。たとえ、形が良くてもそれが欠けているようでは意味がない。
了承をとった俺は、六角形のバトル鉛筆をテーブルの上で転がす。
カラララッ。
テーブルの上に鉛筆が転がるような軽い音が響き渡った。
ラエルとルウが固唾を呑んで見守る中、俺はもう一度鉛筆を拾い上げて転がす。
カララララララッ。
「……いい音だね」
ああ、懐かしい。学校の休憩時間で響き渡っていたのと同じ音だ。
懐かしい幼少期時代を思い出す。
休み時間の度に、バトル鉛筆を持ち寄って遊んだな。
過去の出来事を思い出しながら、一本、一本と手に取って転がしていく。
そして、十本の鉛筆を無事に転がし終えると、ルウがおずおずと尋ねてきた。
「ど、どうでしたか?」
「ひとまず、問題ないって感じかな」
「ひとまず……ですか?」
俺の言い方が気になったのだろう、ラエルが眉をひそめた。
「軽く振ってみたところ回転や音に問題はなかったよ。でも、何百回も振るとどうなるかはわからないからね」
「それでしたら俺たちが確認して……」
「忙しいのにただの鉛筆を振らせるなんて退屈なことは頼めないよ。屋敷で遊びながら自分で検証してみるさ。もし、それでも問題があれば修正を頼むし、問題がなければ報告するよ」
さすがにただの木の棒を延々と振らせるなんてできないからな。屋敷でシルヴィオ兄さんやエリノラ姉さんと遊びながら検証してみるさ。
「……わかりました。アルフリート様がそうおっしゃるのなら」
なんて大人ぶって言っているけど、本当は一刻も早くバトル鉛筆で遊んでみたいからだったりする。
昔を思い出すと無性にやりたくなってきたんだ。
「アルフリート様、ひとまず依頼は達成ということでよろしいでしょうか?」
どことなくソワソワしているとエルマンが確かめるように尋ねてきた。
おっと、肝心なことを言っていなかった。
「うん、きちんと満足のできるものを作ってくれたからね。ラエル、ルウ、急に頼んだのに作ってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ勉強になりました」
「これからもアルフリート様の期待に応えられるように精進します」
なんだろう。大人にはこういう言葉をかけられても割と普通なのだが、この年頃の人達にそう言われると少しむず痒い。
「それじゃあ、これが報酬だね」
事前に提示されていた値段のお金を入れた革袋をエルマンに渡す。
「……少し多いように思えますが?」
「思っていた以上に労力のかかった作業みたいだしね。上乗せしておくよ」
「心遣いありがとうございます」
エルマンが礼を言うと、ホッとしていたラエルやルウもそろって頭を下げた。
予想以上に労力のかかる仕事だったのだ。それに対する対価も引き上げるのは当然だと思った。
これからも発注して何かしらの物を作ってもらう以上、エルマンやラエル、ルウといった職人とは是非とも仲良くしたいしな。
「それじゃあ、屋敷に戻って遊んでみることにするよ」
こうしてバトル鉛筆の素体を手に入れた俺は、意気揚々と外に出て転移で戻るのであった。




