脚本の完成
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湖でアルキノコを食べた俺とドール子爵、ティクルはトールとアスモと別れて屋敷へと戻った。
あれからドール子爵は、すぐに談話室へと引きこもり夢中で脚本を書き続け、ティクルは無魔法のサイキックで複数のものを操る練習をひたすら重ねている。
二人共とても熱中しており、顔を合わせるのは食事中くらいのもの。
そこで軽く状況を聞いたり、アドバイスをしたり。
エルナ母さん曰く、「アルが三人住んでいるような日常」は平和に過ぎいき……。
そしてドール子爵がやってきてから四日目の朝。
「できたぞおおおおおおおおっ!」
ダイニングで食後の紅茶を飲んでいると、どこからともなく咆哮が聞こえてきた。
「ひっ!」
「な、なんですか? 今の声?」
シルヴィオ兄さんは驚きから肩を震わせ、給仕をしていたミーナが不安そうな声を上げる。
すごいな。テーブルの上に置いている紅茶の水面が揺れてるよ。
「ドール子爵だね」
「脚本が完成したのかしら?」
「ミーナ、ドール子爵がやってくるだろうから扉を開けておいてくれるかい?」
「は、はい!」
ドール子爵にも慣れたのか、ノルド父さんやエルナ母さんは特に動じることもない。ノルド父さんなんて、もうドール子爵がこっちにやってくると予想して指示を出している。
そんなノルド父さんの予想は的中し、遠くからドシドシと巨体が近づいてくるような気配がする。それも猛スピードで。
しばらく家族で扉を眺めていると、ドール子爵が駆け込むようにして入ってきた。
「脚本ができたぞ! アル!」
俺を見るなり、抱えていた分厚い紙の束を掲げるドール子爵。
それが何を示すかは言うまでもないだろう。
「おめでとうございます、ドール子爵。遂に脚本が終わったのですね」
ドール子爵に称賛の言葉を伝えたのだが、何故かその表情は不満そう。
あれ? 特にかける言葉がおかしくもないよね?
「アル、今は祝いの時だ。そもそも同志である私とアルの間に敬語は不要! 散歩の時のように気安い言葉で言ってくれ!」
えっ、そういう問題? ……でも、エリックのように年の近い子供でもないし、相手は歴とした領主だ。気安く呼んでもいいのだろうか?
ノルド父さんとエルナ母さんに伺うように視線を向けると、了承の意味を示す頷きが返ってきた。
でも、改めて言い直すって恥ずかしいな。でも、目の前にいるドール子爵はとても期待に満ちた眼差しを向けていて……。
「えっと、グレゴール。脚本の完成おめでとう」
「ああ、これもアルのお陰だ! ありがとう!」
俺がそう言うと、グレゴールは感極まったのか熱烈な抱擁をかましてくる。
うおお、こんなにも安心感のある抱擁は初めてだ。グレゴールの身体で圧死するんじゃないかって思える。
「だ、旦那様。アルフリート様はお身体が小さいので、あまり強く抱きしめると……」
「お? それはすまない大丈夫か?」
「あ、うん。何とかね」
遅れて入ってきたティクルが諫めることによって、俺の圧死は免れた。
もうちょっと遅かったら背骨くらい軽く逝っていたかもしれない。
「アル、早速だが脚本を読んでくれないか?」
「勿論」
大体の内容は知っているが、それがどのようなものになったか気になる。
グレゴールから脚本の束を受け取った俺はソファーへと移動。
「僕も読んでもいいですか?」
「ああ、勿論だ」
シルヴィオ兄さんも気になっていたのだろう。許可を貰うとソワソワとしながらも隣へやってきた。
「色々な意見を貰いたいので良かったら皆も読んでくれると嬉しい」
「じゃあ、あたしも」
すると、後から引っ張られるようにエリノラ姉さんもやってきた。
左からシルヴィオ兄さん、右からエリノラ姉さんが覗き込んでくる。
二人ならともかく、さすがに三人でとなると読みづらいな。
「ええ、エリノラ姉さんも読むの?」
「何よ? あたしが読んじゃダメなわけ?」
狭いし、本を読むようなキャラじゃないよね? と問いかけるとエリノラ姉さんから鋭い眼差しが向けられる。
「いや、ダメじゃないけど」
「ならいいじゃない」
なんか力で押し切られた気がする。
「ふふ、じゃあ、私達は子供達が読み終わった後に読ませてもらいましょうか」
「そうだね」
エルナ母さんとノルド父さんののほほんとした会話を聞きながら、俺は太ももの上に乗せた原稿をめくっていく。
しかし、それをエリノラ姉さんの手が止める。
「ちょっとアル、めくるのが早い! あたしまだ半分も読んでないわよ!」
「ええ、これでもゆっくりめくってるのに。シルヴィオ兄さんとかもっと早く読み終わってるよ?」
これでもエリノラ姉さんに合わせてゆっくりめくっているというのに。
「ええっ? それってちゃんと読んでるの?」
「あはは、僕とアルは本を読み慣れているからね」
エリノラ姉さんは普段からあまり本を読んでいないので、このように読むスピードが遅いという訳だ。
「エリノラにも、もうちょっと本を読ませた方がいいわね」
「うん、字を読むのに慣れていないと騎士団の書類仕事でも苦労するからね」
エリノラ姉さんの読力を憂いて、エルナ母さんとノルド父さんが教育方針を相談。
俺もそう思う。エリノラ姉さんは本を通じて、常識とか心の広さとか優しさとかを学ぶべきだと思う。
「うぐっ! だったら、アルが声に出して読みなさいよ。その方が皆が話を聞けるし、あたしも楽だわ」
「あら、それは面白いわね。他人の読み聞かせを聞くなんて久し振りだわ」
ええ、どうしていちいち声に出すなんて面倒な事を……と思ったが、最高権力者であるエルナ母さんが乗り気な様子。
高位のヒエラルキーに属するエリノラ姉さん、エルナ母さんが賛成すると、大概のことはその通りに推し進められる。
頼みの綱はグレゴールが恥ずかしがって却下すること。
俺は助けを求めるようにグレゴールに視線を向ける。
「う、うむ、声に出して読まれるのは恥ずかしいが悪くはないな。私に構わず声に出してくれ」
くそ、このおっさん、なに照れながら許可してるんだよ!
「ほら、最初から声に出して読んで」
「わかったよ」
エリノラ姉さんに小突かれて、俺は最初から脚本を読み上げた。
◆
「こうして、ゲコ太と愉快な仲間達は豊かな森を守ることができたのでした。おしまい」
脚本の最後の文章を読み上げると、拍手が巻き起こった。
ずっと文章を読ませられていて怠かったが、ここは純粋に物語を楽しませてもらった読者として俺もグレゴールに拍手を送る。
「……ありがとう。最高の気分だ」
グレゴールは息を吐く様に言うと、感傷に浸るようにジーンと震え出した。
拍手をやめてしばらく見守ると、落ち着いたグレゴールが動き出す。
「私の脚本をどうだっただろうか? 感想を聞かせてほしい」
「すごく読みやすくて面白かったです!」
単純ではあるが、その分エリノラ姉さんの言葉には心が籠っていた。
確かに、砕いて感想を言うとなるとそうなるのかもしれない。ある意味、エリノラ姉さんの意見がもっとも正しいのかもしれないな。
「キャラの会話が面白くて、活き活きとしていましたね。聞いているだけでクスリと笑っちゃいました」
「ピンチの時でも喧嘩してたけど、最後には息の合った協力をしてるのが熱かった」
ノルド父さんとシルヴィオ兄さんが具体的な面白さを述べるが、俺の今の心境としてはちょっと微妙だ。
「ドール子爵、ずっと気になっていたんですけど、ゲコ太の仲間のネズミのトルトル、芋虫のアースモっていうのは、アルの友達のトール君とアスモ君をモチーフにしていますよね?」
「うむ、キャラの造形に悩んでアルと散歩している時に出会ってな! 捻くれつつもどこか真っ直ぐに生きてる彼らに惹かれ、モチーフとさせてもらった」
ですよねー。だって、トルトルとアースもがまんまトールとアスモだったもん。普段のあいつらを知っている俺からすれば複雑だったな。
でも、トールがネズミ、アスモが芋虫という例えは凄く共感できるので、登場するのに違和感はなかったな。
「ちなみにアルもいるぞ?」
「え、嘘?」
俺をモチーフにしたキャラがいただろうか?
「「「街のデブ猫アルフ」」」
首を傾げていると、俺以外の家族全員が口を揃えて言った。
すると、グレゴールはそうだとばかりに頷く。
「ええ、俺がアルフ!?」
人の世界に住む猫のアルフは、人間に媚びを売って甘え、美味しい食事をもらい、昼寝をしてと堕落の極みにいる猫だ。
主人公達ゲコ太が協力を求めてきても、自らの快適な生活を崩したくないが故に一蹴したという高潔なるキャラだ。
「言動の端々からアルらしさが滲み出ていたわ」
「あれは僕もアルだと思った」
「やればできるのにやる気も出さず、のんべんとだらりとしてるところがそっくり。ゲコ太が必死に助けを求めてるのに協力もしないのがムカついたわ」
なんかエリノラ姉さんはゲコ太に感情移入しているせいか言葉が辛辣だな。
あのキャラは俺としてもかなり共感できる部分が多く、理想的だった。
特に事件に巻き込まれまいとゲコ太の助けを断るところが最高だったのだが、エリノラ姉さんの反応から言わない方が良さそうだ。
「まあ、アルフを責めないでやってくれエリノラ嬢。彼にも自分の守りたいものがあったのだよ」
「そ、そうですか」
「今は構想中であるが、アルフは次の脚本の主人公として描く予定だ。それを見れば、皆の評価も変わると思う」
「えっ! グレゴール、それはやめない!?」
なんか自分がモチーフにされているキャラが主人公とか想像するだけで恥ずかしい。
「ははは、ダメだ! アルには悪いが作ると決めた!」
俺が中止を提案するも、グレゴールは楽しそうに笑って却下した。
「あたしとしては次が楽しみかも!」
「もし、脚本が出来上がった際は、読ませて頂けると嬉しいです」
「うむ、勿論完成した暁には送らせてもらおう。だが、その前にゲコ太の話しだ。聞いていて気になった部分があれば指摘してほしい」
グレゴールがそう言うと、各自が気になった部分を列挙していき、それをグレゴールがメモ書きしてい
く。
時にグレゴールが反論したり、意見がぶつかり合ったりもしたが、最終的には最初のものよりもわかりやすい脚本が出来上がった。




