ドール子爵来訪
ノルド父さんからドール子爵がやってくると聞いて四日後の朝。
「ドール子爵が間もなく到着するそうです」
ダイニングルームで朝食を食べ終わった頃に、サーラが入室するなりそう言った。
恐らく遠くで馬車が入って来る姿が見えたか、先ぶれとして従者の人がやってきたのだろう。
「ええ!? もうこられたんですか!?」
「はい、急いで食器を厨房に持っていってお出迎えしますよ」
メイドであるミーナとサーラは急いで食器を集めて、ワゴンに乗せて厨房へと去っていく。
ここにドール子爵がすぐに入ってくるとは思えないが、万が一の可能性もあるからな。
「それじゃあ、僕達も外まで迎えに行こうか」
とりあえず俺達もドール子爵を歓迎してあげる必要があるので外へと向かう。
とはいっても、馬車がここにたどり着くまで少し時間はあるだろう。このまま玄関口で青空を眺めているだけもいいが、どうせならドール子爵の事を聞いてみよう。
人形が大好きということは知っているが、どんな性格をしているかは知らない。
「ねえ、ドール子爵ってどんな人なの?」
「温厚な人だよ。ただ人形が絡むとちょっと周りが見えなくなることもあるかも」
「人形趣味さえなければ至って普通の優しい人なんだけどねぇ」
ノルド父さんとエルナ母さんの言葉を聞いて俺は少し心配になる。
大丈夫なのだろうか。今回、俺が対応するのは全てが人形絡みなのだけど。
「まあ、アルなら大丈夫だよ。動く人形さえ見せてあげれば満足してくれるはずさ」
面倒臭い部分は俺が担当すると思っているからか、ノルド父さんのセリフがどこか他人事っぽい。
本当にそうだろうか? あそこまでの人形を作る人が、動く人形を見ただけで満足するとは思えないのだが。
色々と心配しながら待機していると、程なくして遠くからガタゴトと馬車が走る音が聞こえてきた。
やがてその音はドンドンと大きくなり、門の前で二台の馬車が停まった。
執事らしきお爺さんが御者席から降りて、馬車の扉を開けた。
すると、馬車の中からぬっと巨体が出て来る。
「……でか」
「こら、失礼でしょ」
隣に立っているエリノラ姉さんが呻いてしまい、エルナ母さんが小さく嗜める。
しかし、それも仕方がないだろう。
馬車から出てきた人物の大きさはルンバと同等がそれ以上。二メートル近くはありそうなのだ。
モノクルの眼鏡をかけており、髪の毛はオールバック。口元には整えられた髭が生えており、貫禄のある顔立ちの男性だ。
恐らく彼がドール子爵本人であろう。
ぱっと見ただけではとても人形を作るのが得意とは思えないな。
後ろに控えてやってくるメイドがかなり小柄なせいか、その大きさは際立って見えるな。
一歩進む事に俺の脳内ではズシンズシンと足音が聞こえてくるようだった。
……あの人の相手を俺がするのか。ノルド父さんやエルナ母さんが言うような優しそうな人には見えず、気難しそうなんだけど……。
失礼にならない程度に観察していると、ドール子爵の身長の割に歩み少しゆっくりな事に気がついた。
なるほど、後ろに控えているメイドと執事さんにペースを合わせているのか。あれほどの足の長さがあると一歩も相当デカいだろうからな。
ノルド父さんとエルナ母さんの言う通り、ドール子爵は優しい人なんだな。二人の言ったことに納得する俺だった。
ドール子爵が近くまで歩み寄ってくると、その貫禄のある顔つきを柔らかいものにし、
「やあ、ノルド殿。今回は突然の訪問したいなどと言ってすまない。人形が動く姿が見れると聞いて、どうしてもいてもたってもいられなくて」
「いえいえ、ドール殿こそ、遠いところからわざわざありがとうございます。こんな所で話すも何ですから、どうぞまずは中へ」
「ああ、ありがとう」
ノルド父さんとドール子爵の簡単な挨拶が終わって、ミーナとサーラが扉を開けてくれる。
中に入るとメルが控えており、全員分のスリッパを綺麗に並べてくれていた。
「ほう、スロウレット家ではこのような内靴を履いているのか」
ドール子爵はスリッパに驚いたようで動きを止めていた。
ミスフィリト王国では外靴のまま中に入るか、外靴とは違う靴を用意して履き替えるのが主流だからな。このようなスリッパは珍しいのだろう。
一方俺達は、屋敷ではスリッパが当たり前なので戸惑うことなく履いていく。
「足を入れるだけで締め付けもないので楽ですよ。普通の靴が良ければそちらを用意しますが?」
「いや、せっかくだ。この内靴を履いてみよう」
そう言って靴を脱いでスリッパに足を入れるドール子爵。
しかし、その巨体と同様足も大きいせいかスリッパがパンパンだ。踵も少し出ている。
メルもそれに気付いて困っているようだ。
かといって、これ以上の大きさのスリッパはないしな。
「ほう、少し大きさは足りないがこれは随分と楽だな。このままで行こう」
とりあえず満足げなドール子爵にホッとしながら、俺達は一回の談話室に向かって歩く。
すると後ろの方でやたらとペッタンペッタンとスリッパの音が響いてくる。
「うう、申し訳ありません」
音の主はドール子爵のメイドさんだ。本人もぞれを自覚しているのか恥ずかしそうに俯いていた。
そのミニマムな身長と同じで足も相当に小さかったから普通のスリッパでは大きすぎるのだろう。
「すまない、ノルド殿。うちのメイド用にもう少し小さな内靴はあるか?」
音が気になるということもあるが、メイドさんのためにしっかりと要望を言えるとは気遣いが凄い。さすがは貴族。
「……そうですね、少し可愛らしくなってしまいますがいいですか?」
ノルド父さんがここで躊躇う理由はわかる。だって、メイドさんに合わせられる大きさといえば、俺やエリノラ姉さんが使っている子供用以外無いし。
「構わないさ」
ドール子爵が頷いたところで、メルがささっと玄関に戻って違うスリッパを取って来る。
「こちらをどうぞ」
「わぁ、可愛い」
緑色をしたゲコ太スリッパを見て、顔を緩ませるメイドさん。
良かった、気持ち悪いなどと言われなくて。
「ノルド殿言う通り、本当に可愛らしいな。カエルの人形なんかも可愛らしくていいかもしれん」
幼女メイドの足元を凝視しながらブツブツと呟く絵面は少し危ない。
「あ、あの、旦那様。そろそろ中に……」
「む? おお、そうだったな」
ちょっとずつドール子爵の人形好きの片鱗が見えてきた気がした。
◆
談話室へと入るとそれぞれが向かい合って座り、簡単な自己紹介となる。
「私の名はグレゴール=ドール。しばらくの間、世話になるのでよろしく頼む。こっちはメイドのティクルと執事のバスチアンだ」
「てぃ、ティクルと申します! よろしくお願いします!」
ドール子爵に紹介されて、慌てて頭を下げるメイドのティクル。幼げな顔立ちをしている少女だ。
あまりこういう場所に慣れていなさそうだが、一所懸命なのは伝わってくるな。まあ、うちの屋敷は他よりも緩い環境だし、時期に肩の力も抜けてくるだろう。
「バスチアンと申します。御用の際は何なりとお申し付けください」
こちらの老齢な執事さんは非常に落ち着きのある執事だ。これならティクルが緊張していようが色々とフォローをしてあげることもできるだろう。
ドール子爵側の人間はこれだけらしく、自己紹介はすぐに終わった。
「じゃあ次はこちらですね。僕とエルナのことは知っているでしょうし息子達を紹介しますよ」
「ええ、是非」
ドール子爵の視線が俺をロックオン。
俺が人形を動かすところを早く見たいんだと思うが、そのように見つめられても困る。
「こっちが長男のシルヴィオで、長女のエリノラ、次男のアルフリートです」
俺達は順番に並んでいるので紹介も楽だ。
「シルヴィオと申します。聞けばドール子爵もリバーシを嗜んでいると父から聞きました」
「ああ、ノルド殿から頂いて楽しませてもらっている」
「でしたら、後で是非一勝負をお願いします」
「ああ、それはこちらも願うところだ。是非よろしく頼む」
そういえば人形と交換でリバーシをあげたとかノルド父さんが言っていたな。シルヴィオ兄さんってば、ちゃっかりとしてる。
長男としてのコミュニケーション能力を見せつけたな。
さて、シルヴィオ兄さんの次はエリノラ姉さんか。また猫を被るような自己紹介をするんだろうな。
「エリノラと申します。山や村に向かう際は案内させて頂きますので、是非ともお声がけくださいね。剣には自信がありますので護衛役も務めさせて頂きます」
それって暗に自分が魔物を狩りに行きたいだけだよね? 健気に案内を買って出ているように見えるけど、後半から欲望が駄々洩れだよ。
「ああ、エリノラ嬢の剣の腕前は私の耳に入っている。外に出る際は、お供を頼むとするよ」
エリノラ姉さんの自己紹介が終わると、最後に俺だな。
「アルフリートと申します」
「おお! 君が……っ!」
名前を名乗っただけだと言うのにドール子爵が前のめりになって、大きな両手でガシッと俺の手を包んでくる。
凄い、手が一ミリも動かせるような気がしない。実際には力など込められていないが、圧倒的な指の大きさがあった。
「人形を動かせるんだってね? 後で是非とも見せてもらおうじゃないか」
「は、はい」
俺が頷くとドール子爵がニンマリと笑って手を離す。
何となく貞操の危機を感じるが大丈夫だろうか。
優しい人なんだけどちょっと相手するのが怖くなってきたな。




