ラーちゃん元気づけ作戦
転スロ、コミック四巻は11月26日発売です。
小魚すくいが終わると、そろそろ日が暮れる頃合いになったので俺達はシルヴィオ兄さんとブラムと合流し、アレイシアの馬車で屋敷に戻った。
俺達が玄関に入ると、たくさんのメイドやエルナ母さんが出迎えてくれる。
アレイシアやルーナがどこか満足そうにエルナ母さんと会話を交わす中、ラーちゃんだけが元気がない。
恐らく、さっきの小魚すくいのショックが抜けていないのだろう。
「すいません、ラーナ様は疲れてしまったようなので先に休ませて頂きますね」
「あら、外に出て疲れが出てしまわれたのかしら? お困りのことがあればお力になりますのでお大事になさってください」
「お気遣い感謝いたします」
ロレッタは丁寧に礼をすると、ラーちゃんと手を繋いで寝室の方に向かう。
「私も夕食まで部屋で休ませていただくわ」
こちらは思う存分遊んだからかエルナ母さんに収穫祭の感想を述べると、つやつやとした顔立ちでリムと移動した。
なんだかんだ今日一番楽しんでいたのはアレイシアだもんな。
「ルーナ、夕食までちょっと稽古でもしない?」
「……うん、私もそう言おうと思ってた」
「じゃあ、木剣持って中庭に集合ね」
エリノラ姉さんとルーナさんはまだ体力が有り余っているのか、そんな約束をしてそれぞれの部屋に散った。
二人の体力はどうなっているのか理解不能だ。あと約束の仕方が男子中学生みたいだ。
「シルヴィオ殿、さっき語ってくれたマーリン姫の本が読みたい。案内してくれるか?」
「ええ、いいですよ。では、書斎に案内します」
ブラムとシルヴィオ兄さんは、今日一日ずっと一緒にいたからだろう。意外と仲が進展していた。どうやらシルヴィオ兄さんおすすめの本を紹介するらしい。
「決闘を挑む側と挑まれる側なのに、あの仲の良さはなんだろう? ブラムの態度が俺の時と明らかに違う……」
「自分の行動を振り返ってみればわかるだろう?」
首を傾げていると、エリックが呆れたように言ってくる。
エリノラ姉さんの決闘の代打でいざこざがあり、最初の決闘をすっぽかし、シェルカを利用して魔法で打倒……うん、最初の時点でお互いの印象が悪すぎたね。
それに比べてシルヴィオ兄さんは、ブラムが面倒くさい奴だとわかっていながら喋り相手をしてあげたり、介抱してあげるあの優しさ。
うん、ブラムが懐いてしまうのも無理ないかもしれない。
「いや、もしかしてエリノラ姉さんを攻略するために外堀から埋めているのかも……!」
相手を射止めるためには、その周りから崩していくのが定石だと前世の姉さん達は口を酸っぱくして言っていた。
エリノラ姉さんを崩すのが難しいから、人のいいシルヴィオ兄さんから切り崩して……
「それはないだろう」
俺の懸念をエリックが鼻で嗤う。
うん、俺も思った。
そんな策士ならエリノラ姉さんと婚約するために、正面から決闘を挑むはずがないもんな。
ブラムはそんな風に世の中を上手く生きていける奴じゃない。
うん、あの二人が仲良くしてくれれば、ブラムが俺に関わることも減るだろう。存分に仲良くするといい。地味にシルヴィオ兄さんは男友達が少ないからな。
なんて呑気なことを考えていると、エルナ母さんが何か言いたそうにこちらを見ている。
「エリック、よかったらお茶でも――」
「悪い、アルフリート。俺は部屋に戻る」
エルナ母さんが俺と話をしたがっているとわかったのだろう、エリックが空気を読んで去っていく。
くそ、わかっているなら友達である俺を助けてくれよ。
「で、アル。どうしてラーナ様の元気がないの? なにか変なことでもしたの?」
どうして俺がやらかした前提なのか不思議でならない。
俺がラーちゃんに変なことなんてするわけないじゃないか。
どこか疑いの眼差しを向けてくるエルナ母さんに、俺は小魚すくいでの出来事を話す。
「ええ? そんなこと――じゃなくて、元気がなかったのはそういう理由だったのね」
エルナ母さんの口から飛び出そうな言葉を聞いて、純粋さが推し量れた気がした。
まあ、エルナ母さんは商人の娘でありながら、冒険者となって数々の魔物を屠ってきた過去のある剛毅な女性だ。
ラーちゃんのあまりに繊細で純粋過ぎる心についていけなかったのだろう。
「こういう時は元気づけてあげた方がいいのかな?」
「あら、アルにしては優しいじゃない」
俺の口から出た提案に、エルナ母さんが心底驚いた反応をする。
「ちょっと待ってよ。それじゃ普段の俺が優しくないみたいな言い方じゃない」
「だって、こういうことには面倒くさがって首を突っ込んだりしないでしょう?」
エルナ母さんの台詞にも一理あるが、俺にだって主張したいことはある。
「そうかもしれないけど、俺の周りにラーちゃんみたいな純粋な子なんて――なんでもありません」
本音がポロッと出た瞬間、エルナ母さんの笑みが黒くなった。
つい先ほど余計なことは言わないと誓いを立てたはずなのに。
「そう、だったらラーナ様を元気づけるためにアルが頑張りなさい。スロウレット領から帰ってきたミスフィード家の令嬢の元気がなければ、何か問題があったと思われるからね」
げっ、そんなことになったらシスコンのシェルカが、うちの妹に何をしたんだと乗り込んでくるに違いない。
ただでさえ、俺とエリックは毛嫌いされているのに、余計に怒りを買う事になりそうだ。
公爵家と険悪になっただなんて噂になったら堪ったものじゃないからな。
「……わ、わかったよ」
苦笑いしながら言うと、エルナ母さんは満足そうに頷いた。
■
収穫祭二日目。ラーちゃんは昨日のショックが拭い切れていないのか、朝食後も少しテンションが低めだ。
昨日であれば、目新しい朝食と収穫祭の楽しみでウキウキしていたというのに、この変化。
皆からラーちゃんを心配するような空気が漂っている。
食後の紅茶を呑んでいるエルナ母さんが、それとなく視線で「なんとかしなさい」と言っているような気がした。
「なぁ、エリック。ラーちゃんはどうしたら元気になると思う?」
「そんなことを言われてもなぁ。姉上の機嫌をとることなら慣れているが、年下の女となると……」
それなんだよな。俺達は姉がいるせいか、姉の世話を焼いたり、我儘を聞いたり、気分を良くしたりといったことに慣れている。
しかし、妹にそのようなことをしたことがないので、どのような対処をしたらいいか自信がない。
「ラーナ嬢はコリアット村での生活を楽しみにしていた。屋敷でジーッとしているよりかは、外で遊ばせておく方がいいのではないか?」
「そうだけど、アレイシアやブラムがいながらラーちゃんを元気づけるのは難しい気がする」
アレイシアとブラムに気を遣いながらラーちゃんを元気づけるのは難易度が高い。
ブラムはシルヴィオ兄さんに任せるとして、問題はアレイシアだ。あとエリノラ姉さんも危険な要因なので排除しておきたい。
「なにか女性だけを都合よく排除できるものがあればいいな。それでいてラーナ嬢だけは連れ出せるといった……」
腕を組んで考え込むエリックの台詞を聞いて、俺は閃いた。
「閃いた!」
「なんだ? そのような都合のいい方法があるのか?」
ある。貴族に定番の催しで、大義名分の成り立つものが。
皆が会話に華を咲かせる中、俺はこっそりと移動してエルナ母さんに近付く。
「エルナ母さん、ラーちゃんを元気づかせるために協力してほしいことがあるんだ」
「一応、聞いてあげるわ。なにかしら?」
息子の頼みであるというのに、安請け合いしない姿勢と言質をとらせない姿勢はどうなのか。エルナ母さんの警戒心の高さに舌を巻きながらも、小声でささやく。
「女性だけでお茶会を開いてほしいんだ?」
「どうしてお茶会が必要なの?」
エルナ母さんがにこやかにしながらも、すごく嫌そうな声を出すといった器用なことをした。
そうだよね。エルナ母さんはこういった貴族の催しが好きではない。
貴族の交流会に向かう際は、俺と一緒に正装忘れて参加できない作戦を画策したほどだ。
貴族同士のお茶会も最低限しか出席しない、お茶会嫌い。
だが、この方法が一番穏便なのだ。
アレイシアに頼めばやってもらえそうであるが借りを作ることになるし、公爵パワーで無理矢理エルナ母さんを動かすことになるので後が怖すぎる。
「ブラムはシルヴィオ兄さんに任せられるけど、アレイシア様がいるとラーちゃんに集中して元気づかせるのが難しいから」
「理屈はわかるけど、他にもっといい方法があるんじゃないかしら?」
エルナ母さんの脳内では他の案があるのか、ごねる程にお茶会が嫌なのか。後者のような気がする。
しかし、他にいい方法が現段階では思いつかない。
「でも、これはエリノラ姉さんに令嬢としての嗜みを身に着けさせるチャンスだよ? エリノラ姉さんはいつもパーティーに出ずに逃げるけど、屋敷に令嬢がいる今ならば……」
「逃げることはできず、お茶会に参加させることができるわね。わざわざ他の領地で行われるパーティーに私が同伴するよりも、ここで練習させる方が手間をかけなくていい……」
さすがはエルナ母さん。俺の言いたいことをすぐに悟って、面倒を回避――じゃなくて、エリノラ姉さんの教育方針を固めようとしている。
「ちょっと待ってなさい。ナターシャさんやアレイシア様にご相談してみるわ」
エルナ母さんはしばらく考え込むと、すすっと立ち上がってナターシャさんやアレイシアに声をかける。
「いいわね。私も女性だけでゆっくりとお話をしてみたかったところだわ」
「ルーナにお淑やかさを身に着けさせるチャン――いえ、是非とも娘共々参加したいです!」
慣れた受け答えをするアレイシアと、本音が駄々洩れなナターシャさん。
そちらの娘さんも悩みの種らしい。
「ねえ、なんだか嫌な予感がするのだけど何の話?」
不穏な空気を感覚的に感じ取ったのだろう、ルーナさんとの会話をやめてエリノラ姉さんが尋ねる。
「今日は女性だけでお茶会をすることになったの。エリノラ、あなたも参加しなさい」
「ええっ! 何でよ!? 今日はルーナと剣の稽古をする予定だったのに!」
「そんなものはお茶会の後でもできるでしょう? それとも、わざわざ余所の領地で開催されるパーティーに行きたいのかしら?」
パーティーに参加させられる面倒よりも、屋敷で済ませる方が楽なのは当然。
エルナ母さんの脅迫にエリノラ姉さんも呻くしかない。
「ルーナ」
「……エリノラと稽古ができないのは残念。私は一人で稽古をする」
助けを求めるエリノラ姉さんをバッサリと斬り捨てるルーナさん。
ここの友情も案外にもろいんだな。
「ルーナ、あなたも参加するのよ?」
「……理解できない」
ナターシャさんに決定事項にルーナさんが呆然と立ち尽くした。
「あの、それでしたらラーナ様も……」
女性だけのお茶会が進行しているからか、ラーちゃんのメイドであるロレッタが参加を申し込もうとする。
しかし、それを受け入れられてしまっては困る。
でも、爵位の低いエルナ母さんが断るのは無礼だ。ヤバい、どうしよう。
「ラーちゃんは王都の外に出られることが滅多にないでしょう? いつものようにお茶会に参加させるのは可哀想だわ。きっと村の様子を見て回る方が楽しいもの」
アレイシアの言葉を聞いて、ラーちゃんが少し顔を嬉しそうにした。
王都でもお茶会や習い事が多いって愚痴っていたからな。
「……わかりました。お茶会に参加できないのは残念ですが、次の機会があればよろしくお願いします」
「ええ、勿論よ」
ラーちゃんを気遣ってのことと気付いたのだろう、ロレッタがあっさりと引き下がった。
すると、アレイシアがこちらに微笑みを向ける。
ああ、俺がラーちゃんを元気づけようとしているのがバレてるわ。アレイシアはそれを見通した上で流れに乗ってくれている。
どちらにせよ借りを作ったようなものな気がする。
「じゃあ、ラーちゃん。今日も俺達と村に行こうか」
「うん!」
まだ昨日ほどの元気はないが、村で元気づけてやればいいのだ。




