1憶PV突破記念読者アンケートSS 夏の王城
一億PV突破記念ストーリーになります。
サリヤ視点のレイラとの一時になります。
「今日は少し涼しいですね」
レイラ様の部屋に向かっていると思いのほか、外から風が流れ込むことに気が付きました。
王城ではレイラ様が作った氷の魔導具が至るところに完備されていますが、さすがに広大な王城の全てに設置することはできません。
よってこの無駄に長い廊下などは、窓を開けて風を通すことで何とか涼しくしています。
それにしても今日は夏にしては涼しい。廊下でもこの涼しさであれば、より風が入ってきやすいレイラ様の部屋はもっと涼しいのではないでしょうか?
いや、レイラ様のことだから室内を氷魔法による冷気で満たしていて、気温が涼しいことに気付いていないかもしれない。
いつもは窓を開けながら空を眺めるレイラ様だが、さすがに夏になると日差しがきつくて窓越しに眺めていますから。
私は足を早めて、長い廊下を突き進んで奥にあるレイラ様の部屋に向かいます。
扉の前に着くと白銀の甲冑を着込んだ女性騎士が二人控えている。レイラ様の部屋を守る警護の騎士です。
「……本日も異常はありません」
「お仕事ご苦労様です」
どこか退屈そうに報告してくる女性騎士に、にっこりと微笑みながら労う。
最初は第三王女の部屋の警備ということで、やる気に満ち溢れていた女性騎士でしたが一か月も経てばこの通りです。
人通りも少なく、他者との交流もほとんどない。
あまりに退屈過ぎる警備に飽き飽きしているのでしょう。私も警備や護衛の仕事をこなした事があるので辛さはわかっていますが、人目に映るところではシャキッとしてもらいたいものです。
特にレイラ様が外出する時には、そのような態度をして欲しくない。
周りの者が暗ければ、レイラ様も気を遣ってしまう。そのようなことはあってはいけないことですから。
……もう少し警備に適性のある人を選ぶべきでしょうか。最近では、退屈な警備や警邏を進んでやりたがる男女の衛兵がいると聞きます。
その者達をこちらで雇って警備に据える方がいいかもしれないですね。勿論、衛兵では教養や礼儀作法、強さも足りないでしょうから特訓させる必要はあるでしょうが……。
とはいえ、今はレイラ様のお世話ですね。
思考を切り替えた私は、軽く深呼吸して扉をノックする。
「レイラ様、サリヤです。入ってもよろしいでしょうか?」
「あ! はい、どうぞ」
今少しノックの音に驚きましたね。言葉が少し上擦っていました。
そんなレイラ様が可愛らしい。
私はクスリと笑いそうになるのを堪えて、丁寧に扉を開けて入る。
すると、室内は私の懸念していた通りにヒンヤリと涼しいものでした。窓は締め切られ、その傍にはレイラ様が車椅子姿でいらっしゃる。
これでは今日の涼しい気温に気付くこともないでしょう。いきなり注意したくなりましたが、ひとまずはいつもの挨拶を交わすことにします。
「また空を見上げていたのですか?」
「はい」
「少年は見えましたか?」
「いいえ、今日も見えません」
私の尋ねた言葉に首をゆっくりと振りながら答えるレイラ様。
レイラ様が上空で二人の少年を見かけた。そのようなことを言うようになってから私達の間では、毎日のようにこのようなやり取りをしています。
実際に私は一度も見たことがないので正直半信半疑ではありますが、レイラ様が嘘をついたり、それで気を惹こうとするような方ではないのは十分に知っています。
ですので、それは真実だとは思うのですが、上空で少年二人が楽しそうに遊んでいたということや、少年が空から落下してきたということは少し信じ難いですね……。
とはいえ、そのような事を言ってしまうとレイラ様は途端に不機嫌になってしまうのでからかうくらいにしています。
さて、いつもの挨拶は程々にして注意をしなければ。
「レイラ様、今日は結構涼しいので氷魔法は使わなくてもいいと思いますよ」
「昨日はとても暑かったのですが……」
「今日は気温も穏やかで風もあります。氷魔法など使わずとも十分ですよ」
昨日ならばともかく今日はそれ程暑くはありません。廊下や外に比べるとこの部屋は涼し過ぎます。
恐らく、昨日からずっと氷魔法を使っているので、体温が鈍感になっているのでしょう。
身体の弱いレイラ様に長時間冷気に晒されるのはよくありません。
私は「窓を開けますよ」と言ってから窓を開ける。
すると、外の温かみを含んだ風が部屋の中に入り込んできました。
「あっ、熱風が……」
「この部屋が涼し過ぎるだけですよ。直に慣れます」
そう言って、室内にある部屋の窓を順番に開けていきます。
四つの窓を開けると風が入り込んできて白いカーテンをふわりと巻き上げます。
「あ、確かに思っていたよりも涼しいですね。これなら冷気も必要ありませんね」
「でしょう?」
気温が涼しいと実感したのか氷魔法による冷気を解除するレイラ様。
それから車椅子を器用に回転させて、開いた窓から景色を覗きます。
入り込んだ風がレイラ様の頬を撫でて、金糸のような髪がたなびく。
「いい風ですね」
「そうですね。これくらい過ごしやすい日々が毎日続けばいいのですけどね」
昨日のような暑過ぎるのはうんざりです。特に一日中メイド服を着ていなければいけない私からすれば地獄です。
「あっ、小鳥です」
レイラ様がポツリと呟いて、視線を向けると窓際に一羽の青い小鳥が止まりました。
「とても綺麗な鳥ですね。何という名前でしょうか?」
「モルファンという鳥ですね。危機を感じると魔物であるモルガスのように丸まってしまうことから名付けられたそうですよ」
滅多に外に出ることのできないレイラ様は、この部屋から見える景色や私を通すことでようやく外に触れることができる。
だからこそ、私がしっかりと正しい知識を学んでいなければいけない。
お陰でここからでも見える鳥の名前は大体網羅しています。種類が多く、見分けるポイントが大変でしたが今では完璧のはずです。
「へー、そうなんですか。丸まった姿を見てみたいですけど、そんなことをしたら可哀想ですね」
にっこりと笑いながら眺めるレイラ様。
モルファンはそれを特に気にすることもなく、小首を傾げては窓枠を跳ねるように移動する。
「あはは、可愛らしいです。ほら、こっちにおいで」
無邪気な笑顔を浮かべて手の平を差し出すレイラ様。
モルファンはジーッと警戒するようにそれを眺める。しかし、しばらくすると警戒を解いて軽快に手の平に乗った。
「ひゃっ、凄いですよサリヤ! モルファンが私の手の平に乗りました!」
「警戒心が強い鳥なので珍しいですね」
モルファンは警戒心が強くて臆病なので滅多に人に懐くことはないので、このような光景はかなり珍しいです。
きっと、レイラ様の無邪気さがモルファンに伝わったのでしょう。
「私も触ってみてもいいですか?」
「驚かせないでくださいよ? 逃げてしまいますから」
モルファンに触れることなど滅多にないのでチャンスですね。
レイラ様から許可が取れたので、私はゆっくりとモルファンに指を近づけます。
しかし、モルファンは私が指を近づけると、体を丸めるようにして小さくなりました。
「あ、本当に丸まりましたね。丸まった芋虫みたいです」
モルファンが丸まったことに驚くレイラ様。
モルファンは危機を感じた時に丸まる性質があります。つまりは私が近づくことを危機だと感じたということですね。
相手が鳥とはいえ、少しショックです。
私が少し距離を離すと、モルファンは危機が去ったと思ったのかゆっくりと元に戻ります。どのような身体の構造をしてああなっているのか、少し気になるところですね。
「あっ!」
私がそのようなことを考えたのがいけなかったのでしょう。モルファンがレイラ様の手から飛び立ってしまう。
「……行っちゃいましたね」
空で小さくなっていくモルファンを見送る私とレイラ様。
呆然と見送るレイラ様の横顔は少し寂しそうでした。
「またきてくれるといいですね」
「……はい」
たくさんのお祝いの言葉やアンケートありがとうございます。今回はサリヤ視点のレイラとの話となりました。ひとまず、前回の話で野郎共の酷い絵面を想像させてしまったので、女性同士の話ということは決めておりました。そして、これから描かれる本編や書籍の書き下ろしなどを考慮して、こういう感じになりました。
改めましていつもありがとうございます。これからも頑張ります。
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