船の上で刺身を実食
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ガリバスとウルバスの漁をしばらく眺めていると、二人の乗る漁船がこちらに近づいてきた。
二人の漁船が俺達の船と並ぶと、ガリバスが叫び声を上げる。
「おい、タイタス!」
「何だ? というか、これだけ近いんだからそんなに声を張らなくてもいいぜ?」
タイタスの言う通り、ガリバスの声は少し過剰な大きさであった。
というか、タイタスってば普通に喋れたんだな。
どうやら盗賊みたいな言葉使いは、一応丁寧語であったらしい。
「一番脂の乗ったやつをやるから、坊ちゃんやお嬢さんに新鮮なクロワナを食わせてやれよ!」
「獲れたてのクロワナは美味いからな!」
「そりゃそうだな」
ガリバスとウルバスの言葉を聞いたタイタスは、しっかりと頷くとこちらへと振り返る。
「お嬢、坊ちゃん、どうしやす?」
「……ん、貰うべき」
「あの二人は無理そうだが、二人は食べられるよな?」
エリックが確かめるようにこちらに聞いてくる。
これは漁師だけが味わえる新鮮な海の魚を味わえるというわけか。
船の上で獲れたばかりの魚を調理して食べる。海に縁のなかった俺は、そんな経験などまったくない。だが、食べた経験のある友人によると、獲れたての魚の味は素材の甘味が強くて、普段食べているものがバカらしくなるほど格別だそうだ。
船の上で新鮮な魚を。それも漁師直伝の調理方法で食べる。こんな機会を逃すわけにはいかない。
「食べてみたい」
「あたしも食べてみたいわ」
これには俺とエリノラ姉さんも即座に頷いた。
「獲れたての海の魚の美味しさを伝えるためだ。ぜひとも貰おう」
「わかりました! 今送りますぜ!」
エリックがそう言うと、ガリバスが大きな声を上げて、水魔法を使用。
今度は辺りに流れる海水を対象に水球を作り出した。
ガリバスが水球を操作して船の中心部に移動させると、弟のウルバスが生け簀から手掴みで取った二匹のクロワナを水球に放り込んだ。
水球の中に放り込まれたクロワナは、元気よく泳ぎ回る。しかし、ガリバスの魔法支配下であるために、逃げ出せることはない。
これは、魚の鮮度を保つための水牢だな。
俺とエリノラ姉さんが感心して見つめていると、クロワナの入った水球がこちらへと飛んでくる。それに合わせてタイタスが船にある生け簀を開くと、水球とクロワナは吸い込まれるように入っていった。
これでクロワナのお引っ越しが完了である。
「それじゃ、皆で新鮮なクロワナを楽しんで!」
「漁が終わったら、屋敷にもクロワナを持って行きますからね!」
「ああ、ありがとう」
エリックが軽く礼を言うと、ガリバスとウルバスがにししと白い歯を見せて笑う。
それからウルバスが再び風魔法を発動し、漁船はクロワナの群れを追ってか、あっという間に去っていった。
「元気な村人だったわね」
「騒がしさならうちの村人も負けてないよ」
あの双子は、コリアット村の騒がしさを思い出させるような二人だったな。彼らなら、コリアット村にもすぐに馴染めるような気がする。
まあ、うちの領地には海がないから、二人の能力は生かせないんだけどね。
「お嬢、坊ちゃん、どうやって食べやす?」
「……勿論、生」
「それが一番クロワナの美味さを感じられるからな。他の魚だと少し寝かせた方が美味いが」
おずおずと尋ねるタイタスの言葉に、即答するルーナさんとエリック。
え? ここでも魚を生で食べる文化があったの?
俺が食文化について驚いていると、タイタスが頭を掻きながら言いづらそうな表情を浮かべる。
「あー、お嬢や坊ちゃんはともかく。お客様の方はきついと思いやすよ? 多分、魚を生で食べたことがないですし」
「魚って、そもそも生で食べられるの?」
エリノラ姉さんの言葉を聞いて、ルーナさんやエリックが納得したように頷く。
「……そういえば、他の場所では魚を生で食べないのがほとんどだった」
「すっかり忘れていたな」
「俺は魚を生で食べたことあるけど……」
「「ええっ!?」」
俺が口を挟むように言うと、エリックとエリノラ姉さんが驚きの声を上げる。
「アルってば、いつの間にそんなものを食べたのよ!? バカじゃないの!?」
エリノラ姉さんが叱りつけるように言うが、魚を生で食べる人がいる前でその言葉は失礼だと思う。
「貴様の村は山や平原ばかりで海などなかったはずだが……まさか川魚を生で食べたのか?」
「違うわ!」
エリックは俺のことをどう思っているのか。クマでもあるまいし、川魚を生で食べようなどとは思わないぞ。
「じゃあ、どこで食べたんだ?」
「カグラだよ。知ってる?」
「知らん!」
俺が答えると、エリックが清々しい回答をする。
どうやらエリックはカグラを知らないようだ。
視線をやればルーナさんも知らないらしく首を傾げ、エリノラ姉さんは「へえ」と感心するような表情を浮かべていた。
「アルドニア王国にある港町エスポートから海を越えて先にある大陸の国だよ。そこでは王国と違った文化があって、魚を生で食べるのが一般的だったんだ。港町エスポートでは、一般的じゃないけど僅かに生で食べる文化があったね」
「……へえ、そうなんだ。この村以外でも魚を生で食べる文化があるとは思わなかった」
「……アルフリートの癖に外国に行ったことがあるとは生意気な……」
アルフリートの癖にとは何だ。俺だって外国に行ってもいいじゃないか。
前世なら言語や金銭や時間という絶望的な壁があったが、今ではそのどれもをクリアしている。それに転移魔法があるからな。一度行ってしまえばこちらのものだ。
「……まあ、アル君は大丈夫として、エリノラは大丈夫? 魚を生で食べることに嫌悪感を抱いたりしない? 無理なら違う料理にするけど?」
「嫌悪感は特にないけど本当に食べられるの? お腹を壊したりしないかしら?」
唸るような声を上げて首を傾げるエリノラ姉さん。
さすがのエリノラ姉さんでも二つ返事とはいかないようだ。
「……お肉と一緒で絶対の保証はないけど、食べられるし美味しい」
「そう。なら食べてみようかしら」
ルーナさんの後押しもあってか、割と素直に返事するエリノラ姉さん。魚自体は今までに食べたことがあるからな。
これがタコとかだったりすると、もうちょっと臆病になるだろうな。
「……わかった。無理そうなら違う調理法で出すから言ってね」
「それではタイタス。クロワナをさばいてくれ」
「へい、わかりやした」
俺達が了承して、エリックが命令すると早速タイタスが動き出す。
傍にあった木箱を開けて、包丁とまな板を取り出す。
それから適当な場所に腰を下ろすと、その木箱の上にまな板を置き、生簀から取り出したクロワナを置いた。
魚を捌くのが興味深かったので、俺とエリノラ姉さんは邪魔にならない距離から覗き込む。
タイタスは包丁を素早く動かして、クロワナの鱗を取っていく。その度に黒と黄色の鱗が辺りに散っていく。
あらかた鱗が取れるとクロワナを洗い流し、お腹に沿って包丁を滑らせる。
切れ目を入れると、見えてきた内臓を手づかみで取り除く。この時に内臓を傷つけてしまうと身が臭くなってしまうので慎重にだ。
それが終わると、今度は豪快に頭を落とす。
「本来はスープとかに使う時のために頭とかは取っておきやすが、今回は即席なので捨てることにしやす」
味噌がないのであら汁とかはできないだろうが、余った部分を煮込んでスープにすることはあるようだ。それはそれでどんな味がするか気になるな。
俺がそんなことを考えていると、タイタスは内臓を取り出したクロワナとまな板を、バケツに貯めておいた水で洗っていく。
それから綺麗なまな板の上にクロワナを置くと、乾いた白い布で水気を拭く。
そして、背中から切れ込みを入れていく。しっかりと背骨まで達するように何度も往復して滑らせる。それが終わると、お腹側からも同じようにだ。
後はもう背骨に沿って、身を切り離していくだけだ。
本体から身が切り離されて、まな板の上にでろりと白い身が置かれる。
「おお」
「へえ、すごいわね」
俺とエリノラ姉さんは思わず感心の声を上げると、タイタスは照れくさそうに笑った。
見ためにそぐわず、照れた顔が可愛いな。
「これで大きな身の部分が取れやした。後は残った反対側も同じようにやっていくだけでさぁ」
片方が終わると、反対側も同じようにするだけだ。
タイタスは解説すると、同じように反対側も下ろしていく。
最初は俺達が見ていることを配慮していたのか、反対側を下ろすスピードはさらに早かった。
タイタスが手早く包丁を動かすと、あっという間に三枚下ろしになった。
「後は食べやすいように切っていくだけでやす」
タイタスが言って包丁を動かすと、お刺身のような一口サイズのものに切り分けられた。
黒い鱗に覆われていたとは思えないほど綺麗な白色だ。身にはたっぷりと脂が乗っているのか太陽の光を浴びてツヤツヤとしていた。
「これで完成しやした。どうぞ食べてくだせえ」
「……じゃあ、まずはエリノラのために私が先に食べる」
「自分が最初に食べたいだけだろ」
エリックに突っ込まれるがルーナさんは特に気にした様子もなく、クロワナの刺身をひょいと手で掴んで口に入れた。
「……相変わらずの美味しさ。やっぱりクロワナは家で食べるより、獲れたてを船の上で食べる方が美味しい」
もにゅもにゅと口を動かして飲み込むと、どこか幸せそうな表情を浮かべながらコメントするルーナさん。
表情の変化が乏しいルーナさんであるが、今がとても幸せだというのは会って間もない俺にもわかった。どうやらかなりお刺身が好きらしい。
「本当に生で食べてるわね……」
幸せそうな表情をしているルーナさんを見て、少し驚くエリノラ姉さん。
食べられるとは思ってなかったものを、友達が食べているのは何とも言えない気持ちだろう。
俺だって最初は魔物の肉なんて食べられるとは思ってなくて、実際に食卓に上がった時はおっかなびっくりしながら食べていたなぁ。
まあ、結局は魔物肉の美味しさに恐れなんてあっという間に吹き飛んだんだけどね。
「じゃあ、次は俺とエリックが食べるか」
「だな」
ルーナさん以外の人も食べた方がエリノラ姉さんも安心できるだろうしな。
今回の主賓は、刺身を食べたことのないエリノラ姉さんだ。ここは最後に回してあげよう。
俺とエリックはまな板の上に乗せられた、クロワナの刺身を手掴みで掴む。
調味料で味付けをするのもいいが、まずは何もつけずに素材の味を味わうのが一番だ。
クロワナの刺身を太陽に透かして見た俺は、そのままひょいと口に入れる。
噛むと刺身が程よい弾力でそれを押し返す。しかし、それは噛み切れないようなものでなく、少し力を込めて歯を立てるとスッと切れるような柔らかさ。その心地よい弾力を味わっていると、今度は口の中にクロワナ本来の味が広がる。
「……甘いっ!」
刺身の味を表すのに、この言葉は正しいのか。しかし、俺の持っている語彙力の中では、これが一番しっくりとくる言葉だった。
「そうだろう。クロワナは獲れたてが一番甘味が強いんだ。柑橘系のソースをつけてもいいが、このままでも十分に味わえる美味しさだ」
俺の言葉を聞いたエリックが、どこか自慢げな表情を浮かべながら言う。
これは自慢するのも納得の美味しさだな。
俺が前世で食べていた刺身は一体何だったのか。そう思ってしまうほどの圧倒的だ。
醤油をつけてしまえばどうなるのか。考えるだけで恐ろしい。
「じゃあ、次はあたしね」
俺達がそんな風に美味しそうに食べていたからだろう。エリノラ姉さんがワクワクとした表情をしながらやってきた。
エリノラ姉さんはのっしのっしと歩くと、実に自然な動きで刺身を掴み上げた。
仮にも貴族の令嬢だというのに、一番手掴みが様になっているのはどうかと俺は思う。
俺が心の中で呆れていると、エリノラ姉さんは恐れることなく、刺身をひょいと口の中に入れた。
俺達が無言で見守る中、エリノラ姉さんは目を瞑ってもにゅもにゅと口を動かす。
そして、刺身を飲み込むとエリノラ姉さんはカッと目を見開き、
「美味しい! これいけるわね!」
喜びの声を上げると、そのまま次の刺身を取って口に放り込んだ。
どうやら気に入ってくれたようだ。
「……エリノラならこの味を気に入ると思った」
「これなら食わず嫌いでもしない限り、誰でも気に入るんじゃないの?」
「……魚のちょっとした臭みや食感が苦手だって言う人もいる」
「ふーん、そうなんだ。あたしは臭みなんて全然気にならないけどね」
まあ、食の好みは人それぞれだからな。本当に変わったものを好む人も面白いが、一般的な食材を嫌う人を俺は面白いと感じる。
トマトのなどで例えると、あのじゅるりとした食感が。中に入っている粒々が。微妙に硬い皮がなどと多彩な理由が返ってくる。
好みというのは本当に面白いものだ。




