以前の約束
夏の地獄の稽古を終えた俺は、リビングで風呂上がりの牛乳を飲む。
勿論、風呂上がりの一杯は腰に手を当てて立ちながらだ。本当は小さな瓶がいいのだが、そんな物まで用意していなかったのでコップでだ。
猛烈な日差しとお湯によって熱くなった身体が、冷たい牛乳によって冷やされていく。
身体が水分を欲していたせいか、俺はそれを一息で飲み干した。
「ぷはぁ、風呂上がりの一杯が堪らない」
コリアット村の牛から獲れた牛乳は凄く濃厚な味だ。生臭くなく、コクがあり、甘みが強い。もはやこれだけで甘味としても通用するのではないだろうかと思うほど。
「あ、アル、私にも牛乳ちょうだい」
ソファーに座っていたエリノラ姉さんが、そう言ってコップを掲げる。
もう一杯飲もうとしていたが、とりあえずエリノラ姉さんが欲しているので先に入れてあげよう。
俺も喉を潤したら、ソファーで寝転がりたいし。
とはいえ一リットル以上はありそうな牛乳瓶を抱えるのも面倒なので、俺は歩きながらサイキックで牛乳瓶を浮かせてエリノラ姉さんの方に移動させる。
俺の意図に気付いたエリノラ姉さんがテーブルにコップを置いたので、俺はサイキックで牛乳瓶を傾けて牛乳を注いだ。
別に俺としてはコップを掲げている空中でも容易に注ぐことができるのだが、エリノラ姉さんとしては溢さないか心配らしく毎回テーブルに置いている。
別に空中だからといって溢したりしないんだけどな。
「はい」
「ありがと」
牛乳を注ぎ終わると同時に俺はソファーに着席。
そのまま牛乳瓶を引き寄せて自分のコップにも注ぐ。
俺が味わうように飲んでいると、エリノラ姉さんが一気に飲んでコップをテーブルに置いた。
「アル」
「もう一杯?」
「違うわ。かき氷作ってー」
「ああ、そっちね。いいよ」
牛乳ではなく今度はかき氷ですか。
かき氷くらい別に座りながらでも作ることができるので楽なものだ。
「あら、私も頼むわ」
「僕も頼んでいいかい?」
「僕もー」
俺が土魔法で皿を用意しようとすると、ちょうどエルナ母さん、ノルド父さん、風呂上がりのシルヴィオ兄さんが入ってきた。
この季節になるとかき氷の注文が増える。
俺は自分を含めて手早く五人分の皿を作る。それから氷魔法でさらっさらの氷を積み上げていく。
「あたしのは、いい感じにガリッとしたやつよ」
「私はいつも通りフワフワで」
「はいはい、皆の好みもわかってるよ」
エリノラ姉さんは氷の粒が荒く、食べれば少しガリッとするぐらいを好む。そしてエルナ母さんは氷の粒が細かく、舌の上に乗せるだけで溶けるようなフワフワな感触を好むのだ。
ちなみにノルド父さんとシルヴィオ兄さんはその中間ぐらいを好んでいる。
まあ、氷の粒の大きさを変えるとかなり食感なども変わるので好みがあるのもわからなくないな。
俺がかき氷を完成させ、土魔法でスプーンを作る。
それが終わるとシルヴィオ兄さんがエルナ母さんとノルド父さんの座るテーブルに運んでくれる。
さすがはシルヴィオ兄さん、気が利くな。
それにしてもエリノラ姉さんってば、目の前にいた癖に手伝わないのか? そう思って視線を上げたがエリノラ姉さんは目の前のソファーからいつの間にか消えていた。
「厨房からジャムとか貰ってきたわ!」
どうやら真っ先に厨房に向かってかき氷にかけるものを調達していたようだ。
腕の中には何種類ものジャムや果物のジュース、蜂蜜、砂糖などがある。
そうだ。エリノラ姉さんは自分の好きなものに関しては準備が良かったな。誤解していた。
うちの姉も随分とかき氷を食べるのに慣れてきたものだ。
「今日は何をかけて食べようかしら? 昨日はイチゴジャムで、その前はブドウだったから……今日はオレンジかしら?」
「ジャムもいいけど、ジュースと少しの砂糖を混ぜてかけてもいいよ」
「ああ、その手があったわね。迷うわ」
テーブルに乗ったそれぞれのトッピングを前にして微笑ましい会話をする両親。
ドラゴンスレイヤーの冒険譚では考えられない台詞だな。
最近エリックに貸してもらった本を読んでいるせいか、そんなことをふと思ってしまう。
「姉さんは何にするの?」
「あたしはキッカのブドウジュースね!」
「じゃあ、僕もそれにしようかな」
エリノラ姉さんとシルヴィオ兄さんはキッカのブドウジュースにするようだ。
あそこまで濃厚な味ならばかき氷ともよく合うしな。
さて、俺はトッピングをどうしようかな。
キッカのブドウジュースもいいし、爽やかなオレンジジュースでもいい。ドロリとした酸味と甘さを兼ね備えたジャムを乗せてもいいな。
……よし、食べたいものを全部かけてしまうか。
「エルナ、早くかけないと氷が溶けるよ?」
「ちょっと待って。必死にどれがいいか考えているから」
悩むエルナ母さんをしり目に、俺はテーブルに乗っているトッピングとなるブドウジュースを取り、かき氷の一部分にかける。次にオレンジジュースを違う部分にかけて、そこを避けるようにリンゴジュース、さらには残りの部分にそれぞれのジャムを乗せる。
「よし、これでよし」
俺のかき氷の山では、紫色だったり赤色だったり、オレンジ色だったりとカラフルになっている。恐らく下の方では色が混ざり合って凄いことになっているだろうが、これはこれで美味しいので良しとする。
「……あ、アル、何をしてるのかしら?」
俺がトッピングを終えてソファーに戻ろうとすると、エルナ母さんが信じられないような物を見たかのような表情で聞いてくる。
「え? どれも食べたかったから、いっぱいトッピングをかけただけだけど?」
「……そうね。トッピングが選べないなら全部かけてしまえば良かったのよ」
まるでパンが食べられないならケーキを食べればいいと言うような口調だ。
悩み苦しんでいたエルナ母さんは、清々しい表情で俺と同じように複数の物をトッピングしていく。
俺よりもトッピングする種類が遥かに多いが、これでも女子力の高い貴婦人。
見る者を決して不快にさせない、まるでパフェのように美しいトッピングだ。
「「パフェ?」」
「あっ」
しまった。感嘆の言葉が漏れていたのだろうか。
エルナ母さんとエリノラ姉さんが同時に振り返る。
やめてくれ。そんな獲物を狙うかのような鋭い眼差しをこっちに向けないでくれ。
「そういえば、アルはカグラに行く前にもアイスクリームだとかプリンだとか未知のお菓子らしい名称を叫んでいたわね」
「じゃあ、パフェもその一種に違いないわ」
知りもしない癖に無駄に鋭い。というか、そんな昔のことをまだ覚えているとは相変わらず無駄に記憶がいい。
「そういえば、アルがカグラに行くのを許可したから結果的にアイスクリームだとかプリンも作るべきじゃないかしら?」
「ええ!? あれってルンバが交渉カードになったから無効じゃない!?」
「お菓子も交渉に含まれているから無効じゃないわ」
俺が抗議するもエルナ母さんは首を横に振って言い切る。
くそ、お米を自由に買えるようになるからと言って、迂闊に言うんじゃなかった。もっと出し惜しみしておけばよかった。
「わ、わかったよ。じゃあ、アイスクリームかプリンを――」
「母さん、あたしパフェの方がいいと思う! これだけトッピングされてるのと同じぐらいってことだから、そっちの方がいいはずよ!」
これだから勘の鋭い姉は嫌なんだ。パフェともなるとアイスクリームもプリンだって乗っていることになる。作る労力は単純に二倍以上だ。
「そうね。アイスクリームもプリンも作るとなると大変ね。じゃあ、アル。パフェとやらを今度作ってちょうだい」
「……へいへい」
二人共、本当はパフェが何なのか知ってて言ってるんじゃないだろうか。そう思えて仕方がない悪魔の連携技だった。
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