貴族たちの帰還
俺の部屋をチラ見しにきたらしいエリノラ姉さんが告げ口をしたことにより、エルナ母さんやノルド父さんに余所の家の魔法使いに変なことを教え込まないようにと俺は怒られてしまった。
確かに余所の教育方針に口を出し、勝手に教えることは問題だと思ったが、一人の魔法使いの成長を目にして俺は充実感を得ていた。
そんな風に最後に事件があったものの収穫祭最終日である三日目も無事に終わり、翌朝の四日目にアレイシアとラーちゃんは王都に。エリック達はシルフォード領に戻ることになった。
客人である皆は既に身支度を完璧に整えており、帰り支度も昨日のうちに済ませているので慌ただしくなるようなことはなかった。
精々残った手荷物や、こちらが渡した手土産を使用人が馬車に積み込むくらいだ。
うちのように不安そうに荷物を確認したり、忘れ物がないのは、それだけ使用人達が旅をするのに慣れているからだろうな。
「……それじゃあ、エリノラ。私も帰るから」
「えー、ルーナもう帰っちゃうの? ずっと、うちにいなさいよ」
「そうですよ。ルーナさんはもううちの家族も同然です」
エリノラ姉さんが惜しみの言葉を述べる中、俺もそれに便乗した。
ルーナさんがいると、エリノラ姉さんの稽古相手をしてくれて非常に助かるのだ。
ルーナさんに限っては、このままうちに居座ってもらってエリノラ姉さんの稽古相手になってもらいたい。
「……わかった。私、スロウレット家の子になる」
下心ありで冗談を言ったのだが、ルーナさんはとても真剣な顔つきで肯定してしまった。
「いや、姉上。それはダメだろう」
「……スロウレット家の子になれば、エリノラと毎日稽古ができるし、ノルド様に剣をエルナ様に魔法を教えてもらうことができる」
「ふむ、アルフリートがいることを除けば、かなり魅力的だな」
「二人共、バカを言うんじゃない」
ルーナさんとエリックが割りと真剣に検討を始めるものだから、エーガルさんが慌ててやってきて叱責した。
思っていた以上にマジな顔つきだったな。特にルーナさんは七割くらい本気だったに違いない。
にしても、ルーナさんの説得に乗ってしまうエリックもエリックだ。
「まったく、エリックもバカになったな」
「うふふ、まったくそうですね」
思わずぼやくとすぐ後ろでナターシャさんがクスリと笑った。
「えっ、あっ……すいません」
いくら親しい間柄とはいえ、目の前で息子をバカにされるといい気がしないだろう。
素直に頭を下げると、ナターシャさんは「謝らないでいい」と言ってくれた。
「少し前のエリックはもっと硬くて冗談も通じない頑固な子でした。でも、アル君と関わるようになって冗談を言えるようになった。私はそれが嬉しいのです」
「そ、そうですか」
確かにエリックは最初に比べて柔らかくなった。
冗談も言うようになったし、くだらない悪戯を仕掛けるようになった。
それが本当にいい成長かどうか、俺にはよくわからないが、ナターシャさんが喜んでいるのならそれでいいと思う。
「これからもエリックと友達でいてくださいね?」
「まあ、エリックがどうしてもというのなら考えてあげます」
「それは難しそうですね」
いくらナターシャさんの頼みとはいえ、面と向かってエリックの友達でいるとは照れ臭くて言えなかった。
それでもナターシャさんは満足そうな笑みを浮かべている。
恐らく、俺が照れてそう言ったのもお見通しなんだろうな。
母親というのは、限定的ではあるが読心能力を持っているものである。
ナターシャさんが離れると、エリックがチラッとこちらを一瞥してやってきた。
「……母さんが何か余計なことを言わなかったか?」
「特に言ってないよ」
エリックと友達でいてほしいというナターシャさんの言葉が、余計なことか俺にとって判断はできないからな。
エリックは若干怪しむような視線を向けてきたが、特にそれ以上聞いてくることはなかった。
「今回は世話になったな」
「前回はこっちが世話になったしね」
前回はスロウレット家がシルフォード領にお邪魔して世話を焼いてもらった。お返しに俺達が招待して世話を焼いたのでお相子だ。
「なんにせよ、これで俺達の不名誉も挽回されるだろう」
「たかが、トングで斬り結んだだけなのに貴族って本当に面倒だよね」
ちょっとした子供のじゃれ合いでも、色々な噂や憶測が広がっていくものだから困ったものである。
お陰で俺達は互いの家に行き来しなければいけないハメになった。
結果として旅行みたいな感じで楽しかったのであるが、今後は貴族を相手するには注意しないといけないな。
そうなると、やはり……
「田舎に引きこもるのが一番だよ」
「……まあ、その考えは否定しないな」
今回の出来事でエリックにも思う所はあったのだろう。
俺の意見を堕落となじることなく、感慨深い様子で頷いていた。
エリックも貴族世界で行動するよりも、領地で伸び伸びと剣を振っている方が楽しそうだったからな。
「うちの領地もいい場所でしょ?」
「ああ、そうだな。悪くない」
最初に出会った時は互いに領地をけなし合う仲だったが、今ではそのような険悪な仲ではない。むしろ、トールやアスモのような悪友の一人となった。
そう考えると、今回の面倒事も全てが悪いようではなかったと思えるのかもしれないな。
こんなことを言うのは恥ずかしいし、言えば気持ち悪がられるだろうから絶対に言わないけど。
「それじゃあ、俺達は帰る」
「……またね」
エリックやルーナさん、エーガルさんともお別れの声を交わすと、シルフォード家の面々は馬車で屋敷の庭から出ていった。
そして、残っているのはブラムやアレイシア、ラーちゃんたち。
「シルヴィオ殿、王都にやってきた際は是非とも声をかけてくれ。我が屋敷を案内しよう」
「え、ええ、わかりました。もし、向かうような用事があれば、声をかけさせていただきます」
ブラムは強引にシルヴィオ兄さんを頷かせると、俺の方にやってきた。
「アルフリート、シルヴィオ殿を倒した後は貴様だ……」
「まだ諦めてなかったんですね」
「当然だ」
「というか、シルヴィオ兄さんとはかなり仲良くしているように見えましたが……」
「それとこれとは別だ」
俺がそのように言うと、ブラムは少し嬉しそうにしながらも答えた。
このままシルヴィオ兄さんと仲良くしてなあなあで終わって欲しいのだが、本人にそのつもりはないようだ。
まあ、二人が決闘するのはしばらく先だろうし、シルヴィオ兄さんが八百長をするような性格でもないので、しばらくは俺が気にしなくてもいいだろう。
「エリノラ、俺は諦めんぞ」
「はいはい、勝手にやってなさい」
確かな決意のこもった言葉をエリノラ姉さんがぞんざいに流す。
シルヴィオ兄さんと俺を倒そうと躍起になっているブラムにすっかり呆れているようだ。
エリノラ姉さんが説得しても、ブラムの意思は変わらなかったからな。
エリノラ姉さんの中でブラムは、ただただ面倒くさい男らしい。
「ではな。世話になった」
それでもブラムはめげる様子なく笑い、執事と共に馬車に乗り込んでいった。
「ちょっと思い込みが激しくて、プライドは高そうだけどいい子じゃない」
「絶対いや」
エルナ母さんが微笑ましく言うも、エリノラ姉さんはバッサリと切り捨てた。
女子の百パーセントの否定の言葉って怖い……普通の時とあまりにも声の高さが違うんだよな。
茶化したい気持ちもあったけど、ちょっかいをかければ反撃に遭いそうなので俺は触れないことにした。
「アルー!」
女性の怖い一面を恐れていると、それを浄化するような天使が現われた。
「おー、ラーちゃん。うちの領地での生活はどうだった?」
「楽しかった! 王都とは違って、森や畑が多くて景色が綺麗! それにご飯も美味しい!」
「そっかぁ。楽しんでくれてよかったよ」
王都の生活とのギャップで戸惑うことは多かったかもしれないが、ラーちゃんの無邪気な笑顔を見る限りその心配はなかったようだ。
「でもねえ、私はアルと遊べたことが一番うれしかった!」
ラーちゃんの言葉に俺は膝が崩れそうになった。
こんな俺にそんな言葉をかけてくれるなんてなんて優しいのだろう。
「ありがとう。俺も久しぶりにラーちゃんと遊べて嬉しかったよ」
「本当? えへへ」
もう、この子を俺の妹にしてもいいだろうか。
「アルフリート様、ラーナ様のお相手をしてくださりありがとうございました。できれば、ラーナ様に悪影響が出ない範囲で、これからも交流していただけると嬉しいです」
「勿論です」
俺がしっかりと返事すると、何故かロレッタはジト目になっていた。
今回は外の出られないラーちゃんのために色々と見せて回ったり、遊んだりしたけど、そんなに悪影響の出るようなことはしていないはずだ。
サイキックの詠唱省略だってできるようになったし、悪い影響は与えていないと思う。
魔法貴族の令嬢に魔法を教えるのはどうかという問題はあるが、ラーちゃんからねだってきたことでもあるしね。
「それじゃあ、帰るね! 今度は私の屋敷にもきてね!」
「う、うん。わかったよ」
一瞬、言葉が詰まりそうになったが、何とか違和感を抱かれないように返事した。
ラーちゃんと遊べるのは嬉しいけど、過保護で破天荒そうなラーちゃんパパや、シェルカのことを考えると屋敷に行くというのは避けたいな。
できれば、前のように王都を散策しながら遊ぶとかが穏便でいい。
俺が手を振ると、ラーちゃんも元気よく手を振って馬車の中へ入っていった。
今回の旅は満足のいくものだったのだろう。王都の時のようにぐずる様子はまったくなかった。
子供は成長するのが早いな。
さて、残っているのはアレイシアだけだ。
アレイシアは皆への挨拶を済ませたらしく、最後に俺の方にやってきた。
「急な来訪にも関わらず、お世話になったわね」
「いえ、アレイシア様がいらっしゃるのなら当然です」
定型文じみた挨拶をすると、アレイシアは少し不満そうに口を尖らせた。
「三日間滞在したにも関わらず、私への口調は硬いままなのね?」
「それは……身分という隔たりがありますから」
「ラーちゃんも私と同じ公爵なのだけれど? まさか、子供だからで流すことじゃないわよね?」
そう言われてしまうと弱いのが今の俺だった。
ラーちゃんは公爵令嬢だけど、俺は思いっきり砕けた口調にしているし。
「じゃあ、私情の場ではこんな感じで砕けていくよ」
「ええ、お願い」
俺が口調を砕けさせると、アレイシアは満足したように微笑んだ。
さすがに年上のアレイシアに普段から砕けた口調で話すのは無理だが、このような周りの目がない場合ならいいだろう。
「ねえ、失礼なことかもしれないけど聞いていい?」
「いいわよ」
「なんでうちの領地に遊びにきたの?」
本当に失礼な質問かもしれないが、俺とアレイシアの間柄を考えれば不思議に思ってもおかしくはないだろう。
俺とエリックとラーちゃんは友達であり、何度も出かけたりするような仲であるがアレイシアとはそのような親しさはなかった。
アレイシアもそれがわかっているからか、特に不快そうな顔はしていない。
むしろ、楽しそうに笑った。
「面白そうだったからよ」
「……面白そう?」
アレイシアの告げた理由がいまいち理解できない。
「私、あなたが思っている以上に暇なのよ」
「なにそれ、羨ましい」
「そうかしら? 私からすると最大な敵なのよねえ。これが」
暇というのは最大の贅沢だと俺は思っている。
だから、暇だったから遠路はるばるやってきたというアレイシアがこれ以上なく羨ましく思えた。
「ねえ、よかったら販売していない玩具を特別に売ってくれないかしら?」
「というのはジェンガやキックターゲットとか人生ゲーム?」
「ええ、後はけん玉もね。アレらは私の敵である暇を倒してくれる、魅力的な遊び道具だわ」
まあ、あれらがあれば一人でも、友人でもいれば暇な時間を潰すことはできるな。特にアレイシアはけん玉にご執心だったので気持ちはわかるが……
「ああ、勿論。私が転売したり販売したりはしないわ。仮に私のところから技術が漏れたり、盗まれた場合はリーングランデ家の力で潰すと誓うわ」
怖い。何が怖いかっていうとアレイシアだと本当にそれができるからだ。
あれらの玩具は販売するとノルド父さんが忙しさで死ぬし、場合によっては俺が仕事に駆り出されるかもしれないので秘蔵している品々だ。
トリーに売り付けたらいくらかのお金になると思うが、現状ではそこまで困っていないので、アレイシアの言うようなリスクをそこまで恐れる必要はないかな。
「ノルド父さんが許可を出してくれれば俺は構わないと思ってるよ」
「ありがとう。じゃあ、帰ったら手紙でお願いさせてもらうわね」
アレイシアは今日一番の笑みを浮かべると、メイドのリムと共に馬車に乗って発進した。
「ばいばーい!」
馬車の窓から乗り出すラーちゃんに手を振り、俺達は見えなくなるまで見送った。
「はぁ、疲れた」
「本当にね」
やるべきことを終えると、俺とエルナ母さんは真っ先に肩の力を抜いた。
皆がやってくるのは楽しかったのだけれど、やはりそれなりに気を遣うことも多かったからな。
「皆、お疲れ様。今日はゆっくり休もう」
ノルド父さんの意見に誰も反対することもなく、俺たちは自分の屋敷に戻ることにした。
客人である貴族が去っていき、こうして俺の中で騒がしい秋の収穫祭は終わった。
これにて貴族収穫祭編は終わりです。
色々と書きたいことを書いていたら長くなってしまいましたね。
次の冬のお話は長くならないようにしたいと思います。




