スライムポイ
スライムを干した翌朝。窓から差し込む日差しで目を覚ました俺は、ベッドからむくりと身を起こした。
朝食の時間には少し早い時間帯。いつもであれば真っ先に二度寝を決め込む俺であったが、
中庭に干していたスライムの具合が気になるので起きることにした。
「昨日は終ぞ、スライムが帰ってこなかったな……」
ぐっすりと昼寝したエリノラ姉さんは、安眠スライム枕を気に入ったせいか、その日の晩もそれで眠りたいとか言い出したのだ。
典型的な姉の借りパクになるパターンだ。そんな気配をヒシヒシと感じているが、今日こそは取り返す。
俺にだって安眠スライム枕は必要なのだから。
部屋の窓を開けると朝の涼やかな空気が中に入り、前髪をふわりと撫でる。
秋が近付いてきたからだろうか。朝の空気が大分ひんやりとしてきた。
今はボーっとした脳や身体を覚ますのにちょうどいいが、冬なると開けることすら億劫になってしまうんだろうな。
「さて、昨日干したスライムはあるかなー?」
「おはようございます、アルフリート様」
スライムが干されているか確認しようと思っていると、涼やかな声をかけられた。
視線をそちらに向けると艶やかな黒髪をしたメイドのサーラがいた。
どうやら俺が窓を開いた音で気が付いたらしい。
「おはよう、サーラ」
「アルフリート様にお尋ねしたいのですが、端っこに干しているこれは何ですか? 明らかに衣服とは違うようなものが干されてあるのですが……」
そう言って、サーラが指をさしたのは、昨日ミーナが干してくれたスライム。
「ああ、それ俺の。今取りに行くから置いておいて」
サーラの言葉の感触では捨てられてしまいそうだったので、俺は急いで寝間着から普段着に着替えると階段を下りて中庭へ。
サーラがこちらを訝しむ中、サイキックで洗濯バサミを外して下ろす。
スライムは、一日干されたせいかすっかり乾燥している。
弾力のあった皮からは水分が失われており、和紙のようなざらつきさえ感じられる程だ。
「なんですかそれ?」
「乾燥させたスライム。小魚すくいの道具でも使えるかもしれないんだ」
「……そうですか」
理由を説明すると理解してくれたのか、サーラは気を取り直して洗濯を始める。
でも、気持ち的には「また何か変な事やってる……」みたいな感じだろうな。
食用でもないのにスライムを干していたら俺だってそう思うし。
とりあえず、乾燥スライムは完成したので昨日と同じく実験だ。
「ちょっと屋敷の前の小川に行ってくる」
「もうすぐ朝食の時間ですよ?」
「それまでには戻るから」
サーラにそう告げながら、俺は小走りで屋敷の外へと出る。
そして、屋敷の傍を流れる小川に着くと、昨日と同じように水槽とポイとハサミと茶碗を亜空間から取り出す。
乾燥したスライムにハサミを入れると、紙を切ったかのような感触が伝わってきた。
それを円形に切り取ると、土魔法で作ったポイで挟む。
そして、水魔法で小川の魚捕らえて水槽に入れると準備は完了だ。
俺は乾燥させたスライムポイを水の中にゆっくりと差し込む。スライムの皮は水に入ることで色を濃く染めたが、それだけで特に水分を得て弾力が戻ることはない。
そのまま近くを通った小魚をすくうと、綺麗に持ち上げられたので左手に持った茶碗に入れる。
ふむ、小魚をすくうだけの耐久力はある感じだな。
次はどの程度の負荷で破れるのかどうか。
俺は敢えて水圧を気にせずにポイを動かしてみる。
「おっ! 穴が空いた!」
中心に見事な穴が空いてしまったポイを見つめて感激の声を上げる俺。
この耐久度はまるで和紙のような感覚! ポイが破れてしまったというのにすごく嬉しいぞ。
俺は土魔法で同じようにポイを大量生産。そしてスライムの皮を次々と挟んでいって、さらに実験。
水の中にはどれだけ浸していて問題ないのか。本気でやれば、このポイで小魚を何匹すくえるのか。どれくらいの重さの小魚までならすくえるのか次々と行っていった。
水に弱すぎるわけではないが破れやすい。破れやすいけど技量さえあれば、結構な数はすくえる。
結果として乾燥させたスライムは、俺がイメージしているポイに限りなく近いことが判明した。
スライムであればコリアット村の周辺にたくさんいるし、伸ばして乾燥させるだけなので大きな手間もいらない。
これならば文句を言われる事もないだろう。
小魚を川に戻すと、ポイ以外の道具を全て亜空間に戻した俺は、大きな満足感と共に屋敷に戻った。
◆
ダイニングルームに入ると、既に俺以外の家族が既に席についていた。
挨拶を交わして席に座ると、対面に座っているエリノラ姉さんが口を開いた。
「安眠スライムいいわね!」
弟から借りておきながらこの台詞。もしかして、俺は煽られているのだろうか?
一瞬そう思ったのであるが、エリノラ姉さんのスッキリとした晴れやかな笑顔を見れば違う事はわかった。
「それは良かったね」
「いつもよりもスッキリしてるし身体も軽いわ!」
おっと、エリノラ姉さんをスライム枕で堕落させるつもりだったのだが、どうやら逆効果のようだ。
体力がいつもより回復して、ここぞとばかりに元気さが余っている模様。
これではいつ俺が稽古に連れ出されるかわかったものではないな。
「ねえ、そろそろスライムを返して欲しいんだけど」
「えー、このまま貰ったらダメ?」
「ダメ」
俺が苦労して育てたスライムだ。残念ながらこれだけは諦めてやれない。
「ちゃんと育て方教えてあげるから、自分でスライムを捕まえてきなよ。そういう約束でしょ?」
「わかったわよ。今日自警団で森に入るから、その時に自分のスライムを捕まえてくるわ」
昨日の約束を持ち出すと、さすがにバツが悪くなったのかエリノラ姉さんが引き下がる。
ほお、今日は自警団で森に入るのか。だったら都合がいいな。
「ねえ、エリノラ姉さん。どうせ森に入るならスライムをたくさん捕まえてきてよ」
「スライム? これ以上枕を増やしてどうするのよ?」
俺の頼みに、エリノラ姉さんがわかりやすく怪訝な表情をする。
「枕に使うんじゃないよ。収穫祭の小魚すくいでスライムが素材になるんだ」
「スライムを? それはどういうことだい、アル?」
小魚すくいというキーワードが出たからだろうか。見守っていたノルド父さんが前のめりになる。
興味を示したノルド父さんに、俺はスライムの皮を乾燥させるとポイに使えると説明。
それと同時にポケットに入れておいた、スライムポイも見せた。
「へえ、スライムを乾燥させるとこんな風になるんだ」
「スライムを燃やした事はあっても、乾燥なんてさせた事ないものね。にしても、よくスライムを材料にしようと考えついたわ」
俺だっていきなりスライムを乾燥させて使ってみようだなんて思いつかなかった。
エリノラ姉さんが、スライムの世話を怠らなかったら考えつかなかった事だな。ちょっとだけ感謝だ。
「スライムが使えるのならそれで行こう。エリノラ、今日はスライムを優先的に捕まえるよ」
「まあ、ついでだしいいけど。どうせならアルも来なさいよ」
「やだよ、魔物と戦うなんて危ない」
「スライムと戦うのに危ないもないでしょ?」
「エリノラ姉さんに付いていって、スライムだけで済むはずがないじゃん」
俺がそのことを指摘してやると、エリノラ姉さんは露骨に顔を逸らした。
多分、収穫祭の安全性向上のために周囲の魔物を大規模で討伐するのだろう。去年も騒がしくやっていたしな。
そんな事に参加するくらいならスライムポイは諦めて、ポケットマネーを出してトリーに和紙を発注するよ。
「スライムを捕まえる上で気を付ける点はあるかい?」
さすがは元冒険者。魔物の素材を使いものとするために、きっちりと聞いてくる
「できるだけ皮を傷つけないで持ってきて。魔法とかで燃やしたりすると素材として使えなくなるから」
「わかった。それじゃあ、エルマンへのポイの発注はアルに頼むよ」
「え?」
「やっぱり、僕よりも考えてくれたアルが直接説明する方が早いしね。キックターゲットや投球ターゲットの試作品もできたみたいだから確認も兼ねて見に行って欲しいんだ。嫌だったら、僕と変わって討――」
討伐と言いかけた瞬間、エリノラ姉さんの顔がぱあっとなった。
「わかった! エルマンには俺が説明して見に行くよ!」
俺がそう言った瞬間、エリノラ姉さんが露骨にしぼんだ。
危ない危ない。魔物の討伐だなんて冗談ではないからな。
何だかいいように扱われているような気がするが、簡単なお使いみたいなものだし気にしないでおくか。
移動も転移で一瞬だし、自分としても催し物の道具ができているか気になる。
そうやって会話がひと段落ついたタイミングで、扉がノックされる。
「そろそろ食事を運んでもよろしいでしょうか?」
扉の外から聞こえるサーラの声。どうやら俺達の話が真剣なものとわかって、入るタイミングを伺っていたようだ。さすがはできるメイド、空気が読める。
「ああ、いいよ」
「失礼いたします」
ノルド父さんが許可すると、ワゴンを押してサーラとミーナが入ってくる。
そして、美味しそうな朝食がテーブルの上へと乗せられていく中、エルナ母さんが首を傾げながら言った。
「ところで、さっき言っていた安眠スライムってなにかしら? とても気になるわ」
どうやら今日も俺の安眠スライムは返ってこないようだ。




