新しいスリッパ
期待にこたえて連続更新! 書籍七巻は4月25日発売です。
アレイシアとラーちゃんを出迎えた俺達は、屋敷に案内するために玄関へ入る。
とはいえ、護衛の方々まで伴って一気に案内することはできないので、護衛の人達は先にサーラによって泊まるべき離れの屋敷を案内されている。
相手は公爵家の護衛で緊張する相手かもしれないがサーラであれば、問題なくやってくれるだろう。
「お屋敷に上がる際は、外靴をお脱ぎになって、ここにある内靴、スリッパを履いてください」
「スリッパ?」
エルナ母さんの言葉を聞いて、ラーちゃんが小首を傾げる。
ミスフィリト王国では、家の中でも外靴の場合が多いからね。アレイシアも驚いている辺り、二人の屋敷では外靴で過ごすのだろう。
「ほら、こっちには動物のやつもあるよ」
「なにこれ、可愛い!」
一応、客人相手として大人しいデザインのスリッパを出しているが、俺が作ったゲコ太シリーズやぴょん吉シリーズもある。
それを差し出すとラーちゃんは目を輝かせて食いついた。
「靴を脱いで、こうやって足を入れるんだ」
「こう?」
俺がぴょん吉のスリッパを履くと、ラーちゃんも真似をして足を入れた。
「そうそう」
「うわあ、足にカエルがいて可愛い!」
ゲコ太スリッパが気に入ったのだろう。ラーちゃんは自分のスリッパを見て可愛らしく飛び跳ねる。
ちなみにドール子爵に見せたら、ラーちゃんと同じようにはしゃいでくれたのだが可愛さは段違いだな。
「最初は俺も戸惑ったが、慣れると楽だな」
「あはは、エリックのスリッパ豚さんだ!」
エリックの足元にいるトン吉を見て喜ぶラーちゃん。
スリッパだけでこんなにも喜んでくれるなんて作った側も冥利に尽きるな。
「アレイシア様もどうぞ」
「あら、私だけ普通の物なの?」
シルヴィオ兄さんがアレイシアにスリッパを勧めると、そんな台詞が返ってきた。
これにはシルヴィオ兄さんが戸惑っている模様だったので、知り合いである俺が尋ねる。
「えっと、アレイシア嬢も動物スリッパがいいのですか?」
「ええ、だってこっちの方が可愛らしいもの。それに私だけ別の物を履いていると、仲間外れみたいで悲しいわ」
悲しそうな乙女の表情を作ってみせるアレイシア。
その仕草はとても様になっているのだがどこか嘘くさい。
後ろで見ているエリノラ姉さんも、そのカマトトぶりを見て少しイラっとしている模様。同じ女子として感じるものがあるのだろう。
「おい、アルフリート。別の可愛らしいスリッパはないのか?」
悲しそうな顔をするアレイシアを見て、何故かエリックがそんなことを言う。
お前は俺の上司か。
落ち着いた物腰で俺よりも年上だし、普通の物がいいと思ったのだがどうやらアレイシアは俺達と同じようなスリッパをご所望らしい。
仕方ないので俺は靴箱から新たなスリッパを探す。
ここで同じ物や色違いを出しても面白くないな。ドラゴンスリッパはノルド父さん専用だし。新しく作ったやつを出してみるか。
「じゃあ、ワニ郎とカバ美、チュー吉があるけどどれがいい?」
「ワニとカバとネズミだ!」
そう、ラーちゃんが言った通り、新しく作ったスリッパはワニとカバとネズミを模したもの。
「いつの間に作っていたのよ!?」
「あら、今回のも可愛らしいわね」
新しい動物シリーズが出来上がったと知ってか、エリノラ姉さんとエルナ母さんも興味津々だ。
「他のスリッパと形が違うようだけど、どうやって履くのかしら?」
「ああ、これはブーツみたいなものですよ。他のスリッパみたいに気軽に脱いだり、履いたりはできないですけど、密着感と心地良さがあります」
「あら、本当ね。ブーツみたいなのに中がフカフカで気持ちがいいわ。それにカバの口に入れるような見た目が面白いわね」
俺が説明すると、アレイシアは物怖じせずにカバ美スリッパを履いた。
そう、カバ美は上から見ると大きな口を開けているように見えて、その口の中に足を突っ込んで履くというユーモアさに溢れたもの。
このタイプのスリッパには以前から挑戦していたのだが、綿と布の質が悪いせいか肌がチクッとしていたのだ。
しかし、グレゴールがフカフカの綿と肌触りのいい布を提供してくれたお陰で、肌触りが快適なものになり、この形態が完成するのに至ったのである。
作り手の拘りを見抜くとはやるな。
「後ろのメイドさんも如何ですか?」
「えっ?」
アレイシアがカバ美を履いたので、俺はその後ろに控えているメイドさんにも勧めてみる。
すると、メイドさんは驚いたように目を見開いた。
それだけでなく周りにいた皆も驚いている。
「うおお! ……いたのか。まるで気付かなかった」
「酷いな。そういうこと言われると傷つくんだぞ」
エリックのあまりに正直な台詞を俺は注意する。
俺もよく存在感が薄いせいか、影が薄いとか地味とか、急に現れるなとか言われることがあるからな。
アレイシアのメイドさんは、長い黒髪に紫色の瞳。
肌も白くて綺麗な顔立ちをしているが、顔のパーツが小さいせいか印象に残りにくい。幸薄顔というのだろうか。
アレイシアという印象に残りやすい美少女がいるせいか、余計に目立たなくなってしまうのだろうな。
俺もエリノラ姉さんやシルヴィオ兄さんという美女美男に埋没するので、このメイドさんの気持ちがよーくわかる。
「ほら、リム。あなたも選びなさい」
「で、では、この動きやすそうなネズミのものを……」
注目されることに慣れていなかったのだろう。硬直していたメイドさんは、アレイシアに促されてチュー吉のスリッパを履いた。
新しいスリッパの中で唯一、ブーツ型ではないスリッパだ。
拘りは形のいい耳と、後ろからピンと伸びた尻尾だ。他のスリッパに比べて少しシャープな形をしている。確かに雑務で動き回ることが多いメイドさんからすれば、ブーツ型は少し不便だろうな。
今後はちゃんと相手に配慮したものを勧めないと。
「フフフ、こんな物があるだなんて面白いわね」
スリッパが物珍しかったからだろう。アレイシアも随分とご機嫌な様子だ。
公爵令嬢の二人からすれば、広い屋敷などは当たり前の環境だろう。
そこを売りにしてもしょうがないから、こんな風に物珍しいものでもてなすと喜んでくれるのかもしれないな。
「では、ダイニングルームにシルフォード家の皆様がいますので、軽くご挨拶を」
「ええ」
「エリックの父さんと母さん?」
「ああ、姉もいる」
「そうなんだ。楽しみ!」
エルナ母さんが促すと、アレイシアは機嫌よく、ラーちゃんは元気よく歩き出した。
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