アルフリート=スロウレット
夢の中の白い空間で神様の魔法講義を聞いてから次の日。
さっそく俺は朝から赤ちゃんベッドの上で魔力を使ってみようと試みた。
しかし全く操作できない。
何かこう胸の辺りに暖かいもの、力があるような感じはするんだけどちっとも反応しない。
目の前(正確には自分の中)にある物に手を伸ばすと、煙のようにスッと消えていくような。
とにかくもどかしい。
神様の魔法を見たお陰で何となくはわかるんだけどなぁ。
この剣や魔法が発達した世界では、誰でも魔力を持っているそうだ。
農民から貴族や王様。
赤ちゃんから大人や老人。
その魔力量は訓練次第で増やしたり出来るのだがその人次第らしい。
初期魔力量が多い人。少ない人。
初期魔力量は多いけれど、伸びる魔力が少ない人。多い人。全く伸びない人。
本当に様々らしい。
そして魔法とは、己の中にある魔力や空気中にある魔力に働きかけて起こす力。
その魔力に働きかけるための鍵が詠唱。
その言葉は魔法文字と言う。
これをすることによって魔力が活発化し魔法が発動する。
正しく魔法文字を使って魔法陣を描けば魔力を送るだけで発動することもできる。
最近はそれを魔法陣を埋め込んだ魔導具なんかも、発達してきているらしいが。まだまだ少ないらしい。
魔法の発動にはイメージなのだが、それだけでできたら苦労はない。
魔法を使うには適切な魔力操作が求められる。水をコップ一杯のイメージをしているのに、過度な魔力や込めた魔力が少量であると魔法の効果は凄まじく落ちてしまう。
本当は魔力量が多いのに少しの魔法行使で疲労を感じたりすることはそのせいである。
流れるように魔力を通し、様々な魔法に合わせた適切な魔力量などを操作する必要があるのだ。
つまり本当に大事なのは魔力操作なのである。そしてさらにレベルを上げるものこそが魔力量ではないだろうか。
そして空間魔法を使うための魔力を増やすには、魔力を使い切ること。
そうすることによって、微量ではあるが増えていくらしい。
一くらいだろうか? そこはわからないが、それでも毎日一回使いきるだけで三百六十五か。
いや、この世界の暦が三百六十五日なのかはわからないが、塵も積もれば山となる。
しっかりと続けないと。
その魔力を使い切ることさえ今はできない。
しかし俺は生後一週間の赤ちゃん。
まだまだ時間はあるさ。
と言うが何も出来ない今の状態では、やることがないし、成長しても結局空間魔法が使えないとか……嫌だ。
ーーーーー
それから一ヶ月。
毎日母さんと父さん、たまに姉さんが俺に話しかけて来たおかげで少しずつ言葉が理解出来るようになってきた。
父さんが部屋の壁に言葉の表を飾ってくれたお陰もある。
早く言葉を覚えさせる為に、赤ちゃんのうちから言葉の形を印象付けさせようとしてるのかな?
お腹の中にいる状態から、クラシックを聴かせるようなものだろうか?
少し気が早すぎる気もしないでもないが、俺としてはとても嬉しいことだ。
「これはねー。ーーーだよー?」
にこやかに文字を指さして母さんが説明してくれるのを見て、俺が喜ぶと、母さんも嬉しくなって次々と説明してくれる。
「貴方! アルが喜んでいるわよ!」
「そうだね。アルはーーーーけれどもーーーーしたよ」
まだまだ言葉はわからないものがあるが、俺の名前はアル。らしい。
それがフルネームなのか愛称なのかはわからないが自分の名前が分かって良かった。
自分でも結構気に入っている。
赤ちゃんから家族の愛を感じることができる俺はもうすでに幸せだ。
魔力の操作も順調である。
最初は魔力を流す事が一週間もできなくて
焦ったりもしたが。
二週間目のある日を境に、今まではテコでも流れなかった魔力が少しだけ。硬くて重い蛇口を捻るようなほんの少しの魔力が流れるのを感じた。
胸からスッと流れていく魔力が感じられると、達成感のあまりに泣きそうになった。
ライトの魔法はうっすらとしか輝かないが発動はできるし。
魔力を使い切ることも出来るようになった。
良い調子だ。
ーーーーー
三ヶ月目になると、両親の言葉もついにわかるようになったので楽しい最近。
俺の名前はアルフリート=スロウレット。
母さんの名前はエルナ=スロウレット。
父さんはノルド=スロウレット。
姉さんはエリノラ=スロウレット。
そして兄さんがシルヴィオ=スロウレットだ。
スロウレット家の爵位は男爵らしいが昔の父さんの功績のお陰で、爵位は低いが貧乏では無く。それなりにいいらしい。
母さんは商人の家系らしく、魔法も少しだが使える。この前俺を喜ばす為にライトを使ったり、火の玉を出したりしていた。
優しくて細いイメージのある父さんだけど実は元冒険者。着痩せするタイプなのか、実は結構筋肉があって逞しい体をしている。
父さんはどんな功績をあげたのだろう?
適度な運動と生前の感覚のお陰かすでに寝返りをうてるようになった俺。
確か普通の赤ちゃんは寝返りは四ヶ月とか五ヶ月だったハズ。
三ヶ月と少し早いかも知れないが、そろそろ俺の両親にお披露目も近い。
ーーーーーー
『我は求める。 全てを照らし出す光を』
心の中で詠唱をして、ライトの魔法を指先から発動させる。
どんどん慣れて実力も上がれば、詠唱や精神統一する時間も減るらしい。
適度な明るさが指先から灯る。
三十秒を越えた辺りでスムーズに魔力を一定の量を流す事ができなくなったのか、明るさが落ちていく。
むー、一定の魔力量を流し続けるのは中々に難しい。
しかし、三十秒とは新記録だな。
この前は二十秒くらいが限界だったし。魔力量も増えたお陰か、三十秒だったら後七回はライトを発動できるかな?
心の中で達成感を感じていると、扉の向こうから足音がする。
父さんか母さんかな?
「失礼いたします」
ゆっくりと音を立てないように、静かに入ってきたのはメイドの格好をした女性。 年齢は二十歳くらいだろうか?
黒のワンピースに白のフリルの入ったロングスカートとエプロンが付いている。
真っ黒のサラッとした癖のない髪の毛の上にはカチューシャが付いている。
黒髪の人もいたんだぁ。なんか懐かしいな。
それにしてもメイドがいたとは。いや、一応貴族の家なんだしいるのが当たり前なものなのかな?
俺の所には一度も来たことがない気がするが。
赤ちゃんの世話は自分でしたいと思うのか、部屋の掃除とかも全部父さんや母さんがやっていたよな。
「ノルド様がお仕事の為不在となりましたので、この度エルナ様と一緒にお世話させて頂くことになりました。サーラです。よろしくお願い致します」
綺麗な動作で頭を下げるサーラさん。
あー、そう言えば昨日の夜に父さんが出かけるとか言っていた気がする。
あんまり遅くに来るともう眠くて。
それにしても生後三ヶ月ちょっとの赤ちゃんにまで頭をさげるなんて。礼儀正しいというか。
「さっそくですが、部屋のお掃除からさせて頂きます」
礼儀には礼儀を持って答えておこう。
「あいー」
「っ!? ……偶然ですよね? あまりもタイミングがよかったからびっくりしたー」
俺の声に驚いたのか、サーラさんから素の口調が出てくる。
凛とした姿から大人っぽく見えたけど、素の口調から実は十七歳とかかな?
次々と掃除をしていくサーラさん。
「失礼します。アルフリート様。お布団をお取り換え致します」
布団の交換をするために、一度布団と一緒に俺を床におくサーラさん。
チャンス!今ならドアも開いている。
サーラさんはベッドを掃除していて俺に背を向けている。いける。
このまま転がって部屋を屋敷を探検するんだ!
コロコロと転がり赤い絨毯が敷かれた廊下に飛び出る。
赤ちゃんの低い視点のせいか広く大きく見える。
おっと、扉の前にいたらすぐにバレて回収されてしまう。
続けて廊下をコロコロと転がる。
他にも掃除中なのか隣の部屋も扉が開いている。
誰もいない。椅子や机最低限あるけど随分と寂しい。空き部屋か。
次の部屋を目指してコロコロと。
あっ、階段が下に向かっている。っということはここは二階か。
空き部屋の隣の部屋を覗くと、部屋には少し良さげな机と、棚には本がギッシリとって程ではないけど、本が並んでいる。
ここは書斎みたいなものかな? 本に興味はあるけれど、まだ届かないな。小さな椅子でも使えば届きそうだ。
よし、次の部屋にいこう。
「あれっ? アルフリート様がいない!? どこ!?」
俺の部屋からサーラさんの驚いた声が聞こえる。
まずい回収されてしまう!
どうしようか悩んでいると階段から足音が聞こえる。
「よいしょ、よいしょっと。ふうー、水は重いからもう大変。……あ」
「あう……」
階段を上がってきた茶髪のメイドとバッチし目が合ってしまった。
終わった。俺の冒険。
「ええええ!? アルフリート様!?」
「え!? もしかしてメルさん、そっちにアルフリート様がいます?」
俺の部屋からサーラさんがやってくる。
「え? ええ、書斎の部屋にいるわよ」
「……いつのまに」
「サーラ。あなたアルフリート様の部屋の掃除じゃ無かったの?」
「それが、ベッドの掃除の時に、少し目を離してしまい……」
サーラ小さくなる言葉きいて、溜め息を漏らすメル。
「もー、私達の中で乳児を育てた経験が一番多いからサーラに任せたのに。しっかりしてよね」
「はい、すいません。……うー、どうやってこんな所に」
「はいはいするにも、まだ早いわよね」
「「……一体どうやって?」」
ーーーーーー
夜
「奥様。アルフリート様のことでご報告があります」
「あらどうしたの?」
「本日私が目を離した隙に、アルフリート様がいつのまにか書斎に移動しておりました」
「あら~? もうはいはいが出来るようになったのかしら?」
「それは早すぎるかと」
「さっきも見たけど特に異常は無かったわよね~。これからはより注意して見てみましょう」
「はい」