自然な涼を楽しむために
朝食を食べ終わり、部屋に戻って氷魔法による冷気を振りまく。
室内の気温がヒンヤリしたところで、俺は部屋の中をもぞもぞと動いているスライムクッションを掴む。
クッションを開けてみるとお腹を空かせたスライムが動いていたので、香草を放り込んでやる。
すると、スライムは香草を食べることに夢中になり、動かなくなったのでクッションを閉じる。
本来ならば雑食なので普通の草でもいいのだが、香草などを食べさせた方が少しいい香りがするのだ。そんなことに気付いたので、最近は香りがいいものを食べさせている。
クッションとして、お尻の下に敷いたり、枕として使ったりするので雑食とはいえ、生ごみとかを食べさせるような気には気にはなれないな。
そんなことを考えながらスライムクッションにも氷魔法で冷気を当てる。すると、手の中で柔らかかったスライムが、少しずつ硬化していく。
あんまりやり過ぎると凍ってしまいかねないので慎重に。手で感触を確かめながら低反発くらいの硬度になるまで冷やす。
それから俺はスライムクッションを枕として敷いて、ベッドで寝転んだ。
ヒンヤリとしていながら適度な柔らかさ、それでいながら俺の体重を見事に受け止めて押し返すような弾力。
「はぁー、スライムクッションが冷たくて気持ちいい」
思わずため息のような言葉が出てしまう。もういっそのことスライムに包まれてしまいたいくらいだ。ビッグスライムとか近くに生息していないものか? いたら、全力で捕まえにいってクッションにしてあげるのに。
……これは転移で移動しながら探しに行く旅に出るのも、やぶさかではないな。
でも、今はシルフォード領から帰ってきたばかりで、当分は村の外から出るつもりはないけどね。
スライムの感触を楽しむように寝返りを打ちながら、そんな事を考えていると、不意に廊下の方から人が近付いてくる気配がする。
この足音はサーラか? こういうタイミングでやってくるサーラには、いい思い出がないのでとりあえずサイキックで部屋をロック。
「アルフリート様、失礼します……うっ!?」
すると、ちょうど外にいるサーラがノックして扉を開けようとしたらしくガタッとつんのめるような音がした。
なんかベストタイミングで入ってこようとしたせいで俺がわざと嫌がらせをした風になってしまった。
俺がちょっと罪悪感を覚えていると、すぐさまにポケットからマスターキーを取り出すような金属音が響く。
「アルフリート様、私が開けようとした瞬間に鍵をかけるのは止めてください」
そして、扉を開けると、ちょっと不満そうな表情をしたサーラが入ってきた。
「ごめん、今のはわざとじゃなかったんだ。つい、反射的に……」
「余計に質が悪い気がしますが、まあいいです。トール君とアスモ君がいらっしゃいましたよ?」
「トールとアスモ?」
サーラの口から出てきた名前を聞いて、俺は思わず首を傾げてしまう。
「一緒に遊びに行くと言ってましたが、約束を忘れていたのですか?」
「いや、約束も何も俺はトールとアスモと遊ぶ約束なんてしていなかったよ」
「本当ですか? アルフリート様が忘れているだけで本当は約束をしていたのでは?」
何かサーラから疑われて、俺自身も自信がなくなったので念のために記憶を振り返る。
あいつらと出会ったのは、この間トールの家にお土産を渡しに行ったきりだ。それ以降は会っていないし、遊びの約束をした覚えもない。完璧にアポなしだ。
「うん、約束はしていなかったよ」
「本当に本当にですか? ちゃんと思い出しましたか?」
俺がきっぱりと答えるも、なおも疑いの眼差しと言葉を投げかけてくるサーラ。
「どうしてサーラはそこまで俺を疑うのさ?」
「アルフリート様は、ノルド様やエルナ様のおっしゃったことをよく忘れているので」
「……いや、あれはご飯を食べる時に言うのが悪いんだよ」
ノルド父さんとエルナ母さんってば、ご飯を食べている時にサラッと重要な事を言うんだもん。バルトロの美味しい料理に夢中の際に、そんな面倒な話題など聞きたくもない。
前世での社畜時代も、貴重な昼休みは何よりの楽しみだったので、上司に何かを言われようが適当に返事していたな。
だって楽しい時は楽しいことだけを考えていたいじゃないか。面倒なことを真に受けて、その時間までも憂鬱に暮らしていては勿体ないと言うものだろう?
「まあ、約束していたしていないはいいですが、どうしますか? アルフリート様も遊びに行かれますか? それとも一度屋敷に上げ――」
「追い返しといて。今日は外に出る気分じゃないから」
今日はスライムクッションを楽しみながら、エリックから貸してもらったドラゴンスレイヤーの本を読むと決めているんだ。
完璧に屋敷にこもる気分でいたので、今さら外で遊ぶ気にはなれない。
「……いいのですか? せっかく、ここまで来て頂いたのに」
「別に村からそんなに遠くないし、追い返すとマズいようになる偉い貴族でもない。こっちの都合を考えずに押しかけてくるのが悪いんだよ」
ふっ、前回は俺の思考パターンを読み切ったようだが、今回は外したようだな。残念ながら今日の俺は外に出る気分じゃないのである。
「は、はぁ、わかりました。では、今日はお断りしておきますね」
「うん、よろしくー」
俺が返事をすると、サーラは軽く一礼をしてから部屋から出ていった。
それから部屋で一人になった俺は、枕元に置いてあるドラゴンスレイヤーの本を取り、ページを捲る。
さてさて、ノルド父さんやエルナ母さんの冒険譚がどのようなものであったか、これから楽しみだ。
どこか見覚えのある筋書きでいながら、劇では描かれなかったストーリー。それを俺は追いかけていく。
「おい、アル! 出てきやがれ!」
「アル―!」
屋敷の中庭から微かに響く叫び声。
残念ながら二つとも聞き覚えのあるものだ。ここはスルーをして本の世界に没頭したいところであるが、あいつらはしつこい上に、無視をし続けると何をやらかすかわかったものではない。適用な理由をでっちあげて屋敷に入ってくるなど当たり前のようにしそうだ。
仕方なくベッドから立ち上がって窓を見ると、中庭にはこちらを見上げて叫ぶトールとアスモ、付き添いのサーラがいた。
「おら、そこでゴロゴロしてるのはわかってんだぞ! どうせ部屋で引きこもるんなら俺達と遊びやがれ!」
「それか俺達を涼しい部屋に入れろー!」
俺の顔を目視するなり、こちらを指さして過激な要求をしてくる二人。
君達、ここが貴族の敷地内だということをわかっているのかな? 多分、ノルド父さんとかエルナ母さんとかバッチリ聞いていると思うよ。
とりあえず下に降りるのは面倒だし、外に出るとその時点でなし崩し的に外に連れて行かれそうだ。ここは窓を開けて、お断りを願うとするか。
そう決めた俺は窓を開けて身を乗り出す。
「ちょっと、サーラ。追い返してって、言ったよね?」
「いえ、大切な約束をしていたと言うものですから」
俺の意見との折衷案として、屋敷に上げずに中庭か。中々に柔軟な発想をしていらっしゃいますね。
「せっかく俺達が誘いにきてやったのに追い返すことはねえだろ?」
「アルって、そういうところが薄情だと思う」
「はいはい、文句はいいから大切な約束って何? というかそもそも約束してなかったよね?」
「んなもん、ねえよ」
「さっき考えた出まかせだよ」
俺とサーラの目の前で堂々と言うトールとアスモ。
「だってさ、サーラ。こいつら追い返して」
「…………」
俺がそう言うも、サーラは何故か微動だにしない。
「サーラ?」
「アルフリート様は、最近涼しい部屋で引きこもってばかりです。少しは外に出て遊びに行かれた方がよろしいかと」
「おお! さすがはサーラさんだな! ミーナとは言う事が違うぜ!」
「メイドさんの言う通り、アルは外に出るべきだよ」
まさかのサーラの寝返り。それによって調子づくトールとアスモ。
「いいの? そんなこと言ってると俺の氷魔法の恩恵がなくなるよ?」
「うっわ! 汚ねえ! 自分が氷魔法使えるからって、それを人質に取りやがった!」
へっ、何とでもいえ。今屋敷の中が全て涼しくなっているのは俺のお陰。つまり、俺の機嫌を少しでも損ねると、涼しくなくなるのだ。
そのお陰でいつもは小うるさいエリノラ姉さんやエルナ母さんも、一割分くらい静かだ。
「構いませんよ。そもそも氷魔法による恩恵がなくとも、屋敷は十分に涼しいですし、涼をとる手段はありますので」
「ば、バカな。氷魔法による脅しが効かないだと!? こんな素晴らしい恩恵を受けながら何故……っ!?」
信じられない。冷気という名の絶対的な恩恵を受けながら、それに囚われることなく、いとも容易く捨てることができるなんて……。
その中毒さは、エルナ母さん、エリノラ姉さん、ミーナを筆頭に実証されている。
「私からすれば冷気は寒すぎるのであまり好きじゃありません。自然の風や水による適度な涼しさの方が好きです」
「はっはー、良い事言うぜ!」
ここぞとばかりにサーラを持ち上げるトールが鬱陶しい。
でも、サーラの言葉には一理あるな。最近の俺ときたらすぐに氷魔法の冷気に頼るばかり。快適な環境で過ごすことは、勿論素晴らしいことであるが、それでは趣もクソもない。
これでは前世と同じように涼しい部屋で暮らしているだけではないか。ここは以前の世界のように温暖化や建物の影響でクソ暑いわけでもない。むしろ、氷魔法なんてなくても快適に過ごせるくらいだ。
ここは初心に戻るつもりで自然な涼の取り方を学び直す必要があるかもしれない。俺が田舎生活で求めていたものを再確認するために。
「アル、俺達と自然の涼しさを楽しもうぜ」
「この時期にはいい夏野菜が生っているよ。瑞々しいトマトやキュウリ、水ナスに齧り付くのは最高だよ?」
俺の心のぐらつきを付いてくるように畳みかけてくるトールとアスモ。
相変わらず人を魔に落とすことを得意としている悪ガキではない。
そんな魅力的な台詞を並べられたらもう……。
「……わかった。行こうじゃないか」
「はは! アルはそうでないとな」
「やっぱりアルはわかるやつだと思ってたよ」
自分でもチョロイと自覚はしていたが、自然での涼の取り方というものが、今はどうしようもなく眩しく見えたのだった。




