穏やかな昼前
コンコンコンと軽快な扉のノックで、俺は目が覚めた。
とりあえずベッドから上体を起こして欠伸をする。それから呑気に瞼を擦っていると、再び扉がコンコンと鳴り、
「アルフリート様、ミーナです! そろそろ起きてくださーい! もう昼前ですよー」
廊下からそんなミーナの声が聞こえてきた。
今日は自由なのでエリックの屋敷でいくら寝ていようが問題ない。ここは無視して丁重に帰ってもらおう。
「あ、あの、そろそろ健康的に起きた方がいいと思いますがー」
俺が狸寝入りをしていると思っているのか、ミーナがなおも言葉をかけてくる。
おかしい。ミーナはそんなメイドの鏡みたいなことを言わないはずだ。そういうのはサーラの担当。
きっとミーナには俺が寝室から出ることによって、何かしら楽ができる要素があるに違いないな。
「まだ朝ご飯を食べていませんよね? 大部屋に軽食を用意しますよ?」
む、確かに俺は朝早く起きて二度寝したせいか何も食べていない。正直、今も空腹を感じている。お腹が空いていては眠ることもままならない。
だが、ミーナの思惑通りに進むのは少し癪だ。
「んー、じゃあ、ここに軽食を持ってきてー」
これなら移動せずに済むし、部屋で軽食を食べたらすぐに三度寝に入ることができる。
ふふふ、旅行の滞在先でゆっくり引きこもるのが最高なのだよ。
別に俺は転移でいつでも一瞬でこれるので、せっかくきたからといって焦って外で遊ぶこともない。思うままに今やりたいこことやるだけだ。
「あ、やっぱり起きてたんですね! でも、えーっと、ここは人様のお屋敷なので寝室で軽食はちょっと……」
「急に何言ってんの? エリック達がそんなこと気にするわけないじゃん」
むしろ、昨日とか疲れているなら寝室か大部屋で、各自食事を済ませても大丈夫だと言っていたくらいだ。そんな一家が、寝室で軽食を食べたくらいで怒るはずがないだろう。
ミーナは、そのような嘘までついて俺を部屋から出したいのだろうか。
俺が心の中でちょっと呆れていると、ミーナがこっそりと扉から顔を出してくる。
「あの、アルフリート様。ちょっと入っていいですか?」
「うん? いいけど」
俺が許可すると、ミーナは寝室へ入ってきて近づいてくる。
ミーナの雰囲気から察するに、ロクでもない理由で俺を寝室から出したい訳ではないようだ。
「あの、実はずっと前からエリック様が廊下をうろついているんです」
「エリックが?」
気になって扉から廊下を覗いてみると、廊下の奥の方でエリックらしき人物が慌てて物陰に隠れるのが見えた。
「……何やってんだあいつは?」
「今朝からアルフリート様の部屋を気にしているので、多分アルフリート様と遊びたいんじゃないでしょうか? ほら、今日は一日自由ですし」
「俺と遊びたい? それなら普通に誘ってくれば――」
そう言いかけて俺はふと気付く。それが自然にできれば友達が少ないなんて事態にはなっていないと。
まあ、俺が寝ていたせいで誘い難かったってこともあるだろうけど、今さら気にしなくていいのに。
俺が逆の立場だったら、メイドさんに頼んで起こしてもうか、直接乗り込むか。
以前ならば前者だったが、悪友認定した今では遠慮なく後者だ。遠慮せずに起こしてやるね。
「王都で一緒に劇を観に行く時は、向こうから誘ってきたのに」
エリックからすれば、あの時は結構な勇気を出して誘っていたりするんだろうか。
それはそれで微笑ましくあり、嬉しいのだがそんなんでアレイシアさんにアタックできるのか甚だ疑問ではある。
「仲良くなったからこそ、気軽に誘いづらくなったんじゃないですかね?」
まあ、エリックは俺をライバルのような位置に仕立て上げようとしている節があるからな。
「ったく、しょうがないなー」
「行くんですね! アルフリート様!」
「いや、軽食は抜いて三度寝することにするよ」
俺が扉から離れて、ベッドへ戻ろうとするとミーナが慌てて肩を掴んでくる。
「ちょっ、アルフリート様、それはエリック様が可哀想ですよ! ほら、ここは大部屋に向かって、それとない感じで会ってあげましょう?」
「えー、俺ってば連日の稽古で疲れてるから、今日くらいは一日屋敷でゆっくりしていたいんだけど。働いているミーナならこの気持ちわかるでしょ?」
「むむ、それは確かに。私もお休みを貰った時は、家の中で何もせずにゆっくりと――って、何でアルフリート様がわかるんです?」
「……俺は相手の気持ちを思いやれるから」
「だったら、エリック様の気持ちも思いやってあげましょうよ」
ミーナにしてはまったくもって正論だった。
正直、エリックと会うと外に連れ出される可能性があるので、このまま三度寝をしたいのだが、同じ屋敷にいる以上限界はあるだろう。
お腹だって空いているし、とりあえず俺はミーナに連れられて大部屋へと入る。
「とりあえず紅茶ちょうだい」
「わかりました!」
とりあえず、目覚めの一杯とばかりに紅茶を頼むと、ミーナが慣れた手つきで用意をし始める。
室内ではミーナが紅茶を注ぐ音が聞こえ、空いている窓から涼しい風が入り込み、白いカーテンがふわりと揺れる。
今日の天気は快晴なようで窓の傍にあるソファーには日差しが差し込んでいた。
「うん、いい朝だね」
「もう昼ですけどね。はい、紅茶です」
俺がボーっとしながら呟くと、ミーナが微かに笑いながら紅茶を差し出してきた。
俺はティーカップを持ち上げて、ロイヤルフィードの香りを堪能してから、少しだけ口に含む。
まろやかなロイヤルフィードの風味が突き抜ける。舌の上でそれを味わいながら飲み込むと胃の中に温かいものじんわりと広がっていく。
寝起きの一杯はやはり格別だな。もう、ずっと飲んでいるせいか、これがないと一日が始まらないような感じだな。
ロイヤルフィードの味を噛みしめながら、もう一口飲もうとすると、
「アルフリート、俺だ! 入ってもいいか?」
扉の方から朝のゆっくりとした時間を邪魔するノックと声が響いた。まるで今さっき来たとでも言うような雰囲気だが、ずっと待っていたらしいことを俺は知っている。
「「…………」」
「お、おい!? 貴様がここにいるのは知っているのだぞ!? つい、さっきまでメイドと会話をしていたではないか!?」
とりあえず無視してだんまりを決め込んでいると、エリックが吠え始めた。
「もう、朝からうるさいな。わかったから入っていいよ」
俺が諦めて言うと、エリックが「いや、もう昼ではないか」などと呟きながら入ってくる。
どうも昼前に起きたせいか、まだ朝という感覚が抜けないな。
「俺にも紅茶を頼む」
「すぐにご用意できるのはロイヤルフィードしかございませんが、よろしいですか?」
「ああ、構わん――ロイヤルフィードだと!? ……コホン、それでいい」
「かしこまりました」
最初は飲み物なんてどうでもよさそうにしていたのに、ロイヤルフィードとなると目の色を変えたな。わかりやすい奴だ。
「お、おい、貴様の家ではいつもロイヤルフィードを飲んでいるのか?」
「うん、うちはエルナ母さんが紅茶好きでうるさいから」
「う、羨ましい。あのような高級品を毎日のように飲めるとは……」
エリックがそう言うのも無理はない。俺も王都で値段を見た時は驚いた。
貴族ならば、勿論買えない値段ではないが、それを毎日の飲めるほど継続的に買うとなるとかなりの金貨が飛んでいくこととなるからな。
もっとも、そんなものを気にすれば楽しめなくなるので、俺はお金に関しては気にしないことにしてい
る。
「どうぞ」
「おお!」
ミーナが差し出すと、エリックは早速ティーカップを手に取って香りを堪能し始めた。
「うむ、なんと心地良い香りだ。香り高くあるが決して癖は強くない。高級茶葉と呼ばれるに相応しい香りだ」
エリックはそのように丁寧なコメントを述べると、ゆっくりと一口。
「……うむ、美味い。俺が過去に飲んだ時よりも、しっかりとした香りと味が出ている。給仕するメイドの腕がいいな」
「うう、わかってくれますかエリック様! スロウレット家のメイドとして働くには、雑務をこなせることは勿論ですが、何より紅茶を淹れる腕が重要なのです! これができないと永遠に紅茶を淹れる練習をするはめに……」
エリックの言葉を貰って嬉しかたのか、ミーナが感激するような泣いたような声を上げる。
「わかる。俺も何回も練習したから」
「貴様もか。とはいえ、これほどの味を引き出せるまで練習をさせられるとは、穏やかな両親の割に意外と厳しいところがあるのだな」
「うちは緩いところは緩いけど、締めるところは締めるから」
「まあ、そこはうちも似たようなものだな」
逆に言えば、締めるところはしっかりとやれば怒られたりしない。
そこさえ把握できていれば、かなり自由なのでうちの家風は大好きだ。
それはともかく、紅茶も飲んで落ち着いたことだし、そろそろ軽食を食べたい。
「あ、ミーナ。軽食を持ってきてくれる?」
「わかりました。エリック様にも何かお持ちしましょうか?」
「俺は朝食を食べたし、ロイヤルフィードを飲めれば十分だ」
「そうですか。では、取ってきますね」
ミーナがとあることを教えずに部屋を出ていこうとするので、俺は大部屋へと連れてこられた仕返しとして一言。
「ロイヤルフィードとうちのクッキーはよく合うよ」
「む、そうか。ロイヤルフィードがもっと美味しく楽しめるなら、悪いがそれをお願いしたい」
「え、えっと、クッキーは昨日でなくなって――」
ふっ、クッキー好きなミーナが帰りの旅路の分を残しておかない訳がない。それに俺はミーナが小さな木箱を隠すところを目撃している。あれは間違いなくクッキーだ。
「うん? 確か馬車の中に備えがあったはずだよね?」
「うっ、どうし――そ、そうでしたね。取ってきます」
どうしてと叫びそうになったミーナだが、エリックがいる手前かしっかりと堪えて、どこか悲しそうに出ていった。
まあ、帰り道にマジックと称して、適当にクッキーをあげるから許してくれ。




