地味な作業
ノルド父さんから貰ったアドバイスを頭の中で整理して、もう一度挑戦。
今度は刃先が垂直に入ったからか、刃がしっかりと食い込む感触がした。
そのまま薪ごと切り株に打ち付けると、あっさりと割れた。
「おおっ!」
薪を割る感触が心地よくて思わず感嘆の声が漏れた。
今の感覚を忘れないように新しい薪を設置して、同じように斧を振り下ろす。
垂直に入った刃が食い込み、コンコンと切り株に打ち付けるとすぐに割れた。
「ちゃんとできているようだね」
「いい感じにできたみたい。薪を割るのって気持ちがいいね」
「身体を動かすだけじゃなく、上手く割れると爽快感もあるのさ」
地味めな作業でありつつ爽快感もある。俺向きの作業なんじゃないだろうか。
これなら冬の運動として俺でも取り入れられそうな気がする。
一度コツを掴んでしまうとそれからは簡単で薪があっという間に割れていく。
スコッ、スコッ、パカンッ……そんな音が中庭に響き渡る。
今、俺はスローライフを満喫しているような気がする。薪を割る時間はかつてないほど俺に充足感を与えていた。
こんなゆっくりとした時間がずっと続けばいいと思う。
喜びを噛みしめながら斧を振ると、まったく薪に食い込まなかった。
うん? 垂直に入らなかったか?
思わず確かめてみると、刃先はしっかりと垂直に入っている。しかし、突き刺さる斧の感触は斜めに入ったときと同じようにビクともしない。
「あれ? 刃先がしっかりと垂直なのに割れないや」
「乾燥して薪が硬くなっているか木目が荒いのかもしれないね。そういう時は食い込ませた斧を上から薪で叩いてやるといいよ」
ノルド父さんのアドバイス通りに食い込ませた斧を薪でコンコンと叩いていく。確かに食い込んでいく感触がする。
「もっと薪で強く叩いて大丈夫だよ」
そう言われてさらに強く薪で斧を叩くと、刃がドンドンと食い込んで割れた。
「おー」
「それでも割れなかった時は反対側にしてやってみるといいよ。それでも無理な場合は諦めていいから」
「わかった」
ただでさえ、俺は非力な七歳児なのだ。そこまでやってみて割れなければすぐに諦めるとしよう。無理に割ろうとして怪我なんてしたら目も当てられないからね。
普通に割れるものはドンドンと割っていき、それで苦戦する時は薪で斧を叩いて薪を割っていく。
ああ、この作業がいい。無限にやっていられる気がする。
「アル、そろそろ大きな薪を割ってみるかい?」
無心になって薪を割っていると、ノルド父さんが苦笑いしながら言ってきた。
気が付くと俺の周りには大量の小さな薪が生まれていた。どうやらかなり作業に没頭していたようだ。
「やってみる」
俺が頷くと、ノルド父さんは俺の切り株の上に大きな薪を置いた。
さっきの方法でやってもかなり時間がかかりそうなくらいに分厚い。
「少し重いけど長めの斧を使ってみようか。持てそうかい?」
ノルド父さんから手渡された斧は、さっきよりも少し重かった。
普通に持っていることはできるけど、何度も持ち上げて振ることを考えれば少しきつそうだ。
「大丈夫だけど念のために身体強化を使っておくよ」
「なら安心だね」
ノルド父さんが苦笑する中、身体強化を使うと問題なく斧を持つことができた。
「さて、まずは斧を垂直に持とうか。刃が垂直になっていないと振った時に軌道が斜めになって危ないからね」
なるほど。刃がズレていればそれだけ軌道も逸れる。
しっかりと真っ直ぐに振り下ろせるようにするためか。
「次に薪を割る時の高さだね。薪に斧を軽く打ち付けてみてくれるかい?」
「うん」
そう言われて薪に斧を軽く叩きつけてみせる。
すると、ノルド父さんは斧と俺の身体の位置を確認した。
「うん、今の高さで問題ないようだね」
「これにはどういう意味があるの?」
「斧を打ち付けたところがへそと同じくらいの高さだと一番力が伝わるんだ。高すぎると力が伝わらないし、低いと狙いが外れやすいからね」
「なるほど……」
切り株の高さというのも薪を割る上で重要なようだ。
「最後は振り方だね。半身で構えて右足を前に出し、斧を振り下ろすんだ」
「右足を前に?」
「左足を前にしていたら振り下ろした斧を外した時に避け難いからね」
おお、動作が大きい分それだけ危険も大きいというわけだ。
やるときは怖いから足元にシールドを作っておこう。
「トールは両足を広げてやっていた気がする」
「初心者としてはその方がやりやすいけど、あれは腰への負担が大きいからね」
「なるほど、腰を労わるのは今後のことを考えると大事だね。こっちのやり方でやるよ」
「その年で腰の心配とは気が早いね」
いや、ノルド父さん。呑気に笑っているけど腰はバカにならないって。前世でもどうして前から腰を労わっていなかったんだろうと後悔したんだから。
ちょっとした動作の度に痛くなってしまうとかはゴメンなので、俺は腰に優しい振り方をすることにする。
「それじゃあ、フォームの確認をするから打ち付けるまでをやってみてくれ」
「わかった」
さっきの薪割りに比べて注意事項も多いし、確認も厳重だ。
それだけ斧の扱いは難しく、ノルド父さんも心配しているのだろうな。
ノルド父さんが見守る中、俺は斧をしっかりと垂直にして薪との距離感を測る。
半身になって斧を持ち上げると同時に右足を出して、そのまま振り下ろした。
スコッと斧の刃先が薪に軽く食い込んだ。
「……うん、問題ないようだね。次は割ってみるといいよ」
どうやらノルド父さんから合格が頂けたようだ。
もしかしたらトールのように剣を振るよりも斧を振る方がいいのかもしれないな。
次は割ってみるべく先程の動作を丁寧に繰り返して、斧を振り降ろす。
すると、薪がパッカンと軽快な音を立てて割れた。
「おお、爽快!」
先程の小さな薪を割るのとは違った強い爽快感がある。
「大きな薪を割るとスカッとするからね」
確かに。これはストレスの軽減効果なんかもありそうだ。
前世でも家に帰って薪を割っていれば、イライラすることはなかったのかもしれない。
薪を割ったら次の大きな薪を持ってきて切り株に乗せる。
自立したら斧を垂直にして距離を取り、半身になって斧を持ち上げると同時に右足を踏み出して振り下ろした。
薪が割れて、また新しい薪を用意して、また薪を割る。
このルーチンがとても心地いい。
たまに一発で割れないものもあるが、その時は二発目、三発目と斧を振るえば綺麗に割れた。
力で叩き割るのではなく、斧の刀身の重みを生かす形で叩き割るのがコツみたい。
黙々とやり続けていると、ノルド父さんも斧で薪を割り始めた。
父親と一緒にこうやって薪を割る。とてもいいじゃないか。
稽古なんかよりもよっぽど有意義な過ごし方だ。
ノルド父さんの薪を割る音と俺の薪を割る音が断続的に響き渡る。
身体を動かし続けているお陰か徐々に温まっていた。外にいるのに身体が寒くないな。
身体強化をしているお陰で身体もあまり疲れないし、ずっとやり続けられる。
「アル、そろそろ終わりにしようか」
そうやってひたすら薪を割り続けていると、ノルド父さんが声をかけてきた。
じんわりと額にかいた汗を拭いながら俺は言う。
「え? もう終わりなの?」
「もうお昼だし、十分な数を割ったよ。僕達の周りは薪だらけさ」
気が付けば俺達の周りはすっかりと薪だらけになっていた。
軽く百以上は超えているな。一体どれだけの数の薪を割ったのだろうか。無心でやっていたのでまったく数えていなかった。
「にしても、アルが『もう?』って言うなんてよっぽど薪割りが気に入ったんだね」
「うん、こういう地味な作業は嫌いじゃないから」
人によっては単調過ぎてつまらなく感じるだろうが、俺はそういったものが大好きだからな。
何も考えなくてもできるってある意味最高に楽だと思う。
「さて、ここからが重労働だよ」
「え?」
薪を割る以外に作業があるのだろうか?
「ここにある薪を納屋にある薪棚に入れなければいけないんだ」
「…………」
ここにある薪を屋敷の裏にある納屋に持っていく? 考えただけでも面倒くさい。
なにかしらの箱に入れても何往復もしなければいけない。
「地味な作業は嫌いじゃないだろう?」
工程を予想して顔をしかめる俺にノルド父さんがにっこりとした笑顔で言ってくる。
「地味な作業は嫌いじゃないけど無駄の多い作業は嫌い」
さすがに割った薪を何往復もして運ぶなんて非効率が過ぎる。
俺は割った薪全てにサイキックをかけた。
「このまま一回で薪棚に入れちゃおう」
空中に浮遊する薪を見て、呆然としていたノルド父さんは肩をすくめた。
「……アルがいると後片付けが楽で助かるね」
そんなエルナ母さんみたいな台詞を言わないでよ。




