開幕の攻撃
エリノラ姉さんと魔法の模擬戦闘をやることになった俺は、浜辺でエリノラ姉さんと距離を開けて向き合っていた。
エリノラ姉さんの隣には監督役としてかノルド父さんがついている。何やら話し合っているようだけどアドバイスでも貰っているのだろうか。
一方、俺の隣にはエルナ母さんがいるけど、あっちとは違ってこちらはアドバイスをあんまりするつもりがなさそう。
雪合戦や水のかけ合い、屋敷での鬼ごっこなどと遊びで魔法を使うことや、魔物に向けて放つことはあったが、戦闘形式で人に使うことは初めてなのだが……。
「魔法の模擬戦闘だから魔法を撃ち合うんだよね?」
「基本的にそうよ」
俺がおずおずと尋ねると、エルナ母さんが非常に不安のある言葉を返してくる。
「基本的にって、魔法以外もありそうな響きなんだけど……」
「相手がアルみたいな純粋な魔法使いタイプだったらそうだけど、エリノラはどう見ても違うでしょ? 魔法を補助にしながら剣で戦うタイプだわ」
全くもってその通り。エリノラ姉さんが純粋な魔法使いな訳がない。
「……ということは、身体強化とか飛んでくる非常識な斬撃も含まれるってこと?」
身体強化ならまだしも、あの海すらも割ってしまう斬撃は非常に困る。
エリノラ姉さんの斬撃は洒落にならない威力だ。言っちゃ悪いけど、もうシルヴィオ兄さんの風の刃とは比べものにならない。
「安心しなさい。そこはちゃんと言い聞かせてあるわ。最初は魔法を主体にしながら戦うわ」
「最初は?」
「……途中から身体強化とか使ったり、斬撃が飛んでくるわね」
「えー、やだよー」
「そうしないとエリノラがアルに魔法で張り合えるわけないでしょ?」
いやいや、エリノラ姉さんは身体強化を使わずとも俺を凌駕するから。きっと張り合えるから。
「まあ、対人戦の練習のようなものだから気楽にやってみなさい。これは相手の魔法や攻撃に対して、どんな対処をするか経験を積むようなものだから」
「その最初の経験としてエリノラ姉さんっていうのが、俺はおかしいと思うんだけど……」
エリックやルーナさんを見る限り、普通の人はあそこまで強くないよね? 魔法だって斬ってこないよね?
「大丈夫よ。それは向こうとしても同じだから」
そんなバカな。こっちはゴブリン相手にしか実戦経験はないんだよ? 普段から自警団に混ざって森で魔物を退治したり、騎士団の演習に混ざっているエリノラ姉さんと同等なはずがないじゃないか。
得意の転移魔法もバレたら面倒なことになるので使えないし。
「危ないことがあったら、私やノルドが本気でとめるから心配しなくていいわ。頑張りなさい」
俺が抗議するような視線を送るも、エルナ母さんは特に意に介さずに背中をポンと叩いた。
「危なくなったら助けてよ? すぐにだよ?」
「はいはい。そんなことは多分起きないから安心なさい」
俺が念を押すように言うも、エルナ母さんは適当に返事をして距離をとる。
魔法を使った模擬戦闘だよ? 木剣を撃ち合う稽古とは危険が段違いなんだから、もっと真剣に捉えて欲しいんだけど……。
呑気なエルナ母さんから視線を切った俺は前を向く。すると、向こうは準備が整っているのか既に準備万端な模様。
よかった。木剣を構えていないや。最初はちゃんと魔法で戦ってくれるのだろう。
そのことに安心してホッと息を吐く。
さて、どうするか。
エリノラ姉さんの使える属性は火。多分、火球を飛ばしたり、炎を指向性なしでぶっ放したりできる程度であろう。
俺がアドバイスした投球法により、コントロールは伸びたものの飛距離や発動速度といった部分は大して変わっていないはず。
近付いてもいいことなど微塵もないし、ここはひたすらに距離をとって魔法を撃ちまくることが大事かな。
「それじゃあ、準備はいい?」
戦術を考えていると、エルナ母さんから確認の声が飛んでくる。
それに俺とエリノラ姉さんはこくりと頷くことで了承。
「じゃあ、始め!」
「『我は求める 燃えさかる炎よ……』」
エルナ母さんの開始の声と共に上がるエリノラ姉さんの詠唱。
最初は魔法主体で戦ってくれることは本当らしく、ちゃんと魔法を使おうとしている。
とはいえ、俺のように無詠唱というわけでもない。
こうやってエリノラ姉さんが集中して言葉を紡いでいる間に、こちらはいくつもの選択肢をとることができる。
本当なら転移やシールドで上空に逃げて、一方的に魔法を食らわしてやりたいところだけど、それはやりすぎな気がする。
うん、妥協案として覚えたばかりの土魔法で距離を取ることにしよう。
俺は土魔法を発動して、足下にある砂を後ろへと移動させる。
俺は突っ立っているだけであるが、砂が勝手に動いてくれるのでズンズンと下がってくれる。
「ちょ、ちょっと……」
「……あ、ごめん」
距離をとるように移動すると、後ろにエルナ母さんがいたのか驚きの声を上げながら退いてくれた。
なんか表情が引きつっていたけど気にしない。俺はただ魔法を使って優位な位置に移動しているだけだ。
「『集いて球となれ』」
エリノラ姉さんの詠唱が終わり、手の平に火球が生み出されている頃、俺達の距離は軽く四十メートルは空いていた。
「よし、あれ?」
魔法を発動するのに集中してよく見ていなかったのか、エリノラ姉さんが今頃素っ頓狂な声を上げる。
「ちょっと! どこまで逃げてるのよ! 戦う気あんの!?」
その質問としての答えは「ない」としか言えない。
とはいえ、俺は転移魔法を使って色々な場所に行くこともある。その時には不慮の事故で魔物に遭遇したり、盗賊で襲われたりするかもしれない。
転移魔法を使えば一瞬で逃げて解決となるのだが、それだけでは上手くいかないのが世の中。万が一のために生き残る手段は多ければ多いほどいい。
とりあえず、戦うという気概ではないけどエルナ母さんの言うように経験を積むというくらいでいいだろう。
「これも立派な戦術だよ」
「なんて? 聞こえないわよ!」
俺が意図を話すも距離が離れているせいか、エリノラ姉さんにまったく聞こえないようだ。逆にエリノラ姉さんの声は凄く聞こえる。昔からエリノラ姉さんの声は通りがよかったな。これも一種のカリスマというやつだろう。
とはいえ、いちいち聞こえるように大声で叫ぶのも面倒なので黙秘。
エリノラ姉さんがちょっとイラついた表情をすると、腕を大きく振りかぶった。
「えっ、そこから投げるの?」
俺が驚きの声を上げていると、エリノラ姉さんはピッチャーのような身体を大きく使う投球フォームで火球を投げつけてきた。
エリノラ姉さんから放たれた火球が、腕から離れてグングンと突き進んでくる。
魔法っていうのは遠ければ遠いほどイメージも曖昧になって、威力も減衰するもの。
エリノラ姉さんの実力では、ここまで届くとは全く思えない。思えないのだが、馬鹿力のエリノラ姉さんなら腕力に物を言わせて届かせる気がする。
確信のようなものを抱いた俺は念のためにシールドを展開。
そうしてジーッと飛んでくる火球を見つめていると、驚くことに火球がシールドにぶち当たった。
小さな爆発を起こして火の粉をまき散らす火球。しかし、その熱や爆発といったものは全て無魔法のシールドが防いでくれたので無傷。
煙が晴れたその向こうでは、エリノラ姉さんが不満そうな顔をしていた。
まさか、腕力で無理矢理ここまで飛ばすとは……魔法って、そんな滅茶苦茶だったっけ?




