夏野菜で涼を
これは大丈夫。これはまだ青い。これは赤いけどヘタがまだ開いている。という風に見極めながらトマトをハサミで切り取って、浮かしている籠に入れていく。
これは大丈夫。これも……うん? 結構赤いけどヘタ際がまだ青いな。ヘタの上がり具合だって中途半端だし、どうするべきか。
「うーん」
「どうしたの?」
俺が唸り声を上げていると、アスモが収穫したトマトを籠に入れながら聞いてくる。
「このトマトは、まだ置いておくべきかな? ヘタは少ししか上がってないし、色がヘタ際まで染まりきってないから」
「うーん、裏側を見せて」
アスモがそう言うので、俺はトマトをひっくり返して裏側を見せる。
「ああ、裏は真っ赤になっているし収穫していいよ」
「いいの?」
「全部が言われた条件通りになれる訳じゃないしね。完璧なものもあれば、中途半端になるものもあるよ。そういうのは裏側を見て赤くなっていたら収穫してあげて」
なるほど、それもそうだな。言われたものはあくまで優良なものの目安だ。作物を育てる以上、全てが完璧に実る訳じゃないしな。
「わかった」
アスモの説明に納得した俺は、そのトマトをハサミで切り取る。
それから今まで収穫してきた箇所も念のために戻って、裏側を確認。
すると、二つほど似たようなものがあったので収穫しておいた。
そうやってトマトの収穫を進め。籠を取り換えてしばらく。俺は腰と足に溜まった疲労を感じて思わず立ち上がる。
「ああ、腰と足が痛い」
腰をポンポンと叩きながら、伸びをして足や背中の筋肉をほぐす。
もう少し上に生ってくれているといいのだが残念ながら下の方。屈みながら移動するのは結構腰と足にくるものだ。
「畑仕事の宿命だね。でも、アルが魔法で籠を浮かしてくれているから大分楽だよ。一人で籠を持ちながら移動して、屈んでってやってるともっと疲れる」
俺の場合はサイキックで常に自分がやりやすい位置に籠を置いているからな。もし、籠を置いて持ち上げてを繰り返すとなると、かなりの労働となるだろう。
「ははは、情けねえなアルは! これくらいでへばるなんてよ!」
俺が伸びをしながら呻いているとトールが戻ってきた。
抱えられた籠には赤いトマトが満杯に入れられている。
「トール、もう終わったの?」
「ああ、これだけ広いんだ。一列もやってやりゃ十分だろ」
トールの言う通り、ここの畑は広いしな。俺も全部をやろうとは思えないな。
風魔法で片っ端から切って、サイキックで籠にぶち込んでいいなら数分で終わるだろうが、さすがにトマトの見極めまではできないから不可能だ。
「じゃあ、俺達も早く終わらせないとね」
「俺はもう終わるよ」
「ええっ!?」
アスモに同意を求めるように言ったが、アスモは遥かに進んでいるよう。
アスモのいる場所は全体の八割地点で、それに比べて俺は五割だ。これは急がないと。
そう決心してトマトを収穫していくけど、俺はアスモのように慣れているのでその速度は遅い。
そんな俺を見かねたのか、トールが腕をまくって俺の列で屈む。
「しょうがねえな! 俺が手伝ってやるよ! アルが終わらねえと早くトマトが食えねえからな!」
「おお、トール。ありがとう」
「バーカ。気持ち悪いこと言うな。ほら、そことそことそこは収穫で、それは放置だ」
俺が礼を言うと、トールは少し照れながらも収穫できるトマトを指示してくれる。
トールが言った指したトマトは、本当にそのどれもが条件を満たしていいものばかり。それでいて際どいトマトもきちんと判断している。
普段こそ悪ガキでどうしようもない奴だが、ちゃんと仕事はできる奴なんだな。
トールの普段は見られない一面に驚き、感心しながら俺はトマトの収穫を進める。
そして、トールと収穫を進めるとあっという間に籠も満杯になり、俺の担当していた列は終わった。
「よし、これで終わりだね」
「アルフリート様、お疲れ様です。あっちに椅子とテーブルを置いたので休憩にしましょう」
俺が晴々した気持ちで叫ぶと、それを待っていたようにイグマがやってくる。
今すぐに休憩したい気持ちで溢れていたので、俺は迷うことなく頷いた。
トマト畑の端にある平地には木製の椅子とテーブルが置かれている。さらにはテーブルの上には、お皿の上に盛り付けられたトマト、それに水ナスらしきものがある。
「あ! あれって、トマトと水ナス?」
「はい、アルフリート様がさっき採ったものと、俺が採っておいた水ナスです。ぜひ食べてください」
おお、今から水ナスの収穫もしろと言われるかと思ったが、正直トマト収穫でかなり疲れたのでその配慮はとても嬉しかった。
「おお、気が利くじゃねえか」
「いい仕事をする」
「うるせえ。お前達のためじゃねえよ」
なんてイグマとトールとアスモの会話を聞きながら、俺は席へ。
テーブルの上には、つい先ほど水で軽く洗ったのかトマトと水ナスに水滴がついていた。真っ赤なトマトは勿論のこと、美しい紫紺色をした水ナスもまたいいな。
「じゃあ、早速食べていい?」
「どうぞ」
イグマにそう言われて、俺は自分で収穫したトマトに手を伸ばす。
ずっしりとした重みであり、適度な硬さがある。そのつるりとした皮をひと撫でし、俺は齧り付いた。
自然の恵みから得られたトマトの果汁が口の中いっぱいに広がる。僅かな酸味と甘みを含んだそれはとても美味しいく気持ちがいい。ここで育てているトマトが特別甘い品種だとか育て方に秘密があるとか関係な
く、いつも食べているものよりも美味しく感じるのはどうしてだろうか。
「すごく甘いね」
「でしょう?」
俺がポツリと漏らすと、イグマが嬉しそうに言う。
その表情はどこか誇らしげで、短い言葉の中に自信や誇りが感じられた。
「それにいつも食べるものよりも美味しく感じる」
「それはご自分で収穫したからですよ」
やっぱりそうか。自分で苦労して収穫して採ったからか。
「おお、甘いな! やっぱり、ここのトマトは一味違うな!」
「うちのとは比べ物にならない」
「当たり前だ。手間暇かけてるからな」
収穫だけでこれなら一から育てた時はもっと美味しいのだろうな。
だが、俺にそこまでする根性があるかどうかだけど。
そんなことを思いながらトマトに噛り付く。
その度に果汁が溢れ出してくるので、すすりながら食べないと果汁が漏れてしまうな。
「これだけ甘いとトマトって果物でもいいと思えるよね」
「確かに」
アスモの感想に俺はとても共感する。
この甘さは、もはや果物だ。そう言いたい気持ちもとてもよくわかる。だけど野菜という認識が一般的だよね。
「村人でもトマトを果物だって言う奴もいるよな」
「確かにな。俺は野菜だと思っているが、果物だと言い張る奴の気持ちもよくわかる」
「まあ、言いたいことはわかるけど、俺からすれば野菜でも美味ければどっちでもいいけどな」
「おい」
自分で振っておきながら最終的にどうでもいいと斬り捨てるトールに、思わずイグマも真顔で突っ込む。
まあ、それもそうか。そんな細かいことは、美味しい物を食べてしまえばどうでもよくなる。
暑い日差しの中、労働をしたせいか俺達のトマトを食べる手は止まらない。
しかし、あまり食べ過ぎるとお腹を壊してしまうかもしれないので、二つで止めておこう。
トールとアスモは気にせず四つ食べていたけど。
「よし、トマトを食ったら次は水ナスだな!」
「水ナス!」
正直、今日の中で一番期待していたものだ。これを食べずして今日は帰ることはできない。
皿の上にあるナスはとてもいい形をしているな。首元も太く、ガクの部分は痛そうなくらいに鋭い棘がある。それに何よりも、このずっしりとした重み。ここにたくさん旨味の詰まった水分が入っているのだろ
う。
「おっしゃ、食うか!」
俺が観察している間に、トールとアスモは豪快にかぶりついた。
その圧倒的な水分のせいか二人の口の端からは、水ナスの水分が漏れる。
「うおー! やっぱりここは水ナスが一番美味えな!」
「夏野菜はこれが一番好きかも」
水ナスを食べて歓喜の声を上げるトールとアスモ。
それを見て、俺もつられるように水ナスを口へ。
少し硬めの皮に歯を突き立てて、齧り取る。
すると、ナスの身があっさりと千切れ、中からナスの旨味が混じった水分が流れ出てきた。
さらに柔らかい身を噛めば、さらに旨味を吐き出して喉をするりと通り過ぎていく。夏で食欲がなくてもこれなら食べやすいな。
口の中が水分で満たされて、食べているだけで涼しくなれる。
まさに自然的な涼。そして、
「……これが夏野菜の素晴らしさか」
「色々と調理してあげるのもいいんですけど夏はこれが一番美味しいんですよね」
俺がしみじみと呟くと、隣にいるイグマが言う。
あー、わかる。色々と使い道を考えるけど、結局はシンプルに食べた方が美味しい時もあるんだよね。
「こういうのを食べていると、自然と身体が涼しくなるよな」
「じゃあ、トールは氷魔法の冷気はいらないね」
「いや、それとこれとは別だ」
俺達はのんびりと夏野菜を食べて涼んだ。




