静かな勝負師
「ラットンの準備はいいか?」
「大丈夫です」
村人たちの賭けという名の準備が整ったところで、ラットンレースが遂に始まる。
仕切っているリックが声をかけると、ラットンの準備をしている村人が返事した。
コースを仕切る板を村人が引き抜けばレースは開始だ。
長椅子に座っている村人の誰もが前傾姿勢で見守っている。
ラーちゃんが賭けたのはラビ。俺がヴァリオン。トールとエリックがエカテリーナ。
アスモがドッド。ロレッタがレンタと見事にばらけている。
このレースで微笑むのは一体誰になることやら。
「それじゃあ、第四レーススタート!」
リックの威勢のいい声が響き渡った瞬間、村人が仕切り板を外した。
すると、ラットンたちの前には一本の通路が現れ、その先には餌が見えたことだろう。
最初に反応したのはレンタだった。
「おおっと、三番レンタ! 即座に反応した! だが、ラビも負けていない!」
リックの熱い解説が響く中、レンタは目の前に現れた道を爆速。
しかし、ラビの反応も負けていない。出だしこそは遅れたが、自慢の俊足を生かしてぐんぐんと距離を詰めていく。
そして、ラビの少し後ろを走っているのがヴァリオン。そのさらにがドッドだ。
ヴァリオンは可もなく不可もない安定した走りを見せており、ドッドはスロウスターターの名にふさわしいマイペースな走りを見せている。
「うおおおおおお! いけっ、レンタ!」
「ラビー! そんな奴追い抜いちまえ!」
ラットンたちが走り出し、村人たちが各々の賭けた個体を応援する。
「負けないで! ラビ!」
「が、頑張ってください、レンタ!」
ラーちゃんやロレッタは村人たちの声や熱気に驚きながらも、自分たちの賭けたラットンを応援しだす。
ラーちゃんは見事に順応しているようだが、ロレッタは大声を出すのが少し恥ずかしいらしい。顔を赤くしながらか細い声で応援している姿は微笑ましいな。
「うおい! どうしたんだよエカテリーナ!?」
「走るんだ!」
応援しているラーちゃんやロレッタとは違い、戸惑いの声を上げているのがトールとエリック。
彼らが賭けたのは一番の速さを誇るエカテリーナであるが、当の個体はスタート地点からまったく微動だにしていなかった。
賭けた村人が口々に走れと叫ぶが、エカテリーナはどこ吹く風。まるで、レースなんて興味ないかのように毛づくろいをしている。
「頼むから走ってくれよ! 俺の金が無駄になるだろうが!」
「アルフリートのようにやる気のないやつめ!」
「そうだぞ! お前、アルと同じでいいのか!?」
トールとエリックの声援が露骨に罵倒に変わった。
というか、しれっと俺まで巻き込んで罵倒しないでくれないだろうか? 俺とエカテリーナはまったく関係ないと思うのだが。
トールが荒れるのは想像通りだけど、意外とエリックも熱が入るタイプなんだな。
人間、賭け事になると本性が出るというし、エリックはクールを装っているだけで根は熱い奴なのかもしれないな。
トールやエリックの他にも村人が応援、罵倒するがエカテリーナは気にせず、むしろ煽るように寝転がる。
そんな様子を見て多くの村人達がうなだれてしまった。
エカテリーナは一番足が速いだけあって優勝候補だからな。きっと多くの村人が賭けの対象にしていたのだろう。
こうなると優勝争いはラビとヴァリオンだろう。
突出した二匹に向かって、村人達の熱狂的な応援の声が響く。
二匹は猛スピードで走っては立ち止まり、また思い出したかのように走る。
動物故に何を考えているかわからず、何を起こすかわからないところがハラハラするな。
純粋な人間の競技を観戦するのとは違った、危なっかしさと思い通りにいかなさいところがいい。
俺が応援しているのはヴァリオンなのだが、純粋に優勝争いも見ていて楽しいな。
「ああっ! ラビ、止まっちゃダメ! そう! 走って走って!」
「レンタ! そのまま突っ切ってください!」
ラットンに焦らされて、ラーちゃんとロレッタは見事にハラハラさせられている。
最初は大声を出すのも恥ずかしがっていたロレッタであるが、今や周りにいる村人に負けないくらいの声を張っていた。
そんな優勝争いで盛り上がっている中、遂に切迫した状況に動きが出た。
「おお! ここでレンタがここ一番の走りをみせる! 恐ろしい体力だ!」
優勝争いをしていたレンタが突如としてギアを上げたのだ。レースも終盤だというのに、ここ一番の加速を見せる。
これにはラビも奮闘するが追いつけない。既にレースも四回目。ロレッタの推測していた体力の差という奴が現れ始めたのだろう。
「ああっ! ラビも頑張って!」
「いいですよ、レンタ! そのまま引き離して!」
ラーちゃんが切ない声を上げているにも関わらず、もっと容赦なく応援するロレッタ。
もはや応援することに夢中になっており、ラーちゃんを喜ばせることなんて頭からすっ飛んでいるのだろう。
レンタがぐんぐんとラビを引き離して、ゴール地点を目指す。
ラビに賭けていた村人やラーちゃんが諦めそうになった瞬間、ハプニングが起きた。
走っていたレンタが急にコース上から走り出してしまったのだ。
レンタが走り出した方を見れば、どこかで拾ったらしい木の実を手にした少年がいた。
「おおっと! なんとレンタがコースアウト! ゴール目前でまさかの失格!」
「そんなバカなぁぁぁ!」
ゴール目前でまさかのコースアウト。これにはロレッタをはじめとする、応援していた村人も大絶叫。
……うん、レースが始まる前に脱走しようとしていたから、ちょっとこうなるとは思っていた。
もしかして、最初からゴールなんて目指していなく、少年の持っている木の実めがけて走っていたのかもしれないな。
「トップランナーが消え去り、ラビがそのまま走り抜けてゴール!」
なんて思っている間に二位についていた、ラビが見事にゴール。
ゴール場にある餌に勢いよく頭を突っ込んだ。
「やったぁ! ラビが一番だ!」
これにはラーちゃんも大喜びで、長椅子から立ち上がって喜んだ。
「おめでとう、ラーちゃん」
「ありがとう。ラビが頑張ってくれたお陰!」
ラビの優勝を祝ってあげると、ラーちゃんが嬉しそうにはにかみながら言った。
昨日の金魚事件を目にしてから、ラーちゃんがこんな風に笑ったのは初めてだ。
トールとアスモに任せるなんて不安に思ったけど、ちゃんと笑ってくれるようになったのであれば連れてきてよかったと思える。
「あっ、ヴァリオンもゴールしたよ」
「本当だ」
ラーちゃんと喜びを分かち合っている間に、ヴァリオンはぬるりとゴール。続いてドッドも遅れてゴールした。
特に目立った動きはしていないが、なんやかんや二位という好成績だ。
やはり安定しているというのはそれだけで強みだな。
「二位は終始安定した走りのヴァリオン! そして、三位は鈍足ながらも完走したドッド! エカテリーナはコースで寝てしまったのでレンタ同様に失格! 四回目のレースは荒れに荒れたぜ!」
優勝候補が二匹とも失格だからな。村人たちの荒れようもすごいものだ。
「三位かー。今回はドッドの追い上げはこなかったな」
「いつ、後ろから追い上げてくるかわからないからヒヤヒヤしたよ」
「それを待つのが俺は好きなんだよね」
トールやエリックと違って、アスモはひたすらジーッと観戦していた。
ドッドの追い上げをひたすら待つとはアスモも中々に玄人な応援の仕方をする。
静かで落ち着いているように見えて、アスモが一番の勝負師だったのかもしれないな。
「こんちくしょー! 金返せ!」
「こんちくしょー?」
トールが木札を地面に叩きつけて叫び、ラーちゃんもそれを真似してしまう。
「いけません、ラーナ様! そのような乱暴な言葉を真似しては!」
……やっぱり、ラットンレースはラーちゃんの教育に悪いのかもしれない。




