空腹
『転生して田舎でスローライフをおくりたい~すばらしきかな、カグラ!』小説六巻は明日発売です! 早いところでは今日から書店で並んでいるかと思います。店頭でお見かけの際は、ぜひお手にとってみてください。
湖の上での散歩を終えると、俺達は湖畔に戻って木陰で座り込む。
柔らかい草が生えているお陰で、地面の硬さを気にする必要もない。自然が作ってくれたクッションに感謝だな。
「ふう、貴重な体験をさせてもらった」
「シールドを足場にして水の上を歩くだなんて考えたこともありませんでした」
満足そうに語り合うドール子爵とティクル。
俺も空の上をシールドで歩いたことはあったが、水の上で試してみるのは初めてだったな。
トールとアスモの悪ふざけから思いついたことだが、とても楽しかったので少しだけ感謝だ。
「グレゴール様、ハンカチです」
「おお、ありがとう」
額に汗をにじませるドール子爵にハンカチを手渡すティクル。
涼しくなってきたとはいえ季節はまだ夏。外で動き回ればじんわりと汗が噴き出てしまう。
「あっちいな!」
「はしゃいで走り回ったりしたからね」
「これなら水でも浴びとけばよかった」
水の上で歩けるのが面白くて、つい鬼ごっこなんてしてしまったせいか俺達は汗だくだ。
こんなに汗をかくんだったら鬼ごっこなんてするのではなかった。
汗だく俺達を見て、ティクルはポーチからもう一つのハンカチを取り出す。
しかし、それは一つだけで俺達三人分もない。仮に差し出したとしても三人で一つのハンカチを使い回すことになるだろう。
これにはティクルもどうするべきか迷ったのか、ハンカチを手にして固まる。
「ああ、ハンカチなら大丈夫だよ。魔法で涼むから、それはティクルが使って」
「は、はぁ」
魔法で涼むということがよく理解できなかったのか、ティクルが首を傾げる。
そんな中、座り込んだトールとアスモが「アル、いつものやってくれー」と呻くので、俺は風魔法を発動。俺達の周囲に柔らかな風が漂う。
「あっ、風魔法ですね」
「うむ、気持ちがいいな」
肌を撫でるように吹き風にティクルとドール子爵は表情を緩ませる。
「はぁー、いい風だぜ」
「相変わらずの絶妙な風加減」
トールとアスモは風を満喫するように大の字に寝転がった。
「ふふふ、こちとら快適な風具合を研究しているからね」
風だって涼しければいいというわけではない。
いくら暑いからといって、目を瞑らなければいけないような強風を作られても痛いし、迷惑なだけだ。このような木陰でゆったりと過ごしたい時には、優しく肌を撫でるような風を一定の間隔で拭かせてやるのが丁度いいと思う。
「なるほど、さっきのアルキノコといい、湖を歩く時といい、アルフリート様の日常では、このように魔法が根付いているのですね」
「こんなに便利で楽しい力があるんだ。だったら、積極的に使って生活を豊かにしないと損じゃないか」
魔法は戦闘に有用だからといって、それしか使ってはいけないことはない。
生きていく上で戦闘よりもこうして日常を過ごす方が遥かに多いんだ。だったら、こうして生活を豊かにする魔法を研究する方が遥かに有益だと思う。
「ははははは! それもそうであるな!」
「アルフリート様がどうして魔法がお上手なのか、少しわかった気がします。私も日常生活で使って訓練しないと……っ!」
拳を握り込んで再び意気込みを露わにするティクル。
しかし、それは少し肩に力が入り過ぎなように思える。
「そんなに気負わなくてもいいよ。洗濯物で両手が塞がっている時に、部屋の扉をサイキックで空ける。単に寝転がっていて起きるのが面倒くさいから、遠くの物を引き寄せる。楽をしたいから使うくらいの感覚でいいんだよ」
「な、なるほど、楽にですか」
「そう、俺は魔法使いは怠惰であるべきだと思うよ」
まあ、人それぞれの心持ちや、やり方があると思うが、日常生活でも使って上手くなろうとしたらこれが一番自然で近道だと俺は思うな。
◆
ティクルと魔法について話しながら休憩していると、すぐ傍から「ぐぎゅるるる」と音がした。
「……お腹空いた」
音の方へ視線をやると、アスモが寝転がりながらも堂々と言った。
太陽の位置を見るに、多分時間は夕方に差し掛かる手前。
昼食を食べてから何も口にせず、森を歩き回っていたために俺もお腹が空いてきたな。
「小腹も空いたし、何か食べる?」
「森で採った木の実とアルキノコでも焼いて食べるか!」
「賛成」
寝転がっていたトールが手で反動をつけながら起き上がって言う。
アスモもそれに賛成らしく、さっきまで弱々しかった表情は欠片もない。
すくっと立ち上がって今か今かと待っている。
「グレゴールやティクルもどう?」
「ふむ、君達が構わないのであればご相伴に預かりたい」
ドール子爵も小腹が空いていたのか素直に頷き、ティクルも控えめに頷いた。
「いいぜ! じゃあ、アスモはリブラ出せよな」
「バカ、ふざけんな! これは俺が家で食べるんだよ!」
ここで出してしまったら、何のためにトールの足元を見て貰ったのかわからなくなるからな。アスモは唾のかけられ損だ。
「持って帰ってもシーラやドロテアにバレて食われるだけだろうに」
「……大丈夫。バレないように隠すから」
アスモがそう言った瞬間、トールがニヤリとした笑みを浮かべる。
「ほう? 俺はアスモがリブラを持っていると知ってるぜ? そして、俺はそれをいつでもバラすことができる」
「卑怯な!?」
トールにとって今、このタイミングは足元を見られて奪われたリブラを取り返す絶好の機会。まさか脅迫をするとは相変わらず狡い奴である。
「さあ、選べ。家族に食われるか、ここで出して俺達と共に味わうか!」
「くっ、こいつ! さてはこれを見越しての提案だったのか! トールの癖に生意気な!」
アスモが悔しそうにトールへ罵倒するが、それは苦し紛れであることは確かだった。
「ぐぬぬぬ、分けてやるよ」
「へへ、最初からそう言っておけばいいんだよ。というか下は俺が採ったものだしな」
トールは下卑た笑みを浮かべながら、アスモが差し出したリブラを受け取る。
相変わらずトールはチンピラ言葉が似合う男だな。
「あ、あの、そこまでしてもらわなくても大丈夫なのですが……」
「ああ、大丈夫だよ。あの二人はああやってじゃれ合っているだけだから」
「覚えとけよ。今度何かあったらチクるからね」
「最初に仕掛けてきたのはそっちだろうが」
ティクルと俺がそんな風に言っている傍で、どこか不穏な会話の応酬をするアスモとトール。
まあ、あの二人なら大丈夫だろう。食べ物の恨みは恐ろしいと言うが、どちらも自業自得と言える。
「なあ、どうせならアルのマイホームに行こうぜ」
「それも悪くないけど、せっかく湖の見える綺麗な場所にいるんだし、ここで食べようよ」
目の前にこれ程綺麗な湖があるのだ。どうせならこの光景を見ながら、のんびりしたいではないか。
それにマイホームには調理器具に調味料、食材やらがガッツリあるので、間食では済まなくなってしまう気がする。
「んー、まあ、ここで食うのも悪くないか」
「ここなら魚も獲れるし別にいいよ」
湖で食べることが決まったら、早速料理開始だ。
「んじゃあ早速、アルキノコを切るか」
そう言って、トールが籠の中に入っているアルキノコを取り出す。
捕まえたアルキノコは、胴体の下にある急所にナイフを入れている。
こうすることでアルキノコは絶命して、動かなくなるのだ。
それが何故なのかはわかっていない。魔物というのは不思議な生き物だ。
トールはナイフを使って、最初に足を落とす。
ポロリと落ちた足のキノコは、アルキノコの中で一番美味しいと言われている部位だ。
「トール、アスモ。足は食べたことがないグレゴールとティクルにあげていい?」
「いいぜ。俺らはいつでも食えるしな」
「……いいよ」
アスモは若干名残惜しそうにしていたが、了承してくれた。
二人には今度、別の食材を食べさせることでフォローしておこう。
「む? そこは確か一番美味しいところではなかったか?」
「だからこそ、食べて欲しいんだよ」
「三人とも、ありがとう」
せっかくコリアット村に遊びにきたんだ。思い出は少しでも多く、印象に残ってくれると嬉しい。
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コミックを担当しておられる小杉繭様のTwitterにて、16歳のアルフリート、17歳のエリノラという素晴らしいイラストがアップされてます。興味のあるかたはどうぞ。




