公爵家来訪
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』の7巻が4月25日に発売いたします。
「ぐぬぬ、当たり前のようにロイヤルフィードを出してきおって……」
ダイニングルームでエリックが紅茶に口をつけるなり悔しそうに唸った。
それを見て、俺はここぞとばかりに自慢。
「うちでは紅茶といえば、これだからね」
「くそ、テーブルや椅子、ソファーといいどれも無駄に快適だ。同じ爵位の生活とは思えんぞ」
ノルド父さんとエルナ母さんはAランク冒険者として活躍していたし、エルナ母さんは実家が商会だ。元は平民といえど、元からそこら辺の貴族よりは資産を持っている。
それにスパゲッティとかリバーシとかの売り上げが継続的に入ってくるお陰で、我が家は男爵家とは思えない程に優雅な暮らしをしている。
エリックが羨ましがるのも無理はないだろうな。
「前にも言った通り、うちは快適に過ごせるようにお金を惜しみなく使ってるから。特にソファーの心地良さはすごいよ?」
「それは姉上を見ればわかる」
俺とエリックが視線を向ける先には、ルーナさんがソファーに思いっきり背中を預けて座っていた。いや、むしろ埋まるという表現が近いだろう。
「……この屋敷は人をダメにする物で溢れてる」
いつになくリラックスした顔でそう呟くルーナさん。最初は初めて訪れる屋敷に緊張気味だったようだが、我が家のソファーの魅力に憑りつかれてあんな感じになった。
エーガルさんとナターシャさんも、テーブルの席に座っているのでこの光景を見ているのだが、誰も注意はしない。
以前に俺達が泊まって一緒に過ごしている仲だからな。中でもシルフォード家はうちと同じで気さくな方。上限を越えない限り、多少はだらけても見過ごすという訳だ。
まあ、それも公爵家のアレイシア達が来たら終わりを告げるだろうから、今だけはのんびりとした時間を過ごすのがいいだろう。
「ルーナ、腰の隙間にこのクッションを入れるといいわよ」
追い打ちをかけるようにエリノラ姉さんが、スライムクッションをルーナさんの腰とソファーの間に入れる。
「……すごい、エリノラ。私の重心が全て吸収された」
快適なソファーにスライムクッションの連続コンボに、ルーナさんの顔がかつてない程に恍惚なものになっている。
「あ、姉上のあんな顔は見たことがない。い、一体、あのソファーとクッションにはどのような魔力があるというんだ」
「エリック、お前も座ってみろよ」
「そ、そうだな。貴様があれほど力説していたソファーがどのようなものかこの身で試してやろう」
俺が促すと、あっさりと椅子から立ち上がってソファーへと向かうエリック。強気な台詞を言ってはいるが、素直に行動したことから座ってみたかったのだろうな。
「どれ――ぬおおっ!?」
ソファーに座ったエリックが奇声を上げて沈み込んだ。まるで落とし穴にでもはまったかのような反応だ。
「な、なんだこれは? 身体が沈んで……これが本物のソファーだというのか?」
「……うちのは勢いよく座ったらお尻が痛くなる」
驚き戸惑うエリックをよそに、隣ですっかり堕落したルーナさんがぼそりと呟く。
確かにシルフォード家のソファーはちょっと硬かったな。
家と同じように勢いよく座ってしまって、お尻を強打した覚えが何度もある。
「さらにルーナさんのようにクッションを挟めば完璧だよ」
「お、おおお、おおおおおお! こ、これはいい……っ!」
エリックにも同じようにスライムクッションを挟んでやると即座に堕ちた。
この身で試してやろうなどと息巻いていたが、即落ちじゃないか。
「ソファーも大変いいが、このクッションも素晴らしいな。羽毛とは違う弾力があるようだが、一体何でできているのだ?」
「ああ、それはスライムが入ってる」
「なぬっ!? 魔物だとっ!?」
俺の言葉を聞いてエリックが立ち上がろうとするが、ソファーとクッションに埋もれているので上手く起き上がることができずバタついた。
エリックの無様な様子を見て、俺だけでなく傍で見ていたシルヴィオ兄さんも笑った。
「……エリック、揺れるから落ち着いて」
「しかし、姉上。魔物がっ!」
「……魔物と言ってもスライム。怯える必要はない」
「そ、それもそうか」
ルーナさんの堂々とした言葉に、エリックは落ち着いた。しかし、やはり疑問に思ったのか「いや、しかし、魔物……」などと唸っている。
「最初は驚くよね。この革の中に魔物のスライムが入っているんだから」
「ですよね、シルヴィオ殿! ほら、見ろ! 俺はおかしくない!」
「でも、スライムは出られないように革で密封されてるし、定期的に餌を上げていれば大丈夫だからね」
シルヴィオ兄さんはそう言って、お尻に敷いていたスライムクッションを開けて、テーブルの上にあるクッキーを近づける。
すると、スライムが身体をゆっくりと動かして、指からクッキーだけを取り込んだ。
最初はスライムにちょっとビビり気味だったシルヴィオ兄さんであるが、随分と慣れたようだ。
「別に出てきても斬っちゃえばいいし」
「姉さん、スライムが怯えるから」
エリノラ姉さんから剣呑な空気を感じ取ったのか、シルヴィオ兄さんが愛でていたスライムが必死に距離をとろうとしていた。
比較的呑気なスライムを怯えさせてしまうとは流石だな。
そんな風にシルフォード家の面々と過ごしていると、扉がノックされてサーラが入ってきた。
「失礼いたします、ノルド様。リーングランデ様とミスフィード様を乗せた馬車が間もなく到着するようです」
「アレイシア嬢か!」
最初に反応したのはノルド父さんではなく、エリック。
「……エリック、がっつきすぎ」
「べ、別にがっついてなどいないぞ!」
などと本人は否定しているが、誰がどう見てもがっついているように見えた。
「それじゃあ、僕達は外で出迎えるとしようか」
ノルド父さんが立ち上がると、スロウレット家の面々はダイニングを出て中庭へ。
「ところで、なんでエリックまでいるのさ?」
爵位は低いとは言え、シルフォード家は先に到着した客人だ。
もてなす側でもないのに、エリックがわざわざ出迎える必要はない。
「べ、別にいいだろ。相手は公爵家だ。礼を尽くしておいて損はない」
俺が尋ねると、エリックは視線を逸らしながら下手な言い訳をする。
早くアレイシアが見たいという訳か。そういうところががっついていると思うのだけど、言うと怒るので言わないでおこう。
しばらく玄関から外の景色を眺めていると、門で控えているミーナが手を振ってきた。
どうやら馬車が近付いてきたらしい。
気持ち的に背筋と気を引き締めると、ガタゴトと馬車の音が聞こえてくる。
最初に見えてきたのは先導をしているルンバとゲイツ。
馬に乗っている二人の巨漢は、通常時であればかなり目立つのであるが、後ろに豪奢な馬車があるのでどこか霞んで見えた。
金と赤で装飾された馬車は煌びやかでありながら、見る者を畏怖させるようだ。
大きく張り付けられている紋章にはリーングランデ家を表す赤い鷹が描かれている。
ここにはリーングランデ家の者がいるから、迂闊な真似はするなよ? そう言い張っているようだ。
そして、何より馬車の周りを囲っている騎士達。
屋敷の敷地へとたどり着いているにも関わらず、油断することなく辺りを警戒している。
歴戦の騎士なのだろう。村の自警団とは顔つきが違った。
やがて馬車は玄関前までくると停止し、御者が段差を置いて扉を開ける。
「アルー!」
すると、一番に出てきたのはラーちゃんだった。
ラーちゃんは小さな足を使って、段差を見事に駆け下りる。
「ラーナ様、そんな風に駆け下りたら危ないですよ!」
馬車からは走り出したラーちゃんを心配してメイドも出てきた。
それは、以前王都に転移した時にもいた若いメイドさんだった。
灰色の髪に青い瞳をした優し気な女性。
ラーちゃんはメイドさんの声も気にせずに、俺とエリックの前までやってきた。
「久し振り、ラーちゃん」
「アルだ!」
「元気そうだな、ラーナ嬢」
「エリックもいる!」
俺とエリックがいるだけで嬉しいのか、ラーちゃんはこちらを見ながらニコニコしている。
そんなラーちゃんに釣られて、俺とエリックも頬を緩めざるを得ないな。
「ところで、手紙には書いてなかったんだけど、今日はシェルカはいないの?」
「確かに、ラーナ嬢がいるもんだから、付いてきているもんだと思ったが……」
ラーちゃんがいるのだ。あのシスコンである姉が付いてきていないはずがない。
シェルカは俺とエリックをラーちゃんにとっての害悪と捉えている節があるからな。
後ろを覗けば、すぐにシェルカが現れていちゃもんをつけてくるのではないか。魔法を飛ばしてくるのではないかと気が気ではない。
王都で魔法を飛ばしながら追いかけてきた記憶は鮮明に残ってる。
「お姉ちゃんはきてないよ。用事があるから」
シェルカはきていない。ラーちゃんからその情報が聞けたことにより、俺とエリックは心の底から安心する。
これで収穫祭の間は、何かをする度にシェルカに文句をつけられることはなさそうだ。
「ラーナ嬢を大事にしているシェルカがこれないほどの用事とはなんだろうな?」
確かに。あのシスコンの姉が、妹を放置せざるを得ない用事とは相当な気がする。
「この時期は魔法学園の魔法祭があるのよ。学年主席のシェルカさんはそれに参加しないといけないから」
エリックと共に首を傾げていたら、そこに涼し気な声をした人物がやってきた。
紅の髪色をした令嬢、アレイシアだ。今日も綺麗過ぎる笑みを浮かべていて、何を考えているのかわからない節がある。こんな美少女を見て、そう思ってしまうのは俺の性格が捻くれているせいなのだろうか。
「魔法祭?」
「細かい説明は後ね。先に領主様にご挨拶をしておきたいから」
それもそうだな。いつまでも俺達で話しているせいか、ノルド父さん達が少し困り気味だ。
「ラーちゃんもご挨拶よ」
「うん!」
アレイシアが声をかけると、ラーちゃんも素直にノルド父さんの前に。
同じ馬車に乗ってきたからか、随分と気さくな関係になっているようだ。まあ、元からラーちゃんは物怖じしないし、アレイシアもコミュニケーション力が高いからな。
そんなことを思っていると、アレイシアがノルド父さんとエルナ母さんの前でスカートを摘まんで一礼。
そこで同時にラーちゃんも一礼をするはずなのだが、何故かラーちゃんは口を開けて放心したように固まっている。
そして、ラーちゃんは振り返って俺を見て、もう一度ノルド父さんを見上げた。
目と顔が口ほどに語っている。俺とノルド父さんが似ていないということを。
ラーちゃん、わかるけどそこはグッと堪えようね?
「もしかして、旅の疲れでも?」
無言で突っ立っているラーちゃんを心配してか、ノルド父さんが心配の声を上げる。
「似て――」
「ラーナさん、大丈夫?」
ラーちゃんが禁断の言葉を放ちそうになったところで、アレイシアが割り込むように声を発した。
「あ、うん! 大丈夫だよ!」
「そう、それじゃあご挨拶をするわ」
アレイシアから圧力を受けたからだろう。ラーちゃんは戸惑いを振り払って素直に頷いた。
良かった。最初の対面から変な空気になるところだった。
「本日は急な来訪にも関わらず、快く迎え入れてくれたことに感謝します」
「感謝します!」
ラーちゃんに気難しい挨拶の言葉が言えるのかと疑問に思っていたが、やはりまだ厳しいようで後追いして感謝の言葉を述べることで回避していた。
多分、アレイシアと事前に打ち合わせしていたのだろうな。
しかし、礼をする所作は公爵家に相応しいもので立派だった。
「いえ、こちらこそリーングランデ家のご令嬢、アレイシア様を招待することができて光栄です」
招待主であるはずのノルド父さんがへりくだる理由はいうまでもないだろう。男爵と公爵という圧倒的な地位差故だ。
こっちはほぼ最底辺で、向こうは頂点だから仕方があるまい。
「それでは屋敷の中にご案内しますね」
気難しい挨拶を終えると、俺達は屋敷の中へ。
「アルの家、楽しみ!」
「言っとくけどラーちゃんの家みたいに広くはないだろうから、過度な期待はしないでね」
さすがに王国を代表する公爵家の屋敷には、さすがに敵う訳がないからね。
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