アレイシアの魔法
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アレイシアの馬車は五人が乗ってもゆとりのある広さで、ダンパーのような衝撃を吸収装置が組み込まれているのか驚くほど揺れが少ない。
お尻から伝わってくる振動の少なさに驚いていると、あっという間にコリアット村に到着した。
「うわー、最初に見た時よりも人がたくさんいるね!」
ラーちゃんが窓の外を覗いてはしゃぐ。
今日は年に一度の収穫祭。
コリアット村の人々が一同に集まるだけでなく、よその村人や旅人も訪れる日。村の人口が一番多くなる。
それに加えて貴族が客としてやってくると周知されているせいか、俺達の馬車を見て、たくさんの村人達が集まっている。
「おい、あれってこの間通った貴族の馬車だよな?」
「ということは領主様の客か」
「どんな人達が中にいるのかしら?」
屋台で売り出された料理を片手に遠巻きに見ている村人達。
馬車から出てくる貴族が気になってしょうがないようだ。村人達の目は好奇心に満ちている。
馬車がゆっくりと村の入り口に停車すると、御者のリムさんが扉をゆっくりと開けた。
そして、俺が真っ先に降りてやる。
村人達は綺麗な令嬢やカッコいい美男子を想像していたかもしれないが申し訳ない。
入り口に一番近いのは俺だったのだ。
「「なんだ、アルフリート様か……」」
村人達から揃って漏れる落胆の声。
見慣れている奴が真っ先に降りてきて悪かったね。
とはいえ、ここからは村人も知らない本物の貴族だ。
次に入り口に近かったエリックが馬車から降りる。
「きゃああああああっ! 新しい男の子よ!」
「それも浅黒のクール系!」
すると、村に潜んでいるご腐人方が喜びの声を上げた。
「……な、なんだ? 歓迎されているのか?」
突然熱のある黄色い歓声を受けてエリックは戸惑っていた。
「うん、そうだよ。だから、気にしなくていいよ」
世の中、知らない方がいいこともある。
多分、エリックは彼女達の中で新しくネタにされるのだろうな。一心不乱でエリックを見てスケッチしている女性とかいるし。
エリックが降りると、次に出てきたのはロレッタさんに手を引かれて、馬車を降りるラーちゃん。
村にいる男性諸君が期待していた令嬢だ。
男性が期待していた想像とは違ったかもしれないが、愛くるしいラーちゃんの姿を見て、皆表情を和ませていた。
そして、満を持して降りてくる本物の令嬢。
リムさんに手を引かれてアレイシアが馬車を降りる。
端正な顔立ちに紅色の長い髪。紅と黒を基調とした豪奢なドレスに見劣りしないのは彼女の美貌があってこそだろう。
高貴な風格を纏ったアレイシアを目にした村人達は、一同に声を失っていた。
人間は綺麗なものを見ると声も出なくなる。そんな様子が一目で理解できる光景だった。
「ラーちゃんの言う通りね。この間通った時よりもずっと人が多いわ」
本人はそんな光景にも慣れたものなのか、視線を向けられてもどこ吹く風だ。
後続の馬車からはエリノラ姉さんとルーナさんが降りてきて、シルヴィオ兄さんやブラムも降りてくる。
これだけ村に貴族が訪問してくるのは初めてなので、続々と馬車から人が降りる度に村人達は興奮していた。
「さて、まずはどこに向かえばいいのかしら?」
「ひとまず、真っすぐ進んで祭りの雰囲気を楽しんでもらって、気に入った料理や催しがあったらやってみればいいと思います」
「わかったわ」
ここは王都のような入り組んだ場所ではないので道に気を付ける必要もない。
気ままに歩いて楽しんでくれればそれでいい。
「アル、早くいこー!」
ラーちゃんに急かされて、俺達は早速歩き出す。
後ろの馬車から出てきたエリノラ姉さん達も同じように付いてくる。
「見て見て、アル! あそこに大きなカボチャが並んでる!」
ラーちゃんが最初に目をつけたのは道の端に陳列されている巨大なカボチャだ。
その大きさは一メートルを超えていて、ラーちゃんと同じくらいの大きさから、大人と同じくらいの大きさをしているものもある。
「何で、ここにカボチャを並べてるの?」
「ああ、これは収穫したカボチャの大きさを比べているんだよ」
始まりは収穫祭の日に、村人が自分の畑で獲れた作物を自慢したことだ。
それ以来、村人達は毎年この時期になると、もっとも大きな作物をここに並べて競い合うのである。
「村人達の生活から根付いた文化というのがわかって面白いわ」
確かに。村の男子達が張り合って生まれた姿が容易に想像できた。
「これだけ大きいと当分食べ物に困らないね!」
大きなカボチャを撫でながら言うラーちゃん。
それを食用だと信じて疑わない純粋な心が眩しい。
「残念ながら、この大きさになると、味が薄くなって美味しくないからあんまり食べたりはしないんだ」
「ええ? そうなの? 勿体なーい!」
「でも、こうやって皆を楽しませることができているから、これはこれでいいでしょ?」
食べることが全てではない。
こうやって人の心に楽しさを与えるというのも、尊いものだと俺は思う。
何でもかんでも役に立つ、立たないで判断をしていては大事なものを見落としてしまうからな。
良い人生を送るためにも、こういう楽しむ心を持てるのは重要だ。
「なるほど! カボチャさん偉い!」
ラーちゃんにそれを理解できるかは不安だったが、何となく理解してくれたようだ。
大きなカボチャを労わるかのように撫でている。
「……このカボチャ、とっても硬い」
後ろでは巨大なカボチャをコンコンと叩くルーナさん。
近くにいたエリノラ姉さんは、ルーナさんの行動を何となく真似て同じように小突く。
それだけで硬いカボチャの表面が陥没した。
「……あっ」
「く、腐っていたのかしらね? 裏側に向けときましょ!」
カボチャを回転させて凹ませたことを隠蔽しようとするエリノラ姉さん。
収穫祭前に獲ったばかりなのに腐るわけないじゃん。
試しに近くにあるカボチャを小突いてみたら、俺の拳の方が凹むんじゃないかと思うような防御力だった。
身体強化をしたわけでもないのに、どうしてこれを素手で凹ませることができるのか不思議でならない。
村の入り口にある巨大作物陳列ゾーンを抜けると、通りの両端には村人が建てた屋台が建ち並んでいる。
恰幅のいいおばちゃんが気合の入った声を上げて客を呼び込み、負けじと隣の屋台のおじさんが声を張り上げる。
一年に一度の稼ぎ時とあってか、どこの屋台も気合が入っているな。
王都の屋台通りと比べると規模も小さいが、それに負けない村独自の活気があった。
「わー、賑やかで楽しそう!」
屋台の様子を見て、ラーちゃんが目を輝かせる。
「フン、庶民が多いな」
「まあ、庶民のお祭りですから」
ラーちゃんと正反対に鼻を鳴らして言うブラムであるが、シルヴィオ兄さんに苦笑いされながら正論を言われていた。
うん、あっちの面倒な奴のお世話はシルヴィオ兄さんに任せよう。
俺はブラムとシルヴィオ兄さんを意識から外して、ラーちゃんに尋ねる。
「ラーちゃんは村の祭りを見るのは初めて?」
「うん! 私も行きたかったけど、いつもパパとママが連れてってくれないの!」
「ラーナ様、旦那様と奥様のお気持ちもお察しください」
頬を膨らませて不満アピールをするラーちゃんをメイドのロレッタが諫める。
ラーちゃんはまだ四歳だから、魔物や盗賊なんかが生息している外の世界に出したくないのだろうな。
「これだけ可愛い娘さんがいるとご両親が過保護になっちゃうだろうしね」
「そうなのですよね。とりわけラーナ様は旦那様に可愛がられているので、あまり外に出られないのです」
「それで今回はよくこんな遠いところまで来るのを許してくれたね?」
これだけ可愛い娘を片道一週間はかかる遠方の地にまで送り出すなんて。そうとうご両親の許可をとるのに難儀しただろう。
「うん、いつもは絶対ダメーって言うけど、アレイシアの魔法のお陰で許してくれたの!」
「アレイシア様の魔法?」
「うん! なんかね、浮――」
「ラーちゃん、忘れたの? 私達の魔法は誰にも言わない約束でしょ?」
ラーちゃんが魔法の正体を明かしそうになったタイミングで、アレイシアがにっこりと笑いながら口を挟
む。
とても綺麗な笑みをしているが、目元は全然笑っていなかった。
「あっ、そうだった! えへへ!」
いけないとばかりに笑って誤魔化すラーちゃん。
そんな姿も可愛いけど、メイドであるロレッタさんは顔を引きつらせて「私は何も聞いてません。私は何も聞いてません」と自分に言い聞かせるように何やら唱えている。
さっきの言葉の続きって、もしかして浮気とかじゃないよな?
ラーちゃんのパパが浮気をしており、アレイシアはそれを知っていて圧力をかけたとか……。
「なあ、アルフリート。俺達は今、すごいことを聞いてしまったのではないか?」
「バカ、そういうことは思っていても口に出すなよ」
そんな推測をしていると隣を歩いているエリックがバカなことにわざわざ口に出す。
「――ねえ」
不意にアレイシアが声をかける。
得体の知れない圧力に俺の背筋がゾクリとした。
「「は、はい! なんでしょうアレイシア様?」」
「どこを見ようかしら?」
思わず二人揃ってかしこまると、アレイシアは実に綺麗な微笑みをたたえながら言ってきた。その目はやっぱり笑っていない。
余計なことは考えるな。口にするなということだろう。
世の中、知らないことがいいこともたくさんある。
「ど、どこに行きましょうか。おい、アルフリート。お前、おすすめの屋台を案内しろ」
「そ、そうだね。じゃあ、俺がおすすめの屋台を案内しますよ」
「ええ、お願い」
本当は気ままに巡るだけで十分だったのだけど、アレイシアの作りだした流れに逆らうことができず俺は先導するのであった。




