日陰で優雅にサンドイッチを
「アルフリート、俺のサンドイッチと貴様のサンドイッチを交換しないか?」
エルナ母さんとナターシャさんが会議をしているのを好機と見たのか、エリックが隣にやってきてそれとなく交渉を持ちかけてくる。
しかし、それは俺に何のメリットもない。
「いや、俺は自分の好きなものを取ったから交換する意味がないよ。今のうちに野菜を抜いて肉でも挟んじゃえば?」
「なるほど、その引き抜いた野菜をお前が処理するという訳か」
「なに俺に押し付けようとしてるんだよ」
人を残飯処理班みたいにしないでももらいたい。
「では、一体誰が食べるというのだ!」
「お前だよ」
「無理だ!」
「じゃあ、嫌なら残せよ」
「そうすると母上が怒るだろ!」
野菜も食べたくないし、ナターシャさんに怒られたくない。我儘な奴だなぁ。
そんなの無理に決まっているじゃないか。
「じゃあ、肉と一緒に少しずつ野菜を食べればいいだろう? そうすれば、少しずつだけど野菜も減って……」
「肉単体の方が美味いというのに、どうしてマズいものを挟むのだ? お前はバカなのか?」
俺が善意から打開策を言ってあげたというのに、エリックは真顔でバカにしたように言ってくる。
これにはさすがに温厚な俺もイラっときた。
「もう、知らないよ」
エリックなんて野菜不足で病気になってしまえばいいんだ。
「待てアルフリート! 俺が悪かった! 俺のサンドイッチをやるから許せ!」
「それは謝るという建前を使って、自分の嫌いなサンドイッチを押し付けたいだけじゃないか」
底の浅い考えが丸見えだぞ。
というかエリックは剣の時は真っ直ぐなのに、野菜が絡むと狡猾になるんだな。それを剣の時でも活かしたらいいのに。
「どうしても食べないとダメならマヨネーズでもつけて食べたらいいでじゃん。昨日あげたんだから」
「そ、そうか!」
俺がやけくそ気味に言うと、エリックは活路を見出したように叫ぶ。
すると、話を聞いていたのかラルゴがそれとなく近付いてきて。
「坊ちゃま、昨日アルフリート様から貰ったマヨネーズなる調味料なら、念のために持ってきております」
「でかしたラルゴ! それをくれ!」
ラルゴが差し出したマヨネーズの入った小瓶を嬉々として受け取るエリック。
それからエリックはサンドイッチから野菜だけを抜き出して、そこにマヨネーズを塗りたくっていく。
瑞々しく美味しそうなレタスやトマトが見事に黄色く染まっていく。
「よ、よし、これなら……」
声を震わせながらマヨネーズを塗った野菜をまじまじと見つめるエリック。
そして唾を呑み込むと、一気にそれを口に入れた。
「うむ! 王都の時と一緒でこれさえあえば野菜も食えるな! むしろ、このソースだけでいい!」
口元にマヨネーズをつけながら爽快に語るエリック。
やはりマヨネーズさえあれば平気らしい。むしろ、それ単品でもいけてしまうようだ。
「ははは! これさえ、あれば野菜など恐れるに足らず!」
高笑いしながらサンドイッチから野菜を抜いて、マヨネーズを塗りたくるエリック。
マヨネーズという強烈な調味料で野菜を処理する作戦のようだ。
「あれ? エリックがちゃんと野菜を食べています! マヨネーズとやらのお陰でしょうか?」
自分の息子がちゃんと野菜を食べる姿が珍しいのか、ナターシャさんが驚きの声を上げる。
しかし、隣にいるエルナ母さんの表情は明るくはない。
それはマヨネーズの危険性というものをエルナ母さんも知っているからだ。
「……多分ね。でも、あれは諸刃の剣よ。マヨネーズがあれば野菜も食べられるかもしれないけど、それはマヨネーズがなければ野菜を食べられないということ。それにマヨネーズを気に入るあまり偏食になるか
もしれない。あの調味料は太りやすいらしいから心配だわ」
確かにエルナ母さんの言う通りだ。マヨネーズというものは野菜を摂取する以上のカロリーやらが含まれている。
毎日のように繰り返していれば太るかもしれない。そして、何より数年後が恐ろしいことになっているだろう。
「そ、そんな……では、どうすれば……」
「やっぱり私達が地道に食べさせるしかないのよ。それが母親としての務めね」
「そうですね」
表情を一層引き締めて語り合うナターシャさんとエルナ母さん。
今後エリックの食生活はより厳しいものになるだろうな。
「ふはははは! 野菜を全部食ってやったぞ! 後は思う存分肉を挟んでやる!」
遂にパンに挟まっていた野菜の全てを平らげたエリックは、これからが本番とばかりに肉を取って挟んでいく。しかも、マヨネーズまで塗りつけて。
何だかエリックを見ていたら胸やけしそうになってきた。
隣は見ないようにして俺もサンドイッチを食べよう。
まずは鯵の塩焼きとレモンが挟まれたものから。
取り皿にあるサンドイッチを掴んで豪快に頬張る。
鯵の旨味と少し強めの塩と胡椒の味。しかし、それらは柔らかいパンが吸収し、酸味の効いたレモンが中和してくれる。
早朝から稽古で汗を流したお陰かレモンの酸味が身体に染みる。身体の疲れがとれていくようだ。
「これ美味しいね」
「ああ、エーガルさんがオススメするだけはある」
反対側で食べているシルヴィオ兄さんやノルド父さんも美味しそうに食べている。
「ははは! 特に稽古で汗をかいた後はそうだろう? 汗をかくと濃い味が食べたくなる。だけど肉は少し重すぎる。そんな時にこれは食べやすいのだ」
「なるほど! その気持ち凄くわかります!」
「稽古の後に濃い味のものを食べたくはなるけど、肉はちょっとって時があるからね」
特にシルヴィオ兄さんとノルド父さんは肉よりも魚派だからな。エーガルさんの言葉に凄く共感したようだ。
確かに肉は勘弁だけど、濃い味のものを食べたい時はあるからな。俺も少し気持ちがわかるぞ。
食べやすい味だしボリュームもある。エリックの家の料理人もやるな。
そんなことを考えながらバクバクと食べていると、あっという間に鯵のサンドイッチを平らげてしまった。
さて、次はエビとサラダのサンドイッチだ。
色鮮やかなレタスやタマネギといった野菜が盛り付けられ、その上にぷりっとした大振りのエビが乗っかり、クリームソースがかけられている。
これ、絶対に美味しいやつだ!
見ているだけでは我慢できなくなり、俺は豪快に齧り付く。
瑞々しいレタスの食感とぷりっとした大振りなエビの味。そして甘さのあるクリームが混ざり合う。そしてそれら全てを包み込む香ばしい小麦の味を放つパン。
まさにサラダそのものをパンで挟み込んでいるようだ。口の中が凄く瑞々しい。食べていたスッキリとする気持ちのいい味だ。
遠くでは海鳥がくうくうと鳴き声を上げ、波が静かに寄せては返す。
広がる海はどこまでも青く広く、空に浮かぶ白い雲がくっきりと映える。
綺麗な海の景色を眺めながら優雅にサンドイッチを食べる。中々に優雅ではないか。
「ルーナ! 食べ終わったわ!」
「……こっちも」
ボーっと海を眺めながらサンドイッチを食べていると、エリノラ姉さんとルーナさんが急に立ち上がりだした。
もう食べ終わったのか? そんなに焦って食べなくてもいいのにと思いながら視線を向けていると、エリノラ姉さんはとんでもないことを言う。
「じゃあ、打ち合いよ!」
「……ん、次は一本取ってみせる」
そしてそれに何ら動じることなく頷くルーナさん。
信じられない。早朝からずっと稽古をしていてようやく休憩時間だというのに、それを不意にしてまだ稽古をするというのか。
……正気じゃない。
俺が愕然としながら視線を送っていると、エリノラ姉さんは勘違いしたのかバカな事を言ってくる。
「なに? もしかしてアルもやりたいの」
「ははは、冗談はやめてよ」
「は? 冗談なんて言っていないけど?」
俺は苦笑いしながらやんわりと拒否するもエリノラ姉さんには伝わらなかった。
ガチで誘っている模様。
「俺はまだ昼食食べているから行かない」
「あっそ、早く食べてきなさいよ」
来ないとわかれば返答する時間も惜しいと感じたのか、エリノラ姉さんとルーナさんは木剣を持って日差しへと踊り出る。
「行くわよルーナ!」
「……ん」
そして木剣をぶつけ合って打ち合い稽古を始める二人。
「うふふ、ルーナってば凄く楽しそう。きっとエリノラさんが来てくれて嬉しいのね」
「それはエリノラも同じよ。中々会えないルーナさんと打ち合うのがとても楽しいみたい」
楽しそうに浜辺で木剣を打ち合う二人を見て、ナターシャさんとエルナ母さんが柔らかい笑みを浮かべた。
まったくエリノラ姉さんもルーナさんも元気だな。きっと俺とは内包するエネルギーの量が違うのだろう。
そんなことを感じながら俺は日陰でサンドイッチを食べ続けた。




