嘆きのドール子爵
『Aランク冒険者のスローライフ』2巻、発売中です!
自己紹介が終わり当たり障りのない雑談が終わると、当主同士が親交を深めるもの。特に口を挟むことのない俺達は早々に部屋へと戻る。
自分の部屋に戻った俺は一息つくようにベッドに倒れ込む。
程なくすると階下からドシドシと大きな足音が響き渡ってきた。
「アルフリート殿オオ! アルフリート殿の部屋はここか!」
ノックをすることもなく扉を開けて入ってくるドール子爵。
「うわっ! ちょっと何です!?」
巨体のドール子爵が部屋に入ってきた事により、俺は跳び上がるようにして身を起こす。
「お、おお、落ち着いてください旦那様! ノックも無しに勝手に入っては失礼ですよ!」
「そんな些細な事はどうでもいい! さあ、人形が動く姿を見せてくれ! ずっと我慢していたんだ早く!」
ティクルがドール子爵を諫めるが、彼の人形に対する熱意は止まらない。
ああ、この人は最初からずっと人形が動くところが見たかったんだな。それをずっと我慢していたが故に解放されてこうなってしまったのだろう。
ノルド父さんとエルナ母さんも、きっとこれを察して早くにドール子爵を解放したんだな。
とりあえず人形を動かす様を見せてあげれば一旦落ち着くだろう。
「わかりました。では、人形が動く様をお見せしましょう!」
「おお!」
ドール子爵の期待の視線を受けながら、俺はテーブルの上に乗っているナイトとエリザベスを抱える。
「それは私が贈った人形たちだな。して、名は何とつけた?」
にっこりと笑いながら尋ねてくるドール子爵。彼の中では人形に名前をつけてあげるのは当然のことらしい。
まあ、俺も愛着が湧くように名前をつけていたので困ることもない。
「安直ですがナイトとエリザベスという名前にしました」
「うむ、シンプルだがいい名前だ。どちらにもピッタリな名前だな」
淀みなく答えると、ドール子爵が深々と頷いた。
なんかドール子爵からの好感度が上がったような気がした。
「むっ? ちょっと待って。ナイトの首筋に不自然な縫い痕があるのだが?」
ドール子爵のその言葉を聞いて、俺の心臓がドキリと跳ねる。
なんかドール子爵の顔と声がすごく怖いことになっている。やっぱり大事な人形を粗末に扱うのが許せないのだろう。
ナイトはうちの姉によって首チョンパされてしまいました。そんなことを素直に言えたら世界はどれだけ平和になるのだろう。答えようによっては俺がドール子爵に首をチョンパされる可能性もあるな。
何とか誤魔化さなければ。
「申し訳ありません、ナイトを動かす練習をしている際に首に負荷がかかってしまい……」
「……そうか。アルフリート殿も初めから器用に人形を動かせたわけではないのだな。人形を動かす練習中に起こった事故であれば仕方ない。これが単なる悪ふざけで千切れたなどと言っていたら同じ目に遭わせているところであった。ははははは!」
はははは、素直にエリノラ姉さんのせいだとか、自分が悪ふざけしたせいなどと言わなくてよかった。このことは永遠の秘密にしておこう。
「では、ナイトとエリザベスを動かしますね」
冷や汗をかきながらナイトとエリザベスをカーペットの上に根転がせると、俺は無魔法のサイキックをかける。
そして魔力を纏わせて操作すると、二体がむくりと起き上がった。
「ふおおおっ!?」
「ふえええっ!?」
ドール子爵だけでなく、ティクルの驚きと興奮の入り混じった叫び声。
それに気にせずにナイトとエリザベスを立ち上がらせると、ドール子爵の前まで歩かせる。
ナイトは騎士らしく敬礼をさせて、エリザベスは優雅にスカートを摘まんで優雅に一礼。
さて、ドール子爵の反応はどうだろうか?
ドール子爵の様子を伺うと、彼はわっと泣いていた。
「に、人形が動いている! まるで一つの命が宿ったかのように……っ!」
よかった。とりあえず喜んでくれているようだ。
感動のあまり泣いているのだと思うけど、急におっさんがマジ泣きするとビビるな。
「よ、喜んで頂けて幸いです」
「もっともっとだ! 人形が動いているところを見せてくれ!」
ドール子爵がもっと動きを見せてくれというので、俺はナイトとエリザベスを歩かせる。
とはいっても適当に動かすのではなく、それぞれのキャラや個性に合わせた動きだ。
スカートを履いている可愛らしいエリザベスが、ガニ股で歩いていては興ざめであろう? 例え、人形であろうとも動かす限りはキャラがあり、相応しい動きがあるものだと考えている。ドール子爵がやってくるまでの間、練習を重ねて俺はそのことに気付いた。
「ただ闇雲に動かしているのではなく、それぞれの個性に合わせた動き方をしている。ナイトであれば、元気さを兼ね備えた真面目な騎士であり動きにメリハリのある動き。エリザベスは令嬢という貞淑な少女らしい仕草をしており、動きのどれを見ても洗練されていることがわかる。これはただ人形を動かしているなんていう言葉では生易しい。これは命を与えているといってもいい所業だ! 素晴らしい!」
なんか顔が近いが、俺がやっていることの意図を正確に理解してくれているのですごく嬉しい。エリノラ姉さんとかエルナ母さんも可愛いとは言うけど、そういうところに全然気付いてくれないんだよ。
「次は私の膝の上に人形を乗せることはできないだろうか?」
「勿論、できますよ」
カーペットの上で胡坐になるドール子爵の足の上にナイトが飛び乗る。
「おお!」
たったそれだけの動きでドール子爵は大興奮だ。嬉しそうに膝の上で立っているナイトを見つめている。
しかし、未だに飛び乗ってこないエリザベスを見ると不思議そうにする。
「どうしてエリザベスは寄ってこないのだ?」
「どうやらエリザベスがドール子爵の足に乗るには高すぎるようで」
「なるほど、だったら男である私が手を差し伸べなくてはな!」
ちょっと失礼になるかと思ったが、ドール子爵はむしろ喜んだように右手を差し出した。
すると、エリザベスはスカートの裾を摘まみながら手の平に乗った。
「……アルフリート殿、私はもう死んでもいいかもしれない。人形が動いている姿をみているだけで私は幸せだ」
ナイトとエリザベスを膝の上に乗せたドール子爵は、恍惚の表情を浮かべた。
◆
ドール子爵が人形と戯れる事しばらく。ドール子爵が真剣な眼差しで尋ねてきた。
「アルフリート殿、人形を動かす術を教えてくれないだろうか? この通りだ。教えてくれるなら礼はいくらでもする!」
「いや、別にそこまで秘密の技術を使ってるわけでもないですし、普通に教えますから顔を上げてください」
「そんなバカな! このように巧みに人形を動かしながら大した技術を使っていないと!?」
秘密にするほどの技術はないと教えると、ドール子爵がガバッと顔を上げる。
「はい、これは無属性魔法のサイキックさえ使えれば誰でもできますよ」
「……無属性魔法のサイキック?」
「はい、サイキックです」
俺がきっぱりと答えると、ドール子爵が世界の終わりだと言わんばかりの表情を浮かべる。
「ぬおおおおおおおおお! どうして神は俺に無属性の適性を与えなかったのか! 何故なんだあああああああ!」
「だ、旦那様! あまり地面を叩いては床が抜けてしまいます!」
ああ、ドール子爵は無属性の適性がないのか。適性ばっかりはどうしようもできないな。
自分で人形を作ってしまうほど人形が大好きなドール子爵だ。きっと人形を動かせるなら自らの魔法で動かしたかったに違いない。
だけど、それを望むドール子爵には無属性の適性はない。
嘆きの声を上げるドール子爵をどうにかしてやりたいが、俺にはどうしようもできないな。
神様も無属性魔法を勧めるくらいなら、欲しがってるドール子爵に付与してあげればいいのに。
何ともいえない気持ちになりながら見守っていると、少し落ち着きを取り戻したドール子爵が改めて聞いてくる。
「サイキック以外でこのように動かす術はないのか?」
「今のところは知りません」
マリオネットのように糸で操れば動かせるが、ドール子爵が求めるのは俺と同じような完璧な動きだろう。残念ながらサイキック以外で人形を動かせる方法を俺は知らない。
「ぬおおおおおおおお! このような画期的な方法があるというのに自分ではできないとは悔やんでも悔やみ切れぬ!」
「自分でできないのであれば、できる者に任せてはどうです?」
「……今、なんと?」
ちょっと今の台詞は無責任過ぎただろうか。サイキックが問題なく使える俺が言うと嫌味に聞こえたかもしれない。
「いや、何でもない――」
「怒ったりはしないから別の方法があるなら教えてくれ」
言葉を濁そうとしたがドール子爵が迫ってきて、肩に手を置かれた。
もはや逃げることはできない。
「えっと、ドール子爵がサイキックを使えないのであれば、使える者を雇って囲ってしまえばいいのではないかと」
自分ができないのであれば、使える者を雇って実現する。
何事も自分一人でやればいいという訳でもない。別にお金を使って成し遂げるのも、皆で成し遂げるのも一つの方法だ。
人間は何でも自分一人でできる程万能ではないしな。無理なところはできる者にやらせて、自分は違う分野で力を発揮すればいい。
「なるほど、その手があったか! では、アルフリート殿、是非とも私専属の人形師として――」
「いや、すいませんけど遠慮します。俺は働かずに自由に暮らしたいので」
「私の領地に来れば、人形を動かす指導をたまにするだけで、将来何不自由なく暮らせることを約束するぞ?」
「一応の就職先候補としてだけ考えておきます」
自分の将来何が起こるかわからないからな。人形を動かす指導をたまにするだけで衣食住が保証されるなら悪くない。選択肢は多ければ多いほどいい。
「むう、今すぐに領地に引き入れるのは難しいか」
「さすがに子供の内から働きたくないですしね」
前世で死ぬほど働いたし、しばらくは働くなんてまっぴらだ。
スローライフの小説6巻は11月頃に発売予定です。




