小次郎 母親として
こんにちは、原稿作業やNSTARなどで忙しかったのですが、少し時間がとれました。
明日も更新いたしますので、よろしくお願いいたします。
小次郎がうな丼を作るために去ってからしばらく。室内では衣擦れ一つしない静かな空気が漂っていた。
小次郎が辞めたそうにしているのは知っていた。だが、それはここ数年毎日のように言い洩らしていた事。
口ではそう言って面倒臭がりつつも、妹である楓、母である桜花に尻を叩かれながらもきちんと刀士として働いていた。
毎日のように怠惰な言葉を漏らしつつも、言われた仕事はきちんとこなし、部下に頼られれば断らずに解決へと導く。
ちょっとだらしない言動が目立つが、刀士としての実力は俺に次ぐものであり、性格も申し分のない器であった。
俺が刀を授けたのも、小次郎ならば面倒くさいと言いながら、国を守り、修一を立派に鍛え上げてくれる。そう確信していたからだ。
俺だけでなく、城で務めている者の誰もがそう思っていたことだろう。
小次郎ならば、面倒くさい、辞めたいなどと言いながらしっかりと役目を果たしてくれる。
しかし、これが今日になってどういうことか。修一の護衛をだけでなく、刀士を辞めたいと直談判をしてきおった。
最初はちょっと絹笠や楓と喧嘩してしまい、そういう言葉が口から出てしまっただけだろう。
そう思っていたのだが、この部屋にやってきた小次郎は至って真面目な表情で、うな丼を作り、店を開きたいのだと語った。
今までのような死んだ瞳ではなく、静かに燃え盛るような意思のある瞳。
小次郎のその目を見れば、感情や対立による弾みではなく、心から決めたものだと理解してしまった。
とはいえ、稲葉家は代々将軍家に仕える役割を持った一族。いくら将軍である俺とはいえ、そう簡単に頷けるものではない。それに俺としても小次郎を失うのは惜しく、手放したくないという気持ちもある。
俺は急いで桜花を呼び寄せて、説得をしてもらおうとした。
いくら小次郎でも苦手意識を持つ桜花に説得されれば、考えを改めるに違いない。
そして、またいつものように桜花に説教をされて、刀士としての仕事に戻ってくれる。
そう考えていたのだが、あろうことか桜花はこのような提案をした。
「では、こうしましょう。小次郎の言う、ウナギ料理で私を含めた三人を認めさせることができれば刀士を辞めることを認めましょう」
いきなり肯定した訳ではないが、明らかに小次郎の肩を持つ言葉。
昔は鬼神と呼ばれて恐れられていた桜花が、まさかこのような事を言うとは。
彼女とは長い付き合いを持つ俺であったが、その真意がわからなかった。
怒鳴り散らし、小次郎を殴り飛ばしてでも反対すると思っていたばかりに予想外だった。
桜花の考えが読めない。
静まり返った空気の悪さを取り払うように、咳払いして尋ねる。
「桜花、どうしてあのような提案をしたのだ?」
「私は常に将軍家にお仕えする稲葉家の当主として息子と接してきました。将軍家を支えられるような強さを与えるように、私のような平民の子供だからと舐められないように……」
稲葉家は代々血筋を大事としてきたために、高貴な家柄同士での婚姻を重ねてきた。
しかし、桜花は刀一本で戦場から成り上がってきた平民。通常であれば、稲葉家に入れるはずもない。嫁入りする時は相当揉めたという。
結果としては桜花や亡き夫である源一郎が覚悟や、武勲を示すことで納得させたが、未だに一族の中では風当たりが強いことは変わりない。
だからこそ、桜花は小次郎や楓が一族に舐められぬように、しっかりとした地位につけるように厳しく育てたのであろう。
その気持ちは将軍であり、親でもある俺もとても理解できた。
「だからこそ、いけなかったのでしょうね。小次郎は、稲葉家の刀士として恥じない実力を手に入れましたが、志は全くありません。空っぽなのです。そのような者が果たして将軍家と苦楽を共にしながらやっていけるでしょうか?」
小次郎を修一の護衛に据える時、懸念点として俺もそれを考えたことがあった。
もしもの時に小次郎は逃げ出してしまうのではないかと。
しかし、それは春華の護衛として楓をつけてやることで払拭できると思っての判断だ。
「だとすれば、今からでもそのように教えてやれば……」
「私がもう少し母親として接していれば、楓のようになってくれたのかもしれませんね」
どこか自嘲するように言う桜花。
小次郎は桜花が最初に産んだ息子。
一族の目が最も厳しい時期であったために思うように母親としての甘さを見せることができなかったのだろう。
確かに今さらそれを桜花から教えるのは難しいのかもしれない。
「ですが、そんな私を相手にしても小次郎は恐れずに自分の意思を示してきたのです。あの子があのように自分の意思で何かを為したいと言ったのは初めてでした。そんな姿を見て、こんな私でも母親として力になってやりたかったのです」
それは厳しい稲葉家の当主としての顔ではなく、見たこともないような優しい顔だった。
当主ではなく、母親として息子の力になりたい。
桜花のそんな想いを聞いて、先程の提案について納得ができた。
「とはいえ、いいのか? もしも、小次郎が辞めようならば、一族からの風当たりが……」
「いいのです。そこは母である私が頑張れば良いだけのこと。それに小次郎が刀士だけでなく、料理人として大成すれば、それは一族の新たな風にもなります」
思わず問いかけると、優しかった表情は引き締まり、いつもの凛々しいものとなった。
稲葉家は由緒ある実力者の家系であるが、刀士以外の者の地位は低く見られている。
生まれし全ての者が刀士として才能がある訳もなく、その者たちの新たな光とするつもりだろう。
ただ、子を応援するだけでなく、新たな改革をも為そうとしている。さすがは桜花だ。
心強い桜花の笑みを見て、俺はどこか安心した気持ちになった。
しかし、空気が柔らかくなったタイミングで絹笠が水を差す。
「ははは、剛毅様の心配は無用でしょう。あやつがマズいウナギをまともに調理できるはずもないですから」
せせら笑う絹笠の言葉を聞いて、微かに桜花が頬を引くつかせた。
今の桜花の言葉を聞いて、どうしてそのような空気の読めない発言をするのか。
そのような口ぶりをしているから城内でも評判が悪いのだぞ。
小次郎とは違った意味で、俺は目の前にいる臣下が心配になった。
『ちょっと仕事辞めて実家に帰る~田舎ではじめる休活スローライフ』
以前より書き溜めていたものをカクヨムでアップしてみました。現代スローライフものです。
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