暖炉稼働
新章開幕です。
冬の日常が主になります。
「……ちょっと肌寒いや」
今朝、身体に感じた肌寒さで俺は目を覚ました。
秋の収穫祭が過ぎ去って一か月。空気は徐々に乾燥し、冷たくなっていた。
服装を暖かくしているつもりだったが、今日の気温はそれを上回る寒さらしい。
ベッドから這い出て窓から外を眺めてみると、雪は降っていないよう。
さすがにそこまでの寒さじゃないよな。
外の景色を眺めて安心していると、中庭でバケツを持っているバルトロがいた。
なにをしているのだろうか。
声をかけようとして窓を開けると、外から冷たい風が入ってきた。
猛烈に窓を閉めたくなったが、それでは何のために窓を開けたのかわからなくなるので気合で耐えることにした。
「バルトロ、なにしてるのー?」
「枝を拾ってんだ」
そう答えたバルトロは、中庭に植えられている木々が落とした枝を回収していた。
「枝なんて何に使うの?」
「暖炉をつけるためにな」
「おー! 暖炉!」
冬に活躍する暖房器具が遂に動き出す。
まるで冬の到来が正式に認められたような気持になりワクワクしていた。
「坊主も興味あるのか?」
「うん、リビングで待ってるから早く戻ってきてね!」
「おいおい、そこは坊主も枝拾いを手伝うところじゃねえのかよ」
バルトロの落胆するような台詞を微かに聞きながら、話は終わりとばかりに窓を閉めた。
こんな寒い中、枝拾いをするなんて冗談ではない。俺はただ暖炉の稼働に立ち会いたいだけなのだ。
寝間着からしっかりとした暖かい服装に着替えて、俺はリビングに降りて行く。
まだ朝食の時間にもなっていない早朝だからだろう。リビングにはまだ誰も姿を見せてはいなかった。
とはいえ、早起きが習慣づいている皆のことだから既に起きており、部屋でのんびりとしているのだろうな。
バルトロはまだ枝を集めているのかリビングにやってくる気配はない。
ただ待っているのも退屈なので俺は一人で紅茶の用意をすることにした。
メイドの誰かを呼んで作ってもらうのもいいが、何かと忙しい朝にわざわざ呼びつけるのも申し訳ないからな。
変に気を遣うくらいなら自分で淹れた方が気が楽なので、こういう時は自分でやることにしている。
ティーポットの中に茶葉を入れると、魔法で作ったお湯を注いでいく。
この時に勢いよく入れるのが美味しくなるコツだ。こうすることでティーポットの中にある茶葉が大きく跳ねて風味や味が強くなるのだ。
しっかりとお湯を入れたら砂時計をひっくり返して、適当な時間待つだけだ。
茶葉はそこまで大きくないが、今日は気温が低いので少し多めに蒸らしておくのがいいだろう。
ティーポットの中では攪拌された茶葉がふわりふわりと上下する。
そんな様子が生き物のようで可愛らしい。
「おっ、バルトロ。おかえりー」
ティーポットを眺めていると、リビングにバルトロが戻ってきた。
バケツの中には枝だけでなく、大き目の薪や火バサミなどの道具も入っていた。既に準備は万端というわけだ。
「ちくしょう、坊主だけぬくぬくと待ってやがって」
「まあまあ、温かい紅茶を用意して待っていたんだから勘弁してよ」
バルトロを宥めながら、俺はきっちり二人分の紅茶を用意。
今回はバルトロのすさんだ心を柔らかくするために蜂蜜を入れておいた。
ティーカップを渡すと、バルトロは大きな手で包み込んだ。
それから何度か冷ますように息を吹きかけてカップに口をつける。
「おお、蜂蜜入りか。この温かさと甘みが身体の中に染み渡るようだぜ」
「寒くなると温かいものが一層美味しく感じるよね」
どうやら蜂蜜は無事にバルトロの心を溶かしてくれたようだ。
険しい顔をしていたバルトロの顔があっという間に柔らかくなっている。
普段は紅茶に何かを入れたりしない方が多いけど、冬は何故かミルクティーやら色々と試したくなる。何でだろうな。
「さて、次はリビングを暖めてやるか」
バルトロは紅茶をグイッと煽ると、早速暖炉の方に近付いた。
俺はまだ半分も飲めていないというのに飲み干すのが早いな。
ティーカップをテーブルに置いて、俺も暖炉の方に向かう。
バルトロは通気口を開けると、コの字にレンガを設置していく。
いきなり薪を組んでも火をつけることは難しい。レンガを置いて、その上に並べてやることで火の通り道ができて火がつきやすくなるのだ。
大き目の薪を並べていくのを観察していると、バルトロが懐から紙を取り出した。
「坊主は適当に紙をねじってくれ」
「これ、使っていいやつなの?」
メモに使うような端材ならともかく、渡された紙は手紙に使うような上質なもの。
それなりの値段のする紙を火種にしてしまうのは勿体ない。まあ、うちの財政状況ならバンバン使っても問題ないんだけどね。
「ノルドが手紙を書く時にしくじって使えなくなった奴だからな」
「それなら裏側を落書き用紙にでも――あー、裏まで書いて間違いに気付いたんだ」
紙の裏側を見てみると、びっしりと文字が書かれていた。
具体的にどこが間違えたのかはわからないが、名前とか名称とか致命的な部分を描き間違えたんだろうな。
ここまで書いたのに台無しになっていることに気付いた時の絶望感はすごいだろうな。
「ノルド父さんでもこういうミスするんだね」
「ああ、たまにやらかすな。あいつはそつなくこなすのが上手いけど、それなりにミスもするぞ」
バルトロは楽しそうに笑いながら言った。
バルトロはノルド父さんと冒険していた時もあると聞くし、俺よりもたくさん知っているのだろうな。
「まあ、父親としての威厳を見せようと頑張ってるんだ。こういうところは目をつむってやれ」
「さすがにそれを言い触らすほど俺もダサくないよ」
前世の年齢を加味すれば、俺とノルド父さんの年齢はそれほど変わりない。
それだというのに結婚して、貴族として独立をし、三人の子供を持っているのだから違いが凄いな。
なんて思いながら紙をねじって、薪の下に突っ込む。
「後は枝を並べるだけだな」
バケツから枝を取り出して、新聞紙やレンガの上に並べていく。
勿論、火の通り道を塞がないようにだ。
「坊主、火を頼む」
「へーい」
俺は火魔法を発動して、ねじった紙に小さな火球を飛ばした。
紙はみるみるうちに燃え上がり、バルトロが大きめの薪と枝を手前に並べていく。
きちんと空気の通り道ができるように火バサミで薪を整え、紙屑を投入。
「坊主、ちょっと風を頼めるか」
「ほーい」
俺は風魔法を発動して、レンガの下から吹き上げるように風を入れる。
空気がかき混ぜられ炎が大きくなり、薪や枝に次々と燃え広がった。
薪や枝が次々と赤熱して、黒くなっていく。
パチパチと薪や枝が爆ぜる音が聞こえるようになった。
そうそう、これこれ。この音こそ暖炉って感じだよな。
焚火と違って音が反響するために、こっちの方が落ち着いて聞こえる。
「よし、ここまでくれば問題ねえな。坊主の魔法があると暖炉をつけるのも楽でいいぜ」
「そんな風に褒めても毎日暖炉をつけにこないからね」
「チッ」
今回は初めての暖炉稼働ということで手伝いにきたが、さすがに毎朝早起きして着火するのはごめんだ。
バルトロは残念そうにすると、必要な薪や木屑なんかを置いて立ち去る。
そのまま仕事に戻るのか思いきや、バルトロはまたリビングに戻ってきた。
「坊主、いいもんがあるんだけど食うか?」
思わず振り返ると、バルトロが串に刺したウインナーを持って無邪気に笑った。
それをどこでどうやって焼いて食べるなんて決まっている。
「食べるに決まってるじゃん」
バルトロから串を受け取り、俺達は肩を並べて仲良くウインナーを火で炙る。
暖炉の火故に火加減は大雑把だし、墨もかかってしまうがそれがいいのだ。
荒っぽい炎と煙に燻されたウインナーは絶対に美味しいだろう。
ウインナーがどんどんと赤みを帯び、脂を暖炉に落としていく。
「あー、これ絶対お酒と一緒に食べると美味しいよ」
「思ったけど言うんじゃねえ。仕事があるのに我慢できなくなるだろ」
「俺は仕事がないから我慢しなくていい」
「いや、まだガキだから我慢しないとダメだろ」
なんて軽口を言い合っていると、ウインナーにしっかりと火が通った。
「よし、食うか」
「うん」
熱々のウインナーに息を吹きかけてから頬張る。
少し焼き過ぎて皮が硬くなっていたが、パリッという気持ちのいい音が鳴り、熱々の肉汁が弾けた。
口の中で転がすように噛みしめて、荒々しい肉を堪能する。
「おおー、うめぇ」
「うん、美味しい」
特に手間をかけたわけではない。ただ暖炉の火で炙って焼いただけ。
それだけだが暖炉の前で食べるウインナーは格別に美味しい。
「暖炉を付ければ、これが毎日味わえるんだぜ?」
「おお! それは最高――いや、別に朝一じゃなくてもウインナーは美味しいよ?」
「そこは引っかかって頷いておけや」
俺が頷かないことがわかると、バルトロはムスッとしながらウインナーを齧った。
なんて言ったけど、こうやって静かに男二人で食べる暖炉飯は中々にいい。
気が向いた時に手伝ってあげようと俺は思った。




