カグラの調味料
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「柑橘系のソースもありやすよ。脂がいい感じに中和されて食べやすくなりやすぜ」
俺達が談笑しながら刺身を食べていると、タイタスがソースの入った小皿を差し出してきた。
中を見ると、オレンジ色のソースが入っている。
「……このソースも合うから試すべき」
既にソースをつけて味わっているルーナさんに促されて、俺とエリノラ姉さんは刺身を手に取る。
そして、適度にソースをつけると口の中へと運ぶ。
すると、口の中にみかんのような甘くさっぱりとした味が広がる。しかし、それはくどすぎることなく、オリーブオイルや蜂蜜などを使っているのかマイルドにされている。
歯を突き立てるとクロワナの濃厚な味が染み出し、柑橘ソースと重なり合う。
「「美味しい!」」
あまりの美味しさに俺とエリノラ姉さんは、顔を見合わせて叫ぶ。
「ソースをつけるのも合うわね」
「さっぱりしてていくらでも食べられるね」
濃厚な味も食べ過ぎれば飽きてしまうもの。だが、このソースが加わることでクロワナの美味しさの新たな側面が見られる。
「だろう? 俺はこのソースをかけて何種類もの生の魚を食べるのが好きなんだ」
「……適量だといいけど、エリックはいつもソースをかけすぎだと思う」
王都でもやたらとマヨネーズを気に入っていたし、エリックは調味料好きのようだな。
今でもごっそりとソースをつけてクロワナを食べている。もう、そこまでかけるとソースの味しかしないのではないだろうか。
四人でパクパクと食べると、いつの間にかクロワナの刺身がなくなった。
それを見越していたのか、タイタスがすっと小皿を差し出してくる。
「もう一匹下ろしやしたけどいかがです?」
「……もらう」
ルーナさんだけでなく、俺やエリック、エリノラ姉さんも勿論食べる。
しかし、こうも美味しい刺身を出されてしまうと、やはりアレが欲しくなる。
そう、醤油だ。
勿論、こんな船の上にまで醤油なんて持ってきていないのだが、俺は空間魔法で調味料を取り出すことができる。
エリノラ姉さんやエリックも、俺が調味料を持ち歩いていることは知っているので特に不審にも思わないだろう。
そう判断した俺は、ズボンのポケットの中で空間魔法を発動。ポケットの内部に小さなぁ空間を開いて、小さな壺に入れた醤油を取り出した。
「美味しいもの食べさせてくれたお礼に、これに合いそうな調味料を紹介するよ」
「もしかして、マヨネーズか!?」
「違うよ」
俺の持っている調味料=マヨネーズというのはやめてほしい。俺はエリックと違ってマヨラーではないから。
「じゃあ、なんなんだ?」
「……生の魚に合うソース。気になる」
エリックだけでなくルーナさんも興味を示したのか、目を爛々と輝かせて尋ねてくる。
「カグラで生の魚を食べる時に使うソースだよ。醤油っていうんだ」
「あー、確かにあれなら合いそうな気がするわ!」
野生の感覚を持つエリノラ姉さんの舌が、刺身に醤油は合うと判断したのだろう。
「ちょっと、そんないい物持ってるなら早く出しなさいよ!」
「はいはい、出すから待ってて」
エリノラ姉さんに急かされながら、俺はポケットから小さな壺を出す。
それから人数分の小皿を土魔法で生成して、そこに醤油を注いでいく。
「これは随分と黒色をしたソースでさあ」
「マヨネーズとまったく違って香ばしいな。これが異国の調味料か……」
刺身に合う異国の調味料と聞いてタイタスとエリックは興味津々だ。
その一方で、先ほどまで目を輝かせていたルーナさんは少し呆然としている模様だ。
「……おかしい」
「何が?」
「どうしたんだ姉上?」
突然漏らしたルーナさんの言葉に俺とエリックが振り返る。
これは正真正銘醤油なのだが、何がおかしいと言うのか。というかルーナさんはカグラの事を全く知らなかったので、醤油に文句をつけられるはずなどないと思うのだが……。
俺達がじーっと見つめ合うと、ルーナさんが一言。
「……詠唱は?」
ああ、そっちね。
「そういえば、貴様は王都でシェルカに追いかけられた時も詠唱をしていなかったな。ん? どういうことだ?」
「詠唱なんていちいち面相臭い。慣れたらいらなくなるから使わないよ」
「ぬ? そういうものか? いやいや、そんな簡単な思考でできるようになるのか?」
「簡単な思考とは失礼な! 面倒くさいから簡単にできるように小さい頃から努力してたんだよ」
こちとら赤ん坊の頃から、魔法を使っては食っちゃ寝の生活を送ってきたんだ。無詠唱に至るまでの修練をきちんと積んできたという自負があるぞ。
「……それでもおかしい」
俺が弁明するも怪訝な声を上げるルーナさん。
属性はともかく、無詠唱については神様に貰ったわけでもないので何とも言えないぞ。
俺が曖昧な表情でいることに業を煮やしたのか、ルーナさんがエリノラ姉さんの方を向く。
「……エリノラはおかしいと思わないの?」
「魔法の苦手なあたしからしたら器用だと思うけど、純粋な魔法使いなら皆これくらいのレベルじゃないの?」
まるでこれくらい何ともない。そんなエリノラ姉さんの返答を聞いたルーナさんが愕然とした。
「……こんなレベルの魔法使いがポンポンいるはずがない」
「そんなことより、次は醤油につけてクロワナを食べましょう。あたしの勘だけど、きっとこれはかなり合うわ!」
「そうだね。放っておくと鮮度が落ちちゃうし」
「それはいかんな!」
まったくもってエリノラ姉さんの言う通りだな。せっかくの新鮮な刺身だというのに、鮮度が落ちたら目も当てられない。
会話よりも目先の食欲に釣られた俺達は、急いで刺身を手に取って醤油に浸す。
俺とエリノラ姉さんは少しだが、エリックはべったりとつけていた。
それに呆れながらも、俺は刺身を口に入れる。
先程と同じようなクロワナの食感と味わい。だけど、醤油という調味料が加わったことで青臭さや脂が緩和され、ピリッと締まりのある味わいになった。
クロワナの濃厚な身の味と、醤油の相性が素晴らしい。後に引くような素材の甘味が特に印象に残る。
「これは美味い!」
「やっぱり合うわね!」
エリックとエリノラ姉さんが驚き、そして次を求めるように刺身へと手を伸ばす。
すると、視界の端でどこかタイタスがそわそわとしているのが見えた。
醤油と刺身の相性が気になるが、貴族の俺達に遠慮して手をつけていないといったところか。
「タイタスも食べてみて。漁師さんの感想も気になるから」
「いいんですか!? ありがとうございやす!」
俺が促すと、タイタスがぺこりと頭を下げる。それから嬉しそうに掴んだ刺身に醤油をつけた。
タイタスは豪快に口へ運ぶと味を吟味するように目をつむる。
それから目を大きく開き、
「う、美味え! こっちの方が味がしっかりしてやがる! 柑橘ソースよりもこういう味の方がいいな!」
思わず素の言葉が出てしまうほどの美味しさだったらしい。
その反応に俺がクスクスと笑うと、タイタスは気付いたのか恥ずかしそうに頭をかく。
「す、すいやせん。あまりに美味しくて」
「俺達は気にしないから、無理して敬語なんて使わなくていいよ?」
「ありがとうございやす。とはいえ、坊ちゃんとお嬢の大事なお客さんなんでこのままでいさせてください。俺みたいなやつは、気をつけていないとすぐに調子に乗るんで」
「わかった」
これがコリアット村の村人なら遠慮なくため口になるだろう。しかし、タイタスからすれば、俺達は他の領地からやってきた貴族だ。遠慮するのも仕方がないだろう。
逆にコリアット村に他の貴族を呼んだら村人達はどのような反応をするのだろうか。
前回の収穫祭では、メルナ伯爵とユリーナ子爵がやって来たが、その時は村人に扮装していたしな。
貴族に合わせた時の村人を見たい反面、怖いところもあるな。変なことを言ったりしないか心配だな。
俺達がそんな風に醤油をつけて刺身を味わっていると、ルーナさんが未だに後ろで立っていることに気付
く。
先程の会話がまだ気になっているようだ。
「ルーナは食べないの?」
「……食べる」
エリノラ姉さんが振り返って言うと、ルーナさんはハッと我に返ってこちらの輪に戻った。
どうやら思考よりも食欲が勝ったらしい。
ルーナさんも同じようにクロワナの刺身を醤油につけて食べる。
「……何これ? すごく合う!」
ルーナさんはいつもよりもひと際大きな声を上げると、二個目、三個目と食べていく。
「おい、姉上。皆の配分を考えろ」
「……遅れを取り戻しているだけ」
「もうとっくに巻き返しているわ! ええい、負けるか!」
醤油の美味しさのお陰か、先ほどよりも早いペースでなくなっていくお刺身。
俺もエリノラ姉さんも負けじと、クロワナの刺身へと手を伸ばす。
「う、海で獲れたての魚! これを逃すわけには……っ!」
俺達が賑やかにクロワナの刺身を食べていると、突如として後方から声が上がった。
振り返ると、そこには身体を揺らしながらもミーナが立ち上がっていた。
「バカな。もう立てるようになったのか?」
「食欲という名の原動力で船酔いの症状を無理矢理ねじ伏せたのか!?」
立ち上がったミーナを見て、俺とエリックは思わず慄く。
先程まであんなに死にそうな表情をしていたというのに立ち上がったというのか。
これが海の魚を食べるために領地を出てきたミーナの力か……。
ちなみに隣に座っていたシルヴィオ兄さんはまだ苦しいのか、立ち上がることはない。
「……お魚」
ミーナの顔は未だに青白く、身体を支える足の動きも覚束ない。それでもミーナは食欲を胸に抱いて、一歩一歩しっかりと前に進む。獲れたての美味なるクロワナを食すために。
「ミーナ、大丈夫なの?」
「はい、大丈夫で――うっぷ!」
ふらふらと歩いてくるミーナを心配して声をかけるエリノラ姉さん。しかし、ミーナが口を手で押さえて不穏な言葉を漏らした。
「ちょっとミーナ! あっち行って!」
得体の知れない危機感を感じたエリノラ姉さんは、悲鳴のような声を上げて離れる。
先ほどの優しさが嘘のような厳しい言葉だ。もうちょっと気遣いの言葉をかけてやってもいいのではないだろうか?
でも、目の前で決壊されるとなれば仕方のないだな。
かくいう俺もエリックも、ルーナさんタイタスも精いっぱいミーナから距離を取っているし。
誰しもが驚くことなく冷静に避難している。こいつら、相当手慣れているな。
「ミーナ、堪えるのよ! 乙女の意地よ!」
「堪えろ!」
「……飲み込んで」
エリノラ姉さん、エリック、ルーナさんが「吐かないでくれ」という願いの下に、結集して声を上げる。
しかし、誰も近づいて介抱しようとはしない。近づいて刺激を与えればやられると思っているのだろう。
「お、乙女の意地。女性としての最後の尊厳。それだけは……譲れません」
だったら、刺身に釣られて歩かずに大人しくしていればよかったのに。
「やっぱり引き返しやしょうか」
「そうだね」
このままでは、いつ悲劇が起こるかわからない。
結局俺達は陸へと引き返した。
コミック二巻と五巻の情報は、改めて活動報告にも記します。




