浜辺の賑わい
「それじゃあ、稽古場所に向かうか」
「あれ? 中庭で稽古をやるんじゃないの?」
中庭にいながらのエリックの台詞に俺は違和感を覚える。
周りを見渡すと俺の屋敷よりも広い中庭が広がっている。
それらは稽古で使うためか、柔らかい土が敷かれており稽古場として十分なものだ。
別に他の場所を探さなくても近いし、ここでいいんじゃないだろうか。
「今日はせっかくだから浜辺で稽古をするのだ。浜辺の砂は下半身を鍛えるのにいいからな!」
俺がそんな疑問を抱いていると、後ろからエーガルさんが言ってくれた。
「なるほど。そうなんですね」
「昨日の夜言ったじゃないか。今日の稽古場所は浜辺だって」
「そうだった」
ノルド父さんってば、俺がボーっとしていたり寛いだりしている時に、ちょっとした伝え事を言ってくるから困るよ。
ボーっとしてる時なんか会話で何をいったかなんて細かく覚えていないし。
「そういう訳で、今日も昨日と同じ浜辺に向かうぞ」
「わかった」
稽古場所が浜辺ということに納得した俺は、前を歩くエリックとルーナさんに付いていく。
昨日と同じように屋敷の外にある道を進んで浜辺へと向かっていると、やたらと村人らしい人物とすれ違う。
「うん? 今日は妙に人が多いな? 漁師や銛突きなどに関係ない者まで浜辺に向かっているようだが、何か漂流物でもあったか?」
「たまに何か流れてきたりすることがあるんですか?」
首を傾げるエーガルさんに質問をするノルド父さん。
「ああ、極まれにだが商船の荷物や、巨大な魔物の死骸が流れてくることがある。商船の荷物ならば回収し、持ち主がわかれば保存の利く物は返す。魔物の死骸であれば解体して素材を回収したりできる。巨大な魔物であれば村の財が潤い、魚であれば肉を皆で食べることができるので物によってはお祭り騒ぎになるのだ」
「なるほど。海に近い村ならではの楽しみですね」
「ああ、この騒ぎならば中々の大きな魚が漂着したのかもしれんな!」
人々の活性具合から想像したのか、エーガルさんが機嫌よく笑う。
だけど、昨日浜辺で遊んでいた俺達からすれば違うことを想像してしまう。
……もしかして俺やエリックが作った砂城ミスフィリトが注目を浴びているのではないだろうか。
どうにもそんな気がする。
エリノラ姉さんとルーナさんもそんな想像をしているのか、俺とエリックに無言で視線を向けてくる。
視線が痛い。
俺が思わず顔を逸らす中、エリックがこっそりと尋ねてくる。
「おい、アルフリート。昨日作った砂の城は半日もあれば崩れるのだろうな?」
「は? 魔力で圧縮して固めたから、ちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れないって言ったじゃん。壊そうとしなければ軽く三ヵ月は保つよ?」
「おいっ! ふざけるな! あんなデカいものが三ヵ月も保つなんて聞いてないぞ!」
俺がきっぱりと答えると、エリックがそう言って頭を抱えた。
ダメならダメともっと前に言ってほしかった。
そしたらトルネルの友達に見せてから適当なタイミングで潰したのに。
「でも、まあ大丈夫なんじゃない?」
「何がだ?」
「浜辺の傍で暮らしている村人なら、誰もが砂をいじり何かしらの作品を作ってきたはず。いわば、この村に住む村人は砂で物を作り、育ってきた芸術家だ。あの程度のものはありふれた物でしょ?」
「……この人の集まりを見てそう思うか?」
「ごめん、さすがに違うってわかってた。現実逃避だった」
浜辺へと歩いていく村人を見ると、さすがに物珍しさからだと理解していた。していたけど、僅かな可能性だと思いたかったんだ。
「まあ、実害はないし大丈夫だろう。休憩所の近くだからちょっと邪魔に思う程度だ」
そうだな。別に俺達はさして悪い事をしたわけではないのだ。
ただ砂遊びに熱が入ってしまっただけ。微笑ましい子供の遊び跡くらい、エーガルさんやノルド父さんも笑って許してくれるだろう。
「むしろ、あの砂の城が新しい休憩所になるかもね」
「バカを言うな」
心が軽くなり、軽口を交わし合っていると次第に俺達は浜辺の傍へやってきた。
すると、俺とエリックが昨日作った砂の城は嫌でも目に入るわけで……。
「……何だあれは? 浜辺の砂でできたミスフィリト城……なのか?」
エーガルさんは砂の城を見上げるなり、そう言葉を漏らした。
「とても精緻に作られていて素晴らしいですね。ただ砂で作るだけでなく、海ならではの素材を使って装飾することで海らしさが表現されていますね」
知らず知らずとはいえ、自分の息子の作品を褒めちぎるノルド父さん。
全てを知っているシルヴィオ兄さんは苦笑いし、エリノラ姉さんは顔を隠して笑う。
ルーナさんは無表情で、エリックは作るのに携わったからか褒められて少し嬉しそう。
ノルド父さんに、こういう趣味な方向性で褒められたのは久し振りな気がする。
コマとか卓球とかマイホームとか作っても、ノルド父さんは複雑そうな表情ばかりするからね。
「もしかして、この村の名物とかですか?」
「いや、違う。昨日も見たが、うちの浜辺にはこんな立派な建物はなかった」
「え? そうなのですか?」
きょとんとしたノルド父さんは、そのまま俺達へと視線をやる。
それと同時に俺は実に自然な動作で顔の向きを逸らす。
しかし、周囲には苦笑いをしているシルヴィオ兄さんと笑みを堪えているエリノラ姉さん。
ノルド父さんは何か異変に気付いたのか、俺と砂の城を交互に見やり始めた。
「……アル」
「なにかな? ノルド父さん?」
どうしてうちの家族は、責める時に人の名前だけを呼ぶのだろうか。
覚えのあるこちらからすれば、その気持ちの込もった二文字が途轍もなく怖い。これから何を言われるのか想像してしまうだろう。
「あれについて何か知ってるよね?」
「砂で出来たミスフィリト城だね。王都で見たからわかるよ」
「僕はそういうことを聞いているんじゃないよ。アルは旅の間に土魔法で建物を作っていたよね?」
俺が惚けて答えてみせるもノルド父さんは逃がしてくれない。
優しい笑顔を浮かべつつも、どこかプレッシャーを放ってくるノルド父さん。
「うん、作ってたよ」
「ここにある建物もアルが?」
「うん、エリックと村の友達で作った」
「おい、貴様! 俺を道連れにするな! 俺がやったのは飾りつけだけだからな!」
俺が大人しく白状すると、ノルド父さんが深くため息を吐き、エリックが横からしゃしゃり出てきた。
「何だよ? あれは皆で作ったんだろ?」
「そうだが、貴様に都合のいい言い方をするんじゃない!」
皆で作ったことには変わりないじゃないか。細かいことを気にするやつだ。
「何だ? エリックとアルフリート君がアレを作ったというのか? あんな大きな砂の城を?」
「ああ、こいつが土魔法で作った」
「まあ、土魔法で大体を作りました」
エリックと俺が素直に答えると、エーガルさんは困惑の表情を浮かべる。
あのような大きな砂の城を、小さな子供である俺が魔法で作れるのか? とでも思っているのだろうな。
「うちの息子が迷惑をかけてしまい申し訳ないです。アルフリートは魔法が得意なので、あれくらいは土魔法で作ってしまうのです」
「あ、あれが得意という範疇に収まるのか!? ボーっとした子供だと思っていたが、やはりノルド殿とエルナ殿の子供か……!」
エーガルさんはさっきまで俺の事をどういう認識でいたのだろう? そこのところをちょっと詳しく聞いてみたいな。
「すぐに壊させることもできると思いますが……できるよね? アル」
「う、うん」
「いやいや、あのような見事な砂の城を壊すなど勿体ない! 後でじっくり見たいし、よければそのまま置かせてくれ!」
「はい、構いません」
エーガルさんの上機嫌さにホッとして返事する。
いやー、エーガルさんが芸術のわかる器の大きい人で良かったよ。
勝手にあんなものを作ったから怒られるかと思ったけど、この反応だと怒られることもないな。
うん、めでたしめでたし――。
「……アル、ああいうのを作ったら、ちゃんと連絡してって言ったよね?」
「……ごめんなさい」
とはならなかった。
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