一歩を踏み出すために
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小次郎や楓、春などもキャラデザされておりますよ~。
ドール子爵がやってきた次の日。
「では、執筆してくる」
昨晩よりもヘルシーな朝食を食べると、ドール子爵はそう言ってバスチアンと共にダイニングルームから姿を消した。
二人がいなくなると、ダイニングルームはいつものスロウレット家だけが残る。
「……何だか全然貴族をもてなしているって感じがしないね」
「ええ、何だかアルがもう一人いるような感じだわ」
「ちょっと待って。それはどういうこと?」
紅茶をすすりながら言ったエルナ母さんの言葉が気になり、俺は思わず尋ねる。
俺とドール子爵が一緒って、おかしくない?
「ああ、わかるかも。一人で部屋にこもって変な趣味に夢中になっているところとかそっくり」
「変な趣味とは俺とドール子爵に失礼な」
テーブルで肘をついて言うエリノラ姉さんに俺は突っ込む。
俺達はただ日々の生活を楽しんでいるだけだ。一人だろうと部屋の中だろうと別に関係ない。怪しい引きこもりのように言わないでほしい。
「趣味に一直線なところは同じだものね。だから、二人は仲がいいのかもしれないけど」
確かにエルナ母さんの言うことには一理あるな。人形についての愛に温度の差はあるが、俺とドール子爵の会話は意外と馬が合う。
それは互いに趣味に熱中する性格からきているのかもしれないな。
「でも、せっかく来てもらっているのに領地を案内しなくてもいいのかな?」
「いいんじゃない? 本人が好きなことをしているみたいだし」
シルヴィオ兄さんの言葉をバッサリと斬り捨てるエリノラ姉さん。
まあ、昨日の熱中ぶりを見れば、無理に外に連れ出すよりも一番やりたいことをやらせてあげる方がいいだろうな。
ああ、俺もエリックの屋敷で、ドール子爵のように振る舞えば良かったのだろうか。そうすれば、面倒な稽古から逃げることができていたのかもしれない。
「今は脚本を書くのに夢中なようだし、そっとしておいてあげよう。彼の作業がひと段落するか、気晴らしの時にでも外に連れ出してあげればいいさ」
「ノルドの言う通りね」
ノルド父さんとエルナ母さんが、そのように決めたのならば問題ない。ドール子爵は温かく見守ることにしよう。
そんな訳で客人がきているにも関わらず、平常運転という奇妙な朝がスタート。
今日はドール子爵から貰った人形を改めて整理しようと思い、二階の空き部屋に移動する。
部屋には相変わらず可愛らしい人形が大量に置かれている。
何ともメルヘンな空間だが、ここに住んでいる人物は誰もいない。ずっとここに置いておくだけなのも勿体ないし、いくつか選別するか。エルナ母さんも以前は人形のクッション性を気に入っていたみたいだしいくつか引き取ってくれるかもしれない。
ミーナやサーラには実家に妹や弟がいるとのことなので、いくつか渡してあげてもいいな。
そうやって分散させたら後は少しずつ空間魔法で収納することにしよう。
ドール子爵が滞在しているうちに人形がなくなったら、どこにやったか問われるかもしれないしな。収納するのは彼が帰ってからだ。
ひとまず自分の部屋に置きたい人形を選別しよう。
豚、馬、クマ、牛などといった生活に身近な人形が多いな。中には魔甲虫のような魔物のタイプなどもいるが、ちょっと魔甲虫はリアル過ぎるな。
足の一本一本を丁寧に作り込まれているせいか虫らしく見えてしまう。
これもドール子爵の愛故なのだろうが、こういうタイプはもう少しデフォルメをして可愛らしくしてほしいところだな。
さすがにこれは自分の部屋に置きたいとは思えない。
とはいえ、寝ている人の傍に乗せたりして驚かせることはできるのでいいな。
ちょっと空間魔法で収納しておこう。
自分の部屋に置けるものはないかと探していると、キノコの形をした人形が出てきた。
確かこれはアルキノコとかいう、自分の足で移動する魔物だ。
特に危険度はなく、捕まりそうになるとくしゃみの出る胞子を出す程度だ。
味は薄めだが、とても大きなキノコなので食用としてスープの具材になることが多い。
「ふむ、こいつは可愛いし部屋のいい彩りになりそうだ」
アルキノコの人形は部屋に持ってかえるので、わかりやすいテーブルの上に置いておく。
そんな風に自分の気に入った人形を選別していると、不意に扉がノックされた。
「あ、あのアルフリート様! ティクルです! 入ってもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ」
許可すると、ティクルは丁寧に扉を開けて入ってくる。
「どうしたの? ドール子爵に何かあった?」
「いえ、その、アルフリート様に人形の操作を見てもらいたくて……」
俺が尋ねるとティクルがおどおどしながらも言ってくる。
またドール子爵が出てこないとか、吠えていたりしたら大変だと思ったが、それは杞憂だったようだ。
「ああ、人形の操作ね。いいよ、見てあげるから動かしてみて」
「はい!」
「とはいっても、ここは人形で埋め尽くされているし、俺の部屋でしようか」
この部屋は人形が大量にあり過ぎて歩けるスペースが少ないので、俺は選定したいくつかの人形を持ってティクルと自分の部屋に移動。
「では、人形を少しお借りしますね」
そう言って手に取ったのは、俺が先程の部屋から取ってきたナイトと色違いの人形。
「あっ、それより昨日練習していたナイトを使った方がいいよ」
「そうですね。同じ人形の方が慣れていますし」
「それもあるけど、ナイトにはサイキックで動かしやすいように細工がしてあるから」
「細工?」
首を傾げるティクルに、俺はナイトの足底を指で強く弾いてみせる。
すると、金属板の甲高い音が響いた。
「ナイトにはサイキックによる重心維持の補助をそれほどしなくても立てるように金属板を仕込んでいるんだ。他の人形と比べて、重かったでしょ?」
「ああ! 道理で倒れた時に重そうな音がしたんですね!」
ドール子爵が作ってくれた人形を勝手に改造したのは悪かったけど、人形を動かす訓練のためなら彼も許してくれるだろう……多分。
そこのところが怖かったので昨日は何も言えなかったのだ。
「とりあえず、そのことを意識してやってみて」
「はい、いきます!」
俺が見守る中、ティクルがサイキックをナイトに施す。
すると、床に座り込んでいたナイトが引っ張られるように立ち上がった。
予備動作なしの動きに驚いてしまうが、さすがに人間のように足をついて起き上がる動作はまだ無理か。
しかし、金属板ありとはいえ、きちんと人形が立っているな。立つことができなかった昨日からすれば、確かな進歩だ。
「じゃあ、歩かせてみて」
「は、はい」
俺がそう言うと、ティクルは真剣な表情で頷き、ナイトの魔力を動かす。
すると、ナイトは右足を滑らせたかのようにひっくり返り、転倒してしまった。
「ああっ!」
見事なまでの失敗だ。
「うー、立たせることはできるんですが、一歩目を踏み出すことがどうしてもできなくて……」
「そうだね。ティクルは歩かせようとするあまり足にだけ注意がいってしまって、重心の方に全く意識が避けていなかったね」
「あっ……」
さっきの転倒は、ナイトの中にある魔力が一気に右足に動き、重心制御に使われていた魔力がなくなってしまったからだ。
重心がなくなり、その時に右足を大きく動かせば倒れるのは当然だ。
「昨日も軽く言ったけど、人形を操作するには複数の魔力を制御するのが大事だから片方だけに意識を向けるんじゃダメなんだ。動かす足にも、バランスを取る手にも、重心を維持する身体にも意識を向けていないといけない」
「い、一度に三つも!? 私、サイキックで操れるのは一つくらいのもので……」
「人形の手足だけなら質量も少ないし、動かすことはそう難しくないよ。まずは複数のものを正確に操る練習をしようか」
そう説明して、俺はテーブルの引き出しから木製品のスプーンやフォークを取り出す。
「それはアルフリート様の?」
「うん、こうやってサイキックで操作の練習をするんだ」
両手に握った十個のスプーンやフォークにサイキックをかけて宙に浮かべる。
もう数えきれない程操作をしているので、この程度の数を動かすのなんて苦にならないな。浮かしているだけなら千個だって余裕でできるんじゃないだろうか? 試したことなんてないからわからないけど。
「す、すごいです。十個も同時に動かして」
「人形を歩かせるのは最初の一歩が一番難しいからね。でも、逆にそれさえ乗り越えれば後はそれを延々と繰り返すだけだから真っ直ぐ歩かせることは難しくないよ。だから、まずは最初の一歩を踏み出せるための
練習をしようか」
「はい! アルフリート様!」
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