水のかけ合い 姉VS弟
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』五巻とコミック二巻が発売中!
「じゃあ、次はこっちから行くわよ?」
エリノラ姉さんが不敵な笑みを浮かべながら近付いてくる。
ルール的には接近戦による攻撃や絡め技は無しなおだが、何をしてくるかわからない恐ろしさが滲み出ている。
俺は助けを求めるようにエリックの方に視線をやるが、あちらでは今でも激しい戦いが繰り広げられていて、とても助けを求められる状況ではない。
ここで俺が生き残るには魔法を使うしかない。
覚悟を決めてバックステップで距離を取る。
すると、エリノラ姉さんは俺を逃がさまいと距離を詰めるようにダッシュ。当然そうくると予想していた俺は、即座に水魔法を発動。
自分の周囲に五つの水球を作り出すと、それを向かってくるエリノラ姉さん目がけて飛ばした。
これにはさすがのエリノラ姉さんも驚いたのか、慌ててブレーキを踏んで回避行動。
「あんた! 魔法を使ったわね!」
「別に魔法を使っちゃダメとは言ってないもんね」
「言ったわね! それならこっちだって木剣を使うわよ!」
「ちょっと待って。水のかけ合いだよ? どうやったら木剣を使うっていう発想になるの!?」
水のかけ合いだから水魔法を使って勝とうとするのはまだ理解できる。なんせ水を操るということにかけては、水魔法がもっとも効率が良いものなのだから使うのは当然の発想。しかし、それと何も関係ない木剣は違うと思うんだ。さすがにそれは水のかけ合いに関係がなさすぎると思う。武器だよ武器。
「あんたが自分の得意なものを使うのと同じで、あたしも自分の得意な得物を使うだけよ!」
そのような無茶苦茶な主張をしながら、腰に佩いてある木剣を手にするエリノラ姉さん。
エリノラ姉さんの言い分は理解できるが、納得はできない。
そもそも接近戦が禁止だというのに、木剣などでどうやって参ったと言わせるのか。
いや、お互いここまでやけになるとそれさえ守られるかどうかも怪しい。
とにかくエリノラ姉さんを近付かせるのは危険だ。
俺は水魔法を発動し、周囲に十個の水球を浮遊させる。
そして、そのうちの五個をエリノラ姉さんに残りをルーナさんへと飛ばした。
「ルーナ! そっちにも行ったわよ!」
「……魔法」
エリノラ姉さんの声により、水球の接近に気付いたルーナさんは、エリックから離れて大きく距離を取る。
そして、戦闘が中断されたエリックが急いでこちらへと寄ってくる。
「アルフリート!」
「まずはルーナさんだ。俺が魔法で追い込むから、お前が仕留めろ」
「任せろ!」
俺のそんな短い作戦だけで伝わったのか、エリックは俺の傍から離れてルーナさんの隙を伺う。
「ふん、こんな動きの遅い水球なんて当たるはずがないわよ」
真っ直ぐに飛ばした五つの水球を簡単に避けて、エリノラ姉さんが鼻で笑う。
おやおや、エリノラ姉さんはそう思うかい? ならば、その認識を改めてもらうとしよう。
俺が指を動かすと、エリノラ姉さんに躱された水球が軌道を変えた。
「っ!! 追いかけてくる!」
突然軌道を変えて追尾してきた水球に驚いたのか、エリノラ姉さんはその場から勢いよくダッシュ。追いかける水球もそれに負けじと速度を上げて追尾させる。
さすがはエリノラ姉さん、海であるというのに地上と遜色のない速度で走っている。
魔法のコントロールには自信があった俺だが、ここまでの速度で動かすのは初めてだ。
お陰でエリノラ姉さんが左右に振る度に、置いていかれそうになるがここは我慢だ。今は当てなくてもいいから背中に張り付き続けて、プレッシャーを与えろ。
エリノラ姉さんの方を水球で追尾する一方で、俺はルーナさんの方にも水球を追尾させ続ける。
「……振り切れない」
こちらはエリノラ姉さんのような爆発的な速度と鋭いターンはないので、とても追いかけやすい。
だが、あと少しでというところで柔軟な身体捌きで躱されている。
やはりエリノラ姉さんの友人だけあってか身体能力が異常な高さだ。
ルーナさんだけに集中すれば勿論仕留められるが、今はチームプレイ。
ルーナさんの隙は、エリックが伺っているのでこちらはプレッシャーを与え続けながら体力を奪ってやろう。
いくら速く動けるとはいえ、ここは波の抵抗のある海だ。動き回れば疲弊するに違いない。
「はぁっ!」
ルーナさんをそんなことを考えていると、エリノラ姉さんが走りながら追尾する水球を切り裂いた。
魔力によって固められた水球は、それによって崩れ落ちるが俺が即座に魔力で支配下に置くことで即座に再生。再び水球となってエリノラ姉さんを追いかける。
「それならあんたを狙えば!」
再生するまでのタイムラグを使ってか、エリノラ姉さんが海水を蹴り飛ばしてくる。
シルヴィオ兄さんを倒した時よりも、遥かに速くて高質量を誇る弾丸。
しかし、それが水となれば対処は簡単。飛んでくる海水を俺の魔力で包み込む。
それだけで海水は俺の支配下になる。
そして、俺はそれをお返しとばかりにエリノラ姉さんへと飛ばす。
「もう! 厄介ね! 無駄に器用に魔法を使うんだから!」
すると、エリノラ姉さんは大きく後退して回避。
そのまま水球と同じように追尾させる。
よし、エリノラ姉さんの時間を奪っている隙にルーナさんだ。
俺は水球を新たに創造し、ルーナさんへと飛ばしてやる。
「……おかしい。普通はこんな数をこれほど動かせない」
五個から十個はさすがにきついのか、ルーナさんが苦しそうな声を上げる。
そこへ俺は畳みかけるようにして水球を顔に飛ばす。
ふっふっふ、一見して害のなさそうな水球であるが、相手の顔にさえ取り付けば呼吸を奪うことができる。
これなら俺が定めたルールの範囲内で参ったと言わせることが可能だ。もっとも参ったという声が聞こえるかは保障できないけどね。
「……くっ」
俺の意図がわかり、顔を狙われるを嫌ったのか、ルーナさんは包囲するように飛んでくる水球の中から身体を潜らせて抜ける。
「エリック!」
「わかってる!」
俺が声を上げると、即座に返事。
エリックは俺の作戦意図を見抜き、包囲から抜け出したルーナさんの前に待ち構えていた。
「くらえ姉上!」
エリックが海水を強く蹴り上げる。すると、回避運動の途中であったルーナさんは避けることができずに、もろに顔面に被弾。
微かなうめき声を漏らして、海を転がった。
「やったぞ! 姉上を倒したぞアルフリート!」
「バカ! エリック! 油断すんな!」
エリックのフラグめかした台詞を聞いて嫌な予感がした俺は警告の声を上げる。
「なっ――ぶあっ!?」
すると、目にも止まらない速さで飛来した海水がエリックの顔面に直撃した。
海面を二転三転して吹き飛ぶエリック。
恐る恐る飛来した方向を見ると、そこではエリノラ姉さんが木剣を振るった後だった。
「やっぱり足で飛ばすよりも、木剣の方がいいわね」
なんだ今のは。木剣で海水をすくうようにして飛ばしたのか? 意味が分からない。
早すぎて俺が水魔法で支配下に置く時間すらなかった……。
くそっ、俺がルーナさんの方に気を取られている間に、追尾した水を振り切っていたのか。
油断していたのは俺の方だった。
「悪い、エリック。立てるか!?」
「…………」
視線をやりながら声をかけるも、エリックは海をプカプカと漂うのみ。
どうやらこいつもダメなようだ。シルヴィオ兄さんとエリックといい、うちの味方は何とも頼りないものか。
いや、エリノラ姉さんの攻撃力がおかしいだけか……。
「……ゲホッ、ゲホッ」
ルーナさんはエリックの先程の一撃が鼻に入ったせいか、大きくむせている。
こちらは参ったと言っていないが、すぐに動くことはできないだろう。
となると、やるべきことは目の前にいる姉をさっさと倒すこと。時間をかければルーナさんが回復して参戦ということもあり得る。
俺はエリノラ姉さんの足下にある海水を素早く操作して、水の手を形成。
そのまま動きを拘束しようと足に伸ばすが、勘がいいのかエリノラ姉さんは即座に駆け出してこちらに向かってくる。
それでも俺は進行方向に水の手を連続生成。
しかし、エリノラ姉さんの走るスピードがあまりにも早いせいで、水の手は虚空を掴むのみ。
「ちっ、ならこれならどうだ!」
すばしっこい相手を捉えるのは広範囲に限る。
エリノラ姉さんの前にある海水を隆起させた。
エリノラ姉さんのいた場所の海水が高く打ちあがる。以前の雪合戦では高所へと持ち込むことで勝利を掴むことができた。
今回も同じように高所へと追いやれば勝機は見えるはず。
はははは、海水と共に空高くまで昇ってしまえ。
そう思っていたのだが、エリノラ姉さんが空高く舞い上がることはない。
疑問に思いながら海水を凝視していると、不意に海水の奥の方で小さな影が何か動くのがわかった。
「んっ?」
目を細めて見定めようとすると突如海水が割れて、ヒュンと風斬り音が聞こえる。
俺の中の第六感が激しく警鐘を鳴らすので、急いでその場から飛びのくと、俺のいた場所がパックリと割れて地面が露わになる。
「ひいっ!」
その衝撃は何十メートルも後方に走り抜け、海水が思い出したかのように元の場所へと戻り始める。
俺ってば目の前で海水が割れる瞬間を初めて見たよ。
「水だって斬ることはできるのよ」
呆然と眺めていると、エリノラ姉さんが不敵な笑みを浮かべながら言う。
これだけ海水が溢れていて自分に有利なフィールドにいるというのに、倒し切れないとは本当に化け物だ。
俺がエリノラ姉さんの理不尽なまでの強さに戦慄していると、舞い上がった大量の水が一気に落ちてくるのが見えた。
うん? よく考えればあのような大量の水が落ちてくるのはちょっとマズいのではないだろうか。
ボーっと眺めながらそんな事を思っていると、目の前で大量の水が落水。
高度から位置エネルギーを得た海水は、爆発するような水飛沫を上げるにとどまらず、大きな津波を引き起こした。
「うおっ! やばっ!」
「ちょ、ちょっと何!?」
転移! ……はダメだ! ここでやると大勢の人に見られる。
これだけの質量になる水魔法でも間に合わない。
状況判断に迷った俺と津波という現象を知らないエリノラ姉さんは、混乱してしまい波に呑まれ――ることはなかった。
「あ、あれ?」
思わず薄目で開けると、目の前で津波は時が止まったかのように静止していた。
誰かの水魔法によるコントロール?
魔力を辿って振り向くと、そこではエルナ母さんが酷く呆れた表情を浮かべていた。
「はぁ……海水をかけ合って遊ぶのは結構だけどやり過ぎよ。浜辺にあるお昼ご飯まで台無しになるところじゃない」
「「ご、ごめんなさい」」
久し振りにエルナ母さんの魔法使いらしい場面だったが、最後の理由が何ともいつものエルナ母さんらしかった。
このマンガがすごい! Webでコミックの14話が公開されました。そちらでもどうぞ。




