ちょっと散歩に
テーブルに並んだ料理は、魚の塩焼きや卵焼き、味噌汁、かぼちゃのそぼろに、ほうれん草の煮浸し、キノコのバターソテーなどといった秋の味覚を取り入れたカグラ料理が中心のもの。
「あら? 随分と見慣れない料理ね?」
「白い粒みたいなのがあるー」
カグラ料理を目にするのは初めてだったのか、アレイシアとラーちゃんが料理を見て不思議そうにしている。
「これはカグラという異国の料理ですよ」
「確か少し前にトリエラ商会がカグラの商品を売り出していたわ。そこの国の料理というわけね」
トリーが王都でもカグラ製品を売っているからか、カグラという国についてはアレイシアも耳にしたことがあったようだ。
「カグラ?」
一方、ラーちゃんは聞いたことがなかったらしくきょとんとした表情をしている。
「海を越えた先にある国だよ」
「どれくらい遠いの?」
「片道で二週間くらいはかかるかな」
「それは大変だね」
端から見たら適当に相槌を打っているようにしか見えない返事だが、ラーちゃんはちゃんと頷いたり、心の籠った優しい返事をするのでそうは思えないな。
これがトールやアスモであれば、どつきたくなるに違いない。
「エリックはあまり動じないのね?」
「以前、アルフリートがうちにやってきた時にお土産として渡されて食べたことがありますから」
アレイシアに興味を持ってもらえたからか、俺のお土産を食べたことを何故か誇るエリック。
俺が関わると自慢げにすることなどまずないというのに、恋というのは人を惑わしてしまうものだな。
「……奇怪な料理だな」
俺に文句をつけたいのか、本当にカグラ料理が気に入らないのかブラムは微妙な表情をしている。
「パンやシチューなどもありますので、合わない時はそちらを食べてくださいね」
シルフォード家はともかく、アレイシア達がカグラ料理を気に入るとは限らないので、パンやシチュー。スパゲッティといった洋風のものまで用意している。
和食だけでなく洋風も用意しただなんてバルトロは仕込みが大変だっただろうな。
カグラ料理について解説していると、テーブルの上への配膳が終わって準備が整う。
「それではどうぞ召し上がってください」
ノルド父さんが促すと、皆が思い思いに料理に手を伸ばした。
説明したとはいえ、アレイシアやラーちゃんからすれば異国の料理に手をつけるのはためらわれるだろうから、俺が手本を見せるように味噌汁をすする。
「あー、やっぱり朝は味噌汁だな」
野菜の甘みが溶けだした味噌汁はとても優しい味だ。起きたばかりで食欲がなくても、これを口にすれば胃が活性化して食欲が増すんだよなぁ。
俺がホッとした表情をしながら味噌汁を食べていると、アレイシアやラーちゃんも真似をするようにすする。
「塩味とも違った独特な味ね」
「優しい味~」
アレイシアは興味深そうに食べ、ラーちゃんは味噌汁が気に入ったのかにへらっと表情を緩ませている。
味噌の味に拒否反応はないようでよかった。
一方、大人達は味噌汁を飲むなり感激の声を上げている。
「おお、これが山の幸の味噌汁か! 柔らかい味だな!」
「スロウレット家の皆さんからもらって、うちでも味噌汁を作るようになりましたが海鮮系の具材が多いので、こういうのは新鮮ですね」
おお、シルフォード家ではあら汁っぽいものに進化しているのか。
なに、それ。めっちゃ美味しそうなんだけど。
「魚の旨味や出汁が染み込んだ味噌汁も美味しそうだわ」
「今度いらっした時は振る舞いますよ。うちの料理人ってば、味噌や醤油を貰えたのがとても嬉しかったみたいで、日に日に料理を開発してるんです」
「あら、それは増々楽しみになったわ」
味噌汁を飲みながら和やかに会話するエルナ母さんとナターシャさん。
エリックの家の料理人はとても美味しくて腕がいいし、やる気にも満ちている。
もし、エリックの領地に行く機会があれば、色々な料理が増えているかもしれないな。
気合いの入った煮付けとか出されたら最高だろう。
「アル、これって本当に卵を使ってるの?」
ラーちゃんが指をさしたのは卵焼き。四角い玉子焼きは王国ではないために気になるようだ。
「そうだよ。卵を溶いてフライパンの上で何重にも巻いてるんだ。ふっくらしてて美味しいよ」
「じゃあ、食べてみる!」
俺がそう言うと、ラーちゃんはフォークで一口にカット。そして、興味深そうに断面を観察した後、それをゆっくりと口に含んだ。
「んん! 甘くてふわふわ! 私、これ好き!」
「ご飯と一緒に食べると、さらに美味しくなるよ?」
俺がそう言うと、ラーちゃんは急いでご飯を頬ぼった。
ご飯を口に入れ過ぎたのだろうか口が膨らんでいる。それでもラーちゃんのとろけるような笑顔を見れば気に入ってくれたことはよくわかった。
「ご飯と一緒に食べると味が倍増するっていうのが面白いわ。魚の塩焼きともよく合うわね」
アレイシアは魚の塩焼きとご飯を食べるのにハマったようだ。
しかし、いつの間にか魚が綺麗に解体されているには、後ろで控えているリムさんのお陰だろうか。俺は普段メイドに給仕はさせないタイプだけど、あれだけ綺麗に解体してもらえると魚の塩焼きだけはやってもらいたいなと思ってしまうな。
にしても、先程からずっと無言のブラムの反応が気になるな。
カグラ料理を微妙そうに見えていた彼であるが、はたしてどうだろうか。
ブラムの方を見ると、夢中になって魚の塩焼き、ご飯、卵、ご飯、味噌汁、ほうれん草などと忙しくループを繰り返していた。
どうやらブラムは、こちらがアドバイスするまでもなく和食のループを見つけ出してハマってしまったようだ。
うん、あれは問題ないな。
隣にいるエリックもしっかりと味わって食べているみたい……と、安心していたのだが、ほうれん草だけまったく手がつけられていなかった。
「……ねえ、ほうれん草は?」
「マヨネーズがないと食えん」
蒸し野菜がある程度いけたので大丈夫かと思ったんだけどな。まったく、こいつは……。
◆
朝食が終わるとダイニングルームでは、まったりとした時間が流れる。
ラーちゃんは早く収穫祭に行きたいようであったが、まだ少し時間が早い。
今頃村人は屋台を出したり、催し物の準備をしたりで大忙しになっているだろう。祭りの始まる前の騒々しさを楽しむのも一興だけど、さすがにアレイシアやラーちゃんを案内するには騒々し過ぎるからな。
祭りが始まって、少し後くらいに行くのがちょうどいい。
そんな訳で今は食後の紅茶を楽しんだり、果実水を呑んで一息ついたりと思い思いに時間を潰している。
満腹感によって気分もよくなったからか食後の席では会話に華が咲いていた。
エルナ母さんが気を効かせたのかエリノラ姉さん、ルーナさん、アレイシア、ラーちゃんといった女性だけの面子で会話をしている。
エリノラ姉さんの白々しい会話を聞いてみたいところであるが、ジーッとこちらを睨んでくる男が。
ブラムだ。何の用かは言わなくてもわかる。昨夜に約束した決闘をやりたくて仕方がないのだろう。
まったく、食後なんだからもう少し休ませてほしいところであるが、ここでごねられても困る。
「ブラム様、ちょっと食後の散歩に行きませんか?」
「……いいだろう。付き合ってやろう」
俺がそう切り出すと、ブラムは好戦的な笑みを浮かべた。
今から俺と決闘できることが嬉しくて仕方がないようだ。
「エリックもくるよね?」
「そうだな。朝の風に当たるのも悪くないな」
昨夜のうちに話をつけていたのでエリックは文句を言う事なく素直についてくる。
俺とエリックが外に出ると、ラーちゃんも付いてくると言いかねないので、そそくさと逃げるように部屋を退出。
その直前にエリノラ姉さんとアレイシアと目が合ったのだが、特に声をかけられることはなかった。
まあ、声をかけられたら適当にトイレとか言って誤魔化すつもりだったけどね。
「それでは木剣を取ってくる」
「取ってきたら外に集合ということで」
「ああ」
素っ気なく返事して歩き出すブラムの背中を見送って、俺も自分の部屋へ木剣を取に行くことにした。




