和紙屋
書籍の七巻は四月に発売予定です!
人足のカグラ服を着て、最初とは別の意味で注目されるようになったが、それを気にせずに歩いていると、達筆な字で和紙と描かれている看板を見つけた。
うん、単純だけど実にわかりやすい。
大通りから少し逸れた道にポツリと佇んでいる店。
他の店などに比べるとかなり地味で、うっかりしていると背景として見過ごしてしまいそう。
だけど、店から漂う独特な雰囲気を見ると悪くなさそう。
こういう隠れ家のような店こそ、結構いいものが置いてあったりするのだ。
冒険心をくすぐられた俺は、人込みの中を通り抜けて店へと歩いていく。
そして、障子の張られた扉を開けると、落ち着いた雰囲気の部屋が広がっていた。
店内は薄暗く、暖かな橙色をした灯りが一つ、天井から照らしつけている。
息を吸い込むと木と紙の匂いが漂い、どことホッとするようだった。
店の中は狭いものの、並べられた棚やテーブルの上には、たくさんの和紙でできた作品が並べられている。
この部屋には誰もいない。ただ奥に続く部屋からは、しきりに水の音が響いてくるので誰かが作業をしているのだろう。
とはいえ、今は和紙を買う事よりも目の前の品が気になる。
テーブルの上に置いてある、色のついた四角形の和紙。
多分、和紙を作る際に染料を混ぜたのだと思うが、これはこうして鑑賞する飾りなのだろうか? それとも他に使い道があるのか。
「おや、可愛らしい子供が入ってきたねぇ。それも外国の」
首を傾げながら観察していると、奥の部屋からお婆ちゃんがやってきた。
お婆ちゃんは結構な年齢だとわかるが、それを感じさせない元気のいい声をしており、少し派手めな赤いカグラ服を着ていた。
この年齢でこのようなカグラ服を着こなせるのは、このお婆ちゃんから滲み出す愛嬌があってのこそだろうな。
「お邪魔してます」
「ええよ、ええよ。面白いものはないかもしれへんけど」
「いや、そんなことないですよ。知らないものばかりです。この色の付いた四角い和紙は何ですか?」
謙遜するお婆ちゃんに、俺は気になっていた品物を尋ねてみる。
「ああ、それやったら。下に敷いてある魔導具のボタンを押してみい」
そう言われて下を見てみると、四角い板が敷いてあるのが見えた。色に夢中になって気付かなかったな。
言われるままにボタンを押してみると、パッと和紙の中から光が灯った。
「おお、灯りだ!」
「いひひ、そうよそうよ」
俺の反応を見てか、お婆ちゃんが楽しそうに笑う。
ちょっと魔女みたいな笑い方だったが、このお婆ちゃんがやるとどこか自然に思えるな。
それにしても、この灯りは綺麗だ。
確かランプシェードだったかな? 前世のお婆ちゃんの家にも、こういう灯りが置いてあった。夜になると電気は消して、ランプシェードを眺めながら眠りについた覚えがある。
目の前の灯りは、あの時の光景を思い起こさせるほどに綺麗だった。
「こっちの丸いのも点けていいですか?」
「ええよ」
隣にある白と黄色の混ざった球体がどんな光を放つか気になったので、俺は同じようにボタンを押す。
すると、球体の中から同じように光が灯る。
「おお、満月だ!」
それはまるで夜空に浮かぶ満月のような色をしており、部屋の中にいるのに外で満月を眺めているようであった。
この和紙の色合いの濃淡が、満月の凹凸を表しているようである。
「いひひ、変わった子やね」
「え? そうですか?」
「今どき、こんな風に和紙の灯りで喜ぶ子供なんて滅多にいないからね」
カグラ人にとっては、こういう和紙製品は生まれた時から目にするので、慣れてしまっているのだろうか?
俺からすれば、和紙というのは身近なようであって知らないことが多いイメージだ。
なんて事を思っていると、早速隣にまた見知らぬ物が。
金属の枠の中で鮮やかな色合いをする花々が。形からしてストラップだと思うが中にあるのは……。
「これって、もしかして中に入っているのは和紙ですか?」
「そう。中に和紙が入ってる」
俺の尋ねた言葉に、笑いながら頷くお婆ちゃん。
「ええ? どうやって作ってるんですか?」
驚きながら尋ねると、お婆ちゃんは奥に引っ込んで、板のような道具を持って戻ってくる。
「この型に和紙を入れて、透明な樹脂を入れてあげることでこうなるのよ。この樹脂は温風を当てると固まるからね」
なるほど、固まる樹脂を利用して、中に封じ込めているわけか。中で光っているラメのようなものは鉱物などを削って入れているのだろうな。キラキラしていてとても綺麗だ。
型にはめて樹脂を流し込んで整えるだけなので、初心者でも気軽に挑戦できそうだな。
「よかったら使うかい?」
「え? いいんですか?」
「子供が和紙に興味を持つことは少ないから布教やよ。それにこれはもう古くなって使わんからね」
お婆ちゃんはそう言うと、俺に手に持たせるように型や樹脂の入ったチューブ、数枚の鮮やかな和紙を握らせてくれた。
おお、和紙を見にきたら思いもよらないいい道具が貰えてしまった。
「ありがとうございます」
「いひひ、なにか作ったら見せにきてくれると嬉しいさね」
「必ず見せにきます」
これは部屋でできるいい趣味になりそうだ。
是非ともお婆ちゃんのような綺麗なアクセサリーを作ってみたいな。
なんか店を出て行くみたいな流れになっているけど、本当の目的を達成するべく俺はおずおずと尋ねる。
「えっと、普通の和紙も見たいんですけど見てもいいですか?」
今さらながらの言葉にお婆ちゃんは呆れることなく、笑顔で頷いてくれた。
◆
お婆ちゃんから和紙をいくつか見せてもらい買ってみた俺は、河原へと転移。
橋の下でこっそりと空間魔法を使い、アクセサリーセットを収納。
そして、小魚すくい用として土魔法で作っておいたポイとハサミを取り出す。
和紙を丸くハサミで切ったら、ポイの枠だけを開いて、その間に和紙を挟む。
前世の百均で売っているポイと同じ仕組みだ。こうすれば捨てることなく和紙の部分だけ張り替えてやれば繰り返し使える。
ポイから和紙が外れないことを確認すると、誰かが罠を仕掛けた後である窪地を見つけた。
ここなら水流に影響なく和紙の耐久テストができそうだ。それによく見ると稚魚もいるし一石二鳥だな。
しめしめと笑いながら俺は屈みこんで、ポイを水に入れる。
まずは和紙に与える影響をあまり考えず、そのままポイを動かして稚魚を追いかけてみる。
本来ならば和紙に水圧を与えないように、水に入れて追いかけるなど愚策であるのだが実験だからな。
水に湿った和紙は、色こそ変えるも破れる様子はない。
そのまま小魚を追いかけてすくってみると、本当にすくうことができた。
和紙の上では稚魚がピチピチと可愛らしく暴れている。
水に強い和紙を要望しただけあって、すぐに破けることはないようだ。
すくった稚魚を放流し、もう一度ポイを水の中へ。
そのまま同じことを二回程繰り返しただろうか。遂に和紙の端が破れてきた。
ふむ、割と雑に扱ってこのくらいならばポイとして十分に使えるレベルだ。
だが、この水に強い和紙。ちょっと根が張るんだよな。恐らく、俺がただの子供で和紙に興味を持っていたから値引きしてくれたけど、それでも根が張る。
水への強さがない和紙はもっと安い。
試しにそれでできないかとポイの和紙を付け替えて挑戦。
ポイを水に入れて移動させると和紙がほろりと崩れてしまい、崩壊を始めた。
うん、やっぱり普通の和紙ではダメだな。
収穫祭で催しとしてやるのであれば、少なくても水に強い和紙が数百枚単位で必要になる。
以前のカグラ観光で和紙は買っていないし、急にこのような和紙を買ってきたらどこで買ったと怪しまれるよな。
それに俺のポケットマネーへの影響がデカいし、そんなものでごり押しするのも如何なものか。
コリアット村で行うものなので、できれば村の素材だけでできるようにしたい。
「……んー、和紙は保留にしておくか」
いざとなったらトリエラ商会に、この和紙を取り寄せてもらうという方法があるが、それは最終手段だな。
そう決断したところで、俺は転移で屋敷の傍に戻った。
◆
「九百九十八! 九百九十九!」
カグラ服からいつもの服に着替え、一本道から歩いて我が家へ向かうと、エリノラ姉さんの凛とした声が門の外まで聞こえてきた。
そして、「千!」と思い切ったような声が上がるなり、ミーナと思わしき歓喜の悲鳴が響き渡った。
なんだなんだ? 一体中庭の方で何が起きているんだ?
気になって速足で中庭に入ると、そこではエリノラ姉さんを囲うようにしてミーナやサーラ、シルヴィオ兄さんがいた。
「やった、やりましたよ! エリノラ様! 千回達成です!」
「おめでとうございます、エリノラ様」
「すごいや、姉さん」
「ええ、ありがと!」
口々に皆から褒められて、爽やかに礼の言葉を返すエリノラ姉さん。
ボールを脇に抱え、ほんのりと肌を上気させ、汗をかいていることから、ずっとリフティングをしていたとでもいうのだろうか。
俺はすぐに移動したので、わからないが雰囲気的にそうなのだろうな。
というか千回って……。
半日と経過せずにここまで上達したことに感心すればいいのか、呆れればいいのかわからないな。
とりあえず、ほぼ様子を見ていなかった俺が言えることは何もない。
俺は中庭の集団に混ざることなく、玄関の方へと向かう。
「ねえ、アル! どうだった、あたしのボール捌き?」
そーっと気配を消して移動したつもりだったが、エリノラ姉さんに捕捉されてしまった。
え? なんなの? もしかして嫌味? 俺が見ていないと知っての皮肉なのだろうか?
しかし、エリノラ姉さんの顔を見る限り、そのような悪意はまったくない。
むしろ、純粋な称賛が欲しそうな感じだ。
おおっと? これはリフティングを千回こなすのに夢中で、俺がいなかったことに気付いていなかったパターンだな? 鋭いエリノラ姉さんにしては間抜けなこと。
だとすれば、ここは素直に見ていないと述べて、機嫌を損ねる必要はない。
適当に褒めてあげて、口裏を合わせてやればいい。
「うん、見ていたよ。すごかったね。まさかいきなり千回もできるとは思わなかったよ。さすがはエリノラ姉さんだ!」
「ふふん、わかればいいのよ!」
欲しそうな言葉を投げかけてやれば、案の定エリノラ姉さんは嬉しそうに笑った。
傍にいるシルヴィオ兄さんは、俺が最初からいなかった事に気付いているからか、苦笑いしている。だけど、裏切るつもりはないようだ。
よし、後はボロが出る前に屋敷に戻って――
「あれ? アルフリート様はさっきまで出かけていたので見てないですよね?」
そこで響き渡るミーナの余計な言葉。
空気読んでよ!
「……へー、見てなかったんだ」
「やだなぁ、ミーナ。いくら俺の陰が薄いからって、見てない扱いは本当に酷いよ」
「ええ、でも、本当に――あいたっ!?」
おどけながらも目線で空気を読めて訴えるが、ミーナには通じなかったようなのでショックボールを極限まで小さくしてぶつける。
「どうしましたミーナ?」
「な、なんか目の辺りがチクって……」
「砂でも入ったのでしょう。少し顔を洗いましょう」
「ふぁ、ふぁい……」
サーラにアイコンタクトを送ると、空気の読めるメイドは空気の読めないメイドを連れて退場。
「喉が渇いたね。俺達も屋敷に戻ろうか」
「見てなかったのね?」
そう振り返った瞬間、エリノラ姉さんが心を見透かすような目でこちらを覗き込んできた。
その無機質な瞳がどこか恐ろしくて、俺はシルヴィオ兄さんに助けを求める。
「そ、そんなことないよ。ね、ねえ、シルヴィオ兄さん?」
「え、えーっと」
「中庭の土を見れば、アルの真新しい足跡が見えるわね」
「そうだね。アルは最初の数回でどこかに出てったよ」
エリノラ姉さんがそう呟いた瞬間、シルヴィオ兄さんがあっさりと裏切った。
シルヴィオ兄さんぁぁん!
くそっ! 離れている場所の足跡まで肉眼でわかるんだよ! もしかして、カマをかけたのか? などと考えられるが、シルヴィオ兄さんが裏切った時点で全ては無駄なこと。
「ふーん、見てなかったのね。別にいいけど……」
てっきり怒ったり、嘘をついたので叩かれると思ったが、エリノラ姉さんは不満げにそう告げるだけであった。
正直、拍子抜けであったが、エリノラ姉さんを見れば不機嫌そうなのはすぐわかった。
なんだろう、この消化不良な感じは。
いや、罵ったり、叩いてもらいたい訳ではないけど、どうも変だ。
それに妙な罪悪感も湧いてきたし。
どうせなら嘘をついたことに怒ってくれたり、叩いてくれた方が何倍もスッキリするというのに。
ええい、ままよ。
俺はトボトボと屋敷に戻ろうとする、エリノラ姉さんに声をかける。
「エリノラ姉さんのボール捌き、見ていなかったから見たいなぁ~。俺じゃちょっとしか続かないし」
「……そんなに見たいの?」
「うん! シルヴィオ兄さんも、もう一回見たいよね?」
俺を裏切ってくれたんだ。シルヴィオ兄さんも道連れだ。
「え? う、うん、僕もう一回見たいよ!」
そうやって二人で煽てると、エリノラ姉さんは嬉しそうに、
「しょうがないわね。もう一度千回やってあげるから見てなさい!」
「「え? わ、わーい!」」
嬉しそうにボールを蹴り出すエリノラ姉さんと、俺達の乾いた応援が中庭に響いた。




