ドール子爵がやってくる
すいません、原稿作業と体調不良で遅れました。
昼食の後、暑くて外に出る気分が湧かなかった俺は部屋で寝転がろうとする。しかし、そこにはテーブルの上に置いてあったはずのナイトと少女の人形が鎮座していた。
メイドの誰かが掃除の途中で避難させて、元の場所に戻すのを忘れたのだろうか?
俺は二体を抱きしめて元のテーブルの上に戻そうとする……だけど、それも勿体ないので久し振りに人形で遊ぶことにした。
前回はシルヴィオ兄さんと苦労の末に歩かせることに成功したのだ。歩かせたら興味を失うなんて勿体ないし、抱きしめるだけで気持ちがいいからね。
今日はスライムクッションはお休みして、人形で遊ぶことにしよう。
俺はベッドに腰かけて、そのまま人形を置く。
ちなみにナイトはエリノラ姉さんに首を斬られたが、エルナ母さんの裁縫技術により再生済みだ。首元に不自然な縫い跡と若干防御力は低くなったけど。
まあ、それは置いておいて人形二体にサイキックをかけて同時に操作。すると、ナイトと少女がまるで何かに引っ張られるかのような動きで起き上がった。
これはちょっと不気味だな。そう感じた俺はもう一度二体を倒してベッドに寝かせる。それから自分がベッドに寝転がって、起き上がり動作をシミュレート。
今度は手足や胴体を自然に使うイメージで人形を操作すると、二体の人形は実に人間らしい動きで上体起こした。
「ふむ、ナイトは覚醒した感じで、少女はまだ眠そうという感じにしてみるか」
ナイトは動きを鋭くし、どこかロボ染みた動きで当たりを見回す。少女はまだ眠っていたいとばかりに手で瞼を擦らせた。
ふむ、こうやって設定を盛り込みながら動かすだけで大分違いが見えるものだ。
まるで、そこに一つの生命が宿っているかのようで楽しい。
「はいはい、ナイト起きて。新しいご主人様だよ」
そんな風に声をかけて、ナイトがこちらに振り向くように動かす。
すると、ナイトは慌てて起き上が――いや、人形だしここで転けてしまう方が可愛いな。そう思った俺はナイトを一度転かせてから、立ち上がらせる。それから慌てたようにこちらを向いてピシッと直立した。
うんうん、人形ならではの可愛らしさとコミカルさが出ているな。
「はいはい、エリザベスも早く起きて」
俺がそう語りかけるとエリザベス人形はこちらをボーっと見上げて、またベッドに倒れて眠り込んだ。
まあ、俺がそう動かしたからそうなるけどね。
そしてそれを見たナイトが慌ててエリザベスに駆け寄り、ビシビシと叩いて起こそうとする。エリザベスは鬱陶しそうに背中を向けるが、ナイトはそれでも諦めない。
やがてエリザベスは不機嫌になったのか、ナイトを蹴り飛ばしてしまった。
「俺もこんな風に起こしにくる誰かさんを蹴り飛ばせたらいいのに……」
「誰がなんて?」
驚いて後ろを振り向くと何故か部屋の扉は開いており、そこにはエリノラ姉さんが立っていた。
ま、まさか今の言葉聞こえていないよね? いや、誰もエリノラ姉さんの事とは言ってないから、聞かれていたとしてもセーフだろう。焦ることはない。
「というか勝手に部屋の扉を開けないでよ」
「別にいいじゃない。毎回ノックしていたら面倒だわ」
俺が冷静さを装いながら、いつもの言葉をかけてみるもエリノラ姉さんは普通だった。さっきの言葉を全部聞いていた訳ではなさそうだ。
回避策があるとはいえ、面倒なことにならずに済んで少しホッとする。
「そんなところでぶつくさ呟いて何してるの?」
「人形遊びだけど?」
「男なのに人形遊びをするなんて変わってるわねぇ」
俺がエリザベスに蹴り飛ばされたナイトを指さすと、エリノラ姉さんが呆れたように言う。
ここで俺が女なのに剣が好きだなんて変わってるねとか言い返したら半殺しに逢うんだろうな。言わなくても容易に想像できた。
「ふふん、エリノラ姉さんは人形の良さがわかってないだけだよ」
「何よ、人形遊びの良さって?」
脳筋のエリノラ姉さんには言葉で説くよりも実際に見せた方がいい。
俺はサイキックを使って、再びナイトと令嬢を動かす。
ぐったりと倒れていた二体が自然な動作で起き上がる。
「うわっ! キモッ!」
「ちょっとその反応は酷くない!?」
「いや、キモくはないけど人形なのに人間らしく動くから驚いて……」
まあ、人形が動く姿を見慣れていないとそんなものか。若干引っかかるところはあるけど、俺は気にせず動作を続ける。
エリザベスが優雅に起き上がり、そのままベッドの端まで歩いて静止。その下にナイトを移動させるとエリザベスを華麗にジャンプ。
ゆっくりと落ちてくるエリザベスをナイトが綺麗に受け止めて、お姫様抱っこ。
そして、丁寧にエリザベスを地面へと下ろした。
ナイトがエリザベスをエスコートするようにエリノラ姉さんの前に歩かせて、一礼。
「どう? 人形も動かすと可愛いもんでしょ?」
「アルって本当にこういうのが得意よね」
胸を張って自慢するもエリノラ姉さんには呆れられてしまった。おかしい、ここは人形を動かすテクニックを褒めるところだと思うんだけど……。
「人形が動いてるわね……」
床に座り人形二体を興味深く見つめるエリノラ姉さん。
エリノラ姉さんの好奇心と期待に答えるように、ナイトとエリザベスに手を振らせてみる。
すると、エリノラ姉さんがその可愛さにやられたのか、ふっと表情を緩めて小さく手を振り返した。
「ははは、人形に手を振っちゃって可愛いね」
「こ、これは、人形が手を振ってきたからつい!」
俺がニマニマしながら見つめていると、エリノラ姉さんが恥ずかしそうに叫ぶ。
ふふふ、さすがにミニマムな人形が動いているとエリノラ姉さんも可愛いと思うようだ。
「というか、その顔はムカつくからやめなさい」
「はいはい」
あんまりからかって怒られるのも嫌だし、弄るのはこれくらいにしておこう。
俺は自分からエリノラ姉さんの意識を逸らすように人形を操作。
座り込むエリノラ姉さんの手をタッチさせる。
「な、なに?」
「さあ? 手でも伸ばしてあげたら?」
俺が適当に言うと、エリノラ姉さんが素直に右手を伸ばした。
すると、ナイトとエリザベスがエリノラ姉さんの手を登って、器用に腕を歩き始める。
「ひゃっ! なんか登ってきたんだけど!」
腕を歩いてくる人形に驚いたのかエリノラ姉さんが驚きの声を上げる。ちょっといつもと違った反応が見られるので面白いな。
別に人形が意思を持って動いているんじゃなくて、俺が操作してるだけなんだけど。
にしてもバランスの悪い腕を歩かせるのは難しいな。足場が悪いと人形も安定して歩き辛い。
こうやって見てみると二体共歩き方が不自然だ。今後も練習は必要だな。
なんて思っていると、エリノラ姉さんの腕を歩いていたナイトが何かにつまづいて倒れてしまう。
「あっ! 人形が!」
「おっと、危ない危ない」
エリノラ姉さんが空いている左手で受け止めようとしたが、サイキックの支配下なので落ちることはない。ナイトは引っ張られるようにサイキックで元の体勢に戻った。
「ごめんごめん、エリノラ姉さんの腕がゴツゴツしてるから――」
「は?」
「あ、いや、何でもないです」
俺が弁解すると凄い目つきで睨まれたので、口を閉ざす。
とりあえず同じ事は繰り返さないよう、エリノラ姉さんの腕の筋肉に気をつけながら人形を歩かせる。
ナイトが大きく移動してエリノラ姉さんの左肩に、エリザベスは右肩に座り込んだ。
人形二体が人の肩に乗っていると可愛らしいな。
エリノラ姉さんは肩に乗っているナイトを指で突き、ナイトもそれに応えるように指を触り返したりする。
「あはは、可愛いわね」
「エリノラ姉さんも何だかんだ人形遊びを楽しんでるじゃん」
俺がぼそりと指摘すると、エリノラ姉さんがナイトを引き剥がそうとする。
そこで俺は露骨にナイトを縮こまらせる。反対側のエリザベスもエリノラ姉さんの頬を叩いて諫めるように首を振っていた。
「……くっ、アルが操っているとわかっていても引き剥がしづらい!」
複雑そうな顔をしながら叫ぶエリノラ姉さん。
人形に話しかけて感情移入した時点でエリノラ姉さんの負けなのである。動く人形の良さを素直に認めればいいさ。
「アル、ちょっといいかい?」
俺がしたり顔をしていると、開けっぱなしにされていた入り口からノルド父さんが入ってきた。
「今はダメ。人形を動かすのに忙しいから」
「ちょうどいいね。僕の用件にはその人形が関わっているんだ」
「人形が?」
面倒臭そうな雰囲気がしたので追い返そうとしたのだが、人形に関係する用件とは何だろう?
「ドール子爵を覚えているかい?」
「そりゃ、この人形を送ってくれた人だしね」
たくさんの質のいい綿や毛皮、糸がとれる領地を持っていて、その当主さんが人形愛好家だったな。
「彼とは手紙でもやり取りをしてるんだけど、その際にアルが魔法で人形を動かして遊んでいると書いたら、いたく関心を示してね」
「つまり、ドール子爵に人形が動くところを見せろってこと?」
「話が早くて助かるよ。ちょっと動かしてくれるかい?」
ノルド父さんに言われて、俺はナイトとエリザベスを操作。
エリノラ姉さんの肩からジャンプさせて、サイキックによるコントロールで綺麗に着地。
ナイトは騎士らしく敬礼をさせて、エリザベスは優雅にスカートを摘まんで優雅に一礼。
「う、うん、その様子だと動くのを見せることに問題はなさそうだね」
ちょっと面を食らったような顔をするノルド父さん。
もっと簡単な動作だと思っていたのだろうか? そうだとしたら心外だ。うちの人形は走ることもジャンプすることも飛ぶこともできるのだから。
「そんな訳で近いうちにドール子爵が屋敷にやってくるから、その時は人形が動く姿を見せてあげてほしい」
「えー、俺が相手するのー?」
「頼むよ。ドール子爵とは今後も良い付き合いをしていきたいんだ。アルは人形を動かしたり人形に関する話をしてもらうだけで十分だから」
まあ、別にお偉い王族ってわけでもないし、相手はただの人形好きの子爵だ。人形を動かしてみせるだけで満足する相手なら楽なものか。
それにお礼に、たくさんの人形とかくれるかもしれないし。
「はいはい、わかったよ」
「じゃあ、よろしくね」
「ねえ、父さん。ドール子爵は剣は使えるの?」
ノルド父さんが部屋から出ようとするタイミングでエリノラ姉さんが尋ねる。
「残念ながら使えないよ。ドール子爵はメルナ伯爵と違って武闘派ではないから」
「そう」
苦笑いしながら言うノルド父さんに短く返事するエリノラ姉さん。
ドール子爵への興味はもうなくなったらしい。
エリノラ姉さん、もうちょっと興味を示してあげようよ。




