ローガンの玉子焼き
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「へい、いらっしゃい! 我が家の特性スパゲッティはいかがです?」
俺が最初に案内した屋台は、村人達の独創的なスパゲッティ屋台。
元々スパゲッティは俺が調理法を広めたものであるが、村人達は日々の生活の中でその味付けを進化させ
ている。
今やスパゲッティはコリアット村の特産にもなっているので、最初に紹介しておいて間違いはない屋台だ。
「ほお、スパゲッティとな。一体どんなものがあるのだ?」
やはりスパゲッティが気に入っていたのだろう。ブラムが興味深そうにおじさんに尋ねる。
「俺のおすすめはニンニクオリーブとアカラスパゲッティです!」
おじさんの説明を聞いてみると、ニンニクオリーブというのはニンニクやオリーブオイル、アカラの実を使ったペペロンチーノもどきだった。
アカラスパゲッティの方はアカラの実をふんだんに使ったソースと絡めたパンチのあるスパゲッティらしい。
後者はともかく、前者の方は完全にペペロンチーノだな。
まだ俺が広めていないものを開発してしまうとは、恐ろしい食への探求心だ。
「ほお、どちらも美味そうだな。では、ニンニクオリーブを――」
「ちょいと待ちな、貴族の坊ちゃん。そんなスパゲッティより、うちの具沢山スパゲッティの方が美味しいさね!」
そう言って、隣の屋台のおばちゃんが見せてきたのは、キャベツやもやし、ニンジン、ピーマン、ウインナーなどが混ざったスパゲッティ。
もはや、焼きそばかと思うそれは意外にもいい匂いをしていて、とても美味しそうだった。
「いやいや、ワシの特製ハーブスパゲッティの方が美味いぞ?」
「お、おお。こっちも独特なスパイスが効いていて美味そうだな」
一人が名乗りを上げると、また一人、二人と家庭自慢のスパゲッティを持ってくる村人達。
貴族は他の村人よりもお金を持っているので、彼らがターゲットにするのは当然だろう。
わらわらと自分の家のスパゲッティを自慢したく、買わせたい村人が集まってくる。
「なんだかすごい数ね」
「そうですね。ちょっと移動しましょうか。シルヴィオ兄さん、ブラムは任せたよ!」
「ええ、僕っ!?」
村人にもみくちゃにされる前に、俺達はスパゲッティの屋台から避難。
去り際にシルヴィオ兄さんに一声かけると、素っ頓狂な声が聞こえてきたが彼ならなんとかしてくれるはず。
「……ここの人達はたくましい。貴族相手にあれだけ売り込みができるなんて」
「そうね。もうちょっと控えめでもいいと思うけどね」
エリノラ姉さんの言う通りだ。相手は伯爵だぞ? もうちょっと物怖じしてもいいと思う。
とはいえ、アレイシアとラーちゃんには無理な客引きはしないことから、ちょっかいをかけてもいい相手を選んでいるのだろうな。
――あれ? ということは、客引きしてくる村人は俺を舐めているのではないだろうか?
「次はもうちょっと落ち着いた屋台がいいわね」
なんて考えていると、アレイシアからそんな注文の声が。
先程のスパゲッティ屋台は公爵令嬢を連れていくには、少しレベルが高いからな。
とはいえ、落ち着きがあって面白みのある屋台とは無茶を言う。
俺は脳を回転させて変わった屋台を検索させる。
「ねえ、アル。あそこ、変な形のフライパンがいっぱい並んでる!」
「変な形のフライパン?」
ラーちゃんが指さした方を向くと、屋台ではローガンがいた。
屋台では玉子焼き専用の四角いフライパンが五つほど並べていた。
「ああ、あれは卵焼き用のフライパンだね。あそこの屋台では玉子焼きを作ってるんだよ」
「それって朝食べたやつ!?」
そう説明すると、ラーちゃんが食い気味に反応。
ラーちゃんは今朝食べた玉子焼きがお気に入りだったからな。興味があるのだろう。
「うん、今作っているみたいだし見てみる?」
「見る!」
「いいわね。どんな風に作られているか興味があるわ。行ってみましょう」
ラーちゃんが強く興味を示す姿を見て、アレイシアも微笑ましそうにしている。
今度はちゃんと目も笑っていた。
そういうわけで俺達はローガンのやっている屋台に行く。
「やっ、ローガン」
「ああ」
屋台に着くなり挨拶をすると、いつも通り不愛想な返事をするローガン。
客商売をしているというのに愛想がない。そのせいでローガンの屋台の周りにはお客が誰もいなかった。
「ねえ、玉子焼き作って!」
そんないかついローガンを前にして、ラーちゃんは無邪気にもローガンに玉子焼きを作れと頼む。
さすがにローガンでも、今年の収穫祭では貴族がやってくること自体は知っているはず。
愛想はなくても丁寧な対応くらいは……。
「なんだ、この子ど――」
「今日は貴族のお客人を連れてきたんだ! いくつか買うからちょっと見ていっていい?」
できなかったので、ローガンが無礼を働く前に言葉を割り込ませた。
すると、ローガンは少し目を見開いて、驚きの表情を見せる。
うん、どこかそうじゃないかと思っていた。
ローガンは村のはずれに住んでいるし、セリア食堂にもたまにしか顔を出さないし、顔を出しても誰かと長話をするタイプじゃない。
どうやら本当に貴族がきているという情報を知らなかったようだ。
「……お好きにどうぞ」
そのことをようやく把握したローガンは、ぶっきらぼうにそう言うと調理を始めた。
ローガン、もうちょっと友達を増やしておこうな。危うく公爵令嬢にため口をきくところだったから。
まあ、そんなことをこの二人は気にしないだろうけど、俺がヒヤヒヤする。
ローガンはフライパンに油を敷いていくと、ボウルに溶いていた玉子を一気に流し込んでいく。
ローガンは薪を入れて火加減を調整し、様子を見ながらフライパンの位置を微調整。
その表情たるや、まさに職人で火加減のばらつきさえ許容しない。
普段、台所でここまでの数のフライパンを並べることがないので、五つも並べている姿は壮観だな。
というか、この横に長い竈みたいなのも自分で作ったのか。
鍛冶師だからこそできる技。ローガンの玉子焼きにかける熱い思いが、料理器具だけで伝わってくるよう
だ。
やがて、玉子に空気が入り、固まってきたところでローガンは菜箸で少しかき混ぜる。
それを順番通りに全部にやったところで、最初にかき混ぜた玉子を器用に手元にひっくり返す。
菜箸で突きながらせせこましくやるのではなく、フライパンの勢いを使って一回で決めた。
その動作もかなり手慣れており、家でもかなりの数をこなしているものと思われる。
「わあー!」
ローガンの見事なひっくり返しに傍で見ていたラーちゃんは感激している。
玉子焼きを作れる俺としてもローガンの技術力の高さには、素直に畏敬の念を抱かざるを得ない。
だけど、ラーちゃんからこんなにも純粋な尊敬の眼差しを受けているローガンが、少しだけ羨ましい。
そんな俺の嫉妬も知らずローガンは残りの四つも手際よくひっくり返す。そのどれもが失敗はしておらず、綺麗な四角い形を保っている。
「……ねえ、エリノラ。この人は料理人?」
「いや、鍛冶師よ」
「……鍛冶師なのになんでこんなにうまいの?」
ルーナさんの疑問はもっともだろうな。
料理人でもないのにローガンは上手すぎる。
とはいえ、肝心なのは味だ。いくら形がよくっても味がダメならば意味はない。
評論家のような面持ちで見守っていると、ローガンは空いているスペースの油を敷いて、そこに溶いた玉子を流し込む。
そして、最初と同じように少しかき混ぜ、焼き上がったらドンドンとくるんでいく。
「無駄のない職人の動きというのは綺麗なものね。同じ動作を繰り返しているだけなのに不思議と目が離せないわ」
アレイシアの言葉には同意だ。ただ玉子焼きを作っているだけなのに延々と見ていられる。
職人の技というのは、それだけ人に感動を与えるものなのだろう。
そうやって五分ほど眺めていると、ついにフライパンの上で玉子焼きが完成する。
フライパンの上で形を整えると、それをまな板の上に乗せて包丁で丁寧に切る。
すると、玉子焼きがぱっかりと割れて、熱々そうな蒸気が漏れ出た。
「わぁ、おいしそう!」
食べてもいないのにラーちゃんの意見に同意見。
ローガンは切った玉子焼きを串に刺すと、それをラーちゃんに差し出した。
「……どうぞ」
「いいの?」
「熱いので気をつけて」
「えへへ、ありがとう」
ラーちゃんは礼を言うと、玉子串を受け取ってフーフーと息を吹きかける。
それからゆっくりと小さな口で一口。
「んー! おいしい!」
「当然だ」
ラーちゃんの純粋な賛辞にローガンは腕を組んで頷いた。
それからローガンは切った玉子焼きに次々と串を刺して、俺達に渡してくれた。
目の前で湯気を上げている玉子焼きを俺も口に含む。
ふわっととろける玉子は、とてもまろやかで口の中で溶けていくよう。
そして、なにより砂糖や醤油といった調味料の具合が抜群だった。玉子の味を壊すことなく、自然と旨味を引き上げている。
このバランスに至るまで、一体どれほどの道程を経てきたのか。
こんな玉子焼きは広めた俺でも、料理人のバルトロでさえも作れはしない。
認めよう、ローガン。君の玉子焼きは形だけではなく、味も完璧だということを。
「味も素敵ね」
「……美味しい」
「うむ、プロの味だな」
これにはアレイシア、ルーナさんやエリックもご満足の様子。
三人ともあっという間に玉子焼きを平らげていた。
「さすがだね、ローガン。お代はいくら?」
「このフライパンと料理はお前が教えてくれたんだ。金はとらん」
「そういうわけにもいかないよ。仮にそうでも、ここまで美味しいものにできたのはローガンの力だからね」
「銅貨二枚と賤貨五枚だ」
普通の玉子焼きにしては高めであるが、これだけの美味しさと技術があれば納得の値段だ。
ローガンの掲示した値段のお金を俺が払う。
そして、最後にラーちゃんがローガンの下に寄り、
「おじさん、美味しかった! ありがとう!」
「……ああ」
ローガンの返事はいつも通り不愛想なもの。
しかし、その表情はいつもと比べて柔らかいような気がした。




