それでもちょっとはだらけたい
「で、貴様、今日はどうするんだ?」
軽食としてサバの香草焼きと、エビサラダパンを食べているとエリックが尋ねてきた。
「屋敷でゴロゴロしよーかなって」
「ず、ずっとか?」
「んー、少しくらい散歩しようかなと思うけど、基本的には屋敷でゆっくりしていたい」
「……貴様からすれば旅行先であるというのに、随分と勿体ないことをするのだな。シルヴィオ殿は船に、エリノラ嬢は姉上と稽古をしに行っているのだぞ?」
それは転移魔法がなければの話であるので、いつでも来れる俺はそうは思わない。
というかエリノラ姉さん、連日で稽古をしたというのにまた稽古をしているのか。どれだけ体力が有り余っているのやら。
「わかっていないなエリックは。いつもと違う旅行先だからこそ、ゆっくりするんだよ。海辺の屋敷でリラックスしながら穏やかな時間を送る。とても素敵だと思わないかい?」
「ん? ゆっくりって屋敷にいるだけでは退屈ではないか? 一体何をするのだ?」
「ベッドの上でゴロゴロしたり、窓から海を眺めたり、ボーっとソファーの上で座っていたり」
「……何が楽しいのかさっぱりわからん」
俺が具体例を上げて説明をするも、エリックにはピンとこないらしく首を傾げる。
「何だと? 海という常に形が変わり続けるものを永遠に窓から眺めることができるのだぞ? そんなものがあれば、一日中波を観察したり、海風に耳を澄ませたりと楽しく時間を過ごせるじゃないか」
「ふざけるな。それだけで一日を過ごすなど、もはや拷問ではないか」
人の楽しみを拷問扱いとは酷いな。
「ふっ、エリックにはまだ早いか」
「俺と貴様は同い年だろうに」
「正直、アルフリート様の感性は田舎のお爺ちゃんみたいな感じがします」
俺が前髪をフッと払って言うと、エリックとミーナが突っ込んできた。
田舎のお爺ちゃんみたいとは酷いな。俺はまだそこまで枯れていない。
「フン、せっかくだから村に行って、土産になるものを案内してやろうと思ったのだがな」
これはエリックなりに一緒に外に行こうと誘っている言葉なのだろうか。確か王都の時も同じような切り口で誘われた気がする。
でも、思えば俺は浜辺ばっかり行って、村の方には一度も行っていなかったな。初日にラルゴさんをはじめとする護衛に囲まれながら馬車で通っただけだ。
今日は無性に屋敷に籠っていたい気分だったが、ちょっと外に興味が出てきたな。
「お、お土産! アルフリート様! 私、村に行ってお土産を買いたいです! というかちゃんと買ってこないと家族とサーラさんやメルさんに怒られます!」
まあ、ミーナはメイドである以上、俺が屋敷にいる限りは付きっ切りで世話をしないとダメだからな。
「そうだね。じゃあ、村の方に行こうか」
「は、はい!」
「では、早速準備を――」
「いや、後二時間くらい休んでからにしよう」
立ち上がって準備をしようとするエリックに言い放つと、エリックは微妙な表情をして椅子に座り込んだ。
「……貴様という奴は、本当にマイペースなのだな」
俺のことを徐々にわかってくれたようで何よりだ。
◆
軽食を食べて、二時間ほど屋敷でゆっくりと休むと、俺とエリックとミーナは村に向かうことになった。
「ふはぁ……アルフリート様が外に出てくれたお陰で、ようやくお仕事から解放されました!」
屋敷から外に出るなりミーナが伸びをしながら気持ちよさそうに言う。
その表情はとても晴れやかで仕事から解放されたサラリーマンのようだ。
実はお土産云々よりも、仕事から解放されたかったんじゃと思ったが、その気持ちはよくわかるので追求しないであげた。
俺も前世ではデスク作業が嫌で、外回りに逃げたことが何回もあったし。
「やっぱり外に出ると潮の匂いが強く感じられるね」
「はい、最初は少し違和感がありましたけど、徐々に慣れてきました」
まあ、俺達コリアット民は山や畑、川に囲まれて育つからな。
潮の香りが常に漂っている空気に違和感を覚えてしまうことだろう。
「ちょっと空気に癖があるけど、夜に聞こえる波音とか涼しい海風とか、いいところがたくさんあるよ」
「そうですね。夜に窓を開けておくと涼しげな波の音のお陰か、ぐっすりと寝られましたし海もいいものです」
「では、行くか」
俺とミーナがそのような会話をしていると、エリックは少し嬉しそうな顔をしながら歩き出した。
ちょっと村のことを褒められて嬉しかったのだろうな。
俺とミーナは微笑ましく思いながら、エリックの後ろについていく。
「何だか浜辺の方に向かわないと落ち着かないね」
「それは私もわかります」
俺達が歩いている道は、昨日まで向かっていた浜辺の道とは反対側。
たった三日しか使っていなかったというのに、浜辺の方に向かわないと落ち着かないと思ってしまう身体になっている。
これが連日の稽古の恐ろしさか……。
「まあ、俺も普段はそっちに行く用事の方が多いからわからないでもないな」
「お前、友達ほとんどいないもんな」
「そ、そういう理由ではない! 単に稽古をしていることが多いだけだ!」
俺が憐みを込めて言ってやると、エリックが妙に動揺しながら言う。
その態度で全てが察せるというもの。
「そうかそうか。今日はこの間仲良くなったトルネルとクイナに会いに行こうな?」
俺がエリックの肩に手を置いて言うと、エリックがそれを跳ねのける。
「その上から目線の態度は無性にムカつくからやめろ」
とかいいつつも、その横顔を伺うにちょっと嬉しそう。
そこをからかいたいところであるが、そうするとエリックが本当に拗ねてしまうためにこれ以上は何も言わないことにする。
そうやって何げない会話をしながら歩くことしばらく、ベルンの村にたどり着いた。
ベルンの村には港町エスポートと同じように、白いコンクリートみたいな素材で固められており、それらがいくつも並んでいた。
「ふわぁ、馬車から見た時も思いましたが、家が白いんですね」
「ここは海と近く潮風があるからな。普通の木材などで建ててしまうと崩れやすくなってしまうのだ」
やはり俺の予想通り、潮風に強い素材でできているようだ。
「へー、そうなんですね。あっ、結構肌触りはいいですよ」
ミーナの言葉を聞いて、好奇心が出た俺は同じようにすっと壁を指でなぞる。
確かに肌触りは良いが、ほんのりと白い粉みたいなものがついたな。
まるで石灰でも触ったかのようだ。
「あんまり素手で触ると肌が痒くなるぞ」
「「うえええっ!?」」
エリックの言葉を聞いて、思いっきり素手で触ってしまった俺とミーナはうろたえる。
とりあえず手で払おうと考えるが、それでは付着した部分が広がってしまう。
それに気付いた俺は水魔法で水球を発動して、そこに手を突っ込んでジャブジャブと洗った。
「あ、アルフリート様! 私の分もお願いします! 早くしないと手が痒く……っ!」
すると、ミーナが焦った声を上げながら手を差しだしてくるので、同じように水球を。
ミーナはそこに手を突っ込むと同じように粉を落とした。
「ふう、これだけ洗えば大丈夫だろ」
「そうですね!」
「くっくっくっく……」
俺とミーナがホッと息を吐いていると、視界の端でエリックが笑い声を漏らしているのに気が付いた。
そんなエリックの様子を見て、俺とミーナは全てを悟る。
「お前、まさか……」
「ああ、嘘だ。別に触っても白い粉が付くだけで痒くなったりはしない」
こいつ、こっちの知識が不十分なことをいいことに騙しやがった。
ちくしょう、悔しい! でも、俺が逆の立場だったら絶対にやるな。
「お前、次コリアット村に来た時は覚えていろよ?」
「フン、精々楽しみにしておこう」
俺がそう言うも、エリックは何故か余裕の笑みを浮かべていた。




