砂で城を作ろう
どちらがより素晴らしい城を浜辺にある砂で作れるかどうか。そんな遊びをすることになった俺とエリックは、互いに作る城のスペースを考えて互いに距離を離す。
作る城のサイズを考えると、軽く十メートルは離した方がいいな。
「おい、アルフリート。さすがにそれは距離を開け過ぎではないか?」
「大きいのを作るからね。スペースは広い方がいいよ」
「どれだけ大きいものを作るつもりなんだ」
俺がそう答えると、エリックは鼻で笑いながら言った。
確かに俺が空けているスペースを見れば、鼻で笑ってしまうのも当然だ。いくら無限に等しい量の砂があろうとも、巨大な砂の城などできるはずがない。
しかし、そんな考えは普通にやればの話だ。魔法を使ってやれば、それは可能となる。
エリックがせっせと手作業で砂を集めるのをしり目に、俺は土魔法を発動。
この場にある砂を魔力で支配して目の前にドンドン集めていく。
ここにある砂すべてを使って等身大のミスフィリト城を作れなくもないが、それをするとエリックの領地に甚大な被害が出るのでやめておく。
エリックの屋敷を含む、村全てが日陰になっちゃったりしそうだ。
マイホームよりも少し大きいくらいのスケールが丁度いいだろう。
俺は王都で見たミスフィリト城を思い出しながら、集めた砂でゆっくりと象っていく。
内部には入ったことはないが、空から全景を見たことはあるので大体の形は頭に入っている。
無論、わからない部分もあるが、そこはこうだったらお洒落だな。という俺の勝手な願望を加えることす
る。
土魔法で巨大な何かを作る時は、いきなり細部を作るのではなく全体の形を四角形などの基本形で作るのがポイントだ。徐々に形を作りながらの方が、記憶にある景色を思い出しやすいのでより正確に作ることができる。
全体の形ができたら、次は角ばった無駄な部分をなだらかにして屋根にしたり、壁を凹ましたりして窓を作る。そうやって細部を詰める作業が終われば後は仕上げだ。
大まかな部分は魔法の方がいいが、やはり最後に物を言うのは手作業だ。
魔法では大雑把になってしまった部分を見つけては、土魔法で生成した削り道具や手を使って理想の形へと近付けていく。
……懐かしいなこの感じ。
前世で子供の頃は公園の砂などをよく触って、山や砂団子などを作っていた。
しかし、大人になるにつれて砂や土には触らないようになる。
砂や土などを触ると手が汚れるというのが一般的な触らない理由であるが、大人になってまで土遊びをしているのは恥ずかしいっていう風潮もあるからだ。
まあ、確かにその通りだけど、俺は昔から砂や土を触って団子や山などを作るのが好きだった。だって何も考えずに無心になれるし、何かを作ることが好きだったからな。
スケールこそ今は違うけど、やっぱりこうやって土をいじるのは楽しいな。
時間さえあれば、一日中作っていられる気がする。
「……おい、アルフリート」
俺がそんな風に夢中でミスフィリト城を作っていると、後ろの方からエリックが声をかけてくる。
「なに? 今ちょっといいところなんだけど?」
今は土魔法で梯子を作ってそこに登り、ミスフィリト城の窓のクオリティを上げているところだ。
ちょっと手が離せないので、話すのは後にしてほしい。
そんな俺の気持ちも知らず、エリックは構うことなく口を開く。
「傍で見ていたのだが、遊びで使う魔法のレベルを越えていないか? 数分と経たないうちにミスフィリト城を屋敷サイズにしたものが出来上がっているのだが……」
「エリック、遊ぶことにやり過ぎなんてないんだよ? 自分が楽しければそれでいいんだよ」
「理解はできるが納得はできんぞ。この村で育ってきた俺だが、ここまで見事な砂の作品は見たことがない」
エリックが半ば呆然としながらミスフィリト城を見上げる。やはり自分の作ったものを褒めてもらえるの嬉しいものだな。
「なかなかの出来栄えでしょ? でも、今は勝負中だよ。エリックも戻ってミスフィリト城を作りなよ」
「こんなものを見た後に作る気になどなるか!」
俺がしっしと手で追い払うような仕草をすると、エリックが悔しそうな表情で言う。
エリックのいた場所へと視線をやれば、こんもりとした砂の山が出来上がっているだけでミスフィリト城にはほど遠いものだった。
「うーわ! すっげえ! 砂で出来た城だ! これお前が作ったのか!?」
俺がエリックをからかっていると、いつの間に近くまできていたのか一人の少年が声を上げた。
日に焼けたような小麦色の肌に茶色い短髪。瞳の色は翡翠色で人懐っこそうな笑みを浮かべる口元からは欠けた前歯が見えていた。
バカっぽ――ではなく、田舎の村にでもいそうな典型的なやんちゃ小僧って感じだ。
随分と馴れ馴れしく話しかけてきたが、エリックの友達なのだろうか?
白いノースリーブシャツに青い短パン。格好からして村の子供であろう。
エリックに向けて問うような視線を向けると、エリックもどこか困惑している様子。
どうやらエリックの知り合いでもないらしい。
「お、お兄ちゃん失礼だよ! その人、エリック様と一緒にいるから多分貴族様だよ!」
困惑した空気が流れる中、少年の後方から茶色いセミロングの髪をした少女が走ってくる。
どうやらこのバカっぽい少年の妹のようだ。
「うえぇ!? マジか!? 全然そう見えねえ! うおっ! というかエリック様もいる!」
俺が貴族らしいということ、エリックがこの場にいたことに驚く少年。
悪かったな。俺に貴族らしいオーラがなくて。
「あの、すいません。私の兄が貴族様とは知らずにご無礼を……」
「大丈夫、大丈夫。エリックと同じ男爵だし、俺はそこまで気にするタイプじゃないから」
俺が若干傷ついていると、妹がおどおどとしながらも必死に謝罪をしてくる。
心底申し訳なさそうにしている妹の姿を見れば、特に怒ろうなどとは思えないな。
「お、おお、太っ腹な貴族様でよかったぜ」
「お兄ちゃん、もっと周りを見てから行動してよ」
「いや、こんなすげえ砂の城があったら行くしかねえだろ」
どこか呆然としている兄を叱る妹。
見た目や雰囲気から妹は少し内気な印象を受けるが、兄に対してはそうじゃないらしい。
もしかして家庭内のヒエラルキーは妹の方が上なのだろうか? そんなことを思わず心配してしまう。
「あっ、すいません。私、この村にある装飾屋の娘をしております、クイナといいます」
「クイナの兄のトルネルだ……うっ!」
と、少年トルネルが自分の名前を言い切る寸前、トルネルの脇腹にクイナの肘が入った。
「クイナ、痛ぇよ!」
「お兄ちゃん、ちゃんと丁寧に言って」
「……トルネルです」
脇腹を押さえながら抗議の声を上げたトルネルであったが、クイナのガチトーン声の迫力に呑まれたのか大人しく従った。
俺とエリックが思わずクイナを眺めると、クイナは恥ずかしがるように顔を伏せた。
どうやら兄に対しては強く言えるが、それ以外の他人と話すのは少し苦手のようだ。
まあ、一般的な兄妹関係などそんなものだろうな。
俺は姉に強く言えないけど……。
「知ってると思うが、俺はここの領主の次男、エリック=シルフォードだ」
「「はい、知ってます」」
残念ながら領民でありながら、エリックの事を知らないということにはならなかったか。
まあ、最初から二人ともエリックの事を知っているみたいだったし、無駄な期待だったか。
ここでエリックって誰? みたいな反応になれば、エリックは大きな恥をかくことになったというのになぁ。
エリックの自己紹介が終わると、最後に残っている俺の番となる。
三人の視線が突き刺さる中、俺は口を開くが、それはすぐに閉じられることになる。
「俺はエリックの……なあ、エリック。俺達は一応友達だよな?」
「遺憾ながら今回の事件のせいで、そのような関係にならざるを得なくなったな」
俺が念のために尋ねるとエリックがとても失礼な返答をしてきやがった。
もういい。他領の貴族ということで若干気を使っていたのだが、そっちがそのスタンスならばこちらも気を遣いはしない。
今からエリックもトールやアスモと同じ、悪友にカテゴライズだ。
「まあ、こんな面倒な奴の友達をやってあげているアルフリート=スロウレットだよ」
「おい、面倒なやつとはなんだ!」
「うるさいな。どうせこんな不愛想な顔して面倒くさい性格してるから、友達少ないだろ?」
「そ、そんなことはないわ! さっきのようにタイタスやガリバス、ウルバスとも喋れるわ!」
俺が踏み込んで言うと、エリックが妙に焦った声を上げる。
それ、おっさんばかりで同年代の奴がいないじゃないか。
俺がじっとりとした視線を向けると、
「そういえば、エリック様が同年代の人と話しているの見たことねえぞ?」
「お兄ちゃん! そういう事は言わないでいいの!」
トルネルとクイナがこれ以上ない証拠となる言葉を発した。
クイナはエリックを気遣っての言葉だと思うが、それが一番本人の心に刺さると思う。
これには反論していたエリックも耐えられなくなったのか、沈んだような表情を浮かべた。
思えば俺もトールやアスモと出会う前までは同じような感じだったな。
家族以外で気安く話せる関係と言えば、バルトロとルンバ。エリックのように同年代の友達はおらず、ちょっとした危機感を覚えたほどだ。
先程は失礼な言葉に思わず憤ってしまったが、そのようなことを思えば寛容になれるというわけだ。
俺を落ち込むエリックの方に手を乗せて、優しく語りかける。
「大丈夫。エリック。俺という友達がいるだろ?」
「アルフリート。俺にも友達を選ぶ権利くらいあるぞ?」
もう、こいつ知らん。面倒だ。




