二億PV突破記念読者アンケートSS その2 気になるバルトロ
俺の名はバルトロ。スロウレット家の料理人だ。
俺の仕事はノルドやエルナ、アルフリートの坊主たちの食事を作ったり、メイドのまかないといったとにかく料理を作ることが仕事だ。
今日も今日とて坊主達の食事を作っているわけなんだが、最近気になっていることがある。
それはドール子爵っていうお偉いさんがきてから、ミーナのおやつの催促が露骨に減ったことだった。
今までであれば二日に一回の程度の頻度でクッキー作りをせがんできたり、まかないでハンバーグを作るように圧力をかけてきた。
それなのにここ一週間ほどピタリとなくなってしまったのである。
これは明らかに異常事態だ。長いことスロウレット家で働いてきたが、こんなことは一度もなかった。
もしかして、ミーナの体調でも悪いのだろうか。
いや、だからって女性に不躾に体調のことを尋ねるのも怖いな。
前にしんどそうにしているミーナに体調が悪いのかと尋ねたら、ちょうど女性の日だったらしくデリカシーがないとミーナとサーラに言われてしまった。
本当、そういう気遣いは昔から苦手でどうしたらいいのかわからない。
「バルトロ、ジュースもらうよー」
なんて考え込んでいると、坊主がいつの間にか厨房に入り込んでいたらしく冷蔵庫からリブラのジュースを手にしていた。
……これでもノルドとエルナと一緒に冒険をして、数多の死線ってやつを潜り抜けてきたが、坊主の気配だけは捉えることができない。
まるで、瞬間移動でもしてきたかのようだ。
この屋敷で料理人として過ごす内に俺も勘が鈍ったのだろうか。
だが、そんな自分を悪くないと思っているので、俺も昔と比べて随分丸くなったんだろうな。
「なぁ、坊主。ちょっと聞いてもいいか?」
「どうしたの、バルトロ?」
坊主ならミーナがお菓子を催促してこない理由を知っているかもしれない。
そう思った俺は、ミーナの違和感のある行動を坊主に尋ねてみることにした。
「なるほど、ミーナがお菓子やハンバーグの催促をしなくなったと」
七歳の子供にこのようなことを尋ねて情報を集めるのは気が引けるが、坊主は不思議と歳の差を感じさせない貫禄があるんだよな。
「あのミーナがだぜ? 絶対におかしいだろ? 坊主は何か知ってるか?」
「あー、なんかバルトロは忙しいのに手を煩わせすぎだってサーラに注意されてるのを耳にしたな~。多分、それでミーナは自粛しているんじゃない?」
「なんかその場面想像しやすいな、おい」
後輩であるサーラに注意されるミーナの姿が簡単に想像できた。
「別に食べたくなさそうなほど体調が悪いわけじゃないでしょ?」
「そうだな。エルナのお菓子を作る時は、厨房の入り口付近でそれらしい気配を感じるし、まかないもしっかりお代わりしてる」
「……それは意地になってるだけだね」
俺も坊主の意見に同意だ。
後輩であるサーラに注意されたというのに、すぐにお菓子の催促をしてしまえばまた注意される。
「ミーナは妙にお姉ちゃんぶろうとする時があるからな」
「さすがはバルトロ。よく見てるね?」
俺が思わず口にすると、坊主がニマニマとしながら意味深な視線を向けてきた。
まるで、ノルドとエルナを見ているような生暖かい視線のような気がする。
「なんだよその目は?」
「いや、別に?」
俺が問いかけると、坊主はこれみよがしに笑いながらすっとぼけてみせる。
思惑がいくつもあるけど蓋をして黙っているような感じだ。
なんだろう。坊主がエリノラ嬢ちゃんによく叩かれる理由がわかったな。
俺も料理人じゃなければシバいていた自信がある。
「とはいっても、バルトロもこのままじゃ落ち着かないよね」
「まあな。いつも作ってるものを作らなくなるってのは落ち着かねえからな」
俺は料理人であって菓子職人じゃないが、別に菓子を作ること自体は嫌いじゃない。
むしろ、好きな方だ。
この屋敷に住んでいる奴等は美味しいものを食べると皆いい反応をしてくれるが、その中でもミーナは特にいい反応をしてくれる。
クッキーを渡しただけで嬉しそうな顔を浮かべるんだ。
「忙しいとはいえ、誰かの喜ぶ顔が見られるならちょっとくらいの苦労はなんてことねえ」
「バルトロ、やりがいは給料に入らないからね? 忙しいならノルド父さんに交渉して、料理人を増やすか、給料交渉をするべきだよ。社畜みたいになったらダメだからね?」
自分でもいい台詞を言ったつもりなのだが、坊主に酷く心配された。
たまに坊主の口から出る社畜って言葉がよくわからねえが、家畜みたいな雰囲気がするのでいい言葉じゃなさそうだ。
バカにされているかと思ったが、坊主の顔は真剣そのもので本当に心配してくれているのがよくわかる。
「微妙に言ってることがわからねえが、心配してくれてることはわかった。確かに忙しい時もあるが、今は大丈夫だよ」
「その今は大丈夫っていうのが一番怪しいんだよ? あれでしょ、バルトロってば足手まといの後輩料理人抱えるくらいうなら、自分一人で回しちゃった方が気楽で早いって考えてるでしょ?」
「……なんでお前はそこまでわかるんだよ。逆に気持ち悪いぞ!」
俺が今まで料理人の追加を頼まなかった最大の理由を坊主は見事に見抜いてみせた。
「今までそう言って潰れた人をたくさん見てきたからね」
どこか遠い目をしながらしみじみと呟く坊主。
一番付き合いの長いノルドが薄々気付いている程度なのに、どうして七歳の坊主が気付けるのか不思議でならない。
「まあ、ミーナにバルトロの事を言ってもあっちからは素直に催促にこないだろうね」
「そうだな。真っ直ぐ言うのは難しい」
むしろ、俺達が気を遣わせたと思われて、サーラに叱られる可能性がある。
「だったら、仕事として釣ってやればいいんじゃないの? 確かパフェ用の長いスプーンって、まだ作ってもらっていなかったよね?」
「……なるほど。パフェのスプーンを作れば、ちゃんと使えるか仕事として確認しねえといけねえからな」
「そういうこと」
仕事としての大義名分があれば、サーラやミーナも喜んでパフェを食べるであろう。
この平然と感情やルールの裏をついてくる感じ、エルナにそっくりだ。
昔、冒険していた時もエルナはこういう提案をしていた。
「相変わらず坊主は悪知恵が働くな」
「機転が利くって言ってよ」
◆
坊主からアドバイスを貰った後も、ミーナは俺に迷惑をかけまいとしているのかお菓子やハンバーグをねだることはない。
エルナや坊主達のクッキーを作っていると、すごい目つきをしながら厨房を覗いたりしていたけどな。意地と本能がぶつかり合っているのだろう。
これはこれでやりにくい。肉食獣に常に見張られているような感覚だった。
しかし、それも恐らく今日で終わりだろう。
何故なら、坊主のアドバイス通りにローガンという鍛冶師にパフェ用のスプーンを作ってもらったからである。
俺はそれらをミーナ達に食べさせるべく朝からクッキー、マフィン、プリン、ミルクジェラートと厨房内で甘い香りを漂わせていた。
案の定、クッキーが焼き上がると厨房の入り口にはミーナがいる。
中に突撃してクッキーを貰いたい。でも、邪魔をするわけにはいかないというような葛藤の表情を浮かべている。
ミーナが意を決して、立ち去ろうとした瞬間に声をかける。
「ミーナ、ちょっとサーラを呼んできてくれるか?」
「えええっ!? もしかして、サーラにだけ味見ですか!?」
ミーナの中ではお菓子を作っている最中に呼ばれる=味見になっているのか? ちょっと思考回路が読めないが、とにかくミーナが食べたがっているのだけはわかった。
「いや、そういうわけじゃねえよ。とにかく、呼んできてくれ」
「は、はあ、わかりました」
釈然としないながらもミーナは入り口から離れて、サーラを呼びに行く。
それから、程なくしてミーナはサーラを連れてきた。
「ああ、ミーナもいてくれ」
「私もですか?」
ミーナは自分に用がないと思っているのか、離れようとしていたので呼び止める。
すると、ミーナは露骨に嬉しそうな顔をして入ってきた。
「バルトロさん、私達に何かご用ですか?」
「実は先日パフェ用のスプーンを作ってもらってな。それがちゃんと使えるか試してほしいんだ」
「……つまり、私達に仕事としてパフェを食べてもらいたいと?」
察しのいいサーラは俺の意図を理解してくれたのか、敢えてわかりやすい言葉を使ってくれる。
「ああ、あくまで仕事としてパフェを食べてもらいてえな。坊主達が不自由なく使えるか確認する義務が俺達にはあるからよ」
「……仕事ッ! そ、それなら、私達が食べるのも仕方がないですよね?」
サーラと俺の言葉を聞いて、ミーナも理解したのかみるみると表情を明るくした。
そのあまりにわかりやすい様子に頬が緩んでしまう。
「仕方がないのであれば、別に食べなくてもいいんですよミーナ?」
「ああー、サーラ! 意地悪言わないでくださいよー!」
ミーナがサーラの肩をぽかぽかと叩く中、俺はテキパキとパフェの用意をしていく。
すると、ミーナがおすおずと尋ねてくる。
「にしても、バルトロさん。パフェなんて作る暇あるんですか? もうすぐ公爵家の方がくるので、その準備で忙しいって聞いていたんですけど……」
「何を遠慮していたのか知らねえが、毎日作っていたもんが急になくなると逆に落ち着かねえよ。だから、ちょっとしたお菓子やハンバーグくらいいつでも作ってやる」
「バルトロさん……っ!」
俺の言葉にミーナは感動し、サーラはやれやれといった風に肩をすくめた。
毎日、仕事だけの料理を作るんじゃ面白みもねえからな。
たまにはお菓子を作ったり、坊主と一緒に料理の開発をしたり。色々なものがあるからこそ、楽しいってもんだ。
「じゃあ、明日からまたクッキーをお願いします! そして、私のまかないはハンバーグで! ここ最近、食べてなかったので取り戻すんです!」
さすがに毎日のようにクッキーとハンバーグを作るのは勘弁だ。さっきは調子に乗って言い過ぎたかもしれない。
「……悪い、言い過ぎた。いつでもっていうのは撤回する」
「何でですか!?」
スロウレット家の厨房では朝から賑やかな声が響き渡るのであった。
これにて記念ショートストーリーは終わりです。
次回から本編に戻ります。




