甘やかすとダメな奴
ひと際暑い夏の日。適度な暑さであれば川に行ったり、風魔法で涼しくしていたのだが、今日は風もなく、気温もバカみたいに高いので氷魔法で冷気を振りまいて部屋で引きこもることにした。
そして、俺がそんな快適な生活をしていると知ってか、俺の部屋にはシルヴィオ兄さん、エリノラ姉さんが甚平姿で押しかけてきている。
シルヴィオ兄さんはスライムクッションをお尻に敷いて本を読み、エリノラ姉さんは俺のベッドを勝手に占領して、スライムクッションが気になるのか感触を確かめている模様。
ちなみにシルヴィオ兄さんの甚平は紺色で、エリノラ姉さんは黒色の男性用だ。
嬉しいことなのか、悲しいことなのかエリノラ姉さんは身体の起伏が乏しいので見事に着こなしてしまっているな。
カグラ文化に詳しい人もここら辺にはおらず、エリノラ姉さんは女性用のものだと信じているようだ。真実を知ったら間違いなく怒られる事案であるが、そんな日はこないだろうな。トリーとルンバに口止めをしてあるし。
「何よ? じろじろ見て」
俺がそんなことを思いながら眺めていたせいか、エリノラ姉さんが視線に気づいて振り返る。
その甚平、男物なんですよ。何てことが言えるはずもない。
「……いや、甚平が似合ってるなーって」
「そ、そう? まあ、これは涼しいし、動きやすいからあたしも気に入ってるわ」
適当に濁しておくと、エリノラ姉さんが嬉しそうに言う。
とりあえず喜んでもらえたようで何よりだ。まあ、エリノラ姉さんの性格からして、楽で涼しくて動きやすい甚平は絶対に気に入ると思ったからね。
「二人が甚平を着ているし、せっかくだから俺も着替えよう」
部屋にいる二人が甚平だし、俺だけ普通の服を着ているのも空間的に気持ちが悪い。
それに今日みたいな暑い日だと甚平の方が過ごしやすそうだしな。
クローゼットを開けた俺は、ハンガーにかけてある灰色の甚平と引き出しからズボンを取り出して着替える。
男の着替えなどすぐに済むもの。できるだけ見苦しいものを見せないように、配慮したスピードで俺は甚平に着替えた。
さて俺はどうするか。
エリノラ姉さんがベッドにいるせいでベッドに寝転がるという選択肢はなくなった。
ここは大人しくカーペットの上に寝転がって本を読むことにするか。
エリノラ姉さんが俺のスライムクッションを使うということは予想できたこと。事前にこんなこともあろうかと俺の部屋にはいくつものスライムクッションを常備している。
お陰で俺の分のスライムクッションもちゃんとある。
数は増えようと餌は何でもいいので管理も楽。大して苦にもならない。凶暴性もないし、手間もかからないのでスライムはペットにするのに最適だな。
スライムクッションを氷魔法で少し冷やし、好みの硬さにするとそれを枕代わりにして仰向けに寝転が
る。
それから読みかけのドラゴンスレイヤーの本をサイキックで引き寄せて、目の前でページを開かせて文を追っていく。
仰向けで見ているせいか少し暗いが、これなら手で本を支える必要もないので腕も疲れない。素晴らしい方法だ。
そんな俺の姿に気付いたのだろう。シルヴィオ兄さんが少し興奮した声を上げる。
「わっ、凄い。いつもの無魔法? それなら手も疲れないね」
「でしょ? ページをめくる必要もないし、本を落とす心配もないよ」
ページをめくるための動きも必要ないから、集中力も阻害されない。そして仰向けで読む時に起きてしまう、本を落としてしまって顔面を強打という悲劇も起こらないので安心だ。
「……相変わらずアルは、魔法を変なことに使っているわね」
俺がそのような利点を述べるも、エリノラ姉さんには呆れた表情をする。
本を読むことを好まないエリノラ姉さんからすれば、このような画期的な魔法運用でも下らなく思えてしまうようだ。
静かに本を読むのは楽しいことなのに勿体ないな。
「でも、確かに便利そうだけど、僕はページをめくる感覚も好きだからね……」
そう言いながら自分の読んでいる本を優しく撫でるシルヴィオ兄さん。
根っから本好きなシルヴィオ兄さんからすれば、本を読む時の重みや紙の匂い、ページをめくる動作や紙の擦れる音も読書の中の楽しみの一つなのだろう。
シルヴィオ兄さんは、本当に本が好きだな。
それからしばらくは、俺とシルヴィオ兄さんがそれぞれの本の世界に入り、エリノラ姉さんがゴロゴロするだけというのんびりとした時間。
部屋の中では俺達の呼吸の音や、ページがめくれる音。エリノラ姉さんがスライムを触りながら身じろぎするような音だけが静かに響く。
「はわー、冷たくて気持ちがいいです」
とても静かな時間だと思いきや、扉の方から少しくぐもった声が聞こえてくる。
……この声はミーナ。
エリノラ姉さんとシルヴィオ兄さんも気付いて、扉の方に視線をやったが特に害がないとわかると視線を切った。
しかし、扉が軋むような音が鳴り、再び俺達は扉を見る。
「やはりアルフリート様の部屋から漏れ出る冷気は最高ですね」
ミーナってば、俺の部屋から漏れ出る冷気を堪能するために、扉に張り付いているのか。
道理でさっきから扉がキシキシ鳴ると思ったよ。お前は猫か。
「なんか気になるんだけど」
「まあ、静かにしているなら休憩として入れてあげてもいいかな。今日は暑いし」
今日は特別暑い。長袖、ロングスカートのメイド服を身に纏っていては、その暑さも倍増というもの。いくら駄メイドのミーナとはいえ、少しくらい労ってあげてもいいだろう。
それに扉の前で張り付かれても無駄に気になるし。
俺は寝転んだままの状態で無魔法のサイキックを使い、ドアノブを動かして、扉を引く。
「きゃああっ! 扉が――ふべっ!」
すると、扉に寄りかかっていたせいかミーナの体勢が崩れて顔から倒れ込んだ。
「痛いです! 酷いです! 鼻を打ちました!」
涙目になって鼻を押さえながら言うミーナ。
「あっ、ごめん。部屋で涼んでもいいから許して」
「本当ですか!? では、遠慮なくお邪魔します!」
俺がそう言うと、鼻を打ったことなど忘れたかのように元気になるミーナ。
鼻を打った時から、それを盾に部屋に押し入ろうと考えていた気がするな。
「ああ、さすがはアルフリート様の部屋です。冷気が満ちていてとっても涼しいです」
「今日はいつにも増して暑いもんね」
「暑いなんてものじゃないですよ! ここに比べると外は地獄です! だというのに、サーラやメルさんは私に村へおつかいに行かせたり、庭掃除をさせたりと鬼です!」
わっと泣き崩れるようにしながらまくしたてるミーナ。
「えっ、でも、それってミーナが――」
「エリノラ姉さん、それは今言わなくていいんだよ」
無粋なことを言おうとしているエリノラ姉さんを俺は止める。
俺達は知っている。ミーナに割り振られた仕事がサーラやメルによる陰湿な嫌がらせなどではなく、ミーナの寝坊によってスケジュールが遅れた罰だということを。
そもそも暑いからといって仕事がなくなるわけではない。暑くてもお腹は空くし、ご飯を食べると材料もなくなる。結果的に誰かは外に買い出しに行かなければならないのだ。
しかし、ここは心と身体を癒す快適な場所。そのような指摘をしてあげる必要はない。
「大変だったねミーナ。お疲れ様。今はこの涼しい部屋で存分に休むといいよ」
「ああ、アルフリート様の優しい言葉が心に染みます!」
そう、ここでは働く時の辛さなどいらないのだ。この肯定と労いの言葉で十分だ。
それが当たり前だとわかっていても、褒めてもらいたい時はある。
社畜時代を経験した俺にはよーく気持ちがわかるよ。
「さあ、冷たいスライムクッションがあるよ。存分に堪能するといい」
「ありがとうございます。でも、私的にはもうちょっと柔らかい感じがいいです!」
ああ、この図太い感じは如何にもミーナだな。
そんなことを思いながら、仕方なく火魔法でスライムクッションの柔らかさを調節し、渡してあげる。
「ああ、この適度な柔らかさと弾力がたまりません! あ、あとアルフリート様、室内の空気をもう少し涼しくしてくれると嬉しいです。私、メイド服を着ているので暑いんです」
……こいつは甘やかすとどこまでもダメになる人種だな。
カーペットに寝転がる駄メイドを見て、俺はそう確信するのであった。
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