へたばった男性陣
「ごめんなさいアルフリート君。つい演技が面白くて」
俺が背を向けながら寝転がっていると、ナターシャさんが申し訳そうにしながら謝ってくる。
その声音と表情を見れば本心で謝っているのはわかる。これがコリアット村の女性やおっさん共であれば喜んで塩を塗り込んでくるのでそれくらいは判断が付く。
「別に怒ってませんよ」
「そうですか? でも、さっきのアルフリート君の演技はとても上手でしたね! 死んだ目をした少年から凛々しい騎士に豹変する姿はとても立派でした!」
あの、俺の心の傷口に塗らなくていいんですよ?
そう思って振り返ると、ナターシャさんの目は濁った村人とは違って、とても純粋なものであった。
それがなお質が悪いと思うけど。
というか死んだ目をした少年ってなんなのか……。
「ナターシャさんは演技が好きなんですか?」
「ラズール王国では劇団による劇が盛んですから。でも、私はそれほど上手いわけでもないですし演技をするよりも観る方が好きですね」
あー、確かにエルナ母さんに比べると滲み出る傲岸不遜さというか女王様感が足りないというか……。
あっ、そうか。エルナ母さんは演じるまでもなく女王様だから、ああいう所作が板についていたのか。
俺が密かに納得していると、エルナ母さんがにっこりと笑い。
「アル、失礼なこと考えてない?」
「……気のせいだよ」
この女王様は読心術でもあるのではないだろうか。そう思えてならない毎日だ。
とりあえずこのままでは気まずいし、何を突っ込まれるかわかったものではないので適当に会話をする。
「にしても、ラズール王国は演劇が盛んなんですね」
「厳しい砂漠地帯では何かをしようにも暑い気候と広大で厳しい砂漠が立ちはだかりますから、旅をする劇団の芸などが一番の楽しみだったのです」
砂漠地帯では気温が四十度を超えるとかザラだろうからな。この場所のようにちょっと散歩するのもしんどいだろうな。
かといって遠くに足を延ばそうにも広大な砂漠が横たわっている。となると、人々は自然と住んでいる街で生活するわけで、ここやコリアット村以上に娯楽に飢えているのだろうな。そんなところに気軽に遊べるリバーシやジェンガを持っていけばどうなるか、恐ろしくて考えられないな。
「王都の劇とは違う旅をする劇団。ちょっと興味があるね」
「はい、王都の劇とは違った魅力もあるのでオススメです。もし、ラズール王国に行くことがあれば、ぜひ覗いてみてくださいね」
ラズール王国かぁ……。今の季節だと夏真っ盛りだから暑そうだな。でも、氷魔法で冷気を纏える俺からすれば、その辺はあまり問題ではないな。
どうせ転移を繰り返し発動して、キロ単位で進むのだから。
ラズール王国には美味しそうなスパイスもたくさんあるし、ここらとはまったく違った日常感が気にな
る。
それに寒い時は避寒地としても使えるし、冬に備えていけるようになっておくのも悪くない。時間があったら転移を繰り返してマッピングでもすることにしよう。
「シルヴィオももう休みなさい」
「いや、僕もまだ……」
俺がそんな事を考えていると、シルヴィオ兄さんがノルド父さんに休むように言われていた。
せっかく地獄の稽古から解放されるというのに、どうしてそこまで食い下がろうとするのか俺には理解できない。
俺だったら反論することもなく、即座に嬉々として従う。
「いつもよりも負荷がかかるし稽古だから仕方がないよ。今日は暑いし、倒れては元も子もないからね」
「そうだ。むしろ、初めて浜辺で稽古をしたというのによくここまで続けられたものだ。今日のところは休んでおくといい。無理は禁物だ」
ノルド父さんとエーガルさんが言う通り、シルヴィオ兄さんは多くの汗を流しているし、疲労のせいか足がフラフラだった。
本来ならば、そのような状態になるまでに自主的に申告するべきだけど、シルヴィオ兄さんは真面目で責任感があるからな。
「……わかりました。では、先に休ませてもらいます」
ノルド父さんとエーガルさんに促されたせいか、シルヴィオ兄さんがそう言ってこちらへ歩いてくる。
すると、レモン水の入った水筒を持ってミーナが駆け寄る。
「大丈夫ですか? シルヴィオ様?」
「ああ、うん。ミーナありがとう」
レモン水を受け取ると礼を言うシルヴィオ兄さん。
「シルヴィオ、よく頑張ったわね」
「お疲れ様です」
そしてエルナ母さんとナターシャさんも口々にシルヴィオ兄さんの頑張りを褒める。
「あれ? 何か俺が戻ってきた時と違わない?」
俺が戻ってきた時は、ミーナはレモン水を持ってきてくれなかったし、エルナ母さんに至っては労うことも褒めることもなく、まずは砂を落としてからシートに上がれという始末。
この差は一体なんだったというのか。
「だって、アルは元気そうだったもの。戻ってくる時は軽くスキップしていたし」
な、なんと。ここで見ているエルナ母さん達には筒抜けだったというのか。というかそうならないように自制していたつもりだが、やはり溢れ出る歓喜に足が反応してしまったようだ。
でも、俺も結構限界まで頑張ったのは事実なんだよ? ただ、俺は今後のことや身体のことを考えて、早めに限界サインを出しただけなのに……。
余裕があったことは否定しないけど。
◆
体力の限界により稽古を切り上げて日陰で休んでいると、ほどなくしてエリックもこちらにやってきた。
「……何だ。偉そうなことを言っていた割にはお前もバテてるじゃん」
「ぐっ! 仕方がないだろ! お前達が抜けたせいで俺の対戦相手は永遠に姉上とエリノラ嬢なのだ! 休憩間隔も短く、尋常じゃないほど疲労がくるのだぞ!?」
優雅に寝転がりながら非難するとエリックが必死に釈明をした。
……なるほど、俺とシルヴィオ兄さんが抜けたせいで対戦相手が化け物しかいなくなったのか。
ルーナさんとエリノラ姉さん、それを一回交代でエンドレスに戦わされる。……地獄じゃないか。拷問といってもいいレベルだ。
屋敷でエンドレスにエリノラ姉さんと打ち合い稽古をしたことがある俺は、エリックの苦しみが少しわかる。
「……何かすまん」
「ごめんね」
「わかればいいんだ」
いたたまれなくなってシルヴィオ兄さんと共に謝ると、エリックはゆっくりとシートに腰を下ろした。
「結局は姉さんとルーナさんだけになっちゃったね」
シルヴィオ兄さんが小動物のように水筒を抱えながら言う。
浜辺ではエリノラ姉さんとルーナさんが激しく木剣を打ち合わし、目まぐるしく二人の位置が変わり、柔らかい砂が舞う。
俺達男共を相手にしていては絶対に起こりえないレベルの高い試合。
二人とも俺達と違って素早く動き回って剣を振るので、こうやって遠くからボーっと見ているとそれだけで楽しいな。
「くっ、男が全員へばっているとは情けない」
女性二人だけが高いレベルで、しかも最後まで残っていることに悔しさを感じたのかエリックが呟く。
「エリノラ姉さんとルーナさんの方が年上だし、何より騎士団に混じって稽古してるんだよ? 俺達よりも体力も実力もあるに決まっているじゃないか」
「そんなことはわかっている。わかっているが、男が女に敵わず、先にへばっているなど悔しいではないか! 貴様もそう思うだろアルフリート!」
「いや、全然」
俺がきっぱりと告げると、エリックががっくりと身体を脱力させる。
「……そうだった。貴様はそういうプライドのない奴だった」
おいおい、俺にだってプライドくらいある。
トールやアスモなんかよりも頭が悪いとか、性格や面が悪いとか馬鹿にされた時には全力を以って否定し、自分の方が上であることを証明してみせるぞ。
「そもそも戦闘に男だとか女とか関係ないじゃないか。女でも強い奴は強い。男でも弱い奴は弱いだけだよ」
「……貴様はどうしてそうも負けん気がないのだ」
「うちの周りには強い女性が多いから……」
俺がそう答えると、エリックの視線がエリノラ姉さん、そして和やかに談笑しているエルナ母さんの方へと向く。
理不尽なまでの強さを持つ姉。ドラゴンをも討伐してしまう有名な魔法使い。それに村でも色々な意味で強い女性で溢れ返っていたからな。
女性に負けるのが悔しいなどというみみっちい思いなどすぐに砕け散るよ。
「そ、それでも男なら強くなれ!」
「というか俺は魔法使いだから。そこを誤解しないでくれ」
強くなるつもりなど特にないが俺は魔法使いだ。そこだけは留意しておいてほしい。




