いざ、湧き水を汲みに山へ
朝食を食べた後、自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、厨房の方からジュワァっという音がしてきた。
これは油の音……魔導コンロで揚げ物でもしているのかな?
少し気になって厨房の方に入っていくと、そこではバルトロが唐揚げらしきものを作っていた。
俺がこのまま後ろから近付くとバルトロを驚かすことが多いので、わざと大回りして視界に入るように登場する。
いくら影が薄いとか気配がないなどの誹りを受けようが、今は揚げ物をしている最中だから安全第一だ。
「なんだ? 坊主もつまみ食いしにきたのか?」
「いや、違うよ。朝ご飯食べたばっかりだし。その口ぶりだと俺の前に誰かつまみ食いしにきたの?」
「エリノラの嬢ちゃんとミーナだな」
ああ、何ともわかりやすい面子だ。
エリノラ姉さんは、急にダイニングルームを出て行ったけど、もしかすると唐揚げの音を聞きつけて出て行ったのかもしれないな。
「ところで、何で朝から唐揚げ作ってるの? 今日ってエリノラ姉さんの自警団の稽古もなかったよね?」
今は朝食を食べ終えたばかり。普通であれば、バルトロやメイドの食事も、俺達の食べたものと同じメニューだ。その方が手間もお金もかからないから。
うちの家で朝から唐揚げが出ることは当然ないので、これは今さっき一から作ったということもある。
今日はエリノラ姉さんも自警団の稽古がある訳でもないので弁当は不要だ。それなのにバルトロが朝から唐揚げを仕込んでいる理由が気になる。
「ああ、これは嬢ちゃんのじゃなくて俺の弁当だ」
「バルトロの?」
「ちょっと、山に湧き水を汲みに行くからよ」
「井戸の水とかじゃダメなの?」
別にわざわざ山に湧き水を汲みに行かなくても、屋敷の庭に井戸はある。
俺が素朴な疑問を投げかけるとバルトロが力説するように言う。
「ダメじゃねえよ。ここの村の水は綺麗で井戸のやつでも美味い。でも、山にある湧き水はもっと美味いんだ」
へー、そこまで言われると湧き水とやらが気になるな。
川などの水を飲んだことはあるが、山にある湧き水は飲んだことがない。
「というか、坊主達が毎日飲んでる紅茶に使われてるのは、ほとんどが湧き水だぜ?」
「もしかして、エルナ母さんの指示?」
「……ああ、湧き水で作った方が一番美味いらしいからな」
驚愕しながら尋ねると、バルトロが遠い目をしながら答える。
まさか既に湧き水が使われていたとは……道理で美味しい訳だよロイヤルフィード。
「まさか、紅茶のために山まで湧き水を汲みに行かせていたなんてエルナ母さんも筋金入りの紅茶好きだね」
「いや、坊主も相当だろうが。その場で飯食いたいからって魔法で、台所や火を起こしたり。シルフィード領に行くまでには、馬車で寝たくないからって土魔法で家を作ったって聞いたぜ?」
「魔法は生活を豊かにする便利なもの。だから、俺の使い方は一切間違っていない」
「……本当にこういうところが似ている親子だな」
俺がきっぱりと告げると、バルトロがどこか呆れたような眼差しを向けてくる。
俺としては性格よりも、もう少し容姿が似て欲しかったところだ。
「まあ、そんな訳で俺はこれから山に行く。良かったら、坊主も一緒にくるか?」
ふむ、普段口にしている湧き水がどこにあり、どのような味をしているか気になるな。
美味しい水を求めて山を登り、そこで弁当を食べる。
ピクニックみたいでちょっといいな。
おじさんと二人でってところが悲しさを感じるが、エリノラ姉さんを連れて行くとゆっくりできないしな。
「うん、湧き水の味も気になるし、俺も行くよ」
「おお、それは良かった。できれば坊主がサイキックで水を運搬してくれると非常に助かるんだが……」
非常にという部分を強調しながら頼み込んでくるバルトロ。
まあ、水ってかなり重いからな。だけど、俺がサイキックで運ぶとなれば、そのような苦労とは無縁だ。
「いいよ、それくらい」
「よっしゃ!」
ガッツポーズをして喜ぶバルトロ。
力持ちのバルトロであっても、それなりの量の水を山から屋敷まで運び込むのは大変なのだろうな。彼の喜びようが、その苦労を物語っていた。
「それじゃあ、二人分の弁当を作る。俺はおにぎりを作るから、この唐揚げは坊主に任せていいか?」
「うん、いいよ」
こうやって俺も、山に行くためのお弁当を作ることになった。
◆
お弁当を作り終えた俺達は、屋敷の外に出る。
「ところで坊主。どのくらいの大きさの容器なら魔法で運べるんだ?」
「んー? 別に水くらいなら樽十個分だろうと余裕だけど」
どこまで重い物を持ち上げられるか試したことはないのが、樹木丸々とか大きな岩だって持ち上げたことがある。樽に入った水くらい十個や百個余裕なんじゃないだろうか。
「お、おお、さすがに十個も必要ねえから、今回は樽一個頼むか」
そう言って、バルトロは屋敷の裏に回って樽を持ってくる。
俺はそれをサイキックにかけて浮遊させた。
うん、樽を一個浮かすことくらいなんでもないな。
「よし、問題もねえみたいだし出発するか」
バルトロの言葉に頷いて、俺は屋敷を出て歩き出す。
今日も外の天気は良く暖かい。この間のようなクソ暑い気温ではないが、歩いているとじんわりと汗が出てくるような暑さだ。
屋敷から伸びる一本道は見事に開けているので、木陰などという場所はない。
早く日陰のある山に入りたいな。湧き水のある場所だったら、木陰やら湿気やらで涼しくなっているだろうに。
涼しい湧き水の音を想像しながら俺は汗を拭う。
「そういや、お弁当はその背負い籠に入ってるの?」
隣を歩くバルトロの背中には大きな背負い籠がある。
お弁当をどこにも持っていないことから恐らくその中に入れたのかな? 作って忘れていたとかだったら嫌なので、確かめる意味も込めて聞く。
「ああ、ここに入ってるぜ。坊主のお陰で大分楽ができるからな。ついでに山の食材も集めるんだ」
なるほど。もし、一人で重い水を運ぶとなると、採集する余裕なんてないだろうからな。
それもあって嬉しそうなのか。
「今の時期だと何が美味しいの?」
「山菜だとシラビとノービルだな」
シラビというとネギのような太い茎に、二つの葉が生えている。柔らかく甘みが強いネギのような味だ。煮込んで柔らかくして丸かじりにするのが美味しい。
ノービルはニラのような細長い葉に、根っこに小さなカブのような球根がついている。細かく刻んで薬味にするもよし、根を煮てあげるもよし、そのままサラダにするのもいい使い勝手のいい山菜だ。
「最近は味の濃い料理ばかり注文がくるからな。ここらであっさりとした栄養の高いもの食わせてやらねえと」
「魔導コンロが設置されたからね」
「だとしてもだ」
王都で魔導コンロを買ってから、必然的に唐揚げやら串揚げといった揚げ物類が増えた。まあ、魔導コンロはそういうものを作るのに便利だから使って当然なのだが、エルナ母さんやらエリノラ姉さん、ミーナやらの要望でメニューに多く加わってきている。
栄養的にも程々にしないといけないだろうな。
どちらかというと味の薄い派に属する俺としては、バルトロのその考えには賛成だな。
「今日から揚げ物は控える方針にする」
「でも、俺達の弁当に唐揚げ入ってるよね?」
そうはいうものの、今朝唐揚げを作ったばかり。
俺達の弁当には唐揚げがたくさん入ってしまっている。
俺の言葉にバルトロは数秒固まった後に、
「……俺達はいいんだ」
「それもそうだね」
おい、と突っ込みたくなるけど、じゃあ唐揚げは無しとか言われると非常に困るので俺も素直に頷いておく。
おにぎり弁当に唐揚げは外せないからな。
そろそろ小次郎が仕事を辞める短編の話をぶちこもうかと思ってます。
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