浜辺で昼食を
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海水で砂を落とし、最後に水魔法の水球を軽くくぐって身体を綺麗にすると、ようやくシートに転がることができた。
はぁ……ただ身体の砂を落とすはずが、とんでもない接戦をやるようになったものだ。
さっき動いてしまった分、ここできちんと休まないと。
ここは木々に結びつけられたシートで影になっているお陰でとても涼しい。暑くなっているこの季節、日光を防ぐのと防いでいないのとでは体感温度がまるで違うな。
「こうして見ると、とてもさっきまですごい魔法を使っていたように見えないですね」
俺がゴロゴロしているとナターシャさんが不思議そうな顔でこちらを見てくる。
言葉だけを捉えたら嫌味のようにも聞こえなくもないが、その声音には純粋な感想というのが感じられた。シーラさんのように柔らかい雰囲気を持つからであろうな。
「確かにこの子の魔法には目を見張るものがあるけど魔力の無駄が多いし、自分が使った魔法の結果も予測できないんじゃまだまだね」
魔法には自信があったのだが、さっきの醜態を見せてしまったので反撃することもできない。だが、魔力の無駄という部分は気になる。
「魔力の無駄って? 俺、魔力のコントロールには気をつけているんだけど?」
「一般的な魔法を使うことに対して魔力の無駄はないわ。だけど、魔法の規模の設定自体に無駄が多いのよ」
おお? なんかエルナ母さんがすごく魔法使いらしいことを言っている。だけど、言っていることの意味がよくわからない。
「どゆこと?」
俺が首をかしげるとエルナ母さんは指を躍らせ、無詠唱で水球を作った。
「やはりエルナ様も当然のように無詠唱なのですね……」
そこを気にしていたは進まないので、ナターシャさんの呟きはスルー。
「アルが発動させていた水球はこれくらいの大きさよね?」
「うん」
「今回の水のかけ合いでは人の顔を狙えばいい。水球だと相手の顔に当てた瞬間、窒息まで持っていけるからいい選択だわ」
「うんうん」
「ちょっと待ってください。遊び……ですよね? そこまで狙っていたのですか……」
狙っていました。水球からの窒息のコンボを。だって、これなら接近する必要もないし、一番効率的にギブアップさせることができる。水魔法を使うものなら、誰でも考え付く戦法だ。
しかし、これがいい選択なら何がいけなかったのか。
「でも、人間の顔は水球に対してもっと小さいわ。わざわざ大きな水球サイズにしなくても、窒息させるならこれくらいで十分よ」
そう解説して、水球を自分の顔より一回り大きいサイズにするエルナ母さん。
なるほど、エルナ母さんの言いたいことがわかった気がする。
「つまり、用途に合わせて細かく調整しろと。大雑把な水球というイメージを持たずに」
「……そういうことよ」
水球だからといって思考を放棄せずに、今この時に必要なサイズはどれくらいなのか、どのような形状にすれば楽をできるのか考えて使えということか。
やはり実戦を経験していたエルナ母さんの言葉は違うな。まあ、俺はエルナ母さんのように実戦に行く予定はないから深刻に捉えることはないけど、魔法は好きだし、今後のスローライフに活かせるので学習して損はないな。
「何よ? あたしが剣を教えたらわからないとか文句言う癖に、母さんの意味のわからない小難しい話はわかるっていうの?」
隣で聞いていたのかエリノラ姉さんがそのようないちゃもんをつけてくる。
「いや、エリノラ姉さんはズバーンとかシュッとか擬音ばっかりだからわかるはずないよ」
「……エリノラは強いけど、人に教えるのは向いてない」
「そうかしら? あたしは分かりやすくコツを教えているだけなのに」
まあ、人に教える才能は別だって言うしな。特にエリノラ姉さんは理論よりも感覚派だし。
ノルド父さんやエルナ母さんは人に教えるのも上手いという稀なタイプだな。
「さて、そろそろ昼食にしましょう。魔法の話はまた後でしてあげるわ」
「わかった」
「返事だけじゃなくて、ちゃんと起きなさい。それとも昼食はいらないの?」
「起きます。いります」
エルナ母さんに小声で注意され、俺は即座に起き上がる。
今日は朝早くから稽古をやらされてお腹ペコペコなのだ。
ここで横になって休憩するにも、お腹を膨らましてからの方が心地よいに決まっている。
円形に座っている中心点では、ミーナやラルゴが大きなバスケットを置いて、皆に取り皿を配っている。
取り皿を受け取りながら、バスケットの中身は何だろうと心を躍らせる。
すると、取り皿を配り終えたミーナとラルゴが一斉に蓋を開けた。
「「おおおおおお」」
その瞬間、感嘆の声が思わず漏れる。
大きなバスケットに入っていたのは、外で食べるのに王道的なサンドイッチ。
しかし、そこに入っている具材が今までとはまるで違う。魚が中心のものであった。
焼いて塩胡椒で味を調えた鯵にレモンの切り身、野菜などが挟まれたもの。大きなエビと野菜を挟み込み、その上にとろりとソースをかけたもの。ツナのように身をほぐしてソースと絡めたものと、海鮮系が中心のサンドイッチだ。
これは海が近いからこそできるサンドイッチのレパートリーだな。海がないコリアット村ではどうして野菜系や肉系が中心になってしまうから。
「うわぁ、凄い! 魚が挟んである!」
これには魚好きであるシルヴィオ兄さんが興奮した声を上げる。
その隣では声を上げてはいないが、ノルド父さんも爛々とした瞳でサンドイッチを見つめていた。
「海の魚とサンドイッチは合うんですか?」
「勿論だ、ノルド殿。魚はパンに挟んでも合うんだよ。濃厚な味のする肉もいいのだが、俺は焼いた魚と野菜で食べる方がさっぱりしていて好きだな。中でも、この鯵のサンドイッチがオススメだぞ?」
「では、まずはそれを頂きましょう」
「僕も!」
エーガルさんにオススメされ、ノルド父さんが鯵のサンドイッチを凝視する。
食に対して他の家族ほど強い興味を示さないノルド父さんがサンドイッチに熱い視線を向けるなんて珍しい。
手軽に食べられる魚のサンドイッチの味が気になっているのだろう。屋敷でも食べられないかとか考えていそうだな。
魚を氷魔法で冷凍して持って帰ったら、作れない事はないな。
魔導コンロだって屋敷にあるわけだし、フィッシュサンドくらい作ってあげるのも悪くない。
俺がそのようなことを考えていると、隣にいるエリノラ姉さんがルーナさんに尋ねる。
「ルーナ、あれはないの?」
「……勿論、ある。こっち」
「あ、本当ね!」
あれとは何だ。隣の会話が気になったのでルーナさんが指で示す先を見ると、そこにはぎっしりと肉やチーズが詰め込まれたサンドイッチがあった。
エリノラ姉さんとルーナさんが指し示すあれとは肉のことか。
「うふふふ、さすがに海鮮料理が珍しくてもお肉も食べたくなりますよね。特に稽古の後はルーナがお肉を食べたがるものですからサンドイッチは勿論、ベーコンなども用意していますよ」
微笑みながら小さなバスケットから、ベーコンとナイフを取り出すナターシャさん。
これには肉食女子のエリノラ姉さんの目も輝く。
「適当に切り分けちゃいますね」
「ありがとうございます!」
肉を切り分けてもらえるとあってか、素直に礼を言うエリノラ姉さん。
その笑顔は屋敷で見るようなニヤリとした笑みでもなく、稽古で楽しそうにしている笑みとも違う。
どこか外面を意識した愛嬌のある笑顔だった。
屋敷ではガサツで女子力の欠片もないエリノラ姉さんが、外では愛嬌を振る舞えるなんて……。一体どうなっているんだ。
「あなた、サンドイッチは取り分けます?」
俺がエリノラ姉さんの外面の良さに驚いていると、ベーコンを切り分けていたナターシャさんが言う。
「いや、ここは外だし、サンドイッチを取り分けてもらうのも楽しみがないだろう。皆、好きなものを選んで食べてくれ!」
「「はーい」」
エーガルさんの意見に賛成なのか、それぞれが賛成の声を上げる。
エーガルさんは分かっている人だな。こうやって浜辺でピクニック気分なのに、それをラルゴやミーナに取り分けてもらってはレジャー感が薄れてしまう。
それにこれほどたくさんの種類のサンドイッチがあるのだ。興味の引かれたままに自分で好きなものを取るのが一番だ。
この貴族とは思えない適度な緩さがいいな。
エーガルさんが自分の分を取ると、ノルド父さんとシルヴィオ兄さんが興味深そうにのぞき込む。
いつもは食で迷う事がないノルド父さんも、未知のサンドイッチを前に悩んでいるようだ。
「こちらもありますよ」
反対側の方が詰まっているとナターシャさんの方からもう一つの大きなバスケットが流れてくる。
俺とエリノラ姉さん、エルナ母さんはバスケットを前にして仲良く覗き込む。
「あたしはこれとこれとこれ!」
一番に手を伸ばしたのはエリノラ姉さん。
エリノラ姉さんは肉とチーズが挟まったものを二つ、鯵のサンドイッチを一つ素早く取り皿に盛り付け
た。
自分の好きなお肉とエーガルさんがオススメしていたもの。
実に簡単な判断基準でエリノラ姉さんらしい。
「どれにしようかしら? いっぱいあって迷ってしまうわね」
エルナ母さんがそう言ってしまうのも無理はない。
サンドイッチの中には、同じ焼いた魚を挟んだものでも魚の種類が違ったり、微妙に挟まれている具材が違ったりと、こちらを飽きさせない工夫がなされている。
どれもこれもが美味しそうで迷ってしまうな。
「とりあえずエーガルさんがオススメしていたのを取ろう」
「そうね」
まずは焼いた鯵とレモンが挟まったものを取り皿へ。
すると、またしても悩んで手が止まってしまう。
ええい、ここはフィーリングだ! 目についたものを取ってしまえばいい。
俺はたまたま目についた肉の挟まれたものと、エビとサラダが挟まれたものを取る。
すると、エルナ母さんも覚悟を決めたのかツナみたいなものと、魚とチーズが挟まれたものを手に取った。
俺とエルナ母さんが取り終わると、まだ取っていなかったルーナさんがひょいひょいと肉のサンドイッチを盛りつけた。
実にエリノラ姉さんと似ているな。
そんなことを思っていると、最後にエリックが手を伸ばす。
「エリックはこれを食べなさい」
しかし、ナターシャさんがスッと取り皿を渡して、それを阻んだ。
その取り皿に載っているのは、ほとんどが野菜ばかり挟まれたサンドイッチ。
「……母上、俺の嫌いな野菜ばかりが挟まっているのだが?」
「そうね」
エリックの抗議の籠った視線を気にすることもなく微笑むナターシャさん。
当然のごとく、エリックが野菜嫌いであることを知っている模様。
エリックは差し出された取り皿を渋い顔で受け取ると、パンに挟まれた野菜を手で抜いていく。
「こら、エリック! サンドイッチの中にある野菜を抜かないの!」
「俺が野菜嫌いだと知っているのに、どうしてこのような仕打ちを!」
「こうでもしないとエリックが野菜を食べないからよ。野菜は身体にいいから、ちゃんと食べなさい」
どうやらエリックは普段もまったく野菜を食べないようだ。子供の頃からそれでは母親であるナターシャさんが心配してしまうのも仕方がない。
「懐かしいわね。エリノラとシルヴィオも昔は野菜が苦手だったわね、シルヴィオはこっそりとよけて、エリノラは食わず嫌いをしていたわ」
「そうなの?」
シルヴィオ兄さんはともかく、何でも食べるイメージのあるエリノラ姉さんがそのようなことをするとは意外だ。
「ええ、バルトロと私が苦労して混入――じゃなくて、試行錯誤したから二人共好き嫌いなく食べられるようになったのよ」
エルナ母さん、今混入って……まあ、いいや。そこを突っ込むとロクなことにならない気がしたので放置だ。
「昔のことだからよく覚えてないけど、何か嫌いだったのよ」
相変わらずの直感で判断するエリノラ姉さん。
多分、食わず嫌いをするエリノラ姉さんに食べさせるが一番大変だったに違いない。勘だけは凄くいいから。
「あの時は、野菜の苦みが強く感じられたからかな? 勿論今は大丈夫だけど」
少し恥ずかしいのか照れ笑いを浮かべながら、一般的に答えてくれるシルヴィオ兄さん。
子供の頃は味覚が強いって言うしな。シルヴィオ兄さんはエリノラ姉さんと違って繊細だから、きっと野菜の苦みなども強く感じたのだろうな。
「一体どうやって子供の野菜嫌いを直したのですか? コツがあれば教えてください。このままでは、うちのエリックがいつまで経っても野菜を食べられることができない気がします」
「いいわよ。私が巧みに料理に野菜を混入させる術を教えるわ」
「……お願いします」
エルナ母さんが立ち上がり、ナターシャさんの隣へと移動する。
すると、二人は身を寄せ合ってコソコソと作戦会議をし始めた。
「エリック、これから料理は使用人に毒見をさせた方がいいぞ?」
「ああ、そうだな。当分は温かい飯は食べられないが、やむを得ん」
俺の軽口に生真面目な顔で頷くエリック。
いや、冗談半分で言ったのだが本気なのか? どれだけ野菜が嫌いだというのか。




