獲れたての美味しさ
少し短いですけど、区切りがよかったので……
乾杯の音頭が終わり、飲み物で口を潤すとそれぞれが食事を始める。
サラダやアヒージョといったものは各自の皿に取り分けられているが、刺身や大きな魚の塩焼きなどは大皿に盛りつけられているので各自で取り皿に取ってくる感じだ。
貴族であれば、使用人などに言いつけて盛り付けてもらうのが正しいのかもしれないが、そんなことをすれば時間もかかるし堅苦しく感じてしまうので、敢えてやらせていないのだろう。
どうやらスロウレット家とシルフォード家の考え方はとても似ているようだ。
まあ、自分の好きなタイミングで取って、好きな量を取る方が楽だしな。
例え優雅であっても、食事は世話されるよりも自分でやってしまう方が好きなので嬉しい。
「やっぱり刺身ね!」
「ああ、僕も! 船酔いのせいで食べられなかったから気になっていたんだ!」
エリノラ姉さんとシルヴィオ兄さんは刺身が気になっていたのか、早速とばかりに身を乗り出してトングで刺身を取り始める。
「それじゃあ、私達も刺身からいただきましょうか」
「そうだね。食べてみよう」
二人に様子を見て興味が湧いたのか、エルナ母さんとノルド父さんも各々大皿にトングを伸ばす。
「何にしようかしら? たくさんの種類があって迷うわね」
「最初はこのクロワナが一番いいと思いますよ。味や食感に癖がありませんし、新鮮なうちに食べるのが美味しいので」
「じゃあ、ナターシャさんがオススメするクロワナにするわ」
「僕もそうしよう」
これだけ種類があったら悩んでしまうのも仕方がないだろう。
エルナ母さんとノルド父さんは、素直にナターシャさんのオススメであるクロワナを取っていく。
うん、確かにあれなら癖はほとんどないしな。刺身の初心者である二人も気軽に食べることができるだろう。
ナターシャさんの言う通り、クロワナは鮮度が高いほど美味しいからな。俺もクロワナの刺身を早速取っておこう。
「あっ、すごい! 魚本来の甘みが凄くするね!」
「……本当だね。海の魚を焼いて食べたことはあったけど全然味が違う」
「きちんと処理をしてあげれば生でも美味しく食べられるのね」
刺身の大皿からトングでクロワナを取っていると、シルヴィオ兄さんが興奮したような声を上げ、ノルド父さんがエルナ母さんが感嘆の声を漏らした。
中でもシルヴィオ兄さんとノルド父さんの二人は、刺身を一切れ食べ終わると次の一切れをパクリ。そしてまたパクリとかなり速いペースで食べていく。
よっぽど気に入ったのだろう。
元々シルヴィオ兄さんとノルド父さんは薄味派で、お肉よりも魚などを好む。
二人からすればカグラ料理並の嬉しい出会いなのかもしれない。
「大丈夫ですか? 魚の臭みが苦手とかありませんか?」
「気になりませんね。僕やシルヴィオは、どちらかというと肉よりも魚の方が好きなので、とても美味しく頂いておりますよ」
ナターシャさんの気遣いの言葉にノルド父さんが笑顔で答えると、シルヴィオ兄さんは咀嚼しながら健気にこくこくと頷いた。
「それはよかったです」
シルヴィオ兄さんの微笑ましい仕草に思わずナターシャさんは優しい笑顔になる。
皆が食べていると俺も食べたくなるな。
皆が刺身の話をしている間に、俺も取り皿に取った刺身を何もつけずにパクリ。
口の中に放り込まれた刺身を噛む度に、身から濃厚な甘みが……うん? 何か味に違和感を覚えるな? 心なしか身の甘さが薄くなり、食感が柔らかくなっているような。
ほんの些細な違いであるが、船上で食べた時の方が美味しい気がする。
「アルフリートさん、エリノラさん、難しい顔をしてどうかしましたか? もしかして魚が口に合いませんでした?」
どうやら俺だけでなくエリノラ姉さんも微妙な表情をしてしまったのだろう。ナターシャさんから心配げな声をかけられてしまう。
夕食をご馳走になりながら、食べた瞬間に微妙な表情をするなんて社会人失格すぎる。
「い、いえ、美味しいですよ!」
「はい、とても美味しいです」
これには俺とエリノラ姉さんも少し慌てながらも笑顔を浮かべる。
しかし、その前の表情を見てしまえば、その笑顔と言葉が百パーセントの真実ではないことは明らかだ。
ナターシャさんもそれがわかっているからか戸惑いの表情を浮かべている。
「エリックやルーナの話では船上で生の魚を問題なく食べていたはずだが……」
これにはエーガルさんも難しい顔だ。
エーガルさんもある程度リサーチした上で提供してというのに、予想と反応が違って戸惑っているのだろう。
でも、だからといって俺達が揃って船上のクロワナの方が美味しかったとは言えない。さすがにそれは失礼すぎる。
どうしよう、俺とエリノラ姉さんの反応のせいで和やかな空気が微妙なものに……。
何となく重い空気にどうしようかと焦っていると、ルーナさんが口を開いた。
「……船上でクロワナを食べたからこその表情。エリノラとアル君はクロワナの一番の味を知っているから」
「おお、そうだったな! ハハハ、クロワナの一番美味しい味を知ればそうなってしまうな!」
「ああ、それを失念していましたね。最初にあれを食べたら食感や味の微妙の変化に違和感を覚えてしまいますよね。お二人は味覚が鋭いですね」
ルーナさんの一言によってエーガルさんとナタ―シャさんが目を丸くし、納得したように笑う。
どうやらシルフォード家でもクロワナの獲れたての味は別格のようだ。
「そんなに獲れたては美味しかったのかい?」
「別格だったわね」
「そうだね」
「うう、僕も船酔いさえしなければ食べることができたのに」
エリノラ姉さんと俺が笑顔で答えると、シルヴィオ兄さんが残念そうに呻く。
船の上にいた中でシルヴィオ兄さんだけが食べてないからな。
「ふふふ、それほど美味しいのなら興味があるわね」
「それじゃあ、今度はシルヴィオ君と大人で行ってみますか? クロワナだけでなく、船から眺める海の景色もいいものですよ」
「あら、本当にいいのかしら?」
「はい、勿論ですよ」
「やったー!」
ナターシャさんの計らいによりもう一度船に乗れることが決まり、嬉しそうにするシルヴィオ兄さん。
「また酔うと思うけどね」
「次は酔わないように頑張るよ!」
エリノラ姉さんにからかわれ、次こそはと意気込むシルヴィオ兄さん。
さすがに三半規管の問題だから、一回や二回じゃ酔わなくなるのは厳しいと思うけどね。
シルヴィオ兄さんが無事に陸に戻ってこれるかはともかく、せめて刺身にたどり着けるように祈っておこう。
あと20日で単行本と漫画が発売です!
漫画、今回も書き下ろしありますよ。
内容はルンバと最初に出会って、屋敷で一泊したころになります。ルンバとバルトロの再会も描かれていたりです。




