カツオの焼きおにぎり
エリノラ姉さんの弁当兼、自分の昼食を作るために俺とバルトロは厨房にて作業を進める。
「じゃあ、タタキが既にあるから、バルトロはそれを包丁で荒く刻んで」
「おう、任せな」
俺がそう言うと、バルトロはタタキを包丁で刻み出す。
豪快でありながら繊細な手さばきで包丁を打ち付けるバルトロ。トントントンと規則的な音は包丁の扱いが慣れている証拠であろう。聞いていてとても気持ちがいい。
バルトロの旋律を聞きながら俺はゴマをフライパンに入れて軽く炒り、出汁のためにカグラで手に入れた昆布を水の中に浸しておく。
それから青ネギ洗って、小口切りにしていく。
適度にゴマの風味が漂ったところでフライパンから小皿にあげて、また青ネギを切る作業に戻る。
やはり俺の包丁の音とバルトロの包丁の音は大分違うな。やはり本職と齧った程度では違うということだろうな。
「坊主、カツオを刻んだぜ。これくらいの荒さでいいか?」
俺が青ネギを切っていると、バルトロはもう終わったようで刻んだカツオを見せてきた。
「うん、細かくし過ぎると身の食べ応えが減るからね。次は生姜をおろしておいてくれる?」
「わかった」
俺が頼むとバルトロはすぐに生姜をすりおろし始めた。
それから昼食の分まで青ネギを刻み、生姜をおろし終わると、ボウルにご飯、刻んだカツオ、青ネギ、生姜、炒ったゴマ、さらに少しの塩を加えてバルトロの手で豪快に混ぜてもらう。
「いいよ、いいよー。よく混ぜてね」
「……言っとくけど混ぜたら坊主も握るんだぞ」
「あ、やっぱり?」
このままバルトロが全部握ってくれないかなとか思っていたけど、やはり俺も握らないといけないか。
俺がそんなことを思っているうちに、ボウルの中では見事に混ぜられたカツオ飯が出来上がる。米粒が少し潰れるくらいのちょうどいい塩梅。
「よし、後はおにぎりの形にするだけだね」
きちんと手を洗った俺は、カツオ飯を手の平に乗せておにぎりの形へ。
手の平全てを使うように転がし、まんべんなく力を加えていく。そうして三角形になったものをお皿の上に。
「どっちが作ったおにぎりだってすぐにわかるね」
「ははは、俺と坊主じゃ手の平の大きさが違うしな」
お皿の上に乗ったおにぎりのサイズは一目瞭然。俺が作ったおにぎりの方が圧倒的に小さかった。
まあ、七歳児の手で握ったわけだし仕方がないよね。
バルトロよりも少し時間をかけながらも、俺は丁寧に握ってカツオの焼きおにぎりを作っていく。
しばらくすると、大きな皿を埋め尽くすほどのおにぎりが完成した。
「よし、これで十分でしょ」
「……いや、多分もう少しいるな」
「え? お弁当におにぎりがそんなにいる?」
この大皿に乗っているやつだけで軽く二十個以上はある。これだけあればエリノラ姉さんのお弁当分、家族の昼ご飯に使っても大丈夫そうだ。
「まず嬢ちゃんの弁当は多めに作らないといけねえ。それは料理を交換したり、振る舞ったりするからだ」
「あっ、そっか。たまにエマお姉様やシーラに分けているもんね」
ただでさえ、美味しいバルトロの料理だ。海の魚を使ったと聞いたら、エマお姉様はともかく、シーラが欲しがって仕方がないもんね。
「あれ? 仮に十五個くらい詰めても結構余っているような?」
「後ろを見てみろ」
バルトロに言われて振り向くと、入り口から顔を覗かせるミーナが……。
「そっか。メイドの賄いもあるもんね」
「まあ、そっちは後でゆっくり作ればいい」
バルトロがそう言った瞬間、ミーナがショックを受けたような表情になる。
メイドが昼食を食べるのはいつも俺達が食べ終わる後だからね。必然的にこれはお預けということになる。
「そ、そんな二個……いえ、一個でいいんです! 先に食べさせてもらえないでしょうか?」
今すぐに食べたいのか、ミーナが入り口から囁いてくる。
「とか言ってるけど、どうする?」
「……まあ、一個くらいなら別にいいんじゃねえか? 俺達もこれから味見するし」
俺が判断を委ねると、バルトロが額を掻きながら言う。
相変わらずバルトロは少しミーナに甘い気がするが、どうせ俺達も味見をするんだし、一人増えたところでついでだよね。
後でおにぎりを増産するのはバルトロだし。
「だってさ」
「あはっ! ありがとうございます!」
振り返ってそう言うと、ミーナが周囲を警戒してから輝かんばかりの表情で入ってくる。
きちんと周りを確かめる辺り、かなり慣れているな。
人というのはこういう喜びが露わになった瞬間に、油断してしまうというのに。
「坊主、出汁の方はもう十分じゃねえか?」
「そうだね。軽く煮込んで味付けするよ」
バルトロが取り皿を用意している間、俺は昆布を浸していた水を火にかけていく。
それから沸騰する直前で昆布を取り出し、みりんと薄めの醤油で軽く味付け。
小皿で味見をすると、昆布出汁の優しい味と、まろやかな醤油の味がした。
「あー、この出汁ずっと飲み続けられるや」
美味しい出汁というのは飲み物のようにスッと喉が通るな。まったく、昆布がいい仕事をしているぜ。
出汁が完成したらバルトロの用意してくれた茶碗に出汁を注ぎ込む。後は食べたい時に、ここに入れて食べればいい。
俺が出汁の用意を完成させていると、既に厨房には簡易的な椅子や飲み物が並べられて、準備万端の様子でバルトロとミーナが座っていた。
俺はサイキックで茶碗を持ち上げて、用意されて椅子に座り、茶碗をテーブルの上に置く。
「よし、それじゃあ食べようか」
「はい!」
「おう!」
俺がそう言うと、ミーナとバルトロが元気よく返事して、大皿にあるカツオの焼きおにぎりに手を伸ばす。
まだほんのりとぬくもりのあるおにぎりを手で持ち上げて、一口齧る。
口の中に広がるカツオの味と、そしてほんのりと香る生姜の風味。ご飯とカツオの相性は言わずもがな、それを程よい塩と生姜が爽やかに後押ししてくれている。
暑い夏であっても、比較的食べやすい美味しさだ。
「やっぱり、カツオとご飯はよく合いますね」
「ああ、いい塩加減してるぜ」
三人でカツオの焼きおにぎりを噛みしめている中、ミーナがふと我に返ったように口を開く。
「あっ! アルフリート様! 前に作った焼きおにぎりみたいに甘辛い醤油をつけても美味しそうじゃないですか!?」
「確かに、表面に醤油を塗って焼き上げても美味しいと思う」
「カツオは醤油とも合うしな。ちょっとそれも作ってみるか」
ミーナと俺の言葉を聞いたバルトロが、すぐに立ち上がって醤油ダレを用意し始める。
それからカツオの焼きおにぎりにタレを塗って、表面を焼き始めた。
別に、これを食べ終わった後でもいいと思うんだけど、料理人として味が気になってしまうのだろうか。
俺とミーナは醤油の焼ける香ばしい匂いを嗅ぎながら、塩味の効いたカツオの焼きおにぎりをハムハムと食べ進める。
「あー、醤油の焼ける匂いは、暴力的ですね。もう、夕方頃にこの匂いが漂うと仕事に手がつかなくて……」
「お腹が空いてる頃に、この匂いがくるときついよね」
いい匂いが漂ってくると、部屋でゴロゴロしたい気分であっても抗えなくなってダイニングルームに降りてしまうことも多い。
睡眠や怠惰も大事だけど、食事もまた大事だということだな。
そして、ちょうど俺達が一個食べ終わった頃、バルトロが醤油を塗り込んだカツオの焼きおにぎりを持ってきた。
「よし、できたぞ!」
「うわああっ! 美味しそうです!」
ミーナが笑顔で手を伸ばしたところで、俺はおにぎりの皿を遠ざける。
「あれ? ミーナは一個でいいんじゃなかったっけ?」
「ああっ! そんな意地悪しないでくださいアルフリート様。一生の頼みですから!」
おいおい、こんなところで一生の頼みを使っていいのか。
「まあ、いいじゃねえか坊主。後で俺がいくらでも作ってやるから問題ねえよ」
「ば、バルトロさん……っ!」
頼もしいバルトロの言葉に、ミーナがキラキラとした表情を浮かべる。
まるで飼い主とペットを見ているような気分だ。
まあ、いいや。俺としてはちょっとミーナをいじりたいだけであって、意地悪などするつもりじゃない
し。
素直に皿をテーブルに置くと、ミーナが掻っ攫うかのような素早さでおにぎりを取る。
「あつっ! 熱いです!」
「はは、そりゃ今焼いたばかりだからな!」
熱がるミーナを見て笑うバルトロ。
「危なかった。俺も美味しそうな香りに誘われて手を伸ばすところだった」
「ず、ズルいです。何だかいつも私だけこういう目にあっているような気が……」
それはミーナがいつも真っ先に行動するからであろう。別に俺が意図的にハメているわけではない。
十分に息を吹きかけて冷まし、俺は醤油の塗られたカツオの焼きおにぎりを一口。
焼き上げられたことにより表面はカリっとしており、中の部分はホロリと崩れる。香ばしい醤油の味とカツオがこれ以上ない程にマッチし、ゴマや青ネギが密かにそれを支えている。
「ふわぁ……こっちもいいですね。外がカリっとしてます」
「ああ、ミーナの言う通り相性が抜群だったな」
塩とカツオの相性もいいが、醤油もまた王道。
俺達はカツオの焼きおにぎりをドンドンと食べ進める。
「おっと、出汁もあるからこっちも試さないと」
「ああ! 確か出汁をかけると美味しいって言ってましたね!」
あまりの美味しさに出汁を試さずに食べ終わるところだった。
「じゃあ、ちょっと氷魔法で冷たくするよー」
「お願いしまーす」
中央に集めた出汁の入った茶碗に氷魔法を使用。凍らすのではなく、ゆっくりと冷気を当てて出汁の温度を下げていく。
それからスプーンで出汁を少し味見。
「うん、いい感じに冷たくなったよ」
「ありがとうございます! お茶碗がヒンヤリしていて気持ちいいですね!」
「相変わらず坊主の氷魔法は便利だな。氷の魔導具じゃ、冷やすのにも時間がかかるし、微調整もしずらいからな」
ふふふ、そこは氷魔法が使える者の特権というやつだな。
将来的には、誰もが使えるようになるのが一番いいんだろうけどね。
って、そんなことよりカツオの焼きおにぎりだ。
俺は食べかけのおにぎりを冷えた出汁に落とし、それを少しだけスプーンでほぐす。
冷えた出汁を吸収したおにぎりは、カリっとした表面を残しながらも、ぱっかりと身を崩した。
それをスプーンですくい、口元へと運ぶ。
口の中に広がる冷たい昆布出汁の味。その中でほろりと崩れていくカツオの焼きおにぎり。ご飯と具材がバラバラになっていく感触、しかし、味の方は昆布出汁が全て優しく包み込んでくれた。香ばしいまでの醤油の味さえも、見事に調和させている。
「「「…………」」」
厨房内では、出汁をすする音と、スプーンを動かす音だけが響き、誰も声を上げることがない。人は美味しいものを食べると言葉が出なくなる。今はそう言った状況だ。
俺も美味しいなどという当たり前の言葉は吐かずに、ただただ食べることに夢中だ。
醤油とカツオの味を楽しみながら、冷たい出汁でそれを掻き込む。
この暑い季節に、これ以上ない幸せな食事だな。
バルトロ、ミーナが同時に食べ終わり、遅れて俺が茶碗をテーブルに置く。
それからため息を吐いて、一言。
「「「……ふう、美味しかった(です)」」」
この以上、重ねる言葉などない。今日で一番感情の籠った声だった。
「今日のお弁当と昼食はこれで決まりだね」
まったく華やかでも女子らしい弁当でもないが、海の魚というコリアット村にはないブランドで誤魔化そう。というか、こんなに美味しいんだから文句は言わせない。
「ああ、早速嬢ちゃんの弁当に詰めねえとな。悪いけど坊主、こっちの鍋の出汁も冷やして水筒に詰めてくれねえか?」
「いいよ。色々作ったり試食したせいで時間もないしね」
本当ならもっと時間があったのだが、醤油で焼いたり、三人で話しながら試食したせいで結構な時間が経ってしまった。
早く弁当を用意して届けないと間に合わない時間だろう。
「あっ、お弁当に詰めるの私も手伝いますね」
バルトロとミーナが大きめの弁当箱に次々とカツオの焼きおにぎりやカツオのステーキ、彩のための野菜を入れて、俺が出汁を冷やして水筒に入れる。
「じゃあ、私がエリノラ様のところに持っていきますね!」
「あっ、ついでにこれも入れといて」
「何ですかこれ?」
「出汁とか凍らせたフルーツジュースとか冷やしタオルとか。お弁当が痛まないようにするためだよ」
夏になるとお弁当の中身が傷んだりするからね。きっちりと鮮度を保てるようにしておかないと。
「なるほど! では、行ってきますね!」
「はーい」
俺とバルトロが見送る中、ミーナはバスケットを持って厨房を出ていく。
「……坊主は何だかんだ嬢ちゃんの面倒見がいいよな。普通逆だけどよ」
「いや、そんなんじゃなくて空腹のエリノラ姉さんは、いつもより凶暴になるから繊細に扱わないとダメなんだよ」




