夢の平面エスカレーター
エルナ母さんから課題を貰った俺は、三十個もの水球、しかもそれぞれがバラバラの大きさのものを操作する。
最初は全ての水球の大きさが違うということでサイズ感に戸惑い苦戦していた俺だが、それぞれの水球の大きさの魔力量さえ把握さえできれば、それほど難しいことではなかった。
魔力による配分で大きささえわかれば、サイズの違いや維持に戸惑う事はない。
一個一個綿密調節するよりも、自分の中での魔力の値を弾き出して大きさを決めてしまった方が楽だろ
う?
お陰で今では目を瞑っていても自分の流した魔力で水球の大きさを当てることができる。こうなれば、いつものように水球を操作するのと変わらない。
だけど、エルナ母さんがくれた課題のお陰で自分の流した魔力の把握と繊細なコントロール力が身に付いたな。
これならエリノラ姉さんとの雪合戦での戦術の幅も広がるかもしれない。
俺が水球を空中で考えていると、後方からエルナ母さんが近付いてきた。
「アル、調子は…………」
「あっ、エルナ母さん。コツを掴んだら大分動かすのが滑らかになってきたよ」
俺は稽古の成果を示すべく、空中に浮かべている三十個の水球を滑らかに引き寄せる。
きちんとそれぞれの大きさが別々であることを見せるように、エルナ母さんの視線の前を通過させるとまた一気に上昇させて、円の形にしてみたり広げてまた戻したりとした。
それが終わると今度は水球の大きさを極端に変化させて、エルナ母さんが指示するランダム型の大きさにした。
それでも宙に浮かぶ水球はどれ一つとして崩れる事なく、優雅に舞ってみせた。
「どう? 課題はバッチリ?」
「……え、ええ、そうね。問題はなさそうね。ちなみにどう考えて実践したか聞いてみてもいいかしら?」
エルナ母さんが確認するように尋ねてくるので、俺は水球の大きさを調節するのではなく、その大きさに合う魔力量を正確に把握し、正しく放出することで楽に発動できると思ったことを伝えた。
「……確かにそうすれば一個を細かく管理するよりも正確に発動できるわね」
「これだけの数でバラバラの大きさだと操作するのも面倒くさいからね。やっぱり魔法は楽できるように考えないと」
前世でのプログラミングも同じような要領だった。
俺の魔法の考え方にはまだまだ無駄があるかもしれないが、常に楽をする気持ちを持つことで向上させるべきだな。
「そ、そうね。魔法は楽に使えてこそよね」
「うんうん、そろそろ休憩していい?」
エルナ母さんと自然に雑談している流れで、俺はさらりと休憩をねだってみる。
勿論、この程度の魔力操作で疲れたりはしないが、クソ暑い中ずっと太陽の当たる場所にいるのはしんどい。
「いいけど軽く休憩したら、戻ってきてルーナさんを教えてあげてちょうだい」
「ええー? 教えるのはエルナ母さんの務めでしょ?」
どうして生徒である俺が、他の生徒の面倒を見なければならないのか。
それは先生役であるエルナ母さんの職務怠慢なのでは?
「ルーナさんは扱う属性が土魔法なのよ。私は土魔法の適性がないし教えにくいけど、アルは土魔法が大の得意でしょ?」
あー、全属性を持っている俺にはよくわからないけど、自分が使えない属性の魔法を教えろと言われても難しいだろうな。
日本語しかできないのに、英語を教えろと言われているようなものか。
「まあ、得意な方だとは思うけど……」
「他人に教えるのも勉強のうちよ。剣の稽古ではルーナさんに教えてもらっていたのだし、魔法ではアルがお返ししてあげなさい」
言い淀む俺を気にすることなく、エルナ母さんはそう言うとエリックの方に向かう。
まあ、剣の稽古ではルーナさんは比較的俺に優しく相手してくれた。どこかの姉とは違って、大人げなく本気を出したりしないし、どこがどう悪いのかも教えてくれた。
そのためのお返しとして今度は俺が少し魔法を教えてあげるか。
そう思いながら俺は暑さを軽減させるために氷魔法を発動。
涼やかな空気に包まれながら日陰で待機しているミーナの下へと戻る。
「あれ? アルフリート様、休憩ですか?」
「うん、ちょっとだけね。レモン水くれる?」
「はい、わかりました!」
俺がレモン水を頼むと、ミーナは即座に鞄から水筒を取り出す。
待っている間に、よっこいしょと腰を下ろすとシートの上に座っているナターシャさんから視線が向けられているのを感じた。
「……な、何か?」
「や、やっぱりアルフリート君もエルナ様の子供なんですね」
またか。エーガルさんといいナターシャさんといい、俺のことを何だと思っていたのか。
◆
「……アル君、土魔法を教えて」
レモン水をチビチビと飲みながら日陰であるシートの上で座っていると、ルーナさんがやってきてそう言った。
どうやら、これ以上は俺に教えてもらえとのお達しをエルナ母さんから言われたのだろう。
とはいえ、俺もまだ休憩したばかり。座ったばかりですぐに立ち上がる気にもなれない。
「まあ、まずはルーナさんも休憩を――」
「……私は大丈夫。時間は有限。早く私に土魔法のコツを教えてほしい」
ルーナさんにも同じように休憩を勧めてみるが、あっさりと拒否された。
時間は有限。何という意識の高い言葉であろうか。
「そういえば、ミスフィリト城を土魔法で作ったのはアルフリート君でしたね! どうかルーナに土魔法のコツを教えてあげてください」
さらにはすぐ傍からナターシャさんの援護射撃。
ここまで言われては、休憩してからなどと呑気なことは言えない。
狙ってやったのだろうか。そうだとしたらかなりの策士だ。
「わかりました。それじゃあ、始めるとしますか」
レモン水を飲み干した俺は仕方なく立ち上がって、再び太陽の熱が差し込む砂地へと舞い戻る。
「えっと、まずはどの程度土魔法ができるか知りたいので、簡単にできる魔法を見せてもらえますか?」
「……わかった。それと別に丁寧語じゃなくていい」
「あ、そう?」
別にルーナさんが気にしないのならば、そのままの口調で説明させてもらうとしよう。
正直説明の時までずっと丁寧語で喋るのは面倒臭い。
ルーナさんは、俺から離れると海に向けて手をかざす。
「『我は求める 大地よ 隆起して土弾となせ』」
ルーナさんの涼やかな声が響くと、地面にあった柔らかい土が隆起して土の塊となる。
しかし、それは魔力の圧縮が上手くいっていないのか形はかなり歪で、ぽろぽろと土が崩れていた。
それでもルーナさんは何とか空中へと持ち上げて、真っ直ぐに海へと発射する。
両手で抱える程の大きさの石弾がひゅーんと飛んで、十メートル先くらいで飛沫を上げる。
「距離や大きさ的に今ので限界?」
「……これ以上はちょっと難しい」
なるほど、土弾を飛ばすことに関してはこれくらいが限界か。
「他にはどんなことができる?」
俺が尋ねると、ルーナさんは屈んで地面に手をつける。
「『我は求める 大地よ 隆起して土壁となれ』」
すると、ルーナさんの前に四角形の土壁が作られた。
さっきの土弾に比べると発動速度も速く、大の大人をすっぽりと隠してしまえる大きさだ。
とはいえ、その土壁は魔力の練りがしっかりと浸透しておらず圧縮も悪いので、硬度差がハッキリとわかる。
俺が身体強化して魔力の練りが甘い脆い箇所を殴ると、あっさりと欠けてしまった。
「……あっ」
「ちょっと魔力の練りが甘かったね。身体強化で殴ると欠けちゃった」
さすがに身体強化無しの腕力で壊されては自信を喪失しかねないので、きちんと説明しておいた。
「他には?」
「……ラズール王国で習った、砂の操作」
気を取り直して尋ねると、ルーナさんが興味深い事を言う。
ラズール王国で習った土魔法とは、どのようなものだろう。好奇心に胸を膨らませながら、俺は精神を集中させるルーナさんを見守る。
「『我は求める 大地に存在する砂よ 我が意のままに』」
呪文を詠唱すると、ルーナさんの足下にある砂が蠢いた。
そう思った瞬間ズオオオオという音を立てて、ルーナさんが足を動かすことなく勝手に移動した。
砂の上に乗っているルーナさんは砂の上に乗っているだけ。砂が勝手に移動して、その上に立っているルーナさんを真っ直ぐに運んでくれている。
「……こ、これはまさか! ……平面エスカレーター!」
誰もが一度は夢見る。歩くのが面倒臭すぎるが故に、地上に存在する地面が平面のエスカレーターにならないかと。
その怠惰さから生まれた夢が目の前で実現されている!
何ということだろうか。科学のかなり発達した前世でもできないというのに。
これほどの感動は久し振りだ。まさか異世界にきて、この平面エスカレーターを見ることになるとは。
気が付けば俺は、土魔法を解除したルーナさんの下へと駆け寄っていた。
「す、すごい! ルーナさん、これは凄いよ!」
「……そ、そう? アル君ほどの魔法使いに褒められると少し嬉しい」
さっきまで俺の反応が薄かったせいだろうか。ルーナさんが嬉しそうにはにかんだ。
この人、あんまり表情は動かないせいか時折見せる笑顔は綺麗だな。
いや、今は笑顔よりも魔法だ。
「すごいね。ラズール王国ではこんな魔法の使い方がされているの? これさえあれば、魔法使いは歩く必要がないじゃん!」
魔法使いが歩かなくなって足腰弱くなるの待ったなしだな!
「……さすがにこれは魔力の消費が激しいからずっとはできない。あくまで砂漠での戦闘用。この魔法は柔らかい砂がある場所じゃないとできないから」
確かに砂全体を動かすのは結構魔力を食うし、柔らかい砂自体がないと無理だな。
コリアット村の道とかでやろうとすると、土を一旦細かくくだいて砂状にして進んでいかなければならない。俺の魔力を以ってすれば不可能ではないが、村人に迷惑をかけるしノルド父さんに怒られるだろうな。
広大な砂漠が広がっているからこそ、それを利用しようと魔法使いは考えたのだろう。
「へー、ラズール王国の魔法使いは、砂に乗って自分を動かしたりするんだ」
「……私はあまり上手くないから直線的で短い距離しかできない。でも、上手い魔法使いは砂を縦横無尽に動かして動き回る」
なんと、それは見てみたい光景だ。天然砂のサーフボードみたいな感じだろうか。
想像したら俺もやりたくなってきた。
砂を動かすことはできるので、俺でもすぐにできるかもしれない。
俺は自分の足元の砂を魔力で支配下に置き、それを動かす。
さらりとした細かい砂は俺を乗せたままスルスルと移動していく。
「ああ、これ何か楽しい!」
コントロールをミスって砂が大量に靴に入ってきたが気にしない。
俺は今、歩くことなく地面を進んでいる。そのことがどうしようもなく嬉しかった。
転移魔法という超便利な魔法を使える俺だが、これはこれそれはそれというやつだ。
砂が砂を掻き分けて俺はどこまでも真っ直ぐに進んでいく。
そして適当なところで停止。そして足の下に土魔法で板を作って、その上に足を乗せる。
そうやって進ませると気分はスノボー気分。板の上にお洒落に乗った俺が魔法で進んでいく。
そうやって俺はカーブを楽しんだり適当に滑ると、砂の流れを変えてターンして戻る。
すると、ルーナさんが少ししゅんとした様子で。
「……私、真っ直ぐ進むだけでも一か月以上かかったのに」
な、なんかごめんね。




