ベストポジション
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スライムポイ百個の追加発注に青ざめていたエルマンであるが、俺が実物を見せて説明してあげると心底安心の息を吐いた。
どうやらこの程度の造りと大きさであれば、若者の修業としてちょうどいいそうだ。
収穫祭まで時間があるとはいえ、エルマンには他の仕事もたくさんある。さすがにキックターゲットのような大規模なものを大量発注する鬼畜のようなことはしないさ。
収穫祭では大きめの水槽を三つくらい並べて展開する予定だ。もっと展開する事はできるが、魚がそこまで大量にいるかわからないし、小魚すくいばかりの祭りも嫌だからな。
水槽を一度に囲って参加できる人数は限られているので、万が一を考えても百個くらいで十分だろう。
ポイは使い捨てでなく、紙の部分に当たるスライムの皮を代えるものなので継続的にも使える。とてもエコな代物なのだ。
そんな訳でエルマンへの注文を終えた俺は、転移で屋敷の傍に戻る。
如何にも歩いて帰ってきたとばかりに玄関に入ると、厨房の方からいい匂いが漂っていた。
どうやらバルトロが昼食の準備をしているようだ。
肉の焼ける香ばしさによって、俺の胃袋が刺激された音を鳴らす。
転移をしていたので時間の感覚が曖昧になっていたが、もう昼の時間になったようだ。
「ハンバーグ! ハンバーグ! 今日のメニューはハンバーグ!」
今日の昼食は何だろうとか考えていると、ミーナがやってきた。
そのご機嫌そうな表情とリズム良く漏れた言葉から、今日の昼食が何か即座に理解した。
「あっ、お帰りなさいませ、アルフリート様! エルマンさんの工房まで出かけていたって聞いてましたけど思っていたよりも早いですね?」
俺が屋敷を出たのは少し遅めの時間帯。ここからエルマンの工房までのんびり歩いていたら結構時間がかかる。
どうやら俺の足では、帰ってくるのはもう少し後だと思っていたようだ。
しまった。転移による短縮を考えるあまり、時間の調整が甘かったか。
だけど、こんな時に言い訳の用意くらいはしてある。
「途中で村人が、馬で屋敷の近くまで送ってくれたんだ」
「なるほど! アルフリート様、得をしましたね!」
俺のでっち上げた理由をあっさりと信じ込むミーナ。
ふふふ、馬や荷馬車であれば村人も持っている移動手段だしな。たまに流れの行商人だってやってくるし、そういう人が歩いている俺を見かけて恩を売ろうとそのように言ってくる事もある。別に何もおかしくはない十分にあり得る理由だ。
とはいえ、俺は基本歩いて帰るか、転移で帰ったりすることが多いからな。
今後は言い訳のために馬や荷馬車に乗せてもらって帰ることも検討しておこう。
「それよりも聞いてくださいアルフリート様! 今日の昼食はハンバーグですよ!」
「そうなの? この間も食べたし、バルトロに言ってピーマンの肉詰めに変えてもらおう。今からなら間に合うし」
「うわああああああああああっ! やめてください、アルフリート様! ハンバーグになんの恨みがあるんですかぁっ!?」
そんなことを言いながら厨房に向かうと、ミーナが泣きそうな声で叫びながら掴みかかってきた。
あまりの必死さに冗談で言ったこっちがドン引きだ。
「冗談だって、そんな酷いことはしないから」
「嘘です! アルフリート様はシレッとそうを言いながら、挽き肉ミートパスタとかに平気で変更しちゃう人です!」
おお、ピーマンの肉詰めの次に思いついた料理を見事当ててミーナにビックリだ。
さすがはミーナ。俺と長く過ごしているだけあって、やる事がわかっているじゃないか。
「ミーナ、サボっていないで食事の用意をしてください。アルフリート様も帰ってきたのですから」
「だって! アルフリート様が今からメニューをピーマンの肉詰めにするって言うんですよ!?」
皿を戻しながら呆れた様子のサーラにミーナは必死に言い訳。
それを聞いたサーラは少し考え込んで、
「……そうですね。ハンバーグはこの間も食べたことですし、ピーマンの肉詰めや挽き肉ミートパスタにするのがいいかもしれませんね」
「酷いです! サーラまでそんなこと言うなんて!」
俺達の話を聞いていたのだろうな。先程の内容に合わせるようにサーラが言うと、ミーナが崩れ落ちた。
悲壮な表情をしている様子を見ると、このままでは何だか本当に泣いてしまいそうな気がする。
「本当に冗談だってばミーナ。それじゃあ、俺はシルヴィオ兄さんを呼んでくるから」
何となくバツが悪くなって逃げるように二階に向かう。あのまま厨房の近くにいると、ミーナが本当にメニューを変えるかどうか疑って仕事にならなくなってサーラが困るだろうしな。
「あっ、できれば寝室にいらっしゃるエルナ様もお願いします」
階段を上っていると、サーラからそんな頼みが。
エルナ母さん、まだ眠っていたんだ。
ちゃんと取り返すためにも、今のうちに取り返しておかないとな。このままズルズル置いておくとエリノラ姉さんとエルナ母さんの私物になっちゃいそうだし。
◆
「シルヴィオ兄さん、昼食の時間だって」
「わかった。キリのいいところまで読んだらすぐに戻るよ」
シルヴィオ兄さんの部屋の扉を叩きながら言うと、そんな返事がすぐに返ってきた。
これでシルヴィオ兄さんは勝手にダイニングルームにやってくるだろう。
さて、問題は奥の部屋で寝ているだろうエルナ母さんだ。
エリノラ姉さんの部屋を通り過ぎて、奥にあるエルナ母さんとノルド父さんの部屋の前に立つ。
「エルナ母さん、昼食の時間だよ」
「…………」
ノックと共に用件を告げるが反応はない。
しばらく待ってから扉に耳をつけると、室内から微かに寝息が聞こえてきた。
やはり、エルナ母さんは寝ているらしい。
「エルナ母さん、昼食の時間だってば」
「…………」
今度は声とノックの音を強めにしてみたが、反応は依然としてなかった。
どうやら安眠スライムのせいで深い眠りについているようだ。
ドアノブに手をかけると一応扉はきちんと開くようだ。
眠っている女性の部屋に入っていいものか。
前世の姉やエリノラ姉さんからすれば基本的にアウトだが、今回は昼食のために呼びにきたと、安眠スライムを取り返しにきたという大義名分があるしな。
別にエルナ母さんは姉とかではなく、母親なのでセーフだろう。姉という生き物より理不尽ではないので大丈夫なはずだ。
半ば自分自身にそう言い聞かせるようにしながら、俺はエルナ母さんの寝室に入る。
ゆっくりと扉を開けて入ると、自分の部屋やエリノラ姉さんの部屋とは違う、柔らかな香りがした。
いつものエルナ母さんの匂いがあることに、どこか安心感を覚える。
地味にエルナ母さんやノルド父さんの寝室に入ることは、あまりないのでちょっと新鮮だ。
前に入ったのはドール子爵から貰った人形で夜にミーナを驚かせて、怒られた時以来だな。
領主であり大黒柱であるノルド父さんもいるからか、俺達子供の部屋よりも遥かに広い。
室内には大きなカーペットやタンス、クローゼット、二人で寛げるようなソファーなどが置かれてある。雰囲気としては小さめのリビングというところだ。
そして、奥にはダブルサイズのベッドが置かれており、その上には仰向けになったエルナ母さんがいた。
エリノラ姉さんから枕ごと借りたのか、赤いカバーに包まれたスライム枕が敷かれており気持ちよさそうな表情で眠っている。
「エルナ母さん、起きて」
近くで声をかけてみるが、エルナ母さんの返事は健やかな寝息だった。
今度は身体を揺らしてみると、胸元にある二つのスライムが揺れたのでやめた。
どうすればいいだろう? いつもは俺が起こされる側だったので、起こす側の気持ちがよくわからない。
エリノラ姉さんが手っ取り早いとばかりに叩いて起こす理由が少しだけわかった気がする。
とはいえ、睡眠を愛する者として、そのような方法はしたくないな。というか、エルナ母さんを引っ叩いて起こすなんてできるはずがない。
以前、エルナ母さんが俺にしてくれたように水魔法で起こしてやろうか? でも、室内でやると服が濡れるし、結局は後が怖い。
そのまま目を覚まして、アイアンクローされる未来が目に見えていた。
眠っているエルナ母さんの傍で考え込んでいると、枕がモゾモゾと動いているのが見えた。
どうやらスライムが消化を終えて、お腹を空かしてしまったらしい。
ふむ、エルナ母さんが起きないのであれば、枕であるスライムを抜いてしまおう。
これならば俺が先にスライムを取り返せるし、その衝撃によってエルナ母さんが起きる可能性がある。
スライムさえ、取り戻せればぶっちゃけ起きる起きないはどうでもいいからな。昼食の準備を終えたメイドの誰かが起こしてくれるだろう。
そう思ってスライム枕を引き抜くと、あっさりと抜けた。
……てっきり、眠りながら手がガッと動いて枕を押さえつけることくらいやってのけるだろうと想像していたので拍子抜けだな。
このまま自分の部屋に戻ってしまおう。そう考えた瞬間、何かにズボンを掴まれて後ろに引き倒された。
「うわっ!?」
訳もわからないまま視界がひっくり返り、俺はベッドの上に仰向けに転がった。
そして、俺のお腹に重い何かが乗った。
おっかなびっくり上体を起こすと、俺のお腹を枕代わりにしているエルナ母さんがいた。
どうやら枕がなくなって、手探りでそれらしい俺を引き寄せて枕にしたようだ。
俺はスライムのように軽くないはずなのに、肩手で引き寄せられたよ。
「う、うん?」
エルナ母さんの腕力に戦慄していると、微かに聞こえるエルナ母さんの声。
ベストポジションを探る様に頭を移動させる。
しかし、見つからなかったのだろう。エルナ母さんが表情をしかめながら目を開く。
お腹を枕にする母親と、枕にされてしまう息子の視線。
ジーっと視線がぶつかるも、エルナ母さんは気にせずに改めて頭を動かす。
「……アルのお腹はしっくりこないわね」
スライムも取り返せたし、穏便にエルナ母さんを起こすことができたが、何とも妙な気分だった。




