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「よし、そろそろ行くか」
ノルド父さんとエリノラ姉さんが自警団の狩りに出発した一時間後。
自分の部屋で本を読んでいた俺は、ノルド父さんに頼まれた催し物の確認と、スライムポイの発注をしに行くことに決めた。
本当は同時に家を出ようと誘われたが、一緒に行くと転移ができないからな。
エルマンの工房は村の奥にある北側なので、歩いていくのは少し遠いので面倒だし。
本を棚にしまった俺は部屋を出て一階に降りる。
すると、ちょうど廊下を歩いていたサーラと出会った。
「アルフリート様、お出かけですか?」
多分、エルナ母さんは、安眠スライムを試してぐっすり昼寝しているところだろうしな。メイドであるサーラに伝えておく方がいいだろう。
「うん、ノルド父さんに頼まれていた件でエルマンのところにね」
「かしこまりました。エルナ様にお伝えしておきます」
「うん、多分安眠スライム使って寝てるだろうけどよろしく。それじゃ、行ってくる」
「うふふ、いってらっしゃいませ」
俺がそう言うと、サーラはクスリと笑いながら見送ってくれた。
綺麗な女性に笑いかけられながら「いってらっしゃい」と言われることの何と素晴らしいことやら。
前世でもサーラのような綺麗な女性に支えられていたら、俺ももっと頑張れたかもしれない。まあ、今更そんな事を考えても無駄だし、意味のないことだけどね。
中庭に出たところで転移をしてしまいところであるが、ここでは誰の目があるかわからないのでそのまま真っ直ぐ歩いて門を越える。
そして、屋敷を囲む壁にピタリと沿い、周囲に誰もいない事を確認してから転移を発動させた。
「転移!」
ぐにゃりと空間が歪み、視界が一気に切り替わる。
目の前にあったのは村へと続く一本道ではなく、村外れの北の森の入り口。
ここならば民家もほとんどないし、人通りも滅多にないからな。北側に行く時は、ここに転移するのが無難だ。
それから程なくして南の方へ歩いていくと、エルマンの工房が見えてきた。
森林の近くにある少し大きめの民家。
中では木材を削るような作業をしているのだろうか、シャッシャッと小気味良い音が聞こえてくる。
物静かな中、響き渡る音が実にいい。
俺はその音をしばらく堪能してから、玄関に回って扉をノックした。
「はーい……あっ、アルフリート様! ちょっと待ってください。エルマンさんを呼んできますね」
「うん、頼むよ」
扉から出てきたのは若い職人だったが、俺の顔を見るなり慌てて奥に戻っていった。
それからすぐに扉が開いて、今度はエルマンが出てきた。
「いらっしゃいませ、アルフリート様」
「やっ、エルマン。ノルド父さんに言われて様子を見にきたけど、頼んでいた奴はどう?」
「キックターゲットと投球ターゲットなら昨日完成したところです」
「おお、さすがはエルマン。仕事が早いね」
「今回の物はどちらも造りが同じようなものでしたからね。それ程苦労する事もありませんでしたよ。それにリバーシの影響で新しく入ってきた若者も多くいますし」
少し自慢げな笑みを浮かべながら、工房内を見せてくれるエルマン。
工房の中は広く、そこには何人もの若者が木材を削ったり、運んだりと作業をしている。
リバーシや将棋が開発されるまでは、ここはもう少しこじんまりとしたものであったが、随分と人が増えたものだ。
「これもアルフリート様がリバーシを開発してくれたお陰ですね」
リバーシを作る技術の習得のためにトリーの紹介で職人が修行にきたりと盛んになったお陰で、村の若者が堅実にやっていける職と認識して職に就くことも増えた。
そんな感じで、木工師はコリアット村の中では人気急上昇中の職業なのだ。
「いやいや、エルマンがいい物を作ったお陰だよ」
「あ、ありがとうございます」
商品としての力はあったかもしれないが、それらはエルマンが高い技術力を持って再現してくれるお陰だ。
村人も基本的に物作りは得意であるが、やはりエルマンが作ってくれた物の方が綺麗でとても使いやすいのだ。
エルマンが高い技術力を持っているからこそ、俺も安心して丸投げ――じゃなくて、信頼して任せることができるのだ。
「早速完成品を見てくれますか?」
「うん」
「では、外の倉庫へ」
エルマンに連れられて、俺はそのまま隣にある倉庫へ向かう。
投球ターゲットはまだしも、キックターゲットは結構な大きさがあるからな。大きな倉庫か外くらいしか置く場所がないもんな。
エルマンが鍵を開けて、ガラリと大きな扉を開ける。
倉庫の中は思っていたよりも広く明るい。上部にある窓からは日光が差し込んでおり、保存されている木造品を照らしていた。
その中で特に目立つのは、大きさのあるキックターゲット。
「あれだね」
「はい、ノルド様より注文をいただきました、キックターゲットです」
サッカーゴールを模しているだけあって存在感があるな。
さすがに大きすぎると作るのも大変なので、横幅五メートルに高さ二メートルちょいくらいにしてある。八人制のサッカーや小学生用のゴールとして用いられるものだ。
「パネルに関しては、このように横から差し込むことでつけることができ、ボールに衝撃で後ろに抜ける仕組みになっています」
横から数字の刻まれたパネルをはめ込みながら説明してくれるエルマン。
見た所、パネルをはめ込むのも実にスムーズである。子供だと少し上の段にはめ込むには身長が足りないが、大人ならば大抵可能だ。
遠くから見てもゴールの形や、パネルの位置、刻まれた数字などに違和感はない。
「おお、いいねえ。ちょっと試してみたいんだけどボールはある?」
「はい、ありますよ」
俺が尋ねると、ゴールの後ろからエルマンがボールを持ってきてくれた。
転がして渡さずに、わざわざ手渡しで持ってくるとは律儀だな。
「……このボール、結構使い込まれてるね」
「すいません、作りながらノリノリで遊んでいたもので」
ボールを眺めながら言うと、エルマンがどこか気恥ずかしそうに言う。
その様子からしてキックターゲットがつまらないものだったということはないだろう。とても微笑ましい。
さて、そろそろ実験といこうか。俺は目の前にあるボールにサイキックの魔法をかける。
「あれ? 蹴らないんですか?」
「今回は楽しむというよりも、性能を検査するためだからね。こっちの方がシュートも正確だし」
俺がエリノラ姉さんのような運動能力を持っていればいいのだが、残念ながらないからな。
得意で効率のいい魔法で試す。
魔力で支配下に置いたボールを浮上させると左上の一番のパネルへと飛ばす。
そして、数字に当たるとパネルは乾いた音を立てて、後ろへ抜けていった。
「おお、問題なく抜けるね」
「ボール、取ってきますよ」
「いや、魔法で回収できるから大丈夫だよ」
動こうとするエルマンを遮って、サイキックでボールを引き寄せる俺。
「……魔法ってとても便利ですね」
「でしょ?」
魔法は生活を豊かにする。ここまで自在に操れるようになるのは少し苦労するが、それに見合った価値を提供するのが魔法のいいところだ。
この魔法を習得したお陰で、俺は遠くのものをわざわざ取りに行く必要はなくなったからな。そして、それは今だけのことでなく、これから続くであろう人生ずっとだ。そう思うと過去の苦労も十分報われるというものだ。
サイキックでボールを飛ばして、俺は次々とパネルを打ち抜いていく。
全部のパネルを外すと、再びサイキックでパネルを嵌め直す。
そして、今度はパネルの当てる位置をずらしたり、射出の速度を変えてみたりと様々な条件で実験。
それらはどれも問題なく、中心だろうと少しずれようとも問題なく抜けてくれた。
途中で敢えてバーに当たるようにしたり、パネルとパネルの境目を何度も当ててみたが、理不尽なパネルの外れ方はなかった。
「うん、色々試したけど、キックターゲットも投球ターゲットも問題ないね」
キックターゲットの傍にあった、投球ターゲットも同時並行で試してみたがこちらも問題なかった。
「……ありがとうございます。後はノルド様に言われた通り、同じものを二つずつ生産するだけですね。でも、アルフリート様がターゲットに参加するのは反則です」
「いや、今回は実験だから使っただけで、遊ぶ時は基本的に魔法を使わないよ」
ただ、相手が卑怯な手を使ってきたり、負けられない理由があれば話は別であるが。
「ともあれ、収穫祭のために楽しい催しを考えてくれてありがとうございます。これで今年の祭りは例年よりもさらに盛り上がるはずです。私達も忙しい時間を縫いながら作った甲斐もありました」
おや? エルマンから作るのはもう終わりみたいな雰囲気が感じられるが、俺としては本題であるスライムポイの発注が残っているのだが?
ここは前世で俺がクソ上司にしてやられた、褒め褒め大作戦をしながらそれとなく頼んでみることにする
か。
「いや、こっちこそいつもありがとうね。エルマンがいるから俺や領主であるノルド父さんも安心して任せられるよ」
「えへへ、そうですか? ありがとうございます」
「この調子で頑張ってコリアット村を支えてね。次は小魚すくい用のポイを百個ほど頼むよ」
「はい! 任せてください!」
おお、エルマン。過去の俺と同じようにあっさりと言質を与えてしまって。
過去の自分を見ているようで嘆かわしいような、スムーズに頼めて嬉しいような。
俺がちょっと複雑な思いを抱いた数秒後、エルマンはようやく気付いたのかハッと我に返った。
「……あれ? 小魚すくい用のポイを追加で百個?」
キックターゲット、投球ターゲットをさらに二つ。
そして、ポイ百個の生産を頑張ってくれ。