浜辺で一旦休憩
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ミーナとシルヴィオ兄さんが酷い船酔いに見舞われて、浜辺へと引き返してきた俺達。
ミーナとシルヴィオ兄さんは馬車で屋敷に帰るのも辛そうだったので、近くにある休憩所で寝かせておくことになった。
揺れることのない日陰の場所で休憩していれば、直に回復することだろう。
「さて、これからどうする?」
一旦落ち着いたところでエリックが切り出す。
本来の予定であれば、今日の午後は丸々漁船でのクルージングだったのだが、ミーナとシルヴィオ兄さんが酷い船酔いのせいで早く陸に戻ることになったのだ。
「とは言っても、あの二人をここに置いて屋敷に戻るのも可哀想だしね」
「うちのメイドを呼べば看病してくれるが……まあ、それもそうだな」
さすがに俺達だけが屋敷に帰り、メイドに面倒を見させるのは可哀想だからな。
本音を言えば、さっさと屋敷に戻ってゴロゴロしていたいんだけどね。
「じゃあ、二人の体調が回復するまでここで時間を潰そうか」
「そうだな」
まあ、体調が回復するのに一時間もかからないだろう。ましになれば馬車で帰ることもできるだろうし。
小一時間程度なら浜辺に座って海を眺めたり、砂遊びするだけであっという間だな。
「といっても、また貝殻集めとかは嫌よ? もう飽きたから」
エリノラ姉さんが腕を組んで退屈そうに言う。
こういうのんびりとした時間が最も貴重だと言うのに。エリノラ姉さんはわかってないな。
「あっ! いいこと思いついたわ!」
俺が心の中で呆れていると、エリノラ姉さんが突然上機嫌で言い始めた。
エリノラ姉さんのいいこと……嫌な予感しかしないのだが。
「いいことって何?」
およその想像がつきつつむも、俺は主導権を握らせないために敢えて尋ねる。
「あたしとルーナが木剣を持ってるし、ここで打ち合い稽古をしましょ!」
「却下!」
「何でよ!」
「今日は休暇日で稽古は明日! ノルド父さんもそう言っていたじゃないか!」
休暇日であるというのに何故に稽古をやらなければいけないのか。エリノラ姉さんは休暇日の目的をわかっていないのだろうか?
身体と心を休める大事な時間。それを潰すわけにはいかないのだよ。
「まあ、今は稽古道具もないからちょっとな……」
「何言ってるの? 剣士が常に万全の状態で戦えると思っているの?」
「お、おお」
エリノラ姉さんの言葉にエリックが目を開いて感心の表情を浮かべる。
おいバカ。なに感心の声を上げているんだよ。もっとしっかり反対しないか。
「剣士ならばどんな場所、状態でも力が発揮できるように修練を重ねておくべきだわ」
何だその常在戦場みたいな考え方は。
魔物はいるけど戦争もないこの平和な王国で、そんな考え方などいらないと思うのだが……。
しかし、エリノラ姉さんが言うと妙に凄味があるというか説得力があるな。カリスマ性とかいうやつだろうか。
「うぬぬ! た、確かにその通りだ。俺も普段からそのように稽古をするべきなのだろうか」
「するべきね」
そして、そのカリスマ性にやられた男が一人。
エリックはエリノラ姉さん程ではないが、どちらかというと武闘派だ。同じカテゴリーに属する者同士、感じ合うものがあるのだろう。
「それにここの土ってば柔らかいから体術の練習をするのに良さそうね」
「ああ、うちの体術の基礎稽古は主にここでやっている」
……この流れは非常にまずいな。全員が稽古をしようなどといったら手が付けられない。
「ルーナも稽古でいい?」
「よくない!」
「あんたには聞いてないわよ」
俺が激しく主張すると、エリノラ姉さんが頭を押さえつけてきっぱりと言った。
もしかして、ルーナさんも稽古に賛成なのだろうか? できれば俺と同じように否定してほしい。
俺が一縷の望みをかけるように視線を向けると、ルーナさんは……。
「……んー、今日は休息日だし気が乗らない」
「えっ!? 何でよ? いつもならノリノリで稽古をやるのに!?」
ルーナさんが稽古に乗ってこないことが意外だったのか、エリノラ姉さんが驚きの声を上げる。
お、おお、神はここにいたか!
浜辺で訓練方法を語っていた時は、ルーナさんもエリノラ姉さんと同じ脳筋だと思ったのだが、どうやら違うようだ。
「……エリノラと稽古したことはあっても遊んだことはない。だから、今日は稽古よりもエリノラと楽しく遊んでいたい」
「そ、そう。ルーナがそう言うなら稽古はやめておきましょう。まあ、稽古は明日にみっちりできるしね」
ストレートにそう言われると弱いのか、エリノラ姉さんが照れながら言う。
なるほど。ストレートにそう言われると弱いのか。今度自主稽古をさぼりたい時は俺も真似してみよう。
「……じゃあ、エリノラ。銛突きをしよう。そこにある浅瀬ならここから近いし、潜らずとも岩場から魚を突くこともできる」
「いいわね!」
ルーナさんの提案が気に入ったのか、エリノラ姉さんが笑顔で頷く。
さっきやってみたいって言っていたしな。
「……じゃあ、小屋に銛を取りに行こう」
「そうね!」
ルーナさんとエリノラ姉さんは、そう言うと銛を取りに移動する。
そして、ここに残っているのは俺とエリックの二人のみ。
「どうする? そこらで俺達も銛突きでもするか?」
エリックが振り返って提案してくるが、俺は首を横に振る。
「……いや、俺は浜辺でゆっくりしたいかな」
銛付きに興味がないわけではないが、仲の良さそうなエリノラ姉さんとルーナさんを邪魔したくない。それに誰かがシルヴィオ兄さんとミーナの様子を見られる距離にいた方がいいだろう。
「ふむ、そうか。たまにはゆっくりと時間を過ごすのもいいだろう」
エリックは「ふう」と息を吐くと、浜辺に座り込んだ。そして靴と靴下を抜ぐと、リラックスするように両足を伸ばした。
「お、それいいね」
そう思った俺も同じように砂の上に座って、靴と靴下を脱いだ。
靴と靴下から解放された足が、海風にさらわれて熱を奪う。その爽快感がたまらなく、柔らかい砂を踏みしめる感触が心地よかった。
砂の感触を楽しむように足を動かした俺は、視線を前に向ける。
目の前には大きく広がる海と空がどこまでも続いており、彼方では二つが混じり合って溶け合っている。
遠くから大小様々な波の音が響いており、潮の香りが鼻孔をくすぐる。
まさしく海を身体全体で感じている。
そして何より、こうやってボーっと海を眺めていると無心になれるのがいいな。
どこまでも青い空と青い海は、今感じている疲労や、明日やるであろう辛い稽古のことさえ忘れさせてくれる。
「…………」
「……おい」
「…………」
「おい! しっかりしないか!」
「わわっ!? ……何だよエリック。急に大声を出して」
エリックってば、急に大声を上げてどうしたんだ。
俺が顔をしかめながら尋ねると、エリックは真剣な表情で、
「何だよって、貴様が捌かれたクロワナのような目をするから、心配して声をかけてやったんだ。まさか、あの二人のように具合が悪いのか?」
「喧嘩売ってるのか。俺は至って正常だよ」
「そ、そうなのか? それはそれでマズいと思うが……」
俺が憤慨しながら答えると、エリックが神妙な表情で言った。
目については放っておいてくれ。
「岩場でも結構魚がいるのね」
「……むしろ、岩場だからいると言った方が正解。魚は岩場を好むのが多いから」
エリックの言葉を流すように適当に相槌を打っていると、風に流れてエリノラ姉さんとルーナさんの声がする。
声の方に視線を向けると、近くにある岩場にルーナさんとエリノラ姉さんが既にいた。
どうやら俺がボーっとしている間に近くの小屋から銛を取ってきたようだ。
岩場から銛で魚でも突くつもりなのだろう。二人はしゃがみながら海中の様子を伺っている様子。
このまま二人をボーっと観察しているのもいいけど、またエリックが目が死んでいるとか言ってきたら面倒だな。
せっかく、浜辺にきたのだし砂遊びでもするか。
俺は手を伸ばして身の回りにある砂を触る。太陽の光を浴びて温かく柔らかい。手の平に乗せてみるも、すぐに指の間をすり抜けて落ちていく。
「ぶわっ!? やめないか! 砂が目に入るだろう!」
サラサラと流れていく感触を楽しんでいると、エリックが顔を腕で覆いながら叫ぶ。
「あっ、ごめんごめん」
どうやら俺が砂をいじった瞬間に、海風がエリックの方に吹いたようだ。
運がいいのか悪いのか。こういうの風に愛されているというんだろうか?
「声にまったく誠意がこもってないぞ」
思わず半笑いしながら謝ると、エリックは不満げにしながらも顔を拭った。
その間にも、俺は浜辺の砂を楽しむように握ったりする。
こんな風に海辺の砂を触ったりするのは何年ぶりだろうか。
「何だ貴様? 七歳にもなって砂遊びがしたいのか?」
俺が感慨深い気持ちを抱きながら砂を触ていると、エリックが小バカにしたように言ってくる。
言い方からして、浜辺で砂をいじるのは小さな子供くらいなのだろう。
「そうだよ。海は見たことはあっても、浜辺の砂を触るのは初めてだしね」
前世で触ったことはあるが、今世では触ったことがない。
俺もまだまだ見た目は子供なのだ。砂を触っていても恥ずかしくもなんともないな。
「……そうか。一人で勝手にいじるのはいいが、さっきみたいに砂をとばしてくれるなよ」
堂々とした俺の反応が面白くなかったのか、エリックは「ふん」とつまらなさそうに鼻息を吐いた。
「どうせ暇なら、エリックも一緒に砂遊びしようよ」
「服や手が汚れるだろうが。大体砂なんて触っても面白くないだろう。精々穴を掘るか、小さな山を作るくらいだ」
「そんな小さなものを作るから面白みがないんだよ」
「ほう? なら、貴様ならどういうものを作るのだ?」
俺のため息交じりの言葉に火をつけられたのか、エリックが勝気な表情で尋ねてくる。
「男ならでっかく城くらい作らないとね」
「……浜辺の砂でそこまでのものが作れるのか?」
「これだけ砂もあるし固めるための海水もある。不可能じゃないと思うけどな」
俺がそう言うと、エリックは考え込むように腕を組む。
脳内で自分が砂の城を作る様子でも考えているのだろうか。
「……まあ、暇つぶしに貴様の遊びに乗ってやるか。どっちが上手く城を作れるか勝負だな」
「わかった」
暇つぶしとか言ってくる癖に、ノリノリで勝負とか言ってきたな。
しかし、そこを突っ込んでしまえばエリックが拗ねてしまう可能性があるのでここはスルーしてあげよう。




