黒い笑みと自然な笑み
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乾杯の挨拶が終わると、各々が好きに料理へと手を伸ばして食事を開始する。
「ナポリタン取ってー」
「かしこまりました。他の種類も少しずつ取っておきますね」
ラーちゃんに言われて、傍に控えていたロレッタが皿を持って、少しずつおかずを盛り付ける。
「リム、お願い」
「はい」
アレイシアが短く告げるとジッと気配を消していたリムが動いて、おかずを盛り付ける。
特に取るおかずの指定はされていないが、長い間仕えているからか好みはわかるのだろうな。
そして、スパゲッティが盛り付けられて、ラーちゃんがナポリタンを巻きつけて口にする。
「んんっ! ちょっとトマトの味がするけど甘くて美味しい!」
言い方からして、トマトは少し苦手なのだろう。しかし、それでもラーちゃんはナポリタンの味を気に入ってくれたようだ。
そして、隣のアレイシアを確認すると、彼女はスパゲッティを真剣な表情で見つめている。
……黙って料理を見つめられると怖いな。美味しくないとか言われたら、どうしよう。
「アレイシア様、どうかしましたか?」
「……アル、このスパゲッティの調味料には何が使われているのかしら? 食べたことのない味がするわ」
おずおずと尋ねると、アレイシアは真剣な表情で和風スパゲティを指さした。
「それはカグラにある醤油という調味料を使っていますよ」
「それって、もしかして黒い液体をした?」
「はい、知っているんですか?」
醤油と聞いて、黒い液体と連想することは醤油についての情報を断片的にでも知っているはず。
「トリエラ商会で最近黒い調味料が売られているって耳にしていたから」
「ああ、まさしくそれが醤油です」
さすがは公爵令嬢。今や大きな商会となったトリーの店の情報もしっかりと仕入れているようだ。
「これは料理の味に幅が広がりそうね。黒い液体ってことで、ちょっと敬遠していたのだけど、これは他の貴族が気付く前に買い占める必要があるわ」
醤油の可能性に気付いたのかアレイシアが黒い笑みを浮かべながら言う。
こっちも黒くて怖いので敬遠してもいいだろうか? なんて言えたらいいのにな。
「明日の朝は、醤油や味噌というものを使った料理も出てくるので、色々と気に入ってもらえると思いますよ」
「味噌……それも私の知らないものだわ。ええ、明日の朝食も是非楽しみにさせてもらうわ」
にっこりと笑み浮かべるアレイシア。
今のアレイシアの笑みはラーちゃんを可愛がっていた時のような自然なものの気がする。今まで浮かべていたような作り物の笑顔ではない、年相応の可愛らしいもの。
アレイシアが浮かべる笑みの種類には、どのような意味があるのだろうか。ちょっとだけ気になった。
「……おい、アルフリート。スパゲッティはどれも美味いのだが、野菜料理が多くないか? さては俺が野菜嫌いと知っての嫌がらせだな?」
「うちは野菜が名産なんだから、野菜が多く当然だよ」
わかっている癖にそんな個人的な文句をつけられても困る。
「ラーナ様、野菜もちゃんと食べませんと」
「野菜きらーい!」
目の前ではロレッタに注意されて、プイッと顔を背けるラーちゃんが。
「ラーちゃん、野菜苦手なの?」
「うん、だって苦いから」
やはりラーちゃんも野菜が苦手なのか。まあ、四歳という年齢を考えれば、野菜を苦手に感じてしまう年頃かもしれない。
野菜が苦手な子供が多いのは本能的にそれを避けてのこと。野菜には苦かったり、酸っぱかったりするものが多く、人間は本能でそれらを毒性の強いもので認識して吐き出してしまうのだ。
でも、それは毒性の強いものではないという認識が生まれれば変わる。
つまり、美味しく食べたという経験だ。
「ラーちゃん、ここの野菜は他とはちょっと違うから少しだけ食べてみてよ」
「えー」
「ほんの一口だけでもいいから。ここのは美味しいよ」
「んー、アルがそう言うならちょっとだけ……」
俺が食い下がって頼んでみると、ラーちゃんは渋々といった表情ながらも蒸されたニンジンをフォークで突き刺した。
ラーちゃんにはエリックのように野菜嫌いのままに育ってほしくないのもあるが、純粋にコリアット村の野菜を食べてもらいたい。
野菜が苦手な人でも、きっと美味しく感じられるものがあると思う。
俺が見守る中、ラーちゃんはフォークに刺したニンジンを躊躇いながらも一気に口にした。
苦手だからだろう。目を瞑ってちょっと嫌そうにしながらも咀嚼する。
そして、次の瞬間にクリッとした瞳を見開いて、
「甘い!」
「でしょ?」
驚きに包まれたラーちゃんの反応に、俺はどこか満足げに笑う。
「えっ、なにこれ? このニンジン、すごく甘くて美味しい!」
「まるで果物のようだわ。まったく苦みや泥臭さもなく、野菜の甘みが凝縮されて育っているのね」
ラーちゃんだけでなく、隣にいるアレイシアもナイフでパプリカを切って食べながら満足げな様子で感想を言ってくれる。
そうだ。うちの野菜は他とは違って野菜の甘みが抜群なのだ。他の領地のものよりも苦みや臭みも抑えられているので、比較的苦手な人でも食べやすい。
さらに蒸し野菜は、野菜の栄養と旨味を閉じ込めることのできる方法。コリアット村の旨味の強い野菜と組み合わせると最高なのだ。
「私、ここの野菜なら食べられるかも!」
ラーちゃんはそう言って、カボチャを口にする。
「うん、カボチャも美味しい!」
「ラーナ様がこんなにも進んで野菜を食べるなんて……」
野菜嫌いのラーちゃんがパクパクと野菜を食べる姿を見て、ロレッタはとても驚き、感激している。
これを機会に、野菜は苦くて毒性のあるものという認識を変化させて、美味しいものだと認識してくれると嬉しい。
きっと野菜を美味しく食べたという経験は、ラーちゃんの野菜嫌いを緩和させてくれることだろう。
「ほら、エリック、あなたも少し食べてみるべきよ」
「お、俺もですか?」
アレイシアに勧められて困惑するエリック。意中の相手から勧められるのは嬉しくないはずがないだろうが、嫌いな野菜とあってすぐに返事ができないでいる。
「エリック、ここの野菜は美味しいよ?」
「ほら、野菜が嫌いだったラーちゃんもこう言ってるぞ?」
純粋なラーちゃんの気持ちに乗っかると、エリックは苦悩しながら。
「う、うむ、マヨネーズはつけてもいいだろうか?」
「いや、この流れでつけるのはなしだろう」
ここでマヨネーズをつけるは違うと思う。
「そうか……ならば、少しそのままで食べてみよう」
俺達が見守る中、エリックは蒸したブロッコリーをゆっくりと口に入れる。
「んおっ!?」
すると、驚きの声を上げたエリック。
「どう?」
「俺の知っているブロッコリーとまったく違う。俺が前に食べさせられたものは、もっと青臭くて味があんまりしなかった。でも、このブロッコリーは青臭さなんてなくて、ブロッコリーの甘みのようなものが感じ
られる。それに食感もしっかりしていて面白い。これならば、俺でも野菜が食べられそうだ」
自分でも驚いたという風に感想を述べるエリック。
うちの野菜であれば、野菜嫌いの人でも食べられる。これは野菜を育ててくれた村人にとっては最高の褒め言葉かもしれないな。
作ってくれた村人に後で伝えておいてあげよう。
「ただ、一つだけいいだろうか?」
「なに?」
「……これにマヨネーズをつけていいだろうか? 俺の勘が絶対に合うと告げているんだ」
こいつ、今までの流れを台無しにしやがった。
ったく、誰がこいつをこんなマヨラーにしたのだろうか……まあ、俺だったな。
「はいはい、どうぞ」
「おお、では早速!」
すると、エリックはブロッコリーをとってマヨネーズにつけて食べる。
「おお、やはり! こっちの方が遥かに美味しく感じられる!」
確かにブロッコリーとマヨネーズの相性はいいけど、野菜そのものの味を自慢としているうちからすれば、ちょっと複雑だ。
まあ、食べ合わせも好みもぞれぞれだし、ちゃんと野菜も美味しいと認めてくれたので許してやるか。
「エリック、マヨネーズってなに?」
「ラーナ嬢も気になるか! このマヨネーズというのは――」
「やめろ、エリック。ラーちゃんを変な道に引き込むな。マヨネーズ料理でも食ってろ」
「おおっ!」
駄メイドと呼んだりクッキー好きになるのはまだ可愛い範疇なのでいいかもしれないが、エリックのようなマヨラーにしてしまうのは流石に申し訳が立たない。
「そんなことよりラーちゃん。ナポリタンをパンに挟む、ナポリタンドッグって知ってる?」
「ええ、なにそれ、なにそれ!」
ラーちゃんから気を引くために、あからさまに話題を変えたら見事に食いついた。
ちょっと心配になるチョロさであるが、それほどナポリタンが大好きになってくれたということなのだろ
う。
「ええ? スパゲッティをパンで挟むの?」
「貴様、料理として完成されたスパゲッティをパンに挟むなどバカだろ?」
パンに挟むというのが意外だったのか、アレイシアや黙々とスパゲッティを味わっていたブラムまで突っ込んでくる。
ちなみに今のコメントでエリノラ姉さんの顔がちょっとムッとしていた。
エリノラ姉さんはナポリタンドッグが好きだからな。屋敷で出てきた時や、お弁当としてよく食べているのだ。
知らないのは当然だが、一つ地雷を踏んでしまったな。
そんなことを思いながら俺は質問に答える。
「いや、これが美味しいんだよ」
「へえ、やってみる!」
「じゃあ、私も」
「アレイシア嬢、正気ですか!?」
「ええ、だってアルが美味しいって言うんだもの」
ラーちゃんが乗ってくれることは予想していたが、アレイシアまでやるとは驚きだ。
ラーちゃんとアレイシアの意を汲んで、ロレッタとリムがナイフでパンに切れ込みを入れて、そこにナポリタンを盛り付けた。
そして二人は完成されたナポリタンドッグを手に取ると、ラーちゃんは豪快に、アレイシアは上品に口にした。
「ん! 本当だ! アルの言う通り美味しい!」
「ええ、意外なことにパンととても合うわ。さすがスパゲッティの発祥地だけあって変わった食べ方もあるのね」
口元にソースをつけながら喜ぶラーちゃんと、口元を手で上品に隠しながら驚くアレイシア。
「な、なんだと……」
そんな二人をブラムは驚きと羨望の混じった目で眺めている。
自分も試してしまったけど、さっきバカにするような発言をしてしまったために、切り出すことができないと言ったところだろう。
「変わった食べ方ですけど、ブラム様も一度お試しになってはいかがでしょうか?」
「そ、そうだな。そこまで言うのであれば、俺が味を見てやろう」
俺がそう提案すると、ブラムは上から目線で答えた。
相変わらず偉そうであるが、表情から嬉しさの笑みが漏れていたので微笑ましかった。
初老の執事がナポリタンドッグを作ると、ブラムはそれを受け取って食べる。
「おお、美味――いけるではないか。スパゲッティとパンも中々に合う」
「美味しいって言えば――んぐ?」
「ラーナ様、口元にソースがついていますよ」
ブラムの素直じゃない感想をラーちゃんが真っすぐに突っ込もうとしたが、それはロレッタがナプキンで口を拭くことで防がれた。




