ドール子爵の人形劇計画
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』6巻は11月10日発売予定です!
乾杯が終わり、飲み物で口を潤すとそれぞれが食事を始める。
エリノラ姉さんは赤ワインが余程口に合わなかったのか、口直しとばかりに唐揚げをとって食べていた。
今日はエリノラ姉さんの大好きな料理がたくさんあるからね。思う存分口直しするといいよ。
「まずはスパゲッティを貰うとしよう。バスチアン、取り分けてくれ」
「かしこまりました」
ドール子爵がそう言うと、バスチアンがそっとやってきてスパゲッティをスプーンとフォークで器用に取り分ける。
ドール子爵は面倒なことは使用人に任せるタイプだ。まあ、それが世間一般的な貴族なんだけどね。
うちやシルフォード家はそういう所は自分でやるというタイプなだけだ。
「では、食べるとしよう」
ドール子爵がそう言ってフォークを器用に操って麺を絡めて口に運ぶ。
ドール子爵の手が大きいからフォークがお子様用のものに見えてしまうな。
「美味い! ミートソースがしっかりと麺に絡んでいるな! 以前に食べたものよりも遥かにいい!」
ドール子爵は喜びの声を上げると、手早くフォークを使ってスパゲッティを食べていく。
良かった。どうやらここの料理を気に入ってくれたようだ。
客人が喜んで料理を食べるのを見て、ノルド父さんもエルナ母さんもどこかホッとする。
にしても、他人が美味しそうに食べていると、無性にそれが美味しそうに見えてしまうな。
俺も近くにあるミートスパゲッティを食べることにする。
ソースと麺をしっかりと絡めて自分の皿へ盛り付け、そして一口。
うん、ミートソースがねっとりと麺に絡んでいて美味しい。カットされた野菜は瑞々しく、ミートとトマトとの相性が抜群だ。
ソースと野菜と麺が一体となって喉を通っていくようだ。
「ふむ、これは蒸し野菜か。どれも大きくていい色をしている」
俺がミートスパゲティに舌鼓を打っていると、ドール子爵は蒸し野菜に目をつけた。
大皿に乗っているのはジャガイモやニンジン、ブロッコリー、キャベツ、山菜、サヤインゲンといった鮮やかな野菜だ。それらが蒸されたことによって微かな蒸気を上げている。
「ドール子爵はいい目をしておられますね。一見地味に見える蒸し野菜ですが、これはうちの領で獲れた野菜の味を最大限に生かした自慢の一品ですよ」
「ほう、エルナ殿がそこまで言うほどか。ならば是非食さねば」
そう、ただの蒸し野菜と侮るなかれ。コリアット村の野菜を生で食べるのも最高なのだが、こうして蒸すことで何倍にも旨味が引き出されるからな。
じっくり低温で蒸されたものを食べるのもとてもいいのだ。
バスチアンによって盛り付けられた野菜を、ドール子爵はフォークで突き刺して口に運ぶ。
すると、ドール子爵が目をくわっと見開いて叫ぶ。
「む! 何たる甘みだ! ニンジンとはこんなに甘いものだったか!?」
蒸すことによって旨味が凝縮された野菜は、フルーツと思えるような程の甘みを引き出してくれる。数々のものが果物なのか野菜なのかと揉めてしまうのも仕方がないことだ。
「マヨネーズというソースをつけて食べるのも美味しいですよ」
「おお、ではそれを借りて」
隣に座るシルヴィオ兄さんが、それとなく小皿に入ったマヨネーズを渡すと、ドール子爵はそれにニンジンを付けて食べる。
「おお、なんという絶妙な甘みと酸味を兼ね備えたソースか。野菜との相性が抜群ではないか」
ドール子爵は蒸し野菜とマヨネーズの相性がいたく気に入ったようで、バクバクと蒸し野菜を食べている。
うん、エリックのように狂喜乱舞して、何にでもマヨネーズをつけようとしないでくれて良かった。
あいつは本当に生粋のマヨラーになってしまったからな。
想えば野菜が苦手だからといって安易にマヨネーズを与えたのは間違いだったかもしれない。このように蒸し野菜を食べさせて。野菜本来の旨味を知ってもらう方が良かったのだろうな。
収穫祭でうちにきた時は試してみるか? いや、もう手遅れかもしれないな。
そんなことを思いながら、俺は蒸されたジャガイモを食べる。
口の中で、熱々のジャガイモを転がしながら、ゆっくりと歯を突き立てる。
中までしっかりと熱が通ったジャガイモは身がほろりと崩れて、素朴な甘みを吐き出す。
ああ、この派手さのない優しい味わいが特にいい。心がほっこりとする。
「このような野菜が領内で獲れるとは素晴らしいな。食べていると昔の自分を思い出す」
「昔の自分とは?」
ドール子爵の昔の姿が想像できず、俺は思わず尋ねる。
「私の領地では衣製品の生産が盛んではあるが、特産品といえるような食材がなくてな。幼い私は自分の領地に劣等感を持っていたんだ」
俺からすれば最高の綿や布が作れるドール子爵領は最高だと思える。だってフカフカの布団やクッションが作り放題っていうことだろう?
とはいえ、普通の幼い男の子がそんなことを考えたりはしないか。
「それでどうして人形が好きに?」
「母上が人形を作ってくれたお陰だ。人形の素晴らしさを知ることで、私は自分の領地がいかに素晴らしい場所かを痛感することができたのだ」
あー、なんかドール子爵の母さんが、あれやこれや領地の魅力を伝えるが上手くいかず、悩みながら人形を作ったら飛びついた幼いドール子爵……というのが想像できた気がする。
「意外でしたね。ドール子爵は物心ついた頃から人形が好きなのだと思ってました」
「ははは、私にだってやんちゃな時期はあったさ。あの時は本当に愚かだった」
愚かって、そこまで言わないであげても……。
とはいえ、ドール子爵の幼少期の意外な事実を知ったな。
「人形といえば、人形劇の脚本を書いていると聞きましたが」
人形劇のことがよっぽど気になるのか、ノルド父さんがドール子爵に尋ねる。
「ああ、その通りだ。人形を作ったり、人形師や声優を育成しなければならんので、まだまだ時間はかかりそうだな」
「人形師とは人形を操る人ですよね?」
「そうだ。アルフリート殿のように無属性魔法のサイキックで人形を操れる人のことだ。今はうちのティクルがアルフリート殿に教えを受けて特訓中だ」
ドール子爵が控えているティクルを示すと、全員の視線が集まり、ティクルは恥ずかしそうに頭を下げる。
「声優とは? 響きからして俳優に似ているようですが?」
今度はエルナ母さんが尋ねると、ドール子爵はよくぞ聞いてくれたとばかりに口を開く。
「声だけの演技に特化した役者だ。主役である人形に命を吹き込むのに必要な人材。俳優とは違って舞台で姿を現して演じたりはしない。あくまで主役は人形なのでな。脚本が完成した暁には、領内だけでなく王都
でも募集するつもりだ」
「王都でも!?」
ドール子爵の発言に、エルナ母さんが驚きの声を上げる。
え、ちょっと待って。王都まで募集って何か話が大きくない? 自分の領内で楽しむ感じじゃないの?
俺が驚き固まるのをよそに、ノルド父さんが真剣な表情を浮かべ、
「もしや、ドール子爵は王都での劇場公演を目指しておられますか?」
「ふっ、何を言うか……」
ノルド父さんの問いかけにドール子爵は失笑する。
ははは、そうだよね。王都の劇場で人形劇の公演をやるだなんて規模がデカすぎる。さすがにドール子爵だってそこまでのことはしないはずだ。
心の中でそんなことを思っていると、ドール子爵が
「アルフリート殿の提案してくれた人形劇は世間を揺るがすほどの画期的なものだ。当然、王都の劇場で公演を目指し、人々に人形劇の良さを伝えるに決まっている」
……え? ちょっと何言ってんだこのおっさん?
俺が呆然とする中、ノルド父さんがおずおずと言う。
「さすがに王都での公演は無理なのでは?」
「心配は無用だ。あそこの支配人と私は仲が良くてな。ドラゴンスレイヤーなどの衣装もうちの製品だ。とはいえ、コネなどで頼む必要もないだろう。私とアルフリート殿の考えた人形劇が完成すれば必ず公演枠が
勝ち取れるだろう。それ程のものだと私は確信している。な、アルフリート殿!」
興奮し親指を立てながら「な!」とか言ってくるドール子爵。
その表情はとても生き生きしており子供のようだ。そこに悪意などは全くない。
ノルド父さんとエルナ母さんの「ほら、みたことか」というようなジトッとした視線が痛い。
俺から言い出したことだし、人形劇を止めましょうとも言えるはずもない。というか言ったとしても、この人は努力して人形劇を完成させるだろうな。
「そ、そうですね。完成が楽しみです」
「うむ! 急いで脚本を書くので、出来上がったら感想をくれ!」
俺はノルド父さんとエルナ母さんの何とも言えない視線に晒されながら、夕食を食べるのであった。
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