スライムを干す
MFブックスより『おいでよ魔物牧場!』が発売いたしました! 店頭にて並んでいますので、よろしくです。
食後のリビングには俺とエルナ母さんとシルヴィオ兄さんがおり、午後の麗らかな一時を静かに過ごしていた。
昼食はちょっと前と同じハンバーグだろうと思っていたら、えのきを纏わせたハンバーグが出てきたので非常に驚いた。
大量の焼かれたえのきはハンバーグの旨味をふんだんに吸っており、ボリュームもあるのにヘルシーとき
た。
ハンバーグにこんな食べ方があるとは自分でも思っていなかったので驚きで、その新鮮な味についついお代わりをしてしまう程だった。
ミーナは肉が減って、えのきが増えていたことに愕然とした様子であったが、その美味しさを確かめるなり手の平を返して喜んでいた。
まあ、豆腐ハンバーグのように肉が使われていない訳でもないし、きちんと肉の旨味があって美味しいならばいいようだ。
あれならばダイエットを検討していながら、肉を食べたいと思っている人にオススメの肉料理かもしれないな。
とにかく、昼食はバルトロの工夫に見事やられてしまった。今はその満足感に浸りながら、香り高いロイヤルフィードで楽しんでいる。
「いやあ、やっぱりエリノラ姉さんがいないと静かだねぇ」
「アルー! スライム捕ってきてあげたわよ!」
そんなフラグめいた台詞を言ってしまったのがいけないのだろうか。中庭の方からエリノラ姉さんの呼ぶ声が聞こえた。
「ほら、呼んでるわよ。行ってあげなさい」
「……うん」
スライムを捕ってきてくれと頼んだのは俺なのだ。ここで俺が出なければいけないことは明白であろう。
俺は半分以上あったロイヤルフィードを一気に呑み込んで、リビングを出て外に向かった。
玄関を出ると中庭には荷馬車が置かれており、そこにはノルド父さん、エリノラ姉さんだけでなく、エマお姉様やシーラ、ルンバまでもがいた。
あまり見かけない面子だとは思ったのは、俺が自警団にまったく関わっていないが故だろうな。
とりあえず、うちにエマお姉様が来てくれたことが何よりも嬉しい。
「アルフリート様、こんにちは」
「こんにちは~」
礼儀正しく挨拶してくれるエマお姉様と、相変わらずののんびりとした口調のシーラ。
「こんにちは、エマさんシーラさん。もしかして、スライムを運ぶのを手伝ってくれたんですか?」
「はい、領主様とエリノラ様のお手伝いをしようと思いまして」
さすがはエマお姉様、なんて優しんだろう。確かに村から荷場車をここまで運んでくるのは面倒だもんな。
「でも、半分は遊びにきたんだ~。エリノラ様が、収穫祭で新しくやる遊びがあるっていうから」
「こら、シーラ。そういうことを堂々と言うのはやめなさい」
実に清々しく本当の目的を告げるシーラに、エマお姉様が嗜める。
「え~? エマもキックターゲットやりたいってはしゃいでた癖に」
「べ、別にはしゃいでいた訳じゃないから!」
シーラとエマお姉様のやり取りが実に微笑ましい。
今年は新しい催しをスロウレット家が考えて出店すると言ってあるからな。
さらに作業に関わった人や、試しに体験で遊んでくれた村人からキックターゲットや投球ターゲットなどの情報は知れ渡っている。
今頃、村では二人のように楽しみにしてくれる人がいるのだろうな。
なんて考えていると、ルンバがずいっと近寄ってくる。
「アル、キックターゲットと投球ターゲットって奴をやりたいぞ!」
「ああ、うん。今用意するから」
ゴツイおっさんに子供みたいにおねだりされて、思わず素直に頷いてしまった。
どうせならエマお姉様にねだられて、ご用意してさしあげたかった。
残念に思いながら歩いて屋敷の倉庫を目視すると、サイキックで扉を開ける。
倉庫内に見えるキックターゲットと投球ターゲット、ボールなどをサイキックで支配下に置くと、それらを中庭にまで移動させて設置してあげた。
「よっしゃー!」
すると、ルンバが子供のように一番に駆け出した。
エマお姉様とシーラもそれに続こうと二歩踏み出したが、辛うじて理性を思い出したのか振り返る。
「すいません、やってみてもいいですか?」
「いいわよ。手伝ってくれてありがとう」
「僕達には気にせずに遊んでいいからね」
「「はい!」」
エリノラ姉さんとノルド父さんから許可を得ると、エマお姉様とシーラが嬉しそうに笑って走る。
「俺も俺も」
「あんたはこっちよ」
実に楽しそうで華やかな光景に誘われるように駆け出したら、エリノラ姉さんに襟首を掴まれた。
そうだった。捕まえてくれたスライムの確認をしないといけないんだった。
エリノラ姉さんに引っ張られて荷馬車を見ると、スライムがたくさん蠢いていた。
「新鮮な方がいいと思って、ほとんどは生かして捕まえてあるわ」
「おお、その辺は実験してないからわかんないけど、多分この方がいいと思う。ありがとう」
生きているスライムの方が皮の劣化もしないだろうからな。
「で、安眠スライムにするスライムはどれでもいいの?」
「香草を好むスライムの方が育ちやすいと思うよ。ほら、こうやって差し出せば……反応するのがいたね」
基本的に餌を差し出せば反応するスライムであるが、その中に好物でも見つけたかのように敏感に動くスライムがいた。
俺が空間魔法でポケットから出した香草が気に入ったのだろう。
「これね?」
エリノラ姉さんが激しく反応するスライムを持ち上げる。
生きた野生のスライムは結構粘液が多いのであるが、エリノラ姉さんは特に気にしないよう。まあ、騎士を目指している人が、いちいちそんなの気にしていたらやってられないよな。
エリノラ姉さんの持ち上げたスライムに香草を近づけると、パクンと手ごと呑み込んだ。
「すごい勢いで食べたわね」
「よっぽど好きなんだろうね。お陰で俺の手はベトベト」
きちんと躾すれば、手ごと呑み込むなどという下品なことはしないが野生のスライムなので仕方がないな。
粘液に塗れた右手を、水魔法で洗い流す。
「ねえ、これで安眠スライムになるのよね?」
「絶対とは言わないけど、ちゃんと香草を食べ続ければなると思うよ」
「スライムにも好みというのはあるんだね」
エリノラ姉さんのスライムを見て、感心の声を上げるノルド父さん。
「そうみたい。詳しいことはまだわかんないけどね」
スライムは身近な存在であるが意外と謎が多い。安眠スライムのような便利な道具にもなるかもしれない
し、これからも隙を見て捕まえて研究してみよう。
「さて、スライムを捕ってきたけど、どうすればいいんだい?」
安眠スライムを欲しがったエルナ母さんのために、二番目に反応のよかったスライムを捕まえるとノルド父さんが改めて言った。
そうだ。これらのスライムは枕のためだけに集められたんじゃないからな。
「皮を傷つけずに倒して水洗いだね。後は乾燥するように干すだけ」
「なるほど。それじゃあ、核を潰すのがいいね」
俺が手順を言うなり、ノルド父さんとエリノラ姉さんは手をズボッとスライムに入れて、中心にある核の部分を握り潰した。すると、スライムは力が抜けたようにペシャンコになる。
お、おお、必要な作業だとわかっているが、躊躇なく実行できる二人がすごいな。
スライムは他人が餌を与え忘れて餓死させるところしか見ていなかったので、ちょっとショックだ。
俺は今でもシカの解体とかに躊躇してしまうよ。
言い出しっぺが何もやらずに立っているのも申し訳ないので、俺もスライムの核を潰す。
柔らかいプラスチックを潰すかのような感覚だった。
あまり気持ちのいい感覚とはいえないが、これも収穫祭や自分のためと言い聞かせて核を潰す。
それらの作業が終わると、水球を浮かべてスライムを放り込んでいく。
水流にかき混ぜられてふわりと浮くスライムは、まるで水中を漂うクラゲのように見えた。
水によるぬめり取りを終えると、洗濯用のロープに干していく。
「ねえ、洗濯バサミ足りないんだけど?」
大量のスライムを干していると、エリノラ姉さんがそう言いながらやってきた。
「じゃあ、スライムハンガーに入れてみようか」
「なにこれ? 被せればいいの?」
土魔法で円形のハンガーを作ったので、それを渡してみるとエリノラ姉さんは綺麗に被せてみせた。
スライムがハンガーから落ちる様子は特にない。
「へえ、これなら問題ないわね」
エリノラ姉さんのお墨付きも頂いたところで、洗濯バサミからスライムハンガーに切り替え。円形ハンガーにスライムを被せて、ドンドン干していく。
「おりゃああ! うおっ!? 今の三に当たったよな!? 当たったはずなのにパネルが抜けねえぞ!?」
「あはは、ルンバさん今のはバーですよ」
「いいシュートだったのに惜しかったよね~」
その傍らに聞こえる、はしゃぐルンバの声と楽しそうに笑うエマお姉様とシーラの声。
俺も早くこれを終わらせて、あちらに混ざりたい。
それはエリノラ姉さんも同じなのだろう。こういう時はいつも話しかけてくるのにテキパキと手を動かしていた。
そんな俺達を見てノルド父さんが、どこか微笑ましそうにしていた。
テキパキと動いたお陰か全てのスライムがすぐに干し終わり、中庭にはスライムがずらりと並んだ。
まるで洗濯物を眺めるかのような清々しい気分であるが、干されているのは全てスライムだ。
「こんなものかな?」
「うん、後は明日に様子を見るだけだね」
「じゃあ、後は明日を待つだけだね。自由にしていいよ」
ノルド父さんから解散の言葉が告げられたので、俺とエリノラ姉さんは顔を見合わせて走り出す。
俺達の視線の先では、ちょうどルンバがボールを蹴って、真ん中のパネルをへし折っていた。