薪割り
エルマン工房の新人であるラエルとルウにバトル鉛筆の製作を依頼して四日ほど経過したが、完成の報告は未だにきていない。
それほど難しくないとエルマンが言っていたので三日もあれば完成すると思ったが、担当するのは新人だ。割り込んだ仕事だし、多少時間がかかってしまうものなのだろう。
期限は一週間とまだまだ時間はあることだ。
バトル鉛筆に書き込むイラストや面に書き込む文章なんかを考えていれば、すぐに時間が経つだろう。
そう思ってリビングから自室に戻ろうとすると、玄関でバッタリとノルド父さんと出くわした。
これから外に出かけるのだろうか? いや、服装が稽古の時と同じだ。ということは稽古に誘われる可能性がある。
「アル、ちょうどいいところに――」
「稽古はしないよ」
「稽古じゃないから」
そそくさと二階へと駆け上がろうとすると、ノルド父さんがため息を吐きながら言った。
稽古じゃない? 稽古をする時の服装をしているというのに?
あまりにも見え透いた嘘に俺は思わず鼻を鳴らす。
「嘘だね。そうやって俺が油断したところを狙って稽古に引き釣り出すんでしょ? エリノラ姉さんみたいに」
「そんなことはしないさ。一緒に薪割りでもどうかなって誘おうとしただけだよ」
「薪割り?」
薪割りと見せかけて稽古云々……にはさすがにならないだろうな。ノルド父さんは二重三重に罠を張ってくるような母親とは違うから。
「ああ、暖炉を稼働させてから薪の消費が激しいから今のうちにたくさん作っておこうと思ってね。アルは最近屋敷を出ていないだろう? ちょうどいい運動にもなるしどうだい?」
いや、四日前に稽古をしたし、三日前には転移でエルマンの工房に遊びに行った。
が、稽古はノルド父さんの中で外出にカウントされていない気がするし、転移で外に出たことは誰も気づいていないだろう。
よって、俺はノルド父さんに屋敷でダラダラとしている七歳児という烙印を受けているようだ。
俺としてはそれでも構わないが、七歳児にして出不精を心配される息子ってヤバいな。
「じゃあ、ちょっとだけやってみようかな」
薪割りといえば、トールの家に遊びにいった時に眺めていた覚えがある。
実はちょっとだけやってみたいなと思っていたんだ。
「それじゃあ、暖かい服装に着替えておいで。僕は中庭で待っているから」
「わかった」
ノルド父さんの言葉に頷いた俺は、改めて自室へと戻った。
◆
暖かい服装に着替えて外に出ると、ノルド父さんが切り株を中庭に設置していた。
薪を割るための台として、納屋にあった切り株を運んできたのだろう。
他にも傍には割るための薪が置かれている。結構な量があるけど、これを全部割るつもりなのだろうか。
「おーい、ノルド。坊主のための手斧を持ってきたぜ」
なんてことを考えていると、バルトロが斧を持ってやってきた。
「うわっ! バルトロが斧を持つと似合い過ぎてヤバい!」
「おい、どういう意味だ?」
どういう意味も何も野性味のある顔つきに屈強な筋肉をした大男が斧を持てば、迫力が何倍にも引き上げられる。ただそれだけだった。
「バルトロは斧や戦斧を使うのが得意だしね。持っている姿がしっくりくるって思ったんじゃないかな?」
「ノルドも笑うな」
バルトロの昔時代を思い出したのか、ノルド父さんがクスリと笑った。
バルトロの冒険者時代の武器は斧だったのか。
マスクを付ければ十二月の十三日に出てくるような大男だな。
もし、これが夜中であれば俺は悲鳴を上げて逃げていただろう。
「ケッ、どうせ俺は剣なんか似合わねえよ。泥臭い斧や戦斧、ハンマーなんかがお似合いさ」
「確かに」
「うるせえ、さっさと薪割りでもやってろ」
間髪入れずに納得してしまったのが良くなったのだろう。機嫌を損ねたバルトロは八つ当たりするかのように持ってきた斧を切り株に叩きつけた。
切れ味のいい刃先がスコッという音を立てて直角に突き刺さる。
とりあえず、これは俺のために持ってきてくれた軽めの斧だ。刺さった斧を引き抜こうと力を込めるもビクとしない。なんという嫌がらせだ。
「これ地味に取れない」
「少しからかい過ぎたようだね。後で謝っておこう」
「そうだね」
ビクともしない斧に悪戦苦闘していると、ノルド父さんがスッと引っこ抜いてしまった。
謝ることよりも、ノルド父さんがどういう原理があっさり引き抜いたのか理解できなくて生返事気味になった。
「さて、薪割りを始めようか。薪の割り方はわかるかい?」
「トールが割っているのを見たことあるけど、念のために説明をお願い」
トールのやり方が特殊かもしれないし、一応ちゃんとしたやり方があるのならば聞いておきたいからね。
「気を付けることは無理に斧だけで割ろうとしない事だね。無理だったら魔法や違う方法、あるいは道具で割ればいいだけさ。とにかく怪我をしないように無理はしないこと」
「わかった」
俺がしっかりと頷くと、ノルド父さんは手斧とグローブを手渡してきた。
「ささくれが刺さらないように手にグローブをしておくといいよ。もしも、斧が当たった時に怪我を軽減してくれるからね」
そう言われると斧で薪割りをすることがとても危ないことのように思えてきた。
「大丈夫さ。魔物の素材を利用した防刃グローブだから、当たっても最小限にしてくれる」
「なるほど」
魔物の特別な素材でできていると言われると少し安心だ。この世界の素材性能は本当に凄いからね。
ノルド父さんの言葉に安心した俺は、両手にグローブをつけた。
ゴムっぽい質感をしているからか柄から手が滑るということはなさそうだ。一体どんな魔物の素材なんだろうな。
ノルド父さんが中くらいの薪を切り株の上に置いた。
「まずは簡単な方法からやってみせるよ」
ノルド父さんはそう言うと、薪に斧を軽く叩きつけた。
すると、刃先がスコッと突き刺さり、そのまま薪ごと持ち上げて切り株に叩きつける。
スコッ、スコッと軽快な音が鳴る度に刃が食い込み、薪がぱっかりと半分に割れた。
「こんな感じさ」
「トールがやっていた上から下に振り下ろすのとは違うや」
「あー、それはもっと大きな薪を割る時に使う方法だね」
ノルド父さんはそう言うと、少し大きな薪を持ってきて設置した。
俺が少し離れると、足を肩幅くらいに開いて右足を前にすると斧を振り下ろした。
するとパカンッと気持ちのいい音が鳴り、薪が綺麗に割れた。
「おおー、これぞ薪割りって感じがする」
「そうかい? 最初の奴がちゃんとできたらやってもいいよ」
そう言われて、俺は早速やってみることにした。
まずはノルド父さん曰く簡単な方法からだ。
子供用の手斧とはいえ、重さが一キロはあるし刃先も鋭い。集中してやらないと怪我をしかねないな。
まずは薪を切り株の上に置いて、そこに刃先を合わせて軌道をイメージする。
「斧を振り下ろす際は少し手前気味がいいよ」
「わかった」
ノルド父さんのアドバイス通り、少し手前側に斧を振り下ろす。
すると、薪に斧が食い込んだ。
後はこのまま薪ごと持ち上げて、切り株に叩きつけるだけ。
「ていっ、ていっ……あれ? 全然割れないや」
おかしい。ノルド父さんがやっていた時はあっさりと割れていたのに。
何度も叩きつけても一向に割れる気配がない。ガッチリと刃先が固定されているような気がする。
「刃先が斜めに食い込んでいるからだよ。垂直に当たらないと力が逃げてしまうからね」
ノルド父さんの指摘された通り、俺の斧は薪に対して斜めに突き刺さっていた。
「そうなんだ。次は垂直にやってみる」
突き刺さった斧を引き抜き、同じ亀裂目掛けて刃先を振る。
しかし、また刃先が斜めに刺さってしまい上手く力が伝わらなかった。
「垂直に刃先を入れるだけなのに……」
「意外とそれが難しいのさ。だけど、慣れればできるよ」
少し離れたところではノルド父さんが手本を示すかのように同じ方法であっさりと薪を割っていた。
ああやって見ると簡単そうに見えるんだよな。あれには裏打ちされた経験と技術が必要だということなのだろう。
薪割りも奥が深いな。




